DreamPlanner
――― ドリームプランナー ―――


曲を弾き終わって溜息を吐いた。
やっぱり―――変わってなんかいなかったから。







「すっげぇな!」
「うおっ!?」
素でアタシは驚いて漫画みたいに身体を捻って驚いた。
何時の間にか教室に侵入してきていたそれは、あろうことかピアノの上に鎮座していた。
「指も綺麗だしなげぇし慣れてるよなほんと!
 っていうか女の子が今時『うおっ』なんて言うか?」
珍しくアタシはこいつに叱られている。
「言うよ! 主にアタシが」
「それもそうか」
「なぐりたい……」
「殴らないでくれよ。オレか弱いんだ」
「四階だけどいけるよね。下にマットもひいてないけど窓も開いてるから割る心配も無さそうだし……」
「あー! ちょっと! タンマタンマ! 此処は死ぬ!! 流石に死ぬ!」
「じゃぁ今すぐそこを降りなさい!」
「あいあいさー!」
シュバっと軽い身のこなしでピアノから降りて事なきを得たような顔をする。
すぐにまたいつもの悪戯っぽい顔でニヤつきながらアタシを振り返った。

「よし! 最初は魔王からだな!!」
「……魔王?」
「ほら! あのおとーさんおとうさん! ってやつ!」
「ああ……アレ弾けばいいの?」
「そうそう! もう怒りを込める勢いで!」
「アレは恐怖をこめるものでしょ……」
「んは! そうだっけ! じゃぁ……なんか無いか! こう! ゴウゴウと盛り上がるなんか……!」
「……ああ、あるよ。今にぴったりな曲が」
「へぇ! どんなっ!」
「―――レクイエム。怒りの日ってやつ」
「弾いてー!」


映画やドラマなんかにも良く使われる。
アタシ自身良く意味を分かって弾いた事は無いが弾いた後に凄く気持ちいい。
元々世俗カンタータ(教会で合唱する曲)なのであまりピアノには向かないと思うんだけど。
とりあえず。

今の怒りを込めて弾いてみた。


それを聞いたアイツはやたら満足げにサッカーの練習へと戻っていった。
ていうか、部活サボってたのか……アイツ……。












次の日も同じだった。
「じゃぁね。あとお願いねカナカナー」
「はいはい。カナカナはやめてねーユミナ」
「ナカナカ?」
「逆もダメ! っていうか誰!?」
「カナ☆カナ!」
「いや、変わってないよ!?」
「カナカカナカナいいメガネ?」
「もう趣旨がわかんないよ!」
ボフンッ! と黒板消しを床に叩きつけて白い粉が舞った。
アタシはそれを箒で掃いて塵取りで取って雑巾をかける。
「カナちゃん……お掃除好きなの?」
「割とね」
「B型の子ってキライな子多いのに」
「BはBでも鍛え上げられたBだからね」
「すごいBなんだね!」
「そうそう」
自分で言っててどんなBなのか分からないが。

プラプラと手を振ってサッカー部マネージャを見送った。
アタシはちょっとその状態で固まってさっとドアに近づいてドアから左右を見て誰もいないことを確認すると
黒板消しをドアの間に仕込んでピアノに座った。
コレでアイツが来てもたとえ黒板消しに引っかからなくても落ちた音で分かるはずだ。
というか普通アレにはもう引っかからない。

「さて……」
心を落ち着ける。
何を弾こう。
―――ぱっと思いつかないな……。
いいか。
そう切り上げて、昨日と同じように適当に指の動くままに弾く事にした。

ガラッ
「ちーーーっす。ブハッッッ!!!?」
ボフン……
いい感じに頭の上に黒板けしは着弾。ドアの周りにチョークの粉が舞った。
「プッッアハハハハハハハハハ!!!
 アンタ馬鹿じゃないのっ!!?」
スゥッとそいつは流れるように倒れる。
アレは両膝と両手を床につけてうな垂れる挫折ポーズ。
彼的に英語で言うとOTLだった。
O オレが不甲斐無いばかりに
T とんだへまを踏んじまった
L ローンソ行こう……
らしいよ。
「ああ……オレは馬鹿さ……大馬鹿者さ……だがな……」
「うん」
「だがな! オレは馬鹿だ!」
「それは聞いた」
「よし! そんなオレを讃えるファンファーレを一曲!!」
「ハレルヤ!!」

アホな脳内にズバリ!
アタシは嬉々としてその曲に取り掛かった。

彼は顔を真っ白にしたまま「いい曲だったぜ……」と無駄にキラキラして練習に戻っていった。
真っ白なくせに。























「……まて、今日は何でそんなに白いの? 昨日お風呂に入らなかったのか?」
「……ちげぇよ……今日はな…………」
そういえば今日一日こいつが珍しく大人しかった気がする。
きっと今年が閏年だからだと先生はまとめてHRは終わったのだが違ったのか。
「なんだ? なにかあったのか?」
「ああ……聞いてくれ……あ、いや……でも悪いな、聞かせるのは」
「……? 別に聞くぐらいなんでもないけど……話たくないの?」
無理強いはしない。
そういうのは本人の自由だと思う。
「ああ……じゃあ、ちょっと話すな……」
「お……うん」
おう、と言いかけて止めた。
この男らしい言葉遣いはなんとかするべきなんだろうと日々思っていたが……
あんまり会話する機会がないのでどうしようもなかったのだ。

「―――オレ、犬飼ってたんだ。
 飼い主に似たのかバカな犬でさぁ……飯と散歩のことしか考えてねぇ。
 でもオレが物心ついてた頃から一緒でさ。
 毎日オレが散歩行ってメシやって。軽くだけど躾けて。
 メシ食うの邪魔するのが日課だったよ……」
「ろくな事やってないのね……」
「はは……でさ、昨日も散歩に行ったんだ。
 オレ、トレーニングも兼ねるからさ走るんだ毎日。
 最近年老いてきて全然走ってくれなかったのに、昨日はやたら元気に走ったんだ。
 オレも老犬相手に調子こいて走りまくった。
 でもアイツも嬉しそうに走ってションベン振りまいたよ……」
「アンタは表現に手加減を覚えた方がいいよ」

「家に帰って、鎖に繋いだんだ。
 アイツこの前まですぐ小屋に入って寝ちまってたくせに昨日はやたらオレに引っ付くんだ。
 だからチョットだけ顔引っ張って遊んでさ、家に入ったんだ。
 餌取りにさ。
 帰ったらすぐにやるんだ。
 でも、

 餌を持って戻ったら―――小屋の中で動かなくなってた―――

 さっき、あんな元気だったじゃないか……!
 コレ、どうすりゃいいんだよ……!
 お前の為に持ってきたのに……!
 今日もまた餌食うの邪魔して、遊ぼうと思ったのに……!
 残念そうな顔見てさ……!
 バカなアイツ見てさぁ……!」

―――アイツの顔は見えない。
黒い、ピアノの蓋が開かれて、丁度隠れる位置にそいつは居たから。
でも、感情だけは伝わってきた。
あいつは声を殺して泣いていた。
だから、それが聞こえないように―――

「―――……運命」

アタシは、アイツの悲しみを曲に変えた。
アイツが受け入れられるかは分からないけど、生きる物の運命。
人と動物との差。
物心着いた頃からって事はもう兄弟みたいなもんだろう。
だから、その別れに。
その運命に。



―――弾き終わって溜息を吐いた。
熱い塊を吐き出すみたいに。
そしてそっと覗き見ることにした。
アイツがまだ泣いてるなら―――見てないふりをしてやろうと。

―――バサ……

「―――っ」
驚いた。
不意打ちだった。
何が起こったのか一瞬理解できなくて強張った指がポロンとピアノを鳴らした。

「―――オレさ」
檀上白斗の声だった。
そこでやっと、アタシに彼が抱きついてきたのだと覚った。
耳元で囁かれる声に焦った。
男子の声をこんな至近距離で聞いたのは初めてだった。

「好きだよ。新庄」

「―――っ―――っっ!?」

頭がパニクッた。
右が左で、左が上。
楽譜がお玉じゃくしで、譜面はソロバン。
女らしさが無いけど、ピアノソロ。
彼の腕が胸に当たるが割と逞しい。
心臓が
爆発しそう。

「の弾く曲」

綺麗な、一本背負いが決めれた。





その日はサッカーをサボったらしいそいつがポテポテついてきた。
ああ、なんだったんだあの時のアタシは。
混乱ってああなるんだな。久しぶりに思い出した。
ああ、期待して損した。
って何をだアタシ!!
アタシは望んだというのか! アレと!?
お尻をさすりながら情けなくついてくるアレを振り返ってナイナイナイと手を振った。
そうだ。
あれは一瞬の気の迷い。
男子にあそこまで近寄られるのが初めてだったからだ。
ああ何でこんなにも頬が熱い……!!
ブンブン頭を振ってまた歩き出した。

「待ってくれよ新庄ー」
「うっさい! 新庄って呼ぶな!」
なんか、こう黒光りする野球選手がっ!
「じゃぁ加奈タン」
「キモイ!」
「加奈」
「キ…………何……」
そう呼ばれれば大してキモイ訳でもないことに気付いて振り返る。
此処でキモイと言えばアタシの名前がキモイみたいじゃないか。
アイツは相変わらず尻を押さえて歩いているが笑顔はいつものものになっていた。
「ははははっ! 呼び捨てはいいんだ」
「……別に……」
「うん。加奈」
「―――っ! やっぱ、ダメだ!」
なんでだ。
別に名前で呼ばれること自体は大した事じゃない。
でもなんだ。
この破壊力は
頭がくらくらする。
―――っは、恥ずかしい……!
くそ、こんな所見られてたまるか……!
そんな勢いで帰途に向き直って―――全力で走り出した。
後ろから聞こえた抑止の声は無視した。

何なんだろう。
アタシ。最近オカシイ。
元々、おかしい奴だといわれていたが―――更に。
内部からおかしい。
何でだ。
何でだろう。


こんなにも……アイツを意識してしまうのは……っ!?














何で、こんなにも律儀に毎日アイツの言うとおりピアノを弾いているのだろう。
確かに―――確かに。楽しい。
そういえば久しぶりにムカッと来た。
そういえば久しぶりに大笑いした。
そういえば久しぶりに悲しいと思った。
そういえば久しぶりに……











……
…………
―――……
「―――ん〜? 今日〜?」
そいつはやたら眠たそうで机を並べてその上に気だるげに寝転がっていた。
まぁピアノの上じゃないので何も言わない。
「―――……ん〜……加奈の好きな曲弾いてよ〜」
……アタシの好きな曲。
確かにある。
でも……
アタシじゃあの人に届かない。
「加奈が弾いてるのを見たいだけなんだ……」
ナニソレ……。
曲なんて関係ないじゃん……。
何か日当にいてうとうとしてるし……。
ああ、なんかむしろ寝かせてやりたい。
「―――……メヌエット」
ディベルメント第17番二長調第三楽章メヌエット。
アタシも好きだし、よくCDかけっぱなしで寝ている。
四分の一弾き終わらない所でアイツがぐっすりと爆睡しているのを見つけた。
空かさずフェードアウトしながらピアノを終わって写真を撮ってやろうと携帯を持って近づいた。

「―――ん……」

小さく身じろぎして机の上で小さくなっていた。
何でだろう……
なんで、
こんなにも、

独占欲が湧いて出るのか。

この場所はアタシ達だけ。
この姿は、アタシだけのもの。
誰にも見せたくない。
ずっと見ていたい。
だから思わず一枚だけ写真を撮って、壁紙に設定していそいそと仕舞った。
見てるだけで顔が笑ってしまう一枚。

ピアノの定位置に戻って、鍵盤の蓋を閉めて、口元を押さえて俯いた。
ヤバイ。

アタシ、ハマった。

ああ、なんてこと。
よりによってこんな奴に。
赤面して顔を上げる。
耳まで真っ赤なはず。
アイツが起きない様に願う。
妙に顔がニヤついて、妙に心が浮ついて。


ああ、アイツに惚れたんだと実感した。


















数ヶ月。
「すっげぇー! 上手くなったよな」
アタシはこいつの口車に乗せられて。
なんとコンクールで入賞した。

馬鹿な。

何が起きたのだアタシに。
昔習っていた先生もきていて、とても良かったと泣いてくれた。
嬉しかった。
その時はあたしも泣いた。
いつもの音楽教室で。
いつも通りサッカーの練習の終わったアイツとここに居た。
それは当たり前すぎる光景。
アタシの気持ちだけ燻っているこの場所。

「最高でした! にひひ」
悪戯に笑って祝福を暮れる彼。
今日だけは素直にその言葉を受け取った。

今日は、彼に全てを伝えようと思ったから。

「ありがと」
「オレもさ! すげぇ知らせがあるんだ!」
「え?」

「U−17の選手に選ばれたんだ!
 明日から合宿で東京!」

「……おめでとう!」


言って、ピアノの中に放り込んだ。
彼の触れていない高音部分を思いっきり叩いて音を鳴らして、アタシは音楽室から走って逃げた。





「あ、あれっカナちゃ―――」
途中ユミナがアタシを呼び止めたが、アタシは走って逃げた。




今日だけ。
今日しかない。
今日言わないとずっといえない。
そう言い聞かせて、朝からずっとドキドキしっぱなしで全力でメイクして髪梳かして何度も鏡を見た。

「馬鹿みたい……!」

そう叫んでいた。
全部無駄だ。
アタシの前から居なくなる……!
だったら、意味無いじゃん……!

「加奈ぁーーーーかなぁ!!?」
全力で走るアタシをそいつは全力で追っかけてきた。
「るっっさいわ! 人の名前で遊ぶな馬鹿ぁ!!!!」
バンッ!
屋上のドアを思いっきり閉めた。
ガンっっ!!
「るせーーーー! いきなり逃げるなバカナ!! 耳がキンキンするーー!!」
思いっきり閉めた扉を蹴飛ばしながらそいつは登場した。
「バカナぁ!!? アタシかそれは!! ギャグか!!?」
「お前だ!! いきなり教室に入ってきたサトゥーに5往復びんた食らったじゃねぇか!!
 何だこの仕打ちはよっっ!!」
「知らないそんなのっっ!!!」
「ええい!! じゃなんで泣いてんだよ!!?」

「アンタが好きだからに決まってんでしょ!?」

ボロボロ涙なんか零して可愛くない。
そんなアタシ。
「オレも好きだぞ!」
「ありがと!」
「I Love You!!」
「Thank You!!」

「オレは初めから加奈が好きだったぞ?」

長い言葉で言われて、初めて言葉の意味を理解しようと脳が動いた。





「へ……」
気の抜けた声。
……
…………
「だから、オレは……その、加奈が好きですよ?」
何で敬語……?
いや、そうじゃなくて。
改めて言う彼は視線を斜めに外して頭を掻いていた。
どうも、こいつは決めるべき所で決まらない。
でも、それはアタシも同じで。

真っ赤に赤面して、何を言えばいいのかわからなかった。

わたわたと手は動く物の。
言葉が一向に出ない。
えと、
えと……
とりあえず―――

泣いた。

彼もワタワタと慌ててアタシを抱きしめて―――。
暖かかった。



「……じゃ、ここでドリームプラン”加奈と結婚する”を提案する」
「ぶっっ!!!」
本気で吹き出して彼女は彼から離れた。
「うわっきったねぇ」
「あ―――だ、でぇ!?」
「マジマジ」
「うそ!? 今の言葉理解したの!?」
「『うそぉまじでぇ!?』っていったんだろ?」
「言ったけど……!」
全然口がついてこなかった。
「だろ。じゃぁとりあえず3ヵ月後にキスだな」
「それは遅い!」
「むむ。……もっと早くか? ていうかオレが帰って来るのが3ヶ月……
 あ、3ヶ月待ってください!」

風が吹いた。
屋上は茜色に染まった夏の夕焼け。

提案するのはいつも彼。
行動するのはいつも彼女。

「―――3ヶ月なんて、もう経った」
彼女は拗ねたようにそう言って彼の傍に寄った。
彼女がそれを自覚して、3ヶ月など当の昔に経っていた。
だから、遅い。遅すぎる。
「…………今がいい…………」
消え入る声でそう言った。
それが精一杯の勇気であった。
こんなにも心臓が破裂しそうになったのは彼女の人生で2度目。
コンクールの会場すら彼女は颯爽とやってのけたのに。

たった一人の目の前だけでは、どうもダメだった。

「加奈」
「……白斗……」
「くあっ……! 良く分からんが……オレの負けだよ」

―――目を閉じて、口を合わせた。
軽く、そこだけに血が集まったように熱く。
数秒世界が止まった様に音を無くして―――
離れて、クラッとした。
極限だった彼女の緊張が限界に達した。
「……極端な性格してるな加奈」
「……

次の3ヵ月後には、何が起きるのかを期待してしまった。

「えと―――じゃぁ今日は手繋いで帰るから……」
「繋ぐの!?」
「繋がない? じゃぁ3ヵ月後」
「……繋ぐ……」
「じゃぁそのままオレんちにお持ち帰りしよう」
「……え゛っ!?」
「手繋ぐんだろ?」
「……繋ぐ……」
「ほら、どう見てもオレが連れ帰るコースじゃないか」
「いや……離そうよ」
「それは断る」

彼は彼女の手を持って、校舎の中へ戻っていった。




実践すべきは夢の提示、夢までの道程を見せる事。
言ってしまうだけなら簡単なのだ。
そこにたどり着くまでに何をするのか。
彼がしたことは本当にたまたま歯車があっただけの偶然で足りない事はまだ沢山。
あなたには、それが見えていますか―――。

DreamPlanner...fin

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