VOX ver0.5
SCENARIO_PROT SAGIZUKA
MAKING_WRITER EKIYA







*Ryoji...


夢を抱いた事があった。
キラキラしててカッコよくて。
熱気と声と世界。
ステージの上で張り上げた声が人々を揺れ動かす。
そんな声を持っていた。

兄貴が、俺の夢だった時代―――。

憬れたもの。
不器用だけど、優しくて。
たった一つに天才的で。
よく言われたのが、ポンと頭に手を乗せられてバカみたいに嬉しそうに、
「俺に出来てお前に出来ない事は何も無いんだ」
俺の幸福は、お前より先に生まれた事だって。
そう言って笑うあの人を俺は信じて疑わなかった。

「僕は兄ちゃんみたいになりたいんだ!」

幼い日の記憶。
今はただ、世界に忘れられるだけのあの人。






―――VoX―――







詩姫が歌い終わった。
皆が先に行き、風だけがそよそよと吹きぬけて、時間だけが過ぎていく。

頬が冷たいことに気付きゴシゴシと拭って木を見上げた。
ああ、詩姫もあんなに上手かったのか。
今ごろそう思って笑った。


アイツの歌は嫌いだ。
がむしゃらで夢があり過ぎて眩しい。
霞んだ世界を照らし出す。
見たくないものがまた見える。

あの人の―――世界を。






「たまたまだ。あの世界は難しい。
 お前はあんな生き方はしなくて良い」
「そうよ。涼ちゃんは賢く生きなきゃ」

僕には無理なんだ。
記憶がそうさせる。
父さんと母さんは俺を家に押し込めて勉強を強制した。
塾に行くようになって難しい勉強をどんどんさせられていった。
押し潰されて型にはまって。
夢なんて見るなと固定された。

ああ、でも。
見上げれば手の届きそうなあの人。




「涼二なら出来るよ!」




心を突きつける明るい声。

僕に新しい世界をまた見上げさせてくれたあの子。
……そうだった。
ライブのチケットを持って、二人で出かけた。
沢山の人に押しつぶされながら、その歌を聞いたんだ。


「歌おうよ涼二!
 イチ兄だって言ってたじゃん!

 俺の自慢の最強の弟だって!」

詩姫は銀色に光って見える髪を風に靡かせながら叫ぶ。

やめろ
やめてくれ

またあいつが起き上がる。

俺の代わりに歌ってくれと、血に汚れた手を僕に差出す。
同じ顔で
同じ声で
同じ歌を

「僕には……無理じゃないか……!!

 僕はあの人にはなれないんだよ!」

そう言って目を閉じた。
あの人の伸ばす手が怖いから。


「―――……ならなくていいんだよ」



その言葉に目を開いた。
血だらけの手じゃない。
スラッと細い詩姫の手……。
「涼二」
顔を上げた。
彼女は微笑む。
思い出す。
覚えている。
同じ光景。

同じ夢。

「あたしと、シンガーになろうよ涼二!」

僕は―――
その手を、掴んだんだ。

―――そんな、子供の頃の自分を思い出した。













今は……どうなんだろうな……。
詩姫は歩き出した。
手が届く気はしない。

「なぁ……詩姫が歌うなら、俺が歌う必要も無いじゃん……」

そうだ。アイツだってそれで満足しているのだろう。
それに、そんなことを言っていてはまるで俺が歌いたいみたいじゃないか。
俺は……そんな可哀想な奴ではない。
もう希望は置いてきた。
俺には学校を主席で通過していい大学に受かる事が次の目標だ。
人生設計としてはいいものじゃないか。
負い目は無い。
苦では無い。
舞台に立っていない俺にカーテンコールが来る事は無いのだ。
ザッザッ……
砂を踏む音が聞こえた。
誰かが来た。
俺も皆に追いつかないと。
そう思って立ち上がった。

「まって。こ、こっちみちゃダメ!」

「え……」
俺は言われて動きを止めた。
その声は詩姫のもの。
いつも聞いているのですぐに分かる。
ジワジワと蝉の声だけが響いた。
首の後ろの方で汗がつぅっと垂れていくのが分かる。
「……えと……」
「なんで振り返っちゃだめなんだ?」
「……えと、聞いて欲しい事があるの……涼二に、ちゃんと」
「……何」
「……えっと……っえっと……っっ
 あ、あたしの、昔の話……なんだけど……」
「ん」
詩姫の昔……?
どのぐらい昔だろう。
遡れば小学生まで記憶があるのだ。
そのヒントを得るために次の言葉を待つ。
「んと……ほ、ホントに昔、だからねっ?」
「おう。分かったって。いつ?」
「小学生の終わりぐらい」
「そりゃ大層な昔だ」
高校1年の俺達。
4年も前の出来事か。
―――人生をもっと生きているならそれは昔とも言えない近さなんだろう。
でも俺達の人生の四分の一はやっぱり昔だった。
その頃の思い出なんて詩姫が球ころがしの球に轢かれたぐらいのニュースしか出てこない。
皆と話してればもっと出るだろうけど。
あ、そういえば朝礼の時強風で校長のカツラが飛んだな。
まぁ、どうでもいいことなんだが。

その頃は―――まだ兄貴が俺達の英雄だった頃。



「約束、覚えてる……?」


「ああ」
つい、さっき思い出した。
間がよすぎて笑える。
「シンガーになろうって―――」
「ああ。言った」
「涼二……」
「でもさ」
ついさっき、思った。
「俺が歌わなくたって詩姫が居る。
 兄貴の変わりに詩姫が歌うなら。

 俺は、歌わない」


彼女は俺の服の裾を強く掴んで、緩めた。
そして、二歩後ろに下がる。
振り向けば、彼女の目には涙が宿っていた。
―――振り向くんじゃなかったと、後悔した。

「違う……!
 違うよ涼二!!
 あたしはイチ兄の代わりに歌うんじゃない……っ!!
 あの約束も、イチ兄の変わりに歌えるようになるためにしたんじゃない……っっ!」



詩姫は、走り去る。
分からない。
俺は。
俺に何のために歌えって言うんだ。
何のために……。
……約束……?
仮に約束の為に歌うとして―――俺は……
俺には……

何も……見えない。














「涼ちゃん、おかえりなさい」
「ただいま……」
家に帰れば母さんが出迎えてきてくれた。
「お墓参り暑かったでしょ?」
「うん」
靴をそろえて洗面所へ向かう。
手と顔を洗ってさっぱりするとリビングに行った。
母さんはキッチンに戻って夕飯の続きを作り出す。

「お帰り」
「……ただいま」

意外な人がいて戸惑った。
「ただいま。帰ってたんだ父さん……」
「ああ」
滅多に家に帰らない父親がそこに居た。
忙しい人だ。それは解っている。
人の上に立つ立場の人間。
最も実力でその立場に居続ける父は、威厳にみちてる。
そのせいか、心無い一言も、簡単に言えてしまう。

「―――お前も、アイツに似てきたな。
 だが良かった。
 アイツのように愚かじゃない」

何でだろう。
俺のことじゃないのに。
酷く他人じみたその言葉には―――苛ついた。

愚か……?
ああ、確かにアイツは愚か。
馬鹿みたいに生きて。
馬鹿みたいに死んだ。
冷めた眼で兄の死体を見る父親に俺は恐怖すら覚えた。

「お前はあんな風にはなるな。賢く生きろ。あんな物に価値は無い

否定された。
俺の目指していた物は全て。
あの時にも同じことを言われた。
俺が言うのとこの人が言うのとでは言葉の重さが違う。
同じことを言った俺でさえ―――苛立つ。

なんでこんなに苛立つんだ。
事も無げに言って、新聞に眼を落とす父親。
黙って料理を作る母親。
お前等が、理想なのかよ。

―――吐き気がした。





―――ガチン。

歯車がかみ合った。

長い間ズレて、動かなかった何か。
白兄の言葉。
涙した詩姫の言葉。
全て、俺を呼んでいた言葉なのに。

全てを否定した俺。

同じじゃないか。
今と。
輝く全てを否定して、夢を汚す。
そんな父親と同じ行動を。
気持ち悪いけど我慢して飲み込んで。
そんな母親と同じ行動を。

違うだろ。

違うだろ!!



黒いモヤが胸の辺りに蔓延する。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
どうにかしなくては。
俺はソファーを立って玄関へと歩く。
「何処行くの涼ちゃん? もうすぐご飯でき―――」
俺はその言葉を聞き切らず、家を出た。


否定されたいんじゃない。

黙って見ていたいわけじゃない。

俺は走り出す。


止まっていた全ての風景が加速した。

どれだけ走っても胸のモヤは取れない。


そしてそこは―――海岸。

京と一緒に演劇の練習をした場所。

人は居なくて、波音だけが響いた。

「―――は、―――ぁっ」

熱い。

黒いモヤみたいな思い。

ああ、そうか。

こんなもの。

  吐き出してしまえ。


「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



同時に、ボタボタと涙が零れた。
悔しい。
俺の尊敬していたもの。
俺が唯一夢と描いたもの。
それがやっぱり、まだ俺の奥の方に潜んでいた。
胸の中のモヤが晴れてくる。
悔しい。
悔しい。
悔しい……!

水ノ上優一は、俺の兄貴。
俺の世界で、俺が認めた絶対の存在。

“俺に出来てお前に出来ない事は何も無いんだ”

癖のように、何度も言われた。

“俺みたいになりたいんだったな”

大きな手を俺の頭の上から離してマイクを握る。


“歌え、涼二”





「歌うか―――涼二」

声が聞こえる。
「……いつから居たんだよ……」
「オレの方が先だ。ったく人の思い出の場所にズカズカ来てんじゃねぇぞ」
そいつは防波堤の階段を上ってくる。
茶髪にタレ目。織部白雪。
天才ギタリストと名を馳せたのは昔。
今はニートにも劣る食いつぶしだそうだ。
「思い出ってなんだよ」
「ここはな、オレとユウイチの練習場だ」
タバコをふかしながら色褪せている街灯を見上げた。
ここはスポットライトのように照らされていて、ステージのようだった。
「道の方に向いてたライトをさ、アイツが防波堤側に曲げてな。
 コレでステージだって言い張りやがる」
「なんて馬鹿なんだ……」
正直な感想を出す。
「ああ。馬鹿だからな」

懐かしそうに笑いながら言って、タバコを口から離すと煙を吐き出した。

「白兄」
「なんだよ」
「歌いたいんだ」
俺は白兄を見る。
「……まかしとけ」
言って、ケースからギターを取り出す。
「……何でかは聞かないのか?」
「んなヤボなこたぁしらねぇよ。オレは歌いたい奴の味方だ。

 お前は、今、歌いたいんだろ?」

ギターを肩からひっかけて、ピックを取り出す。
「何を歌うんだ?」
「……なんでも歌う」



白兄の顔は見えなかったけど、きっと笑って曲を弾き始めた。

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