Hop Step Punch!


曰く、有名人の子供なんてやるもんじゃない。
あたしは親元から離れて暮らしていて、というか親が忙しいので常に家に居れない。
そのため両親の親友家である士部ハニベの家で預かってもらっている。
……親としてはダメだね。
でも今や芸能界の大御所となる二人で、アタシの自慢でもある。
10シングル連続一位を取ったお父さん、年の歌姫を3年連続受賞したお母さん。
あんまり会えないけど、アタシは尊敬している。

士部ハニベの家は道場で、敷地が広い。
そこにおじさんとおばさん、それにその息子が住んでいて更にアタシが居候。
おじさんもおばさんも理解があるいい人で大好きだ。
特におばさんは良妻賢母の鏡で本当にお母さんみたいだ。
幼稚園……かな、それより前ぐらいからずっと居るのでここがアタシの家でおじさんおばさんが本当に父母同然。
おじさん曰く、アタシは顔がお母さんで中身がお父さんらしい。
非常にもどかしいと悶えていた。

アタシは一人っ子で、兄弟が居ない。
兄弟っぽいのはいる。
アタシが居候している家の息子でリョウって奴が。
あの馬鹿はやる気が無いが運動は出来る。
妙に早寝早起きで一応空手のようなものを習っている。
いくら兄弟っぽくてもアタシが苗字が違うという事実がある限り他人だが。


「おねえちゃーーーーーーん!!!!!!!」

居ないっっ!!!!!

そんな青色の未来ロボットを呼ぶような呼称であたしを呼ぶ妹はいないっ!!




はずでしたっ!!!!










 それは、高校1年生の春のこと。




水ノ上優姫ユウキは、成績優秀、容姿端麗、運動万能をモットーに
日々努力を欠かさないことを念頭において生活を―――してません。

勉強はなんとなく出来て優秀な方だったし、顔は良いって言われてたし、
運動は得意だった。
それだけの話。
何処にでも居る普通の女の子をやってた。
服はいっぱい持ってるし、女同士で遊びに行って男の子にキャーキャー言って奢らせて帰る。
コレ必須ね。
ユウキという名前だけを聞くと男の子だと思われがちだが、
漢字で見ると女の子だと分かってもらえると思う。
性格は負けず嫌いだとよく言われるが、その通りだ。
何でも出来てしまう体質なため、なんとなく誰かに劣るのがムカつく。
負けた、と思ったら裏でこっそり努力して負かす。
わかる? この快感!?
まぁそんな性格をしているため駅伝ランナーになるわ生徒会長に立候補するわ色々してしまう。
別に苦にならないし、いいんだけど。
そんなアタシをおばさんがえらいえらいっと撫でてくれるのが
恥ずかしいが嬉しくてやめられない。
姉御肌で頼ってくれる子達のお願いを断ることが出来なかったりする。
優秀な生徒をやっているつもりは無いが、結果的にそうなっているみたいだ。

「バッカじゃね?」

と馬鹿にするリョウに関しては問答無用でアッパーから始まる空中コンボで
この世から離れる手前まで追い込むことにしている。

突然だけど、今日入学式だった。
アタシは壇上で入学生代表の式辞を読み席に戻った。
―――お父さんも、同じことをしたらしい。
それがちょっと嬉しかった。なんでかはよく分からないけど。



「……お前よくあんな恥ずかしい場所に立てるよなー」
その日の学校紹介が終わって帰るために教室をでると廊下で椋に会った。
いつも通りやる気無い顔でフラッと現れてアタシを見た第一声がそれだ。
「煩いな〜。仕方ないでしょ指名されたんだから。ま、アンタにゃ無理でしょうけど」
フフンッと鼻で笑ってやる。
普段大っぴらに自分を自慢することはないのだがこいつに関しては別だ。
入試ではちゃんと勉強もしてたし、思っていた以上に問題が簡単で解きまくったらトップだったという話だ。
まぁ、たまたま。
「けーっうぜぇウゼェ。いーけどよっ帰ろうぜ」
「ふふ、仕方無いなぁ付いて来る事を許そう愚民」
ちっちっと指をたてて舌を鳴らす。
「ウザッ」
そいつはヘラッと笑ってそう言うと一人で歩き出した。
アタシも笑ってそいつについて行く。


ちなみにこいつは士部ハニベリョウ
アタシの弟分だ。
生粋の現代っ子でゲームとウゼェを多用する。
気持ち悪いほどのゲームっ子だがそのくせ運動はできる。
性格はおじさんに似ていて非常に軽いノリだ。
「あー今日ゲームの発売日だった。ショップ寄っていくぞ〜っ」
「えー? また買うの?」
一本5千円とか6千円とかするのに、よく毎月のように買えるものだ。
「いーじゃん。楽しいんだからさ。優姫も知ってるファイナルクエストの新作なんだぜ?」
「あーアレかぁ。シナリオがちゃんとしてるやつは面白いけど
 その前の奴とか何が面白いのかわかんなかった」
「全て」
「……リョウには聞いてない」
こいつは只のゲームオタクだし。
「おまっ! ファイナルクエストとドラゴンファンタジーは不朽の名作だぞ!?」
「知らないよそんなの……」
シリーズが20を超えた良くわからないゲームだが人気は絶えないらしい。
アタシはこいつがやっているのを後ろで漫画を読みながら眺めるだけだ。
最近人間が動いているような画面がぐりぐり回って気持ち悪いのだが、
こいつは平気でそんなのを何時間もやり続ける。
動きもリアルで話が映画みたいになってきてムービー見ている分には面白い。
アタシはたまにパズルゲームとかで遊ぶぐらい。
「はーっ! ぜってぇこの世界に住んでて損してるねそりゃ」
「少なくとも生まれない方が良かった椋には言われたくないねー」
「ウザッ! 俺にどうしろって言うんだよ!」
「椋がいたって電気代しかかからないじゃん。
 たまにはおばさんの手伝いとかしてあげなよ」
「うへぇ。優等生は言うことが違うねぇ」
「居候の身ですから。ちなみに、アタシはやってるよ?」
「……知ってるよっ! くあ〜面倒いじゃん。面倒いっ!」
「折角いい両親が居るのに。親不孝者め」
「るせ〜。いいんだよっ俺はガキだからな」
プーっと膨れてリョウは会話を切った。




何度も言うが、こいつとアタシは兄弟みたいなもので、兄弟でなければ彼氏でもない。
只の居候先の家の息子だ。
こいつの見慣れた顔は世間一般に聞くところの格好いいらしい。
らしい! アタシはしらんっ!
サッカー部でファンクラブも居るみたいだし。
良く彼氏に間違われるのは苗字が違うのに帰る家が同じだし仕方無いとも思う。
最近背が伸びておばさんに似ていた可愛い顔がキリッとしたきて
みんなから格好良いって言われるからってチョーシこいてんじゃないっての。
と、まぁ実は最近意識し始めたのかなぁと実感する。
考慮の余地は無いが。
すぐに考えを打ち切って階段を下りた先の出口へ歩く。




「おねえちゃーーーーーーん!!!!!!!」




なんっっっども言うが兄弟は居ない。もちろん姉妹もだ。
そのはずだ。
呼ばれているはアタシじゃない。
その人はアタシ達の向こうに走っていっているのだ。
そう思って道をあける。





ゴンッッッ!!!

「くはっ……!!?」







その子は避けたはずのアタシに向かってヘッドダイブを繰り出した。
その子の頭が見事にわき腹にクリーンヒットして悶える。
こ、腰の骨が3ミリぐらいずれたかもしれない……!
アタシの上に乗っかるその子は嬉しそうにアタシと一緒にこけている。
「……!? お、オイ大丈夫かよ優姫っ!」
「つつ……んなわけないでしょ……っていうか誰!? 降りてよっっ」
「わわっ! ごめんなさいっ!」
その子が起き上がるとアタシも埃を払って立ち上がる。
とりあえず文句を言おうと突っ込んできた彼女をみた。




そこにはアタシと同じ顔があった。





「……」
「……」
絶句するリョウとアタシ。
え……?
だ、誰この子……!?
ブリキの人形のように首をかしげた。
「? あっ! はじめましてっ! 私、水ノ上涼音スズネっ! お姉ちゃんの妹だよっ!」


「は?」


アタシの頭の中に大宇宙が入り込んでくる。


「……優姫ユウキが増えた……」
嫌そうな顔でアタシを見るリョウ
アタシだって自分が増えるのは嫌だ。
「え……? え!? 妹!?」
初耳だ! え!? どゆこと!?
その子はアタシと同じ顔でふふ〜と柔らかく笑うとまたアタシに抱きついた。
「うんっ会いたかったよお姉ちゃんっ!」
「アタシ的には出来れば今会いたくなかったよ!?
 っていうか知らなかったよ!? 嘘だ!!」
こ、これはどういうことなんだろう!?
コレは早急にお父さんとお母さんを問い詰めねばっ!
「おー珍しく優姫ユウキが混乱してる」
「あったりまえでしょ!?
 こういうイベントは普通男のアンタが受け持つんじゃないの!?」
「そんな役割分担知らんっ! んでスズネちゃん? だっけか」
「うんっ! リョウ君は久しぶりだねっ!」

多分今こいつの頭の中にも大宇宙が広がったはずだ。

「え゛……!?」



リョウが出ないはずの声を出す。
「まてまてまて! まさか俺と面識があるのか!?」
「え〜? 覚えてくれてないんだ〜っ酷いっ!」
「え、いやっ……多分優姫と一緒ゴチャになってんだろ、多分……
 いつだよ俺と会ったの?」
「小学校の夏休みと、中学校の冬休みかなっ!」

「………………あ」

「『あ』って。アンタまさか知ってるの?」

「あ、あああああ! 分かった! 妙にゲーム付き合いが良い時の優姫だろ!?」

「それはアタシじゃないんだけど」
っていうか気付いて無かったのかこいつは……!
「どっちでも同じだろっ」
『違うよっ!』
見事に同じ声が重なる。
驚いてその子と顔を合わせると、彼女は嬉しそうに笑った。
「うおっ!? コレが噂の双子のシンクロか!?」
『そんなわけない』じゃん〜」
次もきっちり重なる。
涼音は更に嬉しそうに笑った。
……ふ、双子かもしれない……。






と言うわけで教科書販売を一緒して迎えを待つ。
彼女曰くアタシの妹らしいがあたしはまだ信用していない。
だって……ありえないでしょ普通。
しかしアタシと彼女の違う所と言えば髪の長さと雰囲気ぐらい。
彼女の周りにはマッタリポヨポヨな空気が流れている。
アタシはそんな空気の中で生きてはいけない。
「よぅ終わったか」
「あっお父さんッ! お母さん!」
ひたすら目立つ二人。
正直、そこいらの人たちとはレベルが違う。
若作り、とかそういう人たちはここの父母で溢れかえっている。
だが、この二人は実際20台で時が止まったような若さで、
かもし出す雰囲気は兄弟に近いような気がする。
「―――っ!」
そう、それは紛れも無く彼女のお父さんとお母さん。
―――……そして、アタシの本当の両親。
水ノ上涼二と詩姫シキに相違なかった。

入学式に来るなんて……聞いてないっ。
うわあああっ視線集めてるしっ。
「ん? どうした優姫?」
「え、え? いや、突っ込みどころが多くて何をすればいいのかわからなくなってきた……えっと、なんでいんの?
「おう。仕事を切り上げてきた。
 あ、そういや式辞優姫だったな〜っ。
 おめでとう。俺もやったことあるぜっ!」
ポンポンッとアタシの頭に手を乗せる。
―――それをやってもらった記憶があるのは、もうはるか昔なのに……。
鮮明に思い出せるあたしが居た。

「あーーっもーーーーーーーっ!」
だが流石に恥ずかしい。アタシはその手から逃げると二人を睨んだ。
「なんでお父さんとお母さんが居るの!?
 妹ってどういうこと!?

 式辞は……その……たまたま

式辞は狙っていた。
それが出来ればきっとお父さんが褒めてくれると言った京おばさんを信じて頑張った。
―――あんまり信じてはいなかった……が、まぁ……まぁその。オーライ?
「うん。えらいえらい優姫ちゃんっ」
お母さんがギュッと抱きついてくる。
会うたびにこれだ。
―――嫌じゃない。この柔らかい感触はいつだってお母さんだ。
くあああっもっていかれるーーーぅ!
アタシは顔を真っ赤にしてお母さんのスキンシップから逃げると、
今度はお父さんと涼音に捕まる。
「恥ずかしがるなよー」
「よ〜っっへへへっ」
涼音に関してはお母さんよりガッツリ引っ付いてくる。
「恥ずかしいに決まってるでしょ! 時と場所と人を選んで!」
「残念。まぁわからんでもない」
理解のある父親で助かった。
大概親馬鹿だが。
「あぁ……それと、涼音の話。帰ってからしよう。
 マックでするか?」
「なんでマックでそんな重要なことやんないといけないの!?」
「入学初日といったらマックだよな?」
「ね?」
お父さんとお母さんは何か通じているようで笑いながらそんなことを言う。
滅茶苦茶だこの親……!
長い芸能生活で頭のエアリーダーどっかに落としてきたんじゃないの!?

妙にテンションの高い親に連れられたアタシ達は
そのままお父さんの運転するワゴン車に乗り込んで家に帰ることになった。















部屋に荷物を置いてお昼のために居間に向かう。
そしてそーっと襖を開ける。
「あーーーーっ! それダメだってリョウジ!!」
「運が無かったみたいだなシュウ! ほらシキっ」

涼二。アタシのお父さん。
詩姫。アタシのお母さん。

隠された妹より、この二人が一緒にいて、かつここで遊んでいると言うのがある種奇跡だ。
しかもトランプで神経衰弱やってるし……。
会うときはいつもどちらか一人で、一緒に食事に行ったりしていただけだったから。
「お父さん……お母さん……」
わさーっっとアタシに抱きついてくるお母さん。
お母さんのこの癖……それがバージョンアップして涼音に搭載されているんだろう。
激しくバージョンダウンを希望します。
「お帰り優姫、涼音っ! 初めて会う感想は?」
涼音の顔を見るとにっこりと笑顔を見せる。
驚きの連続で何かが麻痺してよく分からない。
「えと……うん。驚いてる。やっぱ妹なんだ……ほんとに」
「そーだよっ!」
……この親は……楽しそうに大事なこと黙ってやがって……!

「…………理由、聞かせてよね?」

多分、今鬼が背負えてると思う。












アタシ達家族だけが居間に残って家族会議。
人の家でやるのは実際迷惑極まりないと思う。
「まず、優姫をここに預けてた理由……知ってるか?」
机越しに座ったお父さんとお母さん。
それに向かってアタシ達二人が座っている。
「……お父さんとお母さんが忙しかったからでしょ?」
「それもある。でも、何で涼音が俺たちと一緒にいたんだと思う?」
「……学校じゃないんだから答えを言ってよお父さん」
「あぁ……そうだな。優姫を預けたのは、優姫が病弱だったからだ。
 よく病気するのに構ってやれないのは怖かったからな……。
 かあさ……おばあちゃんの所でも良かったんだがその時は入院しててな。
 だからこの士部の家においてもらった」
「ふ〜ん……そうだったんだ」
なんか、もう今となってはどうでもいい理由だ。
「んで、せめて涼音は俺たちで頑張ろうって今まで頑張ってた。
 ……ごめんな。謝ることしかできないけど、俺たちにはそうしか出来なかった」
「そっか……仕方ないよね。頑張ってたんだもん」
理解ある子だと、よく言われる。
でも、そうしないとこの理不尽には耐えられない。
そういう生き方の成れの果てがアタシ。
アタシにとって仕方無い、と言う言葉は、全てを我慢する対象になる。
「んで、今俺たちがこっちにいる理由なんだけど」
「うん」
アタシは頷いて続きを待つ。
「仕事を引退してきたんだ」
「へ?」
間抜けな声が出た。
……え? や、やめた??
「あれ? 聞いてない? 今日の朝ニュースやってたと思うけど」
お母さんがおかしいな〜と首を傾げる。
一応有名人だという自覚はあるっぽい。
「今日の朝は……ちょっと早めに出たからテレビ見てなくて……」
つか……え?
ってことは……さ。
「はいはい! 私言いたい!」
ここで自分を主張する涼音。
「はい、どうぞ涼音」


「一緒に暮らそうっお姉ちゃんっ!」


ギューッと抱きついてくる妹。
えーっと……
なんだろうこのハイスピードで進む事件の数々は。
今日一日でアタシの人生丸ごと書き換わりそうだ。
考える時間が、アタシには必要だった。
色々……整理しないといけないこともある。
「……考える時間が欲しい……」
「―――そうだよね。いっぱい、いっぱいあるよね考えること。
 今日はコレぐらいにしよっかっ」
お母さんがチョットだけ寂しそうに笑って、そういってくれた。






















「だからそれは反則だろ涼二っ!」
「ちげぇって! 数学分析は正攻法だろ」
「普通しねぇよ!」
この……親は…………。
「でねでねっアスミさんって知ってる?」
「もちろん知ってるよ〜今月九のドラマの主人公のお母さん役だよね?
 主題歌がヒメちゃんの歌ってるやつ」
「そうそうっ!
 アタシもちょとだけ出してもらったんだけど、その時に会えたんだっ!
 陽花の先輩でお兄ちゃんと友達だったっ!」
考える時間をくれるといって、そのまま。
再び両親は友達と遊んでいる。
つかねーあんたらっ


帰れよ!


集中しにくいじゃん!
何でブラックジャックでそんなに強いのお父さん!
50連勝って……! やめようよそろそろ!
「いい加減にしろーーっ勝てねぇだろ!?」
「当たり前だろ。カードでお前が俺に勝てるわけないだろ」
「てめっ! ツラかせや!」
「上等だっ!」
喧嘩しだしたし!
しかも子供並みの理由だしっ!!
「あっ行ってらっしゃーい」
お母さんが普通に見送ったよ!!!
「もうすぐ夕飯だから軽めにね〜?」
おばさんも止めようよ!!?

スッと居間から出て自分の部屋に戻る。
はぁ……突っ込みつかれた……。
自分の部屋に入って、ベッドに寝転がる。
「はぁ……」
いきなり、だ。
妹が出来て、お父さんとお母さんが戻ってきて。
頭の中を整理したいけど何を整理すればいいのか良くわからない。

―――……

声が聞こえる。
「………………。…―――…………」
―――多分、涼音の声。
窓の向こうの縁側に涼音と椋が座っていて、何かを話している。
なんとなく少しだけ窓をそっと開けた。
「お姉ちゃんには……嫌われてるんだろうなぁって言ってた」
はっきりとその声が聞こえる。
「それはおじさんが言ってたのか?」
「うん……。親としては失格だからって」
あの人たちは自分達がアタシにどういうことをやったのかわかっているのだろう。
だから、アタシに選択をさせている。
「涼音は……?」
「私?」
「涼音は優姫のことどう思う?」
椋がチラッとアタシの方を見た。
気付いているのだろう。
意図してそれを聞いた。
アタシの不安の一つだ。


「お姉ちゃん? だってお姉ちゃんだもん。私嬉しいよっ」


それは―――アタシの胸に大きく響いた。
「私もこの前まで一人なんだって思ってた。
 でも違うんだって教えられた。
 ずっと……お父さんとお母さんと暮らしてたけど、あんまり家に居なくて、寂しかった……。
 兄弟って、憧れだった。何時でも一緒で、仲悪いみたいで仲が良くて」
アタシが兄弟に憧れたことがあっただろうか……
―――無い。
弟みたいなのが居たから。
親が居なくて、不便したことも無い。
それは、育ての親を買って出てくれたおじさんとおばさんが居るから。
「お父さんとお母さんね、すぐ謝るんだよっ
 親として当たり前のことが出来なくてごめんとか。
 ……仕方ないのにねっお仕事だから―――」
でも、寂しかったのだろう。
彼女は少し暗い影を落としていた。
本当に、今にも泣き出してしまいそうだ。
「おじさんとおばさんの方がよっぽど親らしいって、
 何度も私も行くか? って言われたけど行かなかった。
 私が行くと、お父さんとお母さんの帰る場所が無くなっちゃうしっ」
彼らの忙しさは、その活躍を見れば分かる。
彼女は居場所を守るために―――あの人たちと一緒に居るために、
一人でその帰りを待っていたのだ。
膝を抱えて、顔を伏せる。
―――その表情は見えないけど。
分かる。

「もう一人は、やだなぁ……っ」





「涼音を泣かすなぁぁぁあああああああ!!!!」
窓から飛び出て一直線に走ると椋を蹴り飛ばした。
「ぐほぁああああ!!!」
襖を突き抜けて、道場に突っ込む椋。

「せいやあああああああ!!」
「ちぇすとおおおおおお!!」

そこには喧嘩をする三十路野郎が同時に蹴りを放つ姿。
そういえばお父さんはここでテコンドー習っていたというのを聞いた気が―――

ゴリッ……


「「「「あ」」」」


…………南無。迷わず逝って椋…………。


















隣では真剣に脳震盪で倒れた椋が転がっている。
お父さん達はまた激しい組み手に戻った。
アタシはと言うと泣きながら抱きついてきた涼音を離すことが出来ずに
縁側でずっと彼女の頭を撫でていた。
―――涼音はいい子だ。
お父さんとお母さんのつながりであるためにずっと一人で家に居続けた。
アタシは―――恵まれていた。
この子の味わってきた辛さに比べれば……ずっと暖かい場所で生きてきた。
ずっとお父さんとお母さんと暮らしてきたというこの子の事を聞いて
アタシは多分嫉妬していた。
だってそうじゃん。
アタシはずっと会うことすら出来なかったのに、この子はずっと会うことは出来たのだから。

あの二人かぁ……。
あの両親と一緒に居れると楽しいと思う。
たまに一緒に食事に行くのも、凄く楽しかった記憶がある。
でも……不安だ。
あの二人がずっと大事に育ててきたのは涼音で……アタシじゃない。
アタシが邪魔者みたいにも思える。

アタシはもう、他人として振舞うことしか出来ないかもしれない……

でも、この子はアタシをお姉ちゃんと呼ぶ。
あの二人は、アタシを迎えにここに来た。
生みの親より育ての親の方が親しみやすいに決まってる。
何で、何で今頃……。













「じゃぁ帰るわ」
「あぁ。また遊びに来いよ」
「おう」
父親達が少年の顔でお互いに別れを告げる。
今のは喧嘩じゃなくて遊びだったらしい。
きっと、この人たちは何も変わってないんだろう。
それは、凄くいい事だとおもう。
「涼音〜! 帰るぞ〜」
「……」
「……涼音?」
「……」
涼音はアタシから離れず顔を埋めたままだ。
「……あ、そうだ。優姫、涼音を泊めてやってくれないか?」
ついでに姉妹の認識を高めあってくれると結構。
なんていいながら笑顔を見せる。
「え……あ、うん。おじさんがいいって言うなら良いけど」
そういって後ろに立っていた柊おじさんを見上げた。
「いーぞ。好きなだけ止まってけ」
見事な二つ返事。
このへんの潔さっていうか綺麗さがカッコいいと思う。
「だ、そうだが」
「……うん。わかった」
「ありがとう優姫……んじゃ帰る」
「……ちなみに何処に住んでるの?」
「ん? あぁ。新しい家を建てたんだ」
「ふーん?」

「場所はそこだ」

―――そういえば目の前に新しい家が建っていた。






「あんまり帰るって気がしないね……」
「そか?」
「そうだけど」
「ははっまぁいつでも帰っといでっ」
そう言ってお父さんはお母さんに先に帰ると伝えに行く。
するとお母さんも話を切り上げて帰る。
ウチには―――涼音が泊まって行くことになった。


ちなみに、離れなかった理由は鼻水が……うわあああああ!




 士部家のいいところは、日本の伝統的な建物である平屋の建築で家が広くてとても赴きと年に一度家中の戸という戸を開けて掃除した後の開放感などが素晴らしいことである。
しかもその後には海の一望もできる檜造りの広いお風呂が適切な温度で待っていてくれる。疲れを癒す格別な空間の一つだ。

「広いっ! すごーい! あ、景色も良い!」
「でしょ?」
 涼音の声がお風呂に響く。
 アタシ達はとりあえずお風呂にはいることにした。……服のこともあるしね。
 鼻水のついた服を脱ぎ捨てて洗濯機に入れておいた。椋辺りが次に来てその上に服を入れてしまえばいいと思う。
 嬉々として彼女はアタシとお風呂の方で視線を行き交わせる。
「木!? これヒノキのお風呂っていうやつなのお姉ちゃんっ」
「そう……檜風呂よ!」
 別にアタシのじゃないわけだけど、自慢げに指をグッと突き出してみた。お風呂掃除は毎日小父さんとアタシが交代でやっている。数年前に改装してから結構綺麗な空間を保ててると思う。
 目をキラキラさせてお風呂と景色を見る。別にワザワザそんな事をする人も居ないだろうが覗かれるとアレなので、と簾が下ろせるようにもなっている。
「いいなこのお風呂ー。旅館みたいだね〜」
「でっしょーっ。お掃除も大変でね毎朝ちゃんと掃除するんだけどカビとかが着やすくて、でも乾燥しきっちゃうのもダメでね、ちゃんとバケツに水を入れて蓋してたりとか―――」

 ザーというシャワーの音でその言葉を切った。見ると涼音がワシャワシャとメイク落としとこねている。
 ふとこちらに目をやるとへにょんと緩く微笑んだ。ほと見事にマイペースである。

「お姉ちゃん、風邪引いちゃうよ?」
「……そだね」

 どうやら熱くなりすぎたようだ。趣味を理解してもらえないお父さんの気持ちがちょっと分かったかもしれないよ小父さん……。
 自分もその隣のシャワー前に座ってメイク落としを使う。
 桶に溜まったお湯を使ってザバッと洗い流すとシャンプーに手を伸ばした。
 その手が丁度涼音と同じタイミングでピタリと手を止める。
「あ、お姉ちゃん先どうぞ。私多分いっぱい使っちゃうから」
「ありがと。涼音は髪長いよね。どれぐらいから伸ばしてるの?」
 聞きながらシャコシャコとソレを手に盛って頭につけてワシャワシャと伸ばしていく。
「ん、とー。多分物心つく前からずっと長かったよ。何回かお姉ちゃんぐらいまで切ったけど」
 髪をぐいっとひとまとめにして肩から前側に下ろすと下のほうからワシャワシャと揉むように洗っていく。それは私から見れば結構大変そうで、聞くとやはり大変だと言ったが慣れっこだとも言った。

「やったげよっか?」
 自分のトリートメントが終わって頭にタオルを巻き終わって尚彼女は髪の中ほどを洗っていたので見兼ねたアタシが立ち上がる。
「えっでも」
「なんか楽しそうだし」
 そう言ってシャンプーを手につけて彼女の後ろに膝立ちになると、てっぺんからわしゃわしゃとその作業にとりかかった。
 髪質は自分と似ている。タオルを巻いてしまえばホントの意味で瓜二つになれるんじゃなかろうか。
「痒い所はー?」
「ううん無いよ〜っ」
 割と彼女のノンビリした所も含めて遅かったようだ。
 テキパキとやっていくアタシを彼女は手放しで褒めてくるので調子に乗ってトリートメントを全て引き受けた。
 上機嫌な彼女の髪にトリートメントを馴染ませてからグルグルと頭を覆ってあげてアタシは自分の身体を洗う事にして隣の鏡の前に戻った。
 スポンジに石鹸をつけて身体を洗う。彼女も同じようにタオルにボディソープをつけてそれを泡立てていた。
 左手、右手、首、身体前、背中、右足、左足。

『同じだ!?』
 ちなみに洗った順番である。左手あたりから何となく気になってちらっと相手を見ていたが洗い終えて全て同じだった事に同時に驚いた。
「あははっ凄いシンクロ! お姉ちゃんシンクロナイズドだよ!」
「う、うん……」
 なんともいえない妙な気分になる。新しい発見に素直に喜べないというか。
 涼音は鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌に身体を洗い流す。やっぱり双子なのか、と変な納得感というかそれでもこんなのは根拠じゃないと言いたいような半端な気持ちだ。

 二人で一緒の湯船に入る。ため息が出るほど気持ちがいい。

「お姉ちゃん」
「うん?」
「いいお家だね」
「……うん」
「広いし、おじさんは明るくていい人だし、みやこさんも優しいし、椋君も面白いし。なんか、暖かい」
「うん。椋以外は認めてあげる」
「椋君には厳しいんだお姉ちゃん」
「そりゃね。弟みたいなもんだし殆ど」
「ふふっそれに、お姉ちゃんも居るし」
 どうやら家族勧誘はまだ続いてるようだ。にやにやとする彼女の視線にどう反応すればいいか分からなくて視線を避ける。
「そう、かな?」
「えへへ〜私はいつでも大歓迎だよお姉ちゃん」
 さっきからむず痒いのは、そのお姉ちゃんという単語のせいだろうか。
 いやこの子の甘ったるい性格のせいもあると思う。なんだろう。女の子らしいというか、妙な育ち方だ。まるで箱入り娘と言うか。
 凄く純粋だ。真っ直ぐに私を見る。いいたい事を言う。それでもそれは嫌な感じのことじゃなくて、好意を言葉にする簡単なものだ。
 つまりは物凄くいい子なのだ。アタシが目もあてられないほど。
 今は鏡に映ったみたいに同じ顔と格好をしているのに。性格まで綺麗に反転してくれたのだろうか。
「何に歓迎なのよ……」
「家族っ」
「ん……まぁ、考えてる途中だけど。まだ、納得できない、かな」
「そっか……」
「あ、別に涼音のせいじゃないよ? アタシがなんかうん……ごめんね」
「ううん。でもお姉ちゃんがお姉ちゃんだから。私はそう思ってるよっ」
「……ありがと」
「うんっ」
 アタシは不意にのぼせそうだと思って湯船を出る。シャワーで髪を洗い流しながら一息ついた。
 彼女は確かに妹と言えるようになると思う。この場で丸裸の意見にアタシは逃げるような答えしか言えていない。彼女はいい妹だがアタシは良い姉ではない。それは彼女にとても酷い事のように思えた。でも彼女はアタシが姉で良いという。
 まだ問題点も曖昧。色々思索はするんだけれど引っかかった何か問題がある。
 同じように湯船から上がってきて彼女も髪を洗う。
 長い髪は少し羨ましい。ただ手入れはやはり大変だ。
 水に濡れて髪を下ろした私達はやはり別人。ほら、鏡に映っているわけではないと映った私が笑ってた気がした。

 コンディショナーをつけて、少しだけ身体を洗うともう一度湯船に戻った。
 私は基本的に長風呂と言われるほうである。でもお風呂は気持ちが良い。
 言葉は無かった。

 すると――。彼女が小さく、鼻歌を歌いだした。
 小気味良い音程。それだけで分かる歌の上手さ。
 この子は――あの人たちの子。それがすぐに分かる。

 生みの親より育ての親。そして同じ日に生まれた姉妹よりも一緒に育った弟。
 その方がよりリアルな家族。実感のあるアタシの世界。
 でも最近の他人行儀はアタシの焦りだ。この家族と長く居られない。アタシは高校を出たらここを出てアルバイトをしながら大学へ行く。全て自分でなんとかする。そういうつもりだ。
 此処が嫌いな訳じゃない。とても好きだし、士部の両親にはとても感謝はしている。
 でも。
 でもさぁ……。
 アタシが迷惑をかけ続けるのはとても申し訳無い事なんだと思った。
 きっと言えば、そんな事は無いって言ってくれる。心配もしてくれる。とても嬉しい。

 でも、アタシは。此処に要らなかった人間なんだよ―――。

 こんな言い方は、みやこおばさんが泣いてしまう。おじさんに叱られる。
 正しくアタシを育ててくれた二人はアタシの父と母。だからこそ。

 本当の家族って、何なんだろう。

 わかんないよ。あたしには。



 お風呂から上がって、涼しい風に当たっていた。春先だけど午後からは暖かく、マフラーも要らない程の陽気だった。
 お風呂では沢山のことを話したように思う。新しい家には一階にハイテクお風呂、さらに二階にもあって、外国みたいなシャワー用のやつがついているそうだ。
 新しい家、それも魅力的な話であった。
 湯冷めは身体に悪いけれど、やっぱり頭を冷やしたい気分だった。
「涼音ちゃん、可愛いなぁ」
怪しからん笑顔でアタシに話しかけてくる。
「……何が言いたいのかな〜?」
アタシが可愛くないの意だ。
「あんぐらい可愛げがありゃいいのに」
うっさいな分かってるっての。
「アタシに鼻水垂れ流せって言ってんの?」
 涼音が小母さんを手伝っている。だからアタシは縁側で考え事。
「うははははは! それはそれだろ。
 根本的に違うだろ二人ってさ。双子の癖に」
「うっさい。双子って知ってまだ1日経ってないんだから。
 違うのは当たり前でしょっ」
「さぁね〜? 双子って、どっかで繋がってるって言うけど違うのかね?」
「ゲームのやりすぎでしょ。人間そうそう同じには出来てないし」
「……さよけ。夢のねぇやつ」
「椋に言われたくない」
「けーっウゼェ。しっかし妹とはねぇ。どうよその辺」
「複雑」
「単純明快な答えをありがとう」
「だってしょーがないじゃんっ! 今日初めて会って!
 お父さんとお母さんが揃って! 家族やりましょうって夢これ!?」
そうだったらどれだけ楽だろう。
後は起きて顔洗ってご飯食べて忘れるだけ。
いつものアタシに戻ってハイ終了。
「あーあー壊れるな落ち着け優姫。
 国民的アイドルのお二人がそろってお前の親だって所から奇跡だ。
 今頃叫んでも仕方ないぞ」
「アンタに言われるとひたすらムカつくしっ!」
「うへへへっオレってば一般人でねー」
「……羨ましいやつ。アタシも椋ぐらい能天気ならすぐに戻れたんだろうなぁ」
「……オイ、能天気とは随分だな。
 まぁそういう考えがあるってところが『お姉ちゃん』にはぴったりなんじゃねぇか?」
「……兄弟に性格は関係ないんじゃない?」
「そうか? まぁ涼音はさっき嬉しそうだったぞ?」
「……涼音が?」

「あぁ。涼音を苛めるなキックは効いたぜ?」

ニヤニヤとした不敵な笑みでアタシを見る椋。
それがムカついてアタシはぶっきら棒に答えを返す。
「おじさんたちには適わないけどね」
「……今度からはもっと方向を考えて飛ばしてくれ」
「むしろ狙うし」
「今度は死ぬから! 絶対死ぬからやめてくれ!」
「……必死だね……」
そんなに痛かったか……。
「ったく。体温が無くなる様な落ち方はもうこりごりだっての。
 はーぁ。腹減ったー飯まだかなー」
「今作ってるとこじゃない?」
丁度いい匂いがしだした。
と言うことはまだ少し時間がある。
「そかー。んじゃ部屋に戻ってゲームしよーっと」
言って立ち上がるとアタシの後ろを通って自分の部屋へと向かう。
「ん……」
ありがと、と呟いたのは多分聞こえていないだろう。











国民的有名人Ryojiと歌姫シキの苗字を知っている人は知人を除いて居ない。
よってアタシがその血系だとばれることも無かった。
本当に……アタシは、家族なんだろうか、と思うことも多かった。

人に甘えるようなことは無かったと思う。
おばさんは甘えていいよって言ってくれたけど、アタシはそれをしなかった。
家族として……アタシは異質だ。
やっと迎えに来てくれた本当の親達にも、溝を作っている。
「ダメだなぁ……アタシ……」
縁側で一人呟いた。
帰りたくないんじゃない。
あの人たちと暮らすのが、怖いんだ。
ずっと一緒に居たこの家のほうがまだ楽。
自分を曝け出すなんて、苦手だ。
作った自分を出すことならいくらでも出来るというのに。

「いよぅ。まだ悩んでるかね優姫ちゃん」
「おじさん……」
おじさんが何故かビールの箱を持って現れる。
士部のおじさんはかなり陽気な人で、道場主でいくつもの武芸に通じている。
その血を受けたせいであいつも運動は得意なんだろう。
「何、悩んでるならちょいと昔話でも、と思ってな」
「昔話?」
「知ってるか? 自分の名前の由来」
「……知らないなぁ……考えたことも無かった」
優しい女の子を意味して優姫と名づけられたのではないだろうか。
その程度の予想しかしたことない。
「お父さんに兄弟が居たって言うの……知らないよなぁ。
 あぁ、もう全部話しちゃうぞっ」
おじさんはビールの箱を置いてアタシの隣に座った。

月が綺麗な夜だった。縁側から見える庭の先には小さな畑と壁があって、
ただボーっとその風景を眺めていた。
父さんにはお兄さんが居たらしい。
名前は優一―――あぁ、そうか。その人がアタシなんだ。
お父さんの兄弟は優一、涼二。
アタシ達が優姫、涼音。
その優一という人は、もう死んでしまったらしい。
お父さんを庇って交通事故にあったんだそうだ。
―――その位置に、アタシを重ねてみるのだろう。

「必死だったぞ? お前を預けるときに、アイツが泣いたんだぜ。
 『この子だけは絶対に守らないといけないのに……っ』て」

「お父さんが……?」
意外だ。お父さんは性格的に見ても簡単に泣くような人じゃない。
「それだけの想いを込められてるんだよ。優姫、お前には。
 だからアイツは、仕事がオフになったらずっとお前に会いに着てたんだ。
 家に居る涼音ちゃんほったらかしてだぜ? 酷いよな」
酷いといいながらあっけらかんと笑うおじさん。
あの人のオフ。年に数回。本当にそれだけなのは、マネージャーインタビューの記事で見たことがある。
貴重な時間だったんだ。アタシはぞんざいに当たる日も多かったのに。他人行儀に。ただ元気だと報告するような。
アタシは―――あんなにも想われていた。
「確かに親としてはオレもどうかと想うぜ?
 アイツらが親としてやったことはオレにも劣る。ざまぁみろ」
「ははは……」
少し涙が出た。膝を抱えてソレを隠す。
馬鹿だ。アタシは。そんな簡単な事に言われて初めて気付いた。
それでも、笑って私を見送ってくれてたあの人にどういう顔で会えばいいの。

でも、とおじさんは言葉を切り返した。


「アイツらの歌は、たくさんの人に感動とか楽しみを与えた。
 なぁ、知ってるか?
 アイツらが歌う希望の歌は大勢を救ってる。
 アイツらが歌う悲しみの歌は沢山の人を慰める。
 それはあいつらにしか出来なくて、あいつらの声でしか届かなかった。
 だからオレはアイツを責めない。
 そのことで文句を言えるのは被害を受けてるお前らだけだからな」


誰でも知っている栄光。
お父さんとお母さんが歩んできた道に、アタシ達は一緒に居れなかった。


「帰る帰らないは好きにすればいい。
 どーせ家も目の前だしなっ。
 でも……まぁオレたちじゃ本当の親になれないのは分かってる。
 戻れなんて言わない。むしろここに居ろと言わんばかりの勢いだ。

 でも、ぎこちなくても―――……本当の家族ってのを知ってて欲しいとも思うぞ」


おじさんは話を切り上げるとビールを持って立ち上がった。
「ガラにもねぇ話だった。んじゃ、悩める少女よさらばじゃ!
 おっちゃんはこれから大人の会議にいってくるぜ!」
「……ビール持って?」
「当たり前だ! 引越ししてきてるんだから蕎麦がある!
 だが冷えたビールは無い! コレを持って行かずして何が引越しか!
 は! ぬるくなるっ! それじゃさらばだ!!」
拳を固めて語るだけ語った後、走ってお向かいさんのおうちへむかった。
きっと、昔話を肴にビールがなくなるまで飲んで、夜中にベロベロになって帰ってくるのだろう。
どうせ明日は道場も休みだし。
いままでおじさんが道場の練習を休んでいる姿を見たことは無い。
ただ、親友と話すために。
今日一日だけあの人は遊ぶんだろう。

―――親友、っていうのはそういうものなんだろうか。
おじさんはお父さんの肩を持つ。
アタシは……考えることを強いられている。
でも無理強いされないのはきっと、お父さんもお母さんもおじさんもおばさんも、
アタシのことを想ってくれているからだろう。
それは、分かる。
分かるんだけど……。






「お、おいしぃ〜! ミヤコさん料理上手いんですね!?」
「あらありがとうっでも涼音ちゃんのお母さんも料理上手でしょ?」
「うん……あんまり食べたことないけど」
食べたことすらないアタシ。
あぁ……やっぱり涼音の方がいい思いしてるんじゃない。
とちょっとジェラシー感じてみる。
「ただ、お父さんにだけは料理を作らせちゃいけないよ?」
おばさんはにっこりと笑ってアタシ達を見た。
「はいっ知ってます……!」
涼音は元気よく答えて―――……涙した。
……何かあったのだろうか……。
「んなにひでぇのかよ?」
椋が行儀悪く箸を銜えたまま喋る。

「……『食べ物』が『食べられない』ってどういうことか分かる……?」

妙に重みを持った言葉が発せられる。
黒いモヤを背負った横顔が怖い。
つまり―――ダメなんだろう。
もう、なんていうか、全てが。
その思いがヒシヒシとあたしに伝わる。

「昔から涼二は料理だけは全然ダメでね〜。
 よく料理を作って優姫ちゃん達のおばあちゃんを入院させてたなぁ……
 それ以外なら、何でも出来たんだけどね〜」

どんな料理だよ!

何か徹底的にダメな何かを持っているお父さん。
ある意味魅力的にみえるかもしれない。
……でもそれはアタシの基本体質にそっくりだった。
おばさんはにっこりアタシに笑いかける。
「ッてことは、多分優姫ちゃんもな〜んか苦手なことがあるはずなんだけど?」
「アタシは〜そんな。別に無いって」
「そう? 犬が苦手とか、一個だけ絶対食べれないとか、歌が下手とかない?」
ビクッとその言葉を聞いて固まった。
「あ? ビンゴ?」

「あー知ってる知ってる。こいつ歌が全然ダメなんだ」
ニシシっなんて笑いながら簡単に人の秘密を晒す。
「り、椋っ!」
「……そうなの?」
涼音が意外そうな顔でアタシを見た。

「…………っそうですーっどうせ下手ですよーーっ!」

そう、アタシは先生も圧倒する音痴だ。
何度か直そうと試みたことがあるが、先生が折れるのが通例。
あぁ、本当にあの人たちの子供なんだろうかと疑うほど。
……多分コレだ。
アタシが帰りたいと思えない理由。

つながりを感じない。

細かな所では似ているのだが、大きなものが見えない。
あの人たちは歌に生きた。
でもアタシは触れることを許されない。

アタシは……あの人たちと確かな繋がりが、欲しいんだ……!




















「音痴って直るよ?」

その声は、確かに聞こえた。
涼音はアタシの顔をじっと見て言う。
「え……?」
「直るよ? それって先生が悪いんだよー。
 御堂先生とかに見て貰ったらすぐ直るよっ」
「ミドウ先生……?」
「そそっ私も小学生ぐらいの時見てもらったよっ!
 今はこっちに帰ってきてレッスン教室やってるって聞いてるけど……」
「レッスン教室って……音楽塾?」
絶対にアタシが踏み入れることの無い場所だ。
なんせ無理だと思ってますからね!












まぁ、早速次の日につれて来られたわけだ。
妹ながら素早い行動に感動だね。
駅前の目立たないビルを使ってそのレッスン教室は存在した。
「ありゃ? 久しぶりじゃねぇ涼音ちゃん……あれ?

 増えたん?」

アタシを見てそんなことを言う。
何を思って増えたと……?
普通増えません。
「増えてませんっアタシは水ノ上優姫といいます。多分、涼音の姉です」
「ふ〜ん? 曖昧なんじゃねぇ。そっちの男の子は?」
「……士部椋っす」
ぶっきら棒に答えて軽く頭を下げる。
……多分緊張してやがるこいつ。
御堂先生は年齢不詳の若めのお姉さんだった。
アタシより背が低くて可愛い。そして淡白な印象の広島弁。
「そう。涼二君の友達の子供かねぇ? まぁいーけど。
 何か御用? 入塾するん?」

「音痴って直りますか?」
アタシは単刀直入にその人に聞く。
多分回りくどいことしても仕方無い。
「直るよ」
さも当たり前のように先生は答えた。
「……そっか。優姫ちゃんだったよねぇ。
 多分直らないと思って諦めてたんじゃろ?
 そういう人いたよ?」
「直ったんですか!?」
「当然」
ブイっとピースをしてみせる先生。
意外とお茶目だ。





塾に行くことが決まって、学校の様子を見ながらアタシは通うことにした。
基本の座学が平日の時間にあって、自由参加らしい。
もちろんなるべく参加しようと思うが、学校のクラブには入りたい。
演劇部とか有名で結構大学に顔が広いんだとか。
そういった将来設計も大事だと思うよ?
そんなことを考えながら、クラブ勧誘真っ最中の放課後を歩く。

―――あれ?
なんだか見たことある面々に囲まれている涼音を発見した。
毎朝アタシと一緒に登校するようになって、大分あのこのことが分かった。
引っ込み思案だけど好奇心旺盛でやる気があるけど空回りしやすい子だ。
―――まぁなんていうか、妹がいのある子だ。
友達は何人か作っていたみたいだけど……アレは違うな……
なんとなく後をつけて行くと空き教室のほうに入っていった。
「あー……」
分かったかもしれないあの連中……。
アタシは一応後を追ってこっそりドアに張り付いてみた。
「あ、あの……何か用ですか……?」
びくびくとしている涼音の声。
「うん。ちょっとね聞きたい事があるのあなたに」
「なんですか?」
「貴方、優姫さんの妹さんよねぇ?」
いってその集団のリーダーの女性が涼音に詰め寄る。
「そうですけど……」

「ねぇ、お姉さんに言って欲しいの。早く椋君から離れろって」

ハイ、この集団。
椋のファンクラブです!
ナンバーは現在0(リーダー)から11。
12人。結構な人数が居ますね。
「ウザいんだよねー。付き合ってるわけでもないのにいっつも近くにいてさー」
好きで居る訳じゃないってのボケが。おっと失礼。
「早くいなくなっちゃえばいーのに」
あんたがね。
「ちょっと可愛いからってみんなから言い寄られてるのにねー」
 ……そろそろ……
「椋君もいっつも殴られてるしーあの暴力女マジムカつくー」
   ……限界が……
「あははっ言えてるー何でも出来るからって好き放題やってるしさ」


「お姉ちゃんはそんなことしてないっ!!!」


声が、衝撃波のように広がって耳にダメージを与えた。
ガラスが共鳴してビリビリと震えていた。
―――な、何この声量……!?
突入しようと扉に手をかけたのだが、音に弾かれて数歩下がった。
周りの人も何事かとこちらを振り向いている。

「ちゃんとお姉ちゃんと話したこと無いでしょ!?
 努力しない自分のこと棚に上げて文句言ってるだけじゃん!」


半分泣きながら、叫ぶ涼音の姿が見えた。
何人かは声にやられて蹲っている。
「……っうるさ……!」
近くに居た運動部の女性が乱暴に涼音の口を手で塞ぐ。
「んぐっっ!!? んんんん〜っ」
あんまり力の無い涼音はそれを振り払えずバタバタと暴れる。
「つー……でっかい声。アナタもウザいねー。でも、脅威じゃないわ


ガンッ!!!

アタシは乱暴に教室のドアを開け放つ。
「―――! あ、え、水ノ上さん……!?」
いやーこんにちわ皆さんお久しぶり。この学校だったんですねー言ってくれれば良かったのに」
「ふんっ……! 白々しい!」
「そぉ? んじゃ単刀直入にその子を放しなさい」
「あははっ妹さんでしょ? びっくりしたわ〜同じクラスでね」
「アタシもついこの間会ったばっかりでねー双子だって初めて知ったよ」
「そう。妹さんの方が大人しくて可愛げがあるわー」
「アタシもそう思う。いい加減放しなさい」
「いやよー折角好都合なのに」
「何が?」
「話は聞いてたんでしょ?」
「聞いてたよ?」
「いい加減、椋君に付きまとうのやめてよ」
ええいこの悪役共め……。
あの手が離れてたらいくらでも打ちのめせるのに。
「……言ってるじゃん? アタシは別に付き合っても無いし、付きまとっても無いし」
「そんなことはどうでもいいの。アナタが邪魔だから、椋君を避けてって言ってるの」
いっそばらしてしまおうか同じ家に住んでるって。
あーそんなことしたらアタシの世間体がっ!
―――でも、そんなの。
ポロポロと涙を流す涼音を見ると、どうでも良くなった。
「あぁ、無理無理。同じ家に住んでるんだもん」
「はぁ!?」
「あんねー説明が面倒だから省くけど、そういうこと」

「それってずるくない!?」

ずるくないよ……。むしろ変われよ誰か。
彼女が驚いたとき、力が緩んだのだろう。
涼音が彼女の手を振りほどいて逃げ出した。
―――でかした!
慌てて涼音を捕まえようとする彼女の間に体を滑り込ませる。
そしてその腕を掴んでにっこり笑った。

「女子柔道部の……何さんだったかしら? まぁ柔道技って慣れてるよね?」

明らかに、彼女の顔から血の気が引いた。
そして、次の瞬間には彼女の体は宙を舞う。
士部流の柔道。
それは目にも留まらぬ素早さで懐に入り投げ飛ばす。

ダァァァアンッ!

ちゃんと机とかに当たらないように投げた。
ただ床なため、かなり痛かったと思うけど。
「ぼ、暴力は良くないですよ!?」
リーダーの女性がアタシから思いっきり距離を取る。
涼音はアタシに抱きついてプルプル震えていた。
「あはは……暴力なんて……

 ……いい? アタシに何をしても構わないけど、妹に手を出したら容赦しないから

思いっきり殺気を込めて言い放つ。
次やったら、殺す。ぐらいの。

アタシは涼音の手を取ると、教室の外へと出た。
ヤジウマがわらわらと集まっていたがソレを掻き分けて歩く。
程なくして先生達が走っていくのを見たがまぁ何を言われてもあたしは平気だし。

ソレよりも問題なのは今、この不完全燃焼したストレス。
あ゛ー……ムカムカする。
好きで居候してないっての……!
今は涼音が迎えに来てるけどどうせ帰り道は一緒になるし……!
女なら相手から好きって言わせるぐらい自分を磨けっての!

「いだだだっ! お、お姉ちゃん手がいたい〜〜っ」

「あ、ゴメン」
怒りに任せてギリギリと手を握りつぶしていたみたいだ。
パッと手を放すと涙目で手をスリスリとさする。
泣き虫だなぁこの子……。
そんなことを思っていると急にアタシに抱きついて、またプルプルと震えだした。
「ありがとう……お姉ちゃんっっ」
あー怖かったかやっぱり。
陰湿だからねーあいつら。
よしよしと涼音の頭を撫でる。
「ん……いいよ。あの人たち中学校からのグループでさ。
 何かあるたびにアタシにからむのよ。
 気をつけてね。何かあったらアタシに相談してね……その」
姉妹なんだから、とは今更恥ずかしくていえなかった。
涼音は最初からずっとお姉ちゃんとあたしを呼ぶ。
なんだかんだ言っててそれは嬉しい。
それでも彼女はへら〜っと嬉しそうに笑ってさらに強くアタシに抱きついた。
実は、もう一つ嬉しいと思ったことがあった。
涼音が、アタシの為に怒ってくれたこと。
自分の置かれて居る状況が圧倒的に不利って分かってても、
彼女はアタシの為に怒ってくれた。
だから、アタシは素直に怒れた。
正義の味方を気取るわけじゃない。
でもこんないい子を放っては置けない。
頭に手を置いて髪がくしゃくしゃにならないようにゆっくり撫でる。

「もう……アタシが守ってあげるから。だから、大丈夫」
「うんっうんうんっ!」
何度も頷いて嬉しそうに笑う。
映し鏡みたいに似ているアタシ達、でも彼女はアタシに無い笑顔を見せる。
「あっ! そうそう! さっき、さっきねっ!」
涼音が急に何かを思い出してアタシを見た。
本当に嬉しそうに。

「妹に手を出すなっって言った! 妹って言った!

…………そういえば、言った……気がする。
……よ、よくよく考えれば〜〜あの、なんだろ。
すっごく恥ずかしい台詞だったんじゃ……!?
「い、言ったかなそんなこと?」
「あーっあーっとぼけるんだ? とぼけちゃうんだ?」
えへっえへっと気持ち悪い笑みでアタシを見上げる。
急に凄く恥ずかしくなって、アタシはその子を振り切って歩き出した。
「あーーっ逃げないでよーおねーちゃーんっ!」
「あーっアタシをお姉ちゃんと呼ぶなーっ」
多分、顔が真っ赤だ。
あぁ、もう。妹なんて……!

「かっかっか。良きかな良きかな〜素晴らしきは姉妹愛よ」
サッカー部説明会場の教室の窓から顔を出して、アタシ達を見ていた椋が笑った。


ガツッ! 
と椋の首を窓で挟んで固定して3秒内にパンチとニーを計50回叩き込んだ。








このときから、アタシ達は姉妹として繋がり始めた













お父さんに考えると伝えて、数日が経っていた。
アタシはまだ、士部の家にお世話になっている。
お父さんとお母さんも何か新しい仕事を始めたみたいで、
夕方に仕事から帰っているらしい姿を見た。
30の半ばで転職って大丈夫なんだろうか……まぁお父さん何気に何でも出来るっぽいし……。
いやそもそも稼がなくても生きてはいけるのか……そうか……。
お金があっても使う暇が無かった感じの生き方だもんなぁ……。
まぁいいんだけど。

話を聞くと先生はお父さんとお母さんも見ていて、何人もの有名な歌手を育てたらしい。
別にその事を鼻高々にして宣伝しているわけでもなく、ひっそりと小さな塾をやってきたらしい。
その方が性に合っていると。
……す、凄い先生だった。
先生自体も昔歌い手でやっていたという。
歌を聞かせてもらったが、果てしなく上手かった。
実際オールドCDの中にその名前を聞いたことがあった。
……オールドだ。十年以上も前の曲。
せ、先生っていくつ……?
アタシの計算だとどう考えても40を超え……
「優姫君」
「は、はい!?」
「余計なこと考えちゃだめ」
「す、すみません……」
ばれたのかも知れない。笑顔が怖い。
歌のレッスン中は先生はかなり鋭い。
集中力が切れると休憩にしてくれるし、意識が別の方に向くと直してくれる。
凄く指導が上手い先生だ。
本当に数日で、アタシのダメだった部分が綺麗に直されていった。
それでも声の個性を失わないように、基本的な部分だけをしっかりと教え込んでくれる。



声の基本となるのは呼吸。
歌の基本となるのは音階と声量とリズム。
声は元々通るほうだった。
腹式呼吸という呼吸方式はすぐに覚えることが出来た。
さて、音痴の元となる音階とリズム。
感覚的に覚えるのが普通なのだそうだ。
音楽プレイヤーっていうやつを持ち歩いて常時音楽を聴いていた。
……それは涼音に勧められて聴いている音楽で、アタシにも良く馴染めて良いものだった。
そのお陰で何枚かCDを買ったり貸してもらったりしている。
涼音とは……ほんと、驚くほど趣味が合う。
……や、やっぱりアタシって双子なんだ……と思える。









レッスン教室を終えてアタシは海岸通をトコトコ歩いていた。
あそこは楽しい。
苦にならない塾って凄いと思う。
それもあの先生の手腕がなせる業なんだろう。
アタシは空を見上げてどんどん上手くなっていく自分を感じて嬉しく思う。
このまま上手くなって、とりあえず椋に勝って。
学校の方の中学校の音楽の先生には感動された。
凄いってさ。
わざわざ聞かせに行ったのかと言われればその通りである。
伝われこの感動。響けあたしの声。

御堂先生は声の質を褒めてくれた。
『さすがに二人の子供じゃねぇ』
それは、アタシにしかない才能なんだと。
やっと、近づけた気がした。
家族に繋がる道が、見えた気がした。
理想のアタシ像が見えてきた気がする。

繋がってきた。あの人たちと。
歌うことが楽しい。
誰かに聞かせたい。
そう、それはお父さんやお母さんと同じ、歌うことへの欲求。
もっと、もっとだ。
アタシは上手くなれる。


アタシは―――あの人たちみたいに―――


スキップするみたいに弾みながら上機嫌に歩いていた。

春の海岸通。
少しずつ気温が上がってきて、夏の陽気が近く最近は薄着でも大丈夫かもしれない。



―――声が聞こえた。
それは聴いたことの無い声。
意志のこもった、清々しい声。

歩道沿いの防波堤を目で辿ってその姿を発見した。



それは『アタシ』だった。


何あれ。
何アレ何アレ……!
動悸が激しくなる。
呼吸を忘れる。
ただ、その存在に囚われる。





それは、スポットライトのような光の下に存在して風を浴びてひたすら楽しそうだった。

黒い波に向かって力強く歌う『アタシ』
人々のようにうごめいて、拍手のような音を返す波。

その歌は聞いたことの無い歌で、その歌自体にも意志を感じた。

    『歌え』

ただ、それだけ。
ただ、ひたすら、我武者羅に、繊細に。
その『アタシ』は歌う詠う唄う。
見ほれている自分に気付くこともできず、その場に縛り付けられたように動かず。
確かな意志を持って歌う『アタシ』。
アタシはそれを見続けた。


気付く。
アレは『アタシ』じゃない。
違う。違うよ……でも―――!






アタシのなりたい、『アタシ』の姿だった。


アタシを見つけて微笑む涼音を見て、アタシは目標を見つけた。
あの姿に追いつくのだと。

アタシなりの家族の証明。
その声に、その力に。
全力を持って挑んで、伝えるんだ。
アタシ。証明を始めようその『声』で。



そして叫ぼうアタシは『水ノ上優姫』だと。









今日からアタシは、水ノ上の家に戻ることにした―――。

Hop Step Punch! Fin...

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