第39話『子供達の旅立』

月が在る。
只大きく、二つに割れたこの世界を照らす大きな月。
ただこの月は、今日だけは。

この場所を照らすためだけに存在した――。


「いや良かった。今日も月は欠けなかった」
双剣が月明かりに銀に光ったように見え、瞬時に色を失った。
もとよりあの剣は透明――色など無い。
「あぁ……いざ参ろう」
金色の甲冑、金の槍を振りかざして、戦王が目の前に立ちはだかった。

途端、空に亀裂が走る。
世界はそれをオーロラと呼ぶが――世界の裂け目がそこにあった。

――戦女神が舞い降りた。



その光景、まさに絶景だった。
月夜を多い隠さんばかりの麗しい戦女神達。
空に立つもの地に降り立つもの更に高みから見物するものさまざまだ。
その戦いを。
その意志を。
その昂ぶりを。


『――さあ、始めて貰おう。私達の愛しい人形達。
 その儚い命を燃やし、今までの人生を謳歌せよ。
 その剣にその槍に命を捧げ、魂で叫ぶのだ。

 たった一人だけが――天意裁判<ジャッジ>を超える』

「……おう。遅いお出ましだなラジュエラ」
『何を言う。開始には丁度良い時間では無いか。
 もうすぐ月が――真上に昇ろう』



「……トラヴクラハ・リーテライヌ。冠は”トラヴクラハ”、銘は”戦場を駆ける者<ラスタロン>”――再度仕る」

「ノヴァ・Y・エルストルブ。冠は”グラディウス”、銘は”戦の狂喜<ラジュエラ>”
 ……今日は、いい夜になりそうだ」


「――はぁぁぁ!!!」
声を張り上げてノヴァが疾る。
それは、昨日の比ではない。
コウキの言うとおり見えない動きで大地を疾る。
「――ふんっっ!!!」
同じくそれを迎え撃つトラヴクラハ。
その攻撃は空気を切り裂き彼を迎え撃った。
踊るように二人はその攻防を始める。



戦女神達は謳う。
恐らく人として最高に上り詰めた二人の究極の戦いを。

戦女神達は詠う。
この戦いを、忘れぬ世界の記憶とするために。

戦女神達は謡う。
戦いに訪れる彼等の昂揚に、命のやり取りにせめぎ合う魂の声を辿り。

戦女神達は歌う。
この戦いを、結末を見届けるために戦いの歌を。



そして――戦女神は唄う。
死してその身が迷わぬように、導きの子守唄を――。

長い、長い攻防のその果てに――。












ザンッ!! ザンッ!!!

その武器が手を離れる。
「――……」
片目から涙が流れる。
誰かの名前だろうか、二度口が動く。
声になることなく、彼は地に伏した。
彼の目の前に立った勝利者は、二度の音を立てて武器を仕舞うと深々と礼をしてその場を立ち去った。
その体は、戦女神が作り変え、新しい魂の入れ物になる。

その魂は天意裁判<ジャッジ>を超え――




『――さぁ、キミは……どうなるのかなコウキ……』






































「え……お父さん、行っちゃったんだ……」
残念そうにそう言う。
「ええ。また会おう・・・・・。と、言付けを預かりました。
 どちらが先に竜士団を立ち上げるか競おうと」
ヴァンは言って少しだけ悲しそうな顔をした気がしたが――笑っていた。
「え!? そ、そんなっわたしが!?」
「おお! つーことはぁ……アキ竜士団!? やっちゃいます!?」
オロオロと俺とファーナを見るが満面の笑みで答えてやる。
や・れ、と。
「ええ。トラヴクラハは本気ですよ」
「ど、どうしよう……」
「負っけられないなっ!」
そう言ってコウキはアキの肩を叩く。
「も〜簡単に言わないで下さいよ〜」
「だ〜ってやるしかないじゃん?」
ニシシっと悪戯に笑うコウキをポコポコ叩く。
それから逃れるとコウキは全員を振り返った。

「さ〜〜〜て!!
 お久しぶり皆さん! 今日もカードでぶっ飛ぶぜ!
 準備はいいかい!?」

俺は皆を見回して確認を取る。


「も〜……はい。わたしは大丈夫です」
困ったように笑ってアキが頷く。
「私も何時でも大丈夫です」
しっかりとした様子で頷くファーナ。
「いいようですよ。コウキは大丈夫ですか?」
ヴァンも頷いてコウキを振り返った。
「もち! んじゃ……!」

俺はポケットからゴソゴソとカードを取り出す。


「その前に、少しよろしいですか?」


と、そこでヴァンからストップがかかる。
「ん? どうしたの? トイレ?」
「いえ……私の用で申し訳ないのですが


 ここで私はパーティーを抜けます」













シン……としばらく無言の間が全員の間に流れる。

「ええええええ!!!」
「何故ですかヴァンツェ!?」
「ダメだって! ヴァンが抜けたら何か色々ダメだって!!」
「そ、そうですよ! 唯一コウキさんを止めれる人なのに!」
「アキっそれどういう意味!?」

ほぼ全員が同時にギャーギャー騒ぎ出す。
「皆さん落ち着いてください。
 そんなに騒がなくても一生会えないと言うわけでも……ありません」

「なんでちょっと間があったんだよぅ!?」

「いえ……会えますよ。必ず」
いつも通り不敵な笑みを見せて頷くヴァン。
「答えてくださいヴァンツェ! 何故此処で私達と離れるのですか!?」
ファーナがヴァンの前に立つ。
ヴァンはファーナの護衛も預かっているハズなのだが――コレは、一体……!?
俺達の視線を受けて神妙に頷くとその真意を語りだした。

「はい。ご存知のとおり私は皆さんよりクラスが低いのですが――
 どう考えても私はいずれ皆さんの足手まといになります」
「だからって――!」
俺は途中で口を挟む。
するとヴァンに凄い形相で睨まれた。
「最後まで聞いてください」
「は、はい!」
思わず背筋を正して固まる。

「天印術士<ルーンルナー>に会って来ようと思います。
 知識の交換それと――私の修行の為に。
 ……ですから、少し私に時間を下さい。
 私でなくとも、この世界の常識は殆どアキさんが知っています。
 リージェ様にも私が教えたはずです。
 世界の知識は、私の口からでは無く歩いて学んでください。
 皆さんの時間が私の時間より貴重なのは分かっています。
 皆さんのその時間の中に少しでも早く追いつけるように私も精進いたします」

そう言ってヴァンは――俺達に頭を下げた。



「だから……進んで下さい」



クォーターでもエルフであるヴァンと、皆の時間は違う。
ヴァンでは人生のうちのほんの少しでも、皆にとっては途轍もない時間かもしれない。
だから謝る。
そして、自分は置いていってもらうのだ。
彼等には掴み取らないといけない未来がある。

その手助けをするなら――今の自分では、とても足りないのだ。


「〜〜っでも、ヴァンっ」
ヴァンを留める決定的な言葉が見当たらなくて頭を掻きながら見上げる。
「……ありがとう。コウキに残念がられると嬉しいですね」
――初めて、ヴァンから友人としての言葉を聞いた気がした。
「くそう! 泣くぞ! ヨダレとか垂らしながらだらしなく泣くぞ!?」
「是非」
でも、いつものヴァンだった。
「絶対にやるかっ!」
クワッとヴァンに向かって叫ぶ。
そんな俺を楽しそうにヴァンは笑う。

「……では、私の護衛はどうするのですか?」
キッと目を細めてファーナがヴァンを見上げる。
確かに俺じゃ役不足なのは否めない。
……言ってて悲しいけど……。

「それは――……丁度適任が居るではありませんか」

そう言ってアキに目配らせをする。
「……はい?」
「丁度、前周期からリージェ様の護衛として声が掛かっていると思います。
 実力も申し分ありませんし、何より同性という近さも備えています」
「……はい?」
二度首を傾げるアキ。
「そんなに首を傾げると取れちゃうぞ〜?」
俺が茶化すとバネ仕掛けの人形のようにその頭を元に戻す。
「あ、あのっでもっわたし……」
アキが自分を卑下しかけたとき、ヴァンは急に怒った様な顔で彼女を見た。
「アキさん。貴女はもっと自分に自信を持ってください。
 自分で勝手に作った物差しで自分を小さいと測るのは愚かです」
アキを諭すようにヴァンが指を立てる。
「……っ」
強い物言いにアキが怯える。
「ヴァンツェ!」
「申し訳ありませんリージェ様。ですがここは言わせていただきます。


 アキ、貴女は強い」


アキは泣きそうになっていた顔を上げてヴァンを見る。
ヴァンは悠然と笑って、しかし生徒を教える先生のように彼女を諭す。
「神性クラス第4位の加護を持ち、貴方はトラヴクラハの娘。
 それが世界に通用しないわけがありません。自信を持ちなさい。
 言うのは今回だけです。
 貴女は言われないと気付けないことが多いようです。
 コウキ、リージェ様、彼女が自信を持っていけないような事はあると思いますか?」
思いつかずに俺達は首を振る。
「確かに自信家なのは嫌われるでしょう。
 ですが自分の実力を測れないのはもっと愚かです。
 その驕らぬ謙虚さを持ってもっと確かな物差しを貴女は掴んでください。

 ――そう、ですから……一度貴方達だけで世界を歩いてください」

ヴァンは俺達全員を見て父親のような優しい笑みを見せた。
「きっと皆初めは自分の小ささを思い知らさせるでしょう。
 同時に、この世界の大きさを知るのです。
 知識不足での苦労や経験は後々大きく役に立ちます。
 私がウィンドやアルフィリアやシルヴィアと歩いた世界は――何処も新鮮で楽しかった」

かつて、自分がもっと少年に近かった頃。
世界はもっと大きくて、沢山の謎で満ちていた。
答えを知っている大人も沢山居たが、自分達で歩いて自分達の手で謎を解いた。

「私が答えになるのは簡単です。
 私がそこにいて道標になるのは然るべきです。



 ですが――……困ったことに私には貴方達が途方も無く可愛い」



そこまで言って恥ずかしそうに口端を歪ませた。
「私は貴方達に旅をさせたいと思います。
 ですが、それは自分を鍛えるための時間を作る為でもあります。
 ……歳など取る物ではありませんね。ガラにも無い話ばかりだ……」


そこまで聞いて、俺はふと、ファーナを振り返った。
「あ……」
見ては、いけなかったと、俺は視線を戻す。
ファーナはヴァンを見上げていた。



真紅の双眼はポタポタと、涙を零して。
嗚咽をあげることも無く――ただ、その現実を掌で固く握り締めて、
溢れた悲しみだけが涙になって頬を流れた。




俺はこっそり、数歩後ろに下がる。
彼女の涙を見ないように。

アキも同じ事に気付いたようで左右ほぼ同じ位置に下がった。


「……それ故リージェ様。ヴァンツェ、少しお暇を戴きたい次第で御座います」


胸に手を当てて、ファーネリアに頭を下げる。
そこにはいつも確かな主従関係が存在した。
「……それは……貴方にどうしても必要な事なのですか」
涙を拭うことなく、しかし目を伏せることなく彼女は自分の育ての親になる彼を見上げた。
彼女にこの世界の知識を与えたのも、その言動、あり方を教えたのもヴァンツェだった。
傍に居て当たり前だったファーネリア王女の教育係。
彼女が何を聞いても、全て答えてくれた。

「はい。私には強くなる時間が必要です。どうかお聞き届けいただけませんか」

その彼が――今、居なくなるというのだ。
当たり前すぎて、分からなかった。
彼が居なくなるのがとても寂しいことだということが。
実の親の両親には申し訳ないがあの人たちと別れるときには泣かなかったのに――……



「――……長いお勤め、ご苦労様でした。
 ヴァンツェ・クライオン……貴方を私の護衛役から解任いたします」
「はっ! ありがとう御座います! 王女のご配慮痛み入ります……」
礼をして頭を上げる。
おそらく、涙はもう無いだろうと思われたその顔には――


「――……っっまた、逢えますか……っ」

涙が、溢れていた。
幼い娘が父親を見上げるように。
彼女はその瞬間だけ、子供のように泣いた。

「……はい。必ずやご期待に添えて見せましょう」

その言葉は決して彼女の父親の物では無かったが。
その瞬間だけ、父親のように彼女の頭を撫でた。






「――っ大丈夫っ! ファーナは絶対俺達が守るから! 俺はファーナの剣だから!」
ファーナがヴァンを見送るのなら。
俺も笑って見送らないといけない。
だから、今できる精一杯の笑みで大手を振って俺はそう言った。
「……! うんっそれならわたしがファーナの盾になりますっ!
 あれ? 何コウキさん、泣いてるんですか〜?」
ファーナに話題が行かないように俺に指を差す。
それはまだ涙を拭えていない彼女への配慮だ。
「な、泣いてないっすよ!? 俺泣かしたら大したもんですよ!?
 そ、そういうアキこそっ」
「あははっわたしも泣いてないですよ〜。
 コレはぁ〜……乙女の秘密が溢れてるんですよ?」

「ふふふっ……どんな言い訳ですか二人とも。
 ――こんなことで、泣くなんて仕方の無い人たちです……!」

俺達の意味の無い張り合いをクスクスとファーナが笑う。
そして俺達を振り返ったファーナには――もう、涙は無かった。



「――それでは、新たなる就任を。

 ……コウキ、貴方は私の剣となると、その身をもって誓えますか?」
彼女の王女としての風格。それは確かなるものだ。
さっきまで泣いていた少女の顔はもう何処にも無く、
一国の王女としての威厳に満ちていた。
「はい……もちろん」
俺が言うと、柔らかい笑みを見せる。
そしてアキを振り返った。
「――アキ、貴女は私の盾となると、その身をもって誓えますか?」
「はい」
その目は自信に満ちていて、その顔は友愛に満ちていた。




「――ですがあなた方は私の家臣ではありません。
 私の友人として、私と旅をしていただけますか?」
右手をコウキに。左手をアキに差し出す。
「もち!」
「うんっファーナとならどこへでもっ」
二人は強くそれを握り返して――ファーナに抱きついた。






























キィィィッッ――……


カードが光を帯びる。

薄っすらと見える魔法陣の外にヴァンは立っている。

「ヴァン! また会おうっ」
「ええ。コウキもお達者で」
拳を握るコウキに、またヴァンも同じ格好で答える。
「ヴァンさんっわたし、頑張ります!」
「はい。リージェ様のことよろしくお願いいたします」
ファーナを任された自信と、その気持ちをヴァンに伝える。
「それでは……行って来ます。ヴァンツェ」
「ハイ……いってらっしゃいませリージェ様」
少しだけまだ寂しそうな面影を残しながらも、王女然と彼女は振舞った。



「何風に別れる!? やっぱり間を引き裂かれる親子風!?

 パパーーー!! やめてっパパを返してっ!!」

「普通に別れてください」
いつも通り冷静に流される。
「コウキ……それでは折角の感動が全て台無しです」
「あははっでもコウキさんらしいじゃないですかっ」
最後まで――彼等らしい。

「あはははっじゃまたなっ――!」




ィィィンッッッ!!!






光に飲まれて3人の姿が消える。








思えばわが子のような3人だった。
人の子とは成長が早いのだな。と苦笑する。
蒼天を見上げて彼等の行方を考えかけたが――すぐにやめた。



「――さて、私も急ぎますか――」

長い時を生きる彼も生き急ぐ。
彼等に追いつくために。
彼等に追い越されないように、クォーターエルフの青年は駆け出した。

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