VOX ver0.5
SCENARIO_PROT SAGIZUKA
MAKING_WRITER EKIYA

*Shiki...


今日は何作ろう。
えっと。
冷蔵庫の中を覗いて材料を確認する。
うーんそんなに物が無いなぁ。
また明日買い物に行かなきゃ。
えっと、豚肉と卵と……セロリとレタスとあっ白身魚。
頭の中でコレ全部が使えるレシピをグルグルと探す。
……うん。豚しゃぶと白身で茶碗蒸し作って後はサラダにしよう。

トントンと無心に作業をしながらふとこのキッチン仕事も5年目なんだなぁとしみじみしてしまう。
初めは拙い料理だった。
一人で作って一人で食べて。
―――寂しかったなぁ。
お父さんもお母さんも小学生のアタシを置いて世界を飛び回って。
お兄ちゃんもデビューして上り調子で働いてた。
うちの家族は忙しいんだ。
家柄なのかもしれない。
正直なんどみやちゃん家に移住しようかと考えたか。
おばさんもいつでもおいでって言ってくれてたし。
でもそんな迷惑をかける勇気が無くて一人で頑張ってた。

そこに来てくれたのが、みやちゃんや涼二や柊君だった。
一人暮らしなの!? すごいっ!
そういって皆で押しかけてきて。
一緒にご飯作ったり食べたりしてくれた。

嬉しかった……っ。

皆がきてくれるように料理を沢山覚えた。
新しい料理を作るたびに喜んでくれて、美味しいって言ってくれる度にあたしはとても嬉しかった。
将来調理師っていうのもいいなぁって思うようになった。
まぁそれも一つの道。

だからだから。
あたしにとって掛け替えの無い友達。
4人で食べるご飯。
今だって、その時間は大切だ。







バンッッ!!
ドガッッ!!
騒々しい音で扉が開いてお兄ちゃんが返ってきた。
バイクの音がしたのでそれは確かだ。
だが今日は何時にも増して騒々しい。
あたしは料理の手を止めて、おかしいなーと玄関に顔を覗かせた。

やっぱりお兄ちゃんだ。
苛立っているのか靴を荒く脱ぎ捨ててリビングのソファーにいきなりふんぞり返った。
流石にあたしも一言言いにエプロン着たままパタパタとお兄ちゃんに近づいた。
「ちょっとっ! お兄ちゃん! あんな開けかたしたらドアが壊れるじゃん!」
「るせぇ! 壊れたらなおしゃいいだろうが! クソッ……」
明らかに調子がおかしい。
「ど、どうしたの? 今日おかしいよ?」
「別にどうもこうもねえよ」
低い声でそう言い切られる。
―――なんだか、イラっときた。
「あるじゃん! ちゃんと言ってよっ! いっつも大事な事ちゃんとあたしに言ってくれないじゃん!」
本当にそうだ。
デビューするのもいきなり居なくなるし。
帰って来るのもいきなりでまた動き出したのも……。
いつも―――あたしには何も言ってくれない。
だから今日は―――今日だけは。
絶対に聞いておこうと思った。

だから心構えは十分で。
何を聞いても驚かないで居るつもりだった。

「……なぁ、なんで涼二は歌が嫌いなんだ?」
「…………なんで涼二がでてくるの……?」
たしか、涼二とお兄ちゃんの接点は殆ど無い。
会ったら会ったで二人とも毛嫌いする性格だと思う。
この間海岸であったと聞いて以来殆どその話は聞いてない。
「…………やっぱやめた」
「はぁ!? なんで!?」
「気にいらねぇ。ああ、気にいらねぇからだ」
「何が! 全然わかんないよ!」

「おい。詩姫」
「な、何」
「涼二が好きか」

「あばっべっ別に好きとかそんなんじゃないよ!」
「あばっべっ! うはははは!」
見事にどもった部分を笑いながらあたしを見る。
「なんだ図星か。へぇ〜」
「うっさい! そんなんじゃないって言ってるし!
 しかもそれが何か関係あるのっ!?」
「あるっちゃあるし無いっちゃないね」
「最悪! もー! 知らないっっ! ゴハン抜きだから!!」
「ぬあ!!? この時世ゴハン抜きなんて台詞使う奴がまだ残ってやがったかっ!」
最悪だこのタレ目。
「人権保護法とかに訴えるぞ!」
「働け!」
あたしはそういい捨ててキッチンに戻る。
もう怒った。
絶対作ってやるもんかっ。
あたしは本当に自分のだけ作ってソファーに戻る。
絶対ブーブー何か言うだろうけど謝るまで無視だ。



―――静かに。
何も言わずにお兄ちゃんはソファーに寝転んでいる。
テレビを眺めているわけでもなく寝ているわけでもない。
ただひたすらボーっと天井を眺めていた。
……なんか居るのかな……?
居たらやだな…………。
そう思ってちょっと視線を天井に向けるけどやっぱり何も無い真っ白な天井。
おかしい。
お兄ちゃんが何も喋らないのは―――
イチ兄が死んだ後の状態に似ていた。
ボーっとして、何を言っても生返事で。
くっきりと存在していた線を軽く消しゴムでなぞってみたように
ハッキリしていた物が薄っすらと滲んで存在が虚ろだった。
だめだだめだ。
ここであたしが声をかけるわけにはいかないっ。
あたしは怒ってる。
怒ってるのっ!

……
……
……
……
長い長い沈黙。
…………ゴハン、あげたら元気になるかな……?
そろそろ天井に穴が開くんじゃないかと思うぐらい見つめている。
何を悩んでるんだろ……。
そんな目を開けてたら乾かないのかな……。タレ目だから大丈夫なのかな……。
って、心配はいいのっ怒ってるし!
はやくご飯食べたいぐらい言ってよもう!



「…………詩姫」
「ひゃぇっ?」
丁度冷しゃぶを食べようと口を開いた時にその声が聞こえた。
慌てて返事してしまったため変な声が出た。


「なぁ、歌、歌わねぇか?」

「……へ?」
信じられない言葉を聞いた。


「―――お前が、歌手やってくれないか」



「む、無理だよっあたし〜ほら、下手だし?」
「下手? 先生のレッスン受けといて下手な奴なんて居ねぇよ」
「でもあたし―――っ」
あたしは……
怖い。
イチ兄みたいになれないだろうから。
お兄ちゃんみたいに、夢を壊されて虚無に浸るのは。

「……オレの歌はキライか」

何故だろう。
そんなことを言いながらあたしから視線を外して天井に視線をやった。
―――とてもそれが悲しそうに見えた。
「……結局、キライって言われんのは辛いよな……」
皮肉っぽく笑って目を閉じた。
また、何かを失った自分を嘲笑う。

そんな風に見えてしまった。



「違うよっ!」


あたしは言う。
お兄ちゃんがビックリして跳ね起きた。
目を丸くしてあたしを見ている。
言わないと―――きっと、伝わらない。

「あたしはお兄ちゃんの作る歌好きだよ!
 イチ兄が歌うあの歌は大好きっ!」

あたしの目標だった。
小学生だったあたしが見ててギターを持っているお兄ちゃんはカッコよかったし、
歌っているイチ兄の声が起こす奇跡も憧れだった。
「―――っ」
お兄ちゃんは言葉を失って言葉に押されるようにまた天井を仰ぐ。
「―――っは。ヤバ……」
そう呟いて目を押さえるとクツクツと笑った。
「笑うの!?」
「はは……っいや。ああ。サンキュー。
 ちょっと自信戻ってきた」
―――かなり凹んでいたらしい。
「もう……ホントに今日何があったの?」
聞く。
今度はちゃんと話してくれるはずだ。
だから真剣な顔でそう聞いた。
お兄ちゃんは目元を拭って向き直るとちょっと疲れた風に笑った。
「……涼二に歌わしたんだ。俺の歌。
 歌わせりゃ好きになると思った……。
 だから歌わせた。駅前でさ、滅茶苦茶人が集まった前でユウイチの歌えなかった歌を歌わせた」
「イチ兄の歌えない歌……」
「アイツは歌に関してだけは努力家だった。でもアレだけは歌えなかった。
 キーが足りねぇのはしゃーねぇ。喉にも限界があるしな。

 それを涼二はケロッと歌いきりやがった」

涼二が―――歌った?
カラオケでも満足に歌わないのに。
彼が本気で歌った所なんて見たことが無い。

……見てみたい。

と―――……思った。
「―――でも、ダメだった。アイツは言い切りやがった。
 オレの歌が嫌いだってな」

―――涼二は……イチ兄が死んでから変わった。
随分と歌に閉鎖的になったしあの人の歌を毛嫌いした。

「……それで、なんであたし?」
「オレの歌が好きで、歌うのが好きなら問題ねぇよ」
「……あたしは前お兄ちゃんの言ってた『しょうもねぇ歌い手』かもしれないよ?」
「―――一つ言っとくが、しょうもねぇ歌い手ってのは定義の違いだ。
 オレの歌を生かしきれない歌い手なら意味が無い。
 歌手の特性……声の相性とか得意な分野ってあるだろ?

 でもな詩姫。お前はオレの歌の生かし方を知ってるハズだ。それに賭けたい」

久しぶりに力強い光の入った目を見た。
あたしも、シンガーは嫌いだといった。
お兄ちゃんが希望を失ったのはそのせいだったから。
イチ兄が死んでしまって光り輝いていたあの人が急に真っ黒になってしまったから。

あたしが、あのキラキラした光になれるなら。
彼に光を取り戻させる事が出来るなら。

答えなきゃ。
お兄ちゃんが塞ぎこんだ時あたしができなかった事。
あたしの夢だった物。
きっと―――今しかない。
答えを、返さなきゃ。

あたしは―――!



「歌いたい!」











―――VoX―――











Miyako...


夏休み。
やっと夏休みだ。
真っ青な空。真っ白に積みあがる雲。
蝉の声が煩くて思わず暑いを連呼する。
壮大な季節だ。爽やかな色が多いのに皆“暑い”と言う。
空の青も雲の白も木々の緑も見えない太陽の与える光には勝てないのだ。

進学学校の夏休みは短い。
そして課題が多い。
補講も多い。
あるようで無い夏休み。
こんなに勉強してどうするんだろって思う。
でも涼二についていけないのは嫌なので頑張る私。
入ったばかりでこんな事を考えるほど多い課題を休み前からサクサク終わらせていたため意外と早く終わりそうだ。
でも早く終わらせると休み明けにあるテストが凄い事になりそうだ。
……うーん。補講は参加自由だったから後半からは出ようかな。
でもでもヒメちゃんや涼二達と遊ばないと。せっかくの夏休みなのに。
七月の終わりが休みの始まり。

優一さんのお墓参りが八月の一日。
今日が七月の終わり。つまり明日はお墓参りとカラオケだ。
その次の日はボーリングに決まっていて一日置いて次の日はプールだ。
ウキウキする予定。
全て雨天決行だ。素晴らしい。
そのウキウキのテンションを勉強に向けて発散しつついつの間にか12時を回っていた事に気づいた。
流石にもう寝ないと明日起きれない。
私は朝には弱い。
それは全員が知ってて特にヒメちゃんには何度起こしに来てもらったことがあることか。
でもねわかるよね。朝はだめ。朝は。
今は冬ほどでもないけど……こう、朝起きて、時計確認して、九時だともう一時間寝れるよね?
…………。
いいの!

まぁまぁ。
当日は涼しいうちにお墓参りは済ませてしまうらしく10時に出発。
確かバスを使って30分ぐらいだった。
すぐ終わらせてまた戻るみたいだけど往復すれば1時間半ぐらい掛かるだろうか。
その後はヒメちゃんがカラオケのフリータイムに入りたいといっているのでそのまま歌いっぱなしだろう。
お昼を食べてカラオケに行けば丁度いい。
きっと朝のしんみりした雰囲気を吹き飛ばしてヒメちゃんが歌うはずだ。

コンっとシャーペンのシンを収めて置くと、課題をやっていたテキストとノートを閉じた。
机の端に寄せて消しカスを集めてゴミ箱に捨てる。
よしっ。
明日の準備は終わっている。
あとは9時に目が覚めるかどうかだけだ。
……一応ヒメちゃんが起こしにきてくれるらしいし。期待しよ。

ヒメちゃんはもう寝たかな?
ふとそう思って窓の外をみた。
お向かいさんで更に2階の同じ位置がヒメちゃんの部屋。
小さい頃は糸電話がヒメちゃんの部屋に直通していた時期がある。そんな近さ。
ヒメちゃんの部屋は真っ暗。
寝たのかな、何て思ったけどカーテンがしまっていない事に気づいた。
いつも寝るときはカーテンを閉める。
それが今日は開いてる……?
私はちょっと気になって窓を開けた。
いい天気だ。
でも蒸し暑い。エアコンで除湿をかけていた部屋がとっても快適だった事がわかる。
―――?
鈴虫の声はしない。
まだその季節には早いだろうか。
それとも住宅街だからだろうか。
ただ、静かなわけではなかった。
かすかに聞こえるのは―――ギターだ。
知ってる。
毎日のように聞こえていた。
防音施設が用意されているあの家でもその振動だけは少しずつ聞こえる。
窓を開けていても気にしないで居られる程度の微かな音。

何度も、同じフレーズを弾いているような気がする。
何だろう。
いつもは一曲すぐに弾き終わって振動は止む。
これと同じ感じをずっと前に聞いていた気がする。
―――イチ兄が居た時に。
そしてそれがすぐに歌の練習をしているんだと気付いた。
それが誰かも、すぐに分かる。

―――ヒメちゃん、歌うんだ?

あの人のギターで。
あの人の作った曲を。
ヒメちゃんが。
―――でも、すぐに納得できた。
ヒメちゃんなら。
うん。

明日聞いてみよう。
できたら―――アカペラとかで歌ってもらう。

わくわくする。
ヒメちゃんが歌手になりたくない理由を私は知ってたから。

そして、歌手になりたかった理由も私は知っていたから。

ああ、やっと―――やっと、進む事にしたんだ。


窓を閉めて電気を消した。
ベッドに潜り込んで寝転がる。
遊びに行く前の日ってこんな感じ。
わくわくして寝れない。
それに今は別の理由もあって寝れない。
ガンバレヒメちゃん―――。

私はちょっとだけ昔の歌を頭に思い浮かべながら、思考だけに集中する事にした。
そうすればいつか寝れるだろうと。















「あははははっ! 涼二、似合わないよー!」
「五月蝿いなっ俺だってわかってるってのっ」

良く晴れたいい天気。
バス私達しか乗っていないバスに笑い声が響く。
山方面に向かうバスは昼近くになると人が居ない。
朝や夕方はそこそこ居るみたいだけど。

私が笑ったのは涼二が似合わない帽子を被りだしたからだ。
「そうかな〜? アタシは結構いけてると思うんだけど」
ヒメちゃんが持ってきたお兄さんの帽子だ。
「まぁ顔だけ見てればそうだけど格好がフォーマルなんだもん涼二」
もうちょっとカジュアルな服を着ればいいのに。
似合ってるからいいんだけどね。
「シルクハットにすればオッケーだ涼二!」
「柊。墓場をシルクハットで歩く奴が目立たないわけ無いだろ」
「じゃぁカウボーイハット?」
『あー……』
皆で無しではないなぁ。と涼二を見て声を上げる。
「だから目立つだろ! 余計に!」
どうしても目立たないようにしていたいらしい涼二は拗ねたように帽子を深くかぶって窓の外に眼をやった。
「でもそのお花持って歩くと壮絶だよね涼二」
「あ、わかるっ何事かと思うもん」
私とヒメちゃんでだよねーっと言って笑う。
「……好きで持って歩いてるんじゃないっての」
似合っていない風味に勘違いしたのだろうか。
「違う違う。似合いすぎてて」
私が顔の前でフイフイと手を振ってみせる。
「花が似合う男か……いい評価だな涼二」
「うるせっ」





バスは滞りなく私達をその場所に届けてくれた。
山の中腹にあってお墓の場所に行くにはちょっと長い階段を上らなきゃいけない。
まぁ暑いだの疲れただの言いながらゆっくり上っていればいつの間にか着いている距離なんだけど。
蝉の声が響くそれでも人の声のしない空間。
バケツにキラキラと光る水をいっぱいに汲んでシュウ君が持った。
「うはは! 軽い軽い!」
そういいながらグルグルと水の入ったバケツを回している。
私とかヒメちゃんだと両手じゃないと持てない。
更にヒメちゃんだと10歩に一回休憩が必要だろう。

ガシャ―――バシャッッガンッガンゴロロロロ―――……

……柄の部分が取れたみたいだ。
勢い良く放物線を描いて水をばら撒くと勢い良く階段を転がって落ちて行った。
「うおおおお!? まってぇええええーーーー!」
柊君が急いで追いかけるがガラガラと落ちていく音はどんどん遠のいていく。
涼二ははぁ、っと溜息をついて新しいバケツに水を入れると私達に行こう、と言った。
さすがに置いて行くのは可哀想なので木陰で待つように涼二を宥めた。


ミンミンジワジワ聞こえる蝉の声。
大きな木が生えているその木陰にお墓は立っていた。
立派なお墓で水ノ上優一の名前が刻まれていた。
―――涼二の、お兄さんのお墓だった。

「―――あっついね」
ヒメちゃんが空を見上げて何度も言っている言葉をもう一度言った。
「ああ」
短く涼二が応えてお墓の掃除を始めた。

皆で手分けしてお墓を綺麗にしてお花を供えなおした。
無骨なお墓でもお花に彩られて綺麗に見える。
皆でお線香を供えて手を合わせた。
何も言わずに手を合わせる涼二。
私達もそれに習って黙祷した。












カッカッカッ!
ジャカジャーン!

―――突然のギター。
墓場に遠慮なく響く音でその弦が弾かれた。
蝉の声はすぐにその音にかき消されて―――夏の涼しい音を響かせた。
それは声に近かった。
音楽を感情にする指先の奇跡。

「な、なんだ!?」
柊君が突然の音に驚いて声を上げた。
「……」
涼二は顔を顰めてその元凶を見上げた。
「あ、あれって……?」
私は思わず指を差す。
ヒメちゃんがワナワナと震えながらその人を呼んだ。

「お……お兄ちゃん!!?」




―――VoX―――




*Shiki...





「おい! 何しに来たんだよ!」
涼二の声を無視してギターを鳴らす。
墓場を訪れていた人も何事かとこちらに視線を向けている。
「きいてんのか!? 迷惑だろ!?」
人のことなど関係ない。
この人は本当にそうだ。
自分がやりたいようにやる。
本来なら結果を厭わないことが多いが今回は違う。

「ああ! もう!! 帰るぞっっ!!」

涼二は勢い良く振り返って来た道を戻り始める。
みやちゃんが涼二とお兄ちゃんの間で何度か視線を行き交わせて涼二についていった。
柊君も溜息をついてその後に続く。
でもお兄ちゃんは弾く事を止めなかった。

ただ―――青空に似たその曲を弾き続けた。

「―――イチ兄……聞こえてる……?」
あたしは小さく呟いた。
「……お兄ちゃんがさ、曲、作ったよ……」
お兄ちゃんはただ待っているだけ。
その歌の完成を。

「歌ってくれる人……居ないね―――」

どうせ両親が近日中に来ると、生花を供えている。
その綺麗な白い花びらが一枚散った。
涙のようにゆっくりと地面に落ちた。

「…………でも、安心して」

歌が、サビに近づいた。
お兄ちゃんの指が弦を擦る音が激しくなってくる。
あの硬い指がしてきた努力はイチ兄と叶えた夢だった。
だから、もう一度。
もう一度。


「……おい、詩姫? いこう―――」


あたしは涼二を振り返った。
途端―――強い風が吹いた。

青い空を背景にあたしの髪が大きく舞う。

涼二と目が合った。

涼二は何も言わず固まってあたしを見た。

あたしは手を広げて大きく息を吸った。

視線を少し下げてその瞬間に備える。

―――安心して、イチ兄。




―――あたしが歌うから―――!





弾ける様に声を出した。
あんまり喉が強いわけじゃないけど、それは呼吸の仕方で大きく変わる。
空のように清々しく。
雲のように優雅に。
新緑のように力強く。
風を巻き込むように、
感情を声に変えて、
あたしの全てを表現した。

―――楽しい。
お兄ちゃんのギターで歌うと、やっぱり違う。
声のようにしっかりとリズムを取り、音を出す。

この蒸し暑い空気を―――涼風に変えるような革命を。

この歌で。
この表現で。
あたしの全てで。
我武者羅に歌うだけじゃない。
歌詞の意味と感情をシンクロさせて、さらには全ての音と自分の声を調和させる。
世界をつくり、彩る。
歌が全てになるような空間。

それが出来た人間がこのお墓に眠る人物。
―――あたしの目標。

もう、迷わないから。

















―――ィ――――――ン―――……

ぎたーの残響が響く頃にはあたしは涙を流していた。

聞こえたかな、イチ兄……。
あたし、歌えるよ。
イチ兄にはまだ全然届かないけど。
いつか―――
その背中に追いついて見せるから―――。

「ヒュウウウウッッ! やるーーヒメっちーーー!!」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!
拍手がパラパラと響いた。
みやちゃんもポロポロと涙を零しながら拍手をくれていた。
他にも近くにお墓参りに着ていた人からも。
ちょっと嬉しくて恥ずかしかった。
ペコペコとお辞儀して視線を戻す。


涼二は太陽の下に居るお兄ちゃんを見上げていた。
お兄ちゃんも木陰に居る涼二を見下ろしていた。


―――でも、お兄ちゃんは何も言わずギターを片付けて担いだ。
そして、崖のほうにズンズン姿を消していった。
お兄ちゃんが立っていた場所まで行ってみてみるとそこには脇道があってその先は山道だった。
そしてお兄ちゃんのバイクが置いてあるのでそこまでそれで来たみたいだ。
けたたましい音を立ててバイクが走り出した。
溜息をついて皆を振り返る。
みやちゃんは一生懸命涙を拭いている。
柊君はすでに道を戻り始めていた。
涼二は俯いたまま―――イチ兄のお墓の前に立っていた。
「一人にしてくれ……」
表情は見えなかった。
でも確かにそう言った。
涼二を残してあたし達は墓場入り口まで戻った。




―――少しでも、涼二の心に響いたかな―――?







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