「心配かけてごめんなさい」
「……」
私が謝ると母はむっと口を尖らせた。これは相当怒っている。拗ねているように見えるのが可愛い所だが、それでも言葉に出来ない怒りを湛えているときはこうなる。その姿を見ると自分がとても悪いことをしたと分かってしまって、私も黙るしか無くなってしまう。
謝った時点で私がするべきことは無くなっていた。許してもらおうとは特に思っていないのもある。
洗い物を終えた母が私を振り返る。何か言いたそうだったので私も振り返って言葉を待った。ちなみにユキナさんはシャワーを浴びに行っている。
一応二人で私の部屋の前空き部屋を掃除して、埃だらけになりながらも何とか使えるようにした為、彼女にはそちらを使ってもらうことにした。ベッドの大きさに感動していたが、それは私が昔使っていたものである。一応取っておいてあったものだ。
「……今回のは……まぁ、百歩譲って。仕方ないとしましょう」
「……うん」
「ユキナちゃんがね、貴方は恐怖の中で頑張ったって、凄い褒めてたわ。
ビビリなのに、母さんだけは守ろうとするなんてってね」
「……」
「そう言えば様子がおかしい日はあったわ。
なんで気付かなかったのかしらね……。
一人で怖い思いさせてごめんなさい」
お母さんが凄くつらそうな顔をしたまま、私にギュッと抱きついてきた。心が痛むけれど、相談しない事自体が条件だった。かと言って警備隊に行っても、あの人を捕まえれたとは思えない。警備隊は騎士隊と違って結局局地的な警備団体でしかないので術士なんかに出てこられるとめっぽう弱いのだ。一般人の中に力が強い人が居ても、法術を使える人は居ないのだ。
防ぐ手段が無いなら従うしか無くなってしまう。結局私以外には大きな害は与えられなかったのだから最善だったんだと思う。
「……怖かったけど、お母さんもお店も無事でよかった」
気丈ではあるが、母は心配症だ。
普段から世話ばかりかけているのでコレ以上心配事を増やしたくもなかった。
ほとんどは私の弱虫が原因ではあるけれど、結果的に凹んでいる母を見るのは私も辛い。
「フィー……。貴女が思ってるのと同じぐらい私も貴女が心配だわ」
「お母さんは私の倍ぐらい心配してる……」
「……そうねぇ。学校の事も。今回のことも、関係有るんでしょう。
でも親が子供の心配をするのは当たり前なのよ」
「うーん、多分貴族クラスの人の嫌がらせかなんかだと思うんだけど……」
やめさせられた事件の顛末を少し思案する。ああいう人を動かせる人間といえばそういうお金や権力の有る人だ。多分ストレーニア様ではないだろう。でも今きっと彼女の近くにいる人が怪しい。彼女は私を案じてきてくれたのだ。彼女は彼女でもう調べを付けたかもしれない。
でももう学校には行かないし、その真偽はわからない。
「学校に行ってたのってなんで?」
「あ……ユキナさん。もう出たんですね」
唐突に後ろから声が聞こえてきた。そこには湯気をほこほことさせながら髪を拭いているユキナさんが立っている。さっきよりは簡易な服装になっているが、剣のベルトは腰につけている。小さい体の割には大きな胸が妙に強調されていて妙な色気を漂わせていた。
「えっと……お祭りに出たかったんです。
バルキリィダンスと言うんですけど」
「戦女神……お祭り……嫌な予感がしてきた」
「え?」
「あ、いや。こっちの話。で、そのお祭りって?」
「はい。服のお祭りですよ。
この街、服飾が盛んなのってそのお祭りがあるからなんです」
「服のコンテストって事?」
「そうですね。一般着用目的じゃなくて、探索者さんや冒険者さん達に人気ですけどね。戦うための服なので」
「戦闘用?」
「はい」
へぇー、面白そうじゃん。彼女はそう言って目を輝かせる。
「でもなんで学校に行くと出られるの?」
「ええと、絶対に出られるというわけではないんです。
順に説明するとですね……」
まずバルキリィダンスは一年に一度、この地で開催される服飾のお祭りである。舞踊とも武闘ともつかない人形の戦いを観戦する為色々な所から人が集まるようになったこの街の名物である。
大通りは人で溢れ、大会の終わりに投げる花を売っていたりする。勿論出店も多くこの時期に色々な食品や調味料が集まってくるので本当に街が賑わい潤うのだ。
私達のお店も修繕や裾直しの仕事が沢山入ってきて忙しい時期である。お祭りに出るお店が一時的にお店を休みにしたりして、そのしわ寄せが私達のようなお祭りに出ないお店に回ってくる。嬉しい悲鳴とも言えるが私はお祭りに出てみたかった。
参加店舗で言えば百に近づく。模擬戦と審査員投票の二つでそれを五、六店舗に絞って学生の三枠と合わせて本戦で戦う事になる。この時戦女神の人形は使われない。目立ってアピールしてくれて強い人が行けない。しかも戦女神の服なので女性がモデルに成る必要がある。
まず常連の店舗なら専属の騎士か傭兵がいる。とても一般で募集した冒険者の人達では勝ち目がない。ここに人間の力が求められるのはどうかとも思うけれどそういうものなのだから仕方ない。
本来人形が着ている服は人のものだ。人が動き易くなければ人形も動けないのは道理となる。優秀作品となるのはやはり殆ど一般の職人の作品だ。なので一般部門で出た所で経験豊富な老舗服屋に、こんな中古服屋で働いているだけの小娘が勝てる道理はないのだ。
「やりたいなら出りゃいいのに」
「いや……あのう。聞いてました? 専属の騎士とか傭兵に勝てる女性が必要なんですよ?」
「うん」
「そんな知り合い居ないですよぅ……」
戦闘が専門の職業で腕っ節が良くて美人。そんな都合のいい知り合いは存在しない。
目の前に居る彼女はそれに当たるのかもしれないが流石に会って数日の浅い仲でこんな図々しい事を頼んでいいとも思えない。
「えぇー。そっかぁ。俺じゃ色気が無いかぁ」
「へ?」
「え?」
えっいいの、とか。うちのお店は出してもいいの? とか。一気に頭のなかに沸き上がってきてユキナさんとお母さんをキョロキョロと見る形になる。
「で、でて、くれるんですか?」
「うん。いいよ。作ってよ!」
びっくりするほど安請け合いである。これは後で仲間の人達から何か言われるんじゃないだろうか。その様子に私が焦ってしまうぐらいだった。
「だ、う、い、え!? で、でもっ、依頼とか、う、ウチが参加できるかもっ」
「どう? お店的には」
「おすすめはしないわ」
ユキナさんの言葉を聞いて即座に母がそう言った。分かってはいたがその言葉を聞くと意気消沈してしまう。
お母さんはいつもこの事だけは否定的だ。
「わ、私は……」
学校の事でも迷惑をかけている。此処でお店の手伝いを抜けるのはもっと迷惑だろう。
私のなかの意気地なしが、やめておけと囁いてくる。それをやってしまえばきっとユキナさんの迷惑にも成るのではないか。
でも、これは千載一遇のチャンスなのではないかと思うのだ。
身長は無いが、彼女は素体として申し分ない。服を作ってくれと言われた瞬間にもう何を着せようかと頭が動き出した。
「ゆ、ユキナさんには男物のコートじゃなくてちゃんと女性用の格好いい服を着てもらいたいです!」
私がどうこう言うより、先に欲望がぶちまけられる。
「あ、やるんだ」
「や、やります! やらせてください!」
やりたいに決まっている。
私の言いように仕方無さそうに溜息をついた母がぽん、とユキナさんの肩に手をおいた。
「ノースリーブの方がいいんじゃない。剣を振るんでしょう?」
「え? 小母さんものりのりなの?」
「だって……私なら絶対やりたいって言うもの」
さすが私の母である。その一言に尽きる。お互いに顔を見合わせて頷くとユキナさんににっこりと笑顔を向けた。
ユキナさんは苦笑い気味にお手柔らかに、と両手を上げる。
「あれ在庫は?」
「まだあると思う!」
それからすぐに私達の小さなファッションショーが始まった。素体がいいのだ。ああでもないこうでもないと大量の服を引き込んで着せる。
最終的に音を上げたユキナさんが私達に睡眠を促すまで本当にいろんなことを話した。母がユキナさんに着せたい傾向も何となく分かった。白ベースの清楚な感じにしたいらしい。私にも結構そういった衣服を作る為やっぱり母の好みなのだろう。
「ダメだよお母さんっ白は清楚過ぎるし戦いでシミが出来ると目も当てられない事にっ」
「何も全部じゃなくていいのよ。上着じゃなくてシャツだけでも白を使うと上品じゃない」
「ユキナさんはやっぱり赤ベースが似合うから赤黒にした方が」
「でも単調だわ。利便性を上げるならベースを作ってからの方が得意でしょ貴女。
別にシャツを着てる冒険者だって珍しいワケじゃないし」
「でもっ! 似合う色がやっぱり重要だと思うの! わっ腰細っ!」
「私と身長が殆ど変わらないものねぇ」
「やっぱりモデルは背があった方がいいよねぇ」
「うーん。でもユキナさんは見た目の大きさより大きな人だから大丈夫だと思います」
「何が大丈夫なのか分かんないけどわかったよ。
このこ……ユキナ様に任せろなさい!」
変な口調だがきっと大丈夫だろう。なんだかそう思わせてくれるものがこの人には有る。
そのまま色々と言い合ってユキナさんが眠気を訴えた所で二人でハッと気づいた。自分たちはまだシャワーも済ませていないという事に慌てつつユキナさんに先に休んでもらって私達も明日の朝早い仕事に備えることにする。
明日は寝不足になるかもしれないがそれでも明日は楽しみだった。
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