旅をしているという人は居る。
 この世界には過去からの遺産の眠る場所が多くそんな場所を研究探索する探索。地中に山の上に寂れた城にと未開の地に赴く冒険者。危険なモンスターを狩り素材を手に入れる狩猟者。その数は少なくなかった。
 実際世界の循環には必要な人だとは言われている。いろいろな場所を行き交う情報源でもあり、珍しい素材を持っていたりもする。この人達でなければ取ってこれないものだってある。
 ここにも小さくも循環する世界がある。

 彼女の家は中古の服屋である。着なくなった服を買い取って補修、修繕を行い商品として並べる。勿論清潔の為に洗うし日に当たりすぎることでの色落ちにも気をつけている。
 此処に並ぶのは消耗品としての服である意味合いが強い。
 新しいものを生み出す力が強いこの町でもこういった中古の服を扱う店は重宝されている。先ほど言った冒険者が強くこれに絡んでいた。
 鎧や防護服を除けば、中古の服は彼らに消費されていると言っても過言ではない。破れた服の補修もしょっちゅうであるし、気に入っている服をどうにか直せないかという話しも多い。
 中には加護や術式の付いたものがあって、裁縫の腕だけで直せない物は多々ある。それでも彼女らの仕事は減ることはない。日々補修という作業に手を動かし、女手を使って切り盛りするのが中古服屋『宿り木の小鳥』。
 冒険者の中で言えば余程町に慣れていなければ知らないものは居ない程度には親しみやすく良く使われる店である。同じように知られる店は何店舗かあるが、少し彼女の店は評判が良い。

 冒険者に取って中古服は使い捨てだ。ボロボロにしてしまう為、彼らはソレが自分で修繕出来ない状態になれば捨ててしまう。そして新しい服ではなく、中古服を買うのだ。その方が気兼ねなく冒険が出来るというもの。

 この町の冒険どころは地下迷宮である。地下迷宮と言っても古代文明があったらしく罠も多い。謎の多い場所だ。其処から持ちだされたと言われる木偶人形が、服を着せれば動く程度には謎の詰まった遺跡であり、冒険者達がロマンを求めて集う場所でもある。
 勿論冒険業の他にも急速に発展する町が人を欲している。成長する町の中では家を建てる仕事にも道を敷く仕事にも何でも屋として駆り出されている。そのままソレを仕事として住み着いている人も多い。

 町は活気に溢れている。青みがかった灰色と、立ち並ぶ店が赤や黄色の看板を立てている。赤レンガで建てられる店や家も増えて、彩りが増してきた。
 大きな家の庭に並ぶ木や公園近くに噴水や街路樹も整えられている。楽しそうに遊ぶ子どもたちの声は何処に居たって聞こえてくる。
 丘に立ち並ぶ風車がゆっくりと、それでも数多く回っており風が吹き続けている事を教えてくれている。川から汲み取って居た水も最近水道が整備されて一般家庭に行き渡った。


「はい、オーダーですね。明日のお昼には終わります。お急ぎですか?」
「はい、明日の朝には出なきゃならなくて」
「畏まりました。では2時間後に仕上がります」
「助かります」

 客はそう言って多めに料金を渡す。革製品の修繕も受けていて、依頼としては革装備の修繕が多い。
 ただ女性客には、受けの良いサービスがひとつある。
 彼女の母親はにこやかにその注文を受けて服を手に作業室への窓を開く。

「フィー、こっちは急ぎで追加ね」
「はぁい……って……これ繋ぐの2時間なの?」
「間に合わないなら手伝おうか?」
「で、出来るよこれぐらい……!」

 価格競争をしないで生き残る為には別の技術が必要だ。他には無い、ここだけの技術。他の店に追随を許さず、母親と二人で生き残る術を求めた。
 フィーが生まれてからの産業は活発で革命に近い技術がいくつも発表され、その一つでも取りこぼしてしまうとすぐに時代遅れと言われてしまう。
 とはいえ弱小中古服屋。新しい布も仕入れられなくも無いがあまり需要があるとは言えない。

 パッチワークと呼ばれる手法がある。言えば継ぎ接ぎ。彼女らの付近ではホートンという方式が有名で四角く切られた布を継ぎ接ぎして絨毯や布団としてよく用いられている。
 私達はそれを服に用いる。
 勿論別の種類の生地が混じり、扱いづらくなるというのはある。ただし中古服の使い捨てだ。お洒落な服を、と言われる事は少なく、機能的な服を求められる。

 とはいえ。機能的で可愛いとあれば、それを選ぶであろう。
 お客の細かいニーズに応えることが出来ればそれが一番だ。

「ディレイスさんよ。それじゃあ、この服とこの服のここね。この柄が好きなんだって。
 袖は半袖でいいって。ポケットは一つ。胸のポケットは要らないって。
 あ、いらっしゃいませぇ」

 簡単に言ってそそくさと店番に戻る母親を見送る。
 初めは無茶ぶりだと追いかけてはどうすればいいのかを聞いていた。
 だが母はその行動をやめなかった。流石に私もお得意さんの情報だけは自分で出向いて集めることにした。なので今言ったディレイスさんなんかは体系や利き腕、仕事の役割なんかを覚えていたりする。
 体系はすごくいい人だ。自分より背は無いが胸は同じぐらいあるのではなかろうか。シャツの張った胸のあたりに物を入れておくと異物感が凄い。ペンすら入れづらいのだ。これは彼女自身がそう思っているから異存はない。
 術士ということは札を使う。筆記用具を使うからマッパーになる。それはよくある事で術士自体もその役割を請け負うことは多い。斥候が得意な人間がやる事もある。よほど戦士気質な人出ない借り切りは筆記用具を入れておけるスペースは喜ばれる。
 柄が側面に出るように布を切って、左右対称になるように縫っていく。ベースになる服の傷んだ部分は切り取って彼女はパッチワークの作業を始めた。

 彼女が手早く作業を終わらせて、最終調整のために母親を呼んだのは約1時間後である。

「ふふ。襟に柄を入れなかったのね」
「え!? いや、入れないよ!? 前のは襟がダメだったって言った!」
「あらぁ、そうだったかしら? あの独特なセンスきらいじゃないわよ?」
「だから今は入れてないっ」
「悪いって言ってるわけじゃないのよ?」
「私だって似合うって思う時しかしないし。
 あの服は襟元汚かったのっ。
 襟元はいいでしょ、袖口とポケットはこれでいいの?」
「……うん。いいわ。これは上がりかしらね。
 修繕作業はあとどのぐらい?」
「10着もないからあたしだけでいいよ。革の方はあと3だから、後でちょっと手伝って貰えれば大丈夫」
「そう? じゃあ、仕上げお願いねぇ」
「はぁい」

 知り合いの間からは魔改造と呼ばれる服のパッチワーク。細々とやっていけているのはそのおかげだった。
 別段それをやる程度ならどこでだって出来る。きっと速さと共に評価されている。

 親子で笑って、仕事が出来ている。

「ちょっと早いけどもうちょっと待ったほうがいいかしら」
「あら、ディレイスさん。丁度手直しが終わったですよ」
「うん。見せてもらおうかな。あ、フィーちゃんこんにちは。
 忙しいのにごめんね」
「い、いえっ。いつもありがとうございます」
「今回はどんなのかな〜」
「はい。今回も胸ポケットはありませんけど、腕にポケットつけてます。
 余った布地でポケットの横にペンホルダーになりそうな飾りを置きました」
「あら、いいわね。カバンに仕舞うより早いしポケットに仕舞って汚れないってところかしら」
「服にクリップでつけておくって聞いたので。仕舞う用のスペースがあればいいと思ったんです。落ちにくいように少しきつめになってますので」

 あまりそういった機能を付けすぎて作業用のつなぎじゃないんだからと言われた事がある。
 だから必要最低限。ポケットがほしければまだ上着でカバーも出来る。

「いつもありがとう。助かるわ」
「いえ。またいらしてくださいね」
「もちろん。フィーちゃんもまたね」
「ありがとうございました! またお願いします!」

 そういうとひらひらと手を振ってディレイスさんは店を後にした。

「はぁ、それにしてもすっかりあれねぇ」

 母親が頬に手を当てて感慨深くため息をついた。

「あれって?」

「ふふ。胸の大きな人ばっかり通うようになっちゃったわねぇ」


 側面に柄物を使うのは透けない布地での通気の確保が主である。服である以上正面を薄くするとあまりよろしくない。私が考えに考えた自分用の服が、それなりに同じような体系をした人に受けたというのが事の始まりである。
 襟元を開けると視線を無駄に集める。妙に蒸れて汗疹が出来やすい。自分が結構汗を掻いてしまう体質だというのもある。
 自分がそんな悩みを抱えて数年間。風の入らない服を見てふとひらめいたことをやってみた。それが官界の服に仕込んだものである。
 単純におなか辺りの服を引っ張って風を入れたときに風が入りやすくなっていて、胸周りに余裕をもっている服にしている。
 本気で取り組んだ自分の悩み。これを小さくすることはもう叶わないのだからあとは工夫でどうにかするしかない。
 どうもそれが体を動かして働く人たちにはおおいに受けた。冗談のように母が薦めてみたところリピーターになった人が何人かおり、そこから広まっていった形だ。
 ちなみに母は普通の体系なので私のように悩んだりはしていない。私を見ては誰に似たんだか、と首をかしげる毎日である。
 大きいことばかりがコンプレックスで唯一自分で解消できたのはこのぐらいであった。

 人に合わせられる悩みも大いに役立っていると、母から褒められた。
 私にある自信というのはそれだけである。
 ほかの仕事は全て母に劣るのだ。私が持っているコンプレックス程度の小さな発想がお店のためになったのならすでに上出来というものである。
 まぁそれでも母親の作ったお得意様の方がやはり圧倒的に多いのでちょっと貢献できた程度である。
 こんなことが出来た程度では、このお店が持たない。それは、私も母もわかっている事で、ゆるゆると無くなっていく客足にため息をついて今日の作業分の仕事のために私はまた作業室に戻った。

 それにしても今の衣服の業界は発展が目まぐるしい。
 紡績機によって産業革命が起きるだのなんだの。最近は新品の服の値段が下がってきた。それによって中古の服はさらに圧迫されるかもしれない。今の新しい服が中古に流れて、古い服の値段も下がると私たちの生活はさらに圧迫されることになる。
 私が学校に見つけにいかなければいけないのは現代の衣料技術から生き残る術を見つける為だ。
 実技の成績は低く無いが高くも無い。普通である。
 しかしその他座学はほぼ全滅だ。

 壊滅的に頭が悪いというか、要領が悪いのだと思う。
 教科書を開いても頭にものが入らない。たぶん暗記が苦手だ。
 計算だってよく間違える。お店の会計はあまりやらせてもらえない。
 できない事にしょんぼりしていると母親は私を甘やかしてくれる。いつか出来るようになると。

 それが出来なくて退学寸前。
 私は岐路に立った。

 弱音を吐いても母は怒らないだろう。
 私が選んで学校に入った。それ自体はかなり喜んでいたからだ。
 私だって目標の半ばで挫折はしたくない。

 けど。もう。
 どうすればいいのか分からない。

「いたっ……」

 雑事を考えていた為か、針が指先に刺さる。最後の服のボタンを付ければ終わり。幸いだったのは服に血がつかなかったこと。
 指を押さえてしばらく待つ。圧迫すると血が止まるのが早いと母に教わった。こういうときはとっとと血を止めて指サックをする。そしてすぐに最後の仕事を終えると服をかけ直して終わったことを報告した。
 それが彼女の平日である。学校に行かない日はこうして店で過ごしている。

「あら、怪我? 珍しいわね。またボーっとしてたんでしょ」
「う、いや、その……」
「何かあったの?」
「ううん……」
「そう? 何かあったらあんまり背負い込んじゃ駄目よ?」
「分かってる。今日は何食べる?」
「お任せでいいわぁ」
「うーん……じゃあ、ハチミツ照り焼きと豆のスープにするね」
「あ、明日はバンゼさんところがお魚の差し入れしてくれるって」
「お母さんのそういうところすごいと思うよ。ほんと」

 そんな軽口を叩きながら調理に入る。母は私が担当しない革製品の仕事を始める。これがいつもの流れであった。食事が出来た段階で一度中断して、その後は寝る前までその仕事を続ける。あの仕事を引き取ることも考えないといけないがまだそこまでしなくていいと教えてくれない。

 パンを焼くオーブンをセットしてからまずたまねぎとにんじん、トマト、キャベツを切る。熱した鍋に油を引いて、にんじんと玉ねぎを炒める。火が通ってきたらベーコンも切って加えて、さらに炒める。玉ねぎの甘い匂いとトマトの良いにおいが広がっていく。この時間はどの家からも食事の匂いが立ち込めて、学校帰りにはその匂いに急かされるものだ。
 そこに大豆を加えてまた少し炒めたあと、水を加えて弱火で煮る。
 その間にメインディッシュを作り始める。
 ベリーテという鶏肉に包丁を入れて開く。手のひらぐらいのサイズをハチミツに醤油とみりんを入れたソースを塗って、小麦粉をまぶす。後は油を敷いたフライパンでジュワァと焼きこむ。お皿の上にレタスを引いて受け皿を用意。あとであまりもののポテトサラダを添える予定だ。
 フライパンに蓋をして中火に落とすとコンガリ焼けるを待つ。その間にパンをオーブンに入れた。
 スープの方にはトマトとキャベツを追加してさらに煮込み始める。味を調えるために醤油や塩、砂糖、酒を混ぜ、さらに煮込む。今日は結構自信作だ。鼻歌がとまらない。
 両面をしっかり焼いて、フライパンから取り出すとジュウジュウと音を立てて油が弾ける。それを縦に食べやすいサイズに切ってレタスの上に盛る。
 パンも調度良く焼け、二人分の食事はすぐに出来上がった。

「お母さんできたよ」
「はぁい。いい匂いねぇ。すぐ行くわぁ」

 お母さんが来てすぐにお祈りをして食事を始める。熱々の鶏肉が柔らかく噛み切れる。溢れ出る甘いソースに二人で舌鼓を打った。パンに挟んでも美味しい。
 実はこの調理方法は学校で学んだものだ。調理学校ではないが、一般教育として家庭科、と言うものがある。調理実習という授業では2,3時間を使って調理技術を学ぶことがある。
 先生の実演を真似るとともに、調味料の計量、機材の扱いなどを教わる。
 簡単な事を学んだだけだ。工夫は色々出来る。その為の足がかりを教えてくれた。
 家に持って帰って、お母さんと一緒に色々作るようになった。私に負けられないと、同じように料理を覚えていった。一緒に張り合えた技術の切磋琢磨は楽しかった。

「んんっ。美味しいわぁ。フィーはまた腕を上げたわね」
「胡椒が無いからちょっと辛味がないけど、これはコレでうまく出来たかも」
「香辛料、まだ高いけど今度買ってみようかしら」
「胡椒? あれがあると味にもっと辛味がきてメリハリつくよ」
「私も学校に通おうかしら」
「あ、お料理教室は結構人気あるみたいだよ。お母さんぐらいの人も通ってる。
 メリーおばさんと一緒に通ってみたら? いい先生だよ」

 学校に年齢制限は無い。大人が少ないのは忙しいからだ。言ってはみたもののやはり仕事が有るため母には行くことが出来ない。
 だからせめて私が覚えてそれを教える。そんなことでもお母さんは結構喜んでくれたりするのだ。その喜びようも気持ちいいのが母の凄い所である。

「はぁ……こんなに美味しい食事を作れちゃうならお料理屋さんでもいいかもね」
「お母さん……料理は結局料理屋さんには勝てないと思うよ。
 わたしが知ってる話はもう学校で教えてる事ばかりだから……。
 ここから応用した料理が考えられないと無理だと思うよ」
「そっかぁ。そうかもね」
「それにお母さんどうせ服の事からは離れられないでしょ」
「ふふ、それもそうね」

 根っからの服好きで、色々やっていたのだけれど結局この仕事に戻ってきてしまう。
 母から聞いた一番変な話は服屋をやりながら探索者<エクスプローラー>だった事があったとか。兼ねながらやるような仕事ではないだろうが素材を得て自分で加工して装備を作って……そんなことをしていたのだと言う。
 冗談かどうかは分からないが、やたら真実味を帯びているし、ちゃんと何度聞いても同じことを言う。他人に言っても信じてもらえないだろうが私は信じることにした。
 談笑をしながら食事をして、片付けをして、シャワーを浴びて入って就寝。
 いつも通りの日を過ごして寝る前にまた溜息が出る。

「結局……言えなかったなぁ……」

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