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 憧れの祭典が近い。だから溜息が出た。最近は風通しが良すぎてこれだけのために喉を乾かしているような気がする。

 それは人形の祭りだった。

 何の変哲もない、木製のマネキン人形に服を着せる。それらが唐突に光を帯びた後、踊るように動き出す。あまりにも綺麗な動きに声を上げるのも忘れて目で追いかけた。大人たちは物騒だと言った。戦いのための動きをしていたが、それでも洗練された動作と魅せる技の数々は人々の目に焼き付いて離れない。

 その姿に湧いたのは多くは子ども達だったに違いない。よくわからない木製人形が唐突に動き出す。鎧を着た勇ましい出で立ちだった。ソレは彼女の脳裏にはっきりと思い出せる。赤銅色の胸当てが印象的な鎧、黒い襟付きのコートが伸びていた。革製のコルセットに金色の紐がついていたのが印象に残った。もう一つは腰までが白金に包まれる鎧だった。腕や足の各箇所も同じ素材の白金で、ひたすらに眩しいように思えた。内側にはフリルの襟を持っていて、華美にみえる。アレは戦う人のための服。その役割を聞いて鼻息荒く頷いた。
 誰かが戦女神と呼んだ。動き出した人形は二体。お互いに美しさを競うように戦った。
 赤銅色の鎧の方はロングソードだった。男性体格用のものでやたらと大きく見えたが、その鎧に対して見劣りすることのない勇猛な一振り。そして対する白金の鎧は白いレイピアだった。礼装に思えるその服は二つのレイピアを操る。
 淡く光る木人形が戦女神のように戦い踊る。熾烈な争いの末にロングソードがレイピアを操る人形の服が裂き、ぱぁっと青白い光が爆ぜて動かなくなった。ソレを見届け、一礼するように回ったあとその服も動かなくなる。

 でもそれよりも美しいと思った。その時子供だった彼女の感性で言えば「すごくキレイ!」だった。

 その祭りは“バルキリィダンス”と呼ばれ、毎年行われる祭りになった。
 競うように名店が服を、名工が鎧を、武器を出してその祭典に参加する。勝利を飾った名手たちは皆例外無く有名になって行った。
 国外にも知れ渡るほどの有名な祭りになり、どんどん規模は大きくなった。



 自分の手が届かなくなったものになってしまって久しい。そんな溜息をまた無意識に吐いてしまうのだった。
 どこか浮足立った空気はこの町の何処にでもあって、それはこの学校でも変わらなかった。
 そこに届くためには色々なものが邪魔をしている。
 まずは規模の大きさだ。祭りの規模は初めは町の一部だけが盛り上げるようなものだったが、次第に名物になり、特にバルキリィダンスは毎年大勢の人が訪れる名物になった。10年で町が倍以上に大きくなるほど人を集めた。それほど凄い祭りに参加するためのハードルが一気に上がったのは言うまでもない。

 そんな中でも小さくとも努力して参加しようと彼女は学校を選んだ。
 参加する手段は大きく二つだ。まずは大手の服屋、鍛冶屋に属する事。そうすればその一部の作業を手伝う事から始まって、いつかは自分のデザインで参加出来るかもしれない。これはそう考えた人も多いのか名店では日々求職の人が後を絶たない。


「ハッキリ言うけど君の成績じゃあ、此処には残れないよ。
 あとふた月しかない。赤点を回避したとしてもそれ以降ずっとギリギリで居続ける気なら、今親御さんと話さないと駄目だな」

 退学の警告である。
 彼女はおおいにショックを受けて凹んだ。
 母親に言おうかと思ったが、家に足が向かなかった。

 学校という施設に夢がある人間は多い。というのも、この学校は自分から志願して行く場所だからだ。
 義務教育と言うものが囁かれる中、教育は未だに家の中で行われるものであり、学校は裕福な層の集まりだった。
 ただ、彼女が通う場所はいわゆる専門職育成の為の学校で、ブレイズアーチの街では一番大きな建物を有する広い学校だった。

 山の麓に位置するこの街は古くは鉱山・鍛冶の都市として栄え、一度鉱山の枯渇から人が減ったが環境の変化によりまた人が増えた。元々住みやすい環境ではあり、少し離れた平地の方では畑だらけの風景が広がっている。十年ほど前に起きた大地震の後、今までは無かった川が流れ始めた事が大きい。アレを大災害と言う人もいるが、この街の救いになったと言う事も大きな事実だ。
 人の流入を受けて、放牧中心だった生活から畑作が盛んになった。東の方の大きな町が壊滅して其処から来た人が多い。ただそれも十年も前の話である。
 彼女は生まれてからずっとこの土地に根付いている今となっては少数の人間で、この街の大きな転機を見てきた。
 学校と言う施設が出来たのは5年前である。
 しかしそのたった五年で急成長を遂げた。この街の城はあの学校であると言うべきだろう。

 彼女はこの街で生まれ育った。根付く文化の成長期に実家の服屋で過ごした彼女は服飾の技術に長けていた。
 その長所を生かしたいが為に、あの学校を彼女は志願した。

 レンガ造りの綺麗な街並み。建物は増えたが、その景色はあの頃の拡大だった。緑もまだまだ多く、基本的に長閑な風景なのに変わりは無い。

 山間部にあるせいで日暮れは少し早い。学校のチャイムがカランカランと響き渡る。教会のベルに良く似た音だ。ただ学校の物の方が低めの音になっている。

 夕暮れの街のベンチに座り込んで、ため息をつく。その重さのあるため息は自分の現状を物語る。
 母親は優しい人だ。私が選んだならやめる事に反対はしないだろう。実力が及ばなかったと言う事も咎めたりはしない。そう言う人だ。
 だからこそ、自分の罪の意識は深くなって行く。自分で自分の首を絞めるように痛みを伴う。
 町はずれにあるベンチに座り込んで泣くのは初めてではない。さびれた場所なので誰も来ない。道からも遠くて見えない。自分の隠れ家のような場所だった。
 山道への道が少し先にあって、そこから山の展望台に上る事も出来るが日が暮れると降りられないのでこの時間から上がる事は無い。

 ひとしきり泣いてみて、日も暮れかかっていた。もう帰らなければ余計な心配をかけてしまう。
 いつか来る結末を先延ばしにするだけ。でもそれを告げる勇気が無い。
 暗い足取りで家の前の扉に辿りつく。
 此処からは何時も通りに振る舞おう。そう思って深呼吸してから家の扉を開けた。

「ただいまぁ」
「お帰り、フィー。ちょっとお夕飯まだだから待ってて」

 母親は作業場からひょっこり顔を出すとすぐに引っ込んだ。
「あ、私が作るよ」
 わたしは家に上がって荷物を自分の部屋に起きに上がる。さっと荷物を置くと一息ついてすぐに踵を返した。

「ごめんね、終わり際に急に沢山仕事来ちゃって」
「そうなんだ。団体さん?」

 聞きながら作業場に近付くと、忙しそうに手を動かす母親が見えた。
 傍らには結構な量の服が積まれて居て、その修繕の作業を行っていた。

「そうなのよ……って、あら。
 あなたまた泣いてたの? 目真っ赤よ」
「え、あっいや、そのぅ」
「無理しちゃ駄目よ? 何かあったらすぐに言ってね」

 母親は優しい。働き者だ。
 女手一つで私を育ててくれている。
 仕事中はとても動きが素早く、しっかりものな印象を受けるが、家庭面ではものすごくおっとりとした優しい人だ。

「な、なんでもないよぅ。
 今日は何作ればいいの?」
「今日は良い野菜とお肉買ってきてもらえたわ。
 ミルクも余ってるからシチューにしましょ?」
「うん。わかった」

 母親の言った通り、台所にはいくつかの野菜と、お肉が置いてあった。買い物に行っている暇が無い私達の為に隣のベーインズの奥さんが代わりに買ってきてくれる。代金は出すとして、他にもウチの利用料金を割安にする事で恩返しをさせて貰っている。
 彼女にとっても気の良い姉のような人で色々とお世話になっている。頭が上がらない人の一人だ。

 エプロンをして作り始める。まずオーブンに火を入れる。一度お肉を細かくしてから火を通す。にんじん、たまねぎも同様に日を通し、芋を加える。そのまま少し炒めてから少しコンソメと水を加えて煮込み始める。しばらく灰汁を取りながら煮込んだら、ミルクを入れて更に煮込む。
 いい匂いが香りだす。少し機嫌が良くなって、鼻歌交じりにお皿を用意する。煮込んでいる間に野菜を千切ってサラダを作る。パンを数枚スライスして食卓の中心へ。
 オーブンへチーズとお肉を乗せたパンを入れパタリと閉める。
 夕飯の作業がひと段落したのでキッチンから顔を出す。母親はまだ仕事をしているようで明かりの向こうでミシンの音がする。

「おかーさん? 明日の朝は何にするー?」
「えー?」
「あさー!」
「何でもいいわー」
「わかったぁー」

 良くあることだ。食べたい物を聞いても大体そう言われる。麦粥にすると不貞腐れるのでそれ以外にしよう。昨今の文明の利器、冷蔵庫のお陰で色々と助かっている。
 女二人でそんなに食べる事は無い。冷蔵庫の中身は質素なものである。先日使った鶏肉の残りを取り出して細かく刻む。朝はこの中に卵を落としてフライパンで蒸す。堅いパンを柔らかくして食べるのはそう難しい工夫ではない。
 朝あまり時間が取れないが、朝の食事を作るのは娘である彼女だ。生来朝寝坊と戦う体質だがそれは母も同じで毎日慌ただしい朝を迎える。このやり方に彼女の母は何も言わない。効率的な手際を感心するぐらいだ。
 一応朝食の食べ方を冷蔵庫に張り付ける。
 オーブンからパンを取り出してお皿に盛りつける。シチューも好い具合に出来たので火を止めて、出来上がりの声をかける為に再びキッチンの扉を開く。

「わぷっ」
「わあ、母さん。丁度出来たよ」

 自分の胸のあたりで埋まっている母親。
 彼女は少し小さい。
 其処から退く為に、足に力を入れる。

 ゴッ!

 そんな音と共に頭に鈍痛が走る。

「ぴぅ!?」

 そんな情けない声と共に彼女は蹲る。
 彼女のもう一つ大きなコンプレックス。
 それは必要以上に大きな彼女の身体だった。

「あらぁ。大丈夫?
 おっきいんだから、頭注意しなさいって言ってるじゃない」
「ぴぃぃ……」
「ほら、ぴーぴー言わないの〜」

 母親に起こされて食卓に座る。半べそのままお祈りをして食事を始めた。

 彼女の身長は194センチ。調子が悪いと下一桁がひとつ上がるが彼女は断じてそれを認めない。彼女自身10を数えた時に母親の身長を越え、そこから順調に背を伸ばし続けて今に至る。同年代に置いても彼女に追随する者は居なかった。身長と言う言葉を聞くだけで彼女は泣きそうになる。

 身体に見合わない小心者な彼女が迎えた危機をしらず、母親は朗らかに笑う。その笑顔を裏切ることが出来ない彼女は部屋に戻って重いため息をついた。
 
 最後のチャンスと呼ばれるものがあとひと月あった。
 彼女は奇跡を願う。深いため息をつきながら。

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