VOX ver0.5
SCENARIO_PROT SAGIZUKA
MAKING_WRITER EKIYA
*Syu...
別にオレは咎めやしない。
アイツが荒れようが諦めようが。
人の生き方指図できるほど生きちゃ居ないし落ち着いても無い。
ただ。
一つだけオレがやらないといけない事がある。
それは、奴にしかできない事があるって事だ。
天才なんて安い言葉で片付く奴じゃないけど。
完璧だなんて言えやしないけど。
確かな才能の欠片をオレは知っている。
「よっ織部の兄さんッ」
「ん……?」
柄の悪い茶髪の人。
どうせ言ったって教えるまで聞きやしないんだからどうせ来るだろうと思って何日か少しだけコンビニで張ってみた。
予想通りその人はコンビニに現れて栄養剤を手に取っていた。
「そんなところで栄養剤買うとまたヒメっちに怒られんぜ?」
「詩姫の知り合いか?」
「いやぁ。よくお世話になってますーつか、士部の道場のモンですが」
そこいらで絡まれた時もそう答える事が多い。
絡んでくるような不良方とかイカツイシャツとサングラスを着たお兄さん方にはよく効く。
効かなきゃ容赦なく投げ飛ばす。
「ゲッ! お前あのババアの手先か!?」
「うちのオカンの事か? その言葉一字一句間違えずに伝えとくよ」
地獄行きが決定したけどな。
「おおおおっ!? テメっ士部のガキか!
数年みねぇと思ったらこんなにでかくなってやがったか!!」
「そりゃーもー育って育って中3から180ですよ」
「んだよでかくなりすぎだ!」
「まぁよく食いまくったし。うちのオカンの料理は子供をでかくするんだよ」
オレがでかくなった理由なんてそんなモンに違いない。
「……ちげぇねぇ。で? その士部んとこのガキが何の用だ?」
「いや? とりあえず家計が、家計がっって叫ぶヒメっちの為に栄養剤は阻止しようと思って。
薬局ならオレが紹介しますよ?」
「……………………ちっ分かった」
意外と妹思いなこの人はすぐに買うのをやめて持っていたものを棚に戻した。
だからオレも約束を守る事にした。
「とりあえず出ましょか」
「おう」
トコトコ歩いて小さなお店を出る。
「近くなんで歩きますよ」
「はいよ」
織部の兄さんは意外と素直に従って俺についてくる。
薬局はすぐ近くだ。
チョット大きい黄色い看板の誰かの名前みたいなお店だ。
栄養剤は結構頻繁にセールやってるし今行ってもやっぱりセールで並んでいるのがいくつもあった。
おおっと目を輝かせて箱を5箱購入する織部の兄さん。
良かったなヒメっち。
結局買ってる量が増えたから使ってるお金は変わらん気がするんだがまぁいいか。
「いや助かったぜ。コレで詩姫にキレられなくて済む」
「いやいや。大した事はないでさぁ」
チョット歩くだけだったしな実際。
バイクのあるところまで戻ってきた織部の兄さんはバイクの後ろにその袋ごと縛り付けていた。
「そいでさ、織部の兄さん。アンタに言っとかないといけない事があんのよ」
オレはそう切り出す。
此処で普通に礼を言われて帰られては少しでも時間を割いた意味が無い。
「んあ? なんだよ?」
「最近涼二に会ったんだってな?」
「ああ、会ったな。あいつの声は金になるぞ」
「そっすか。別に金にするかしないかはあいつ次第だしいいっすよ」
「ん? 何かあんのか?」
「―――あいつに、歌うことを強要しないでくれ」
「……なんでだ?」
特に表情の無かった顔に疑惑の表情が浮かんだ。
「アイツは口で言ってるほど心が強い奴じゃない。
今だって心折れそうになりながら必死に過去を忘れようとしてる。
アンタにゃ関係ないかもしれないがアンタに言われるからこそ反発するし興味も持つ」
「……はっ。だからどうした。心ぐらい何べんでも折れりゃいいんだよ」
人のことを考えない台詞だ。
だからこそオレは言っとかないといけない。
「折れっぱなしの人間はそれ以上折れる事はできないだろ。
今の状態にアンタがいくら語りかけてもあいつは歌わない。
アンタの責任も咬んでるんだしな」
「……っんじゃどーしろってんだよ!」
じれったい話にすぐに痺れを切らしてその人は叫ぶ。
オレは一息ついて簡単な答えを言う。
「簡単っすよ。アイツに強要せずに歌わせりゃいい」
「はぁ!?」
まぁ当然そういう反応が帰って来る。
「要はアイツに自分から歌うって言わせりゃいい。
自分の言葉だけは曲げないんだ。アイツは」
昔からそういうやつだった。
決めたら一途だ。
アイツに一度でも兄貴には負けないと言わせればあいつは努力するだろう。
「オレの歌が嫌いって言った奴にどうやって自分から歌わせろってんだよ!」
「さぁ。そこはアンタ次第だろ。
アンタの歌じゃ誰かに歌わすことも出来ないのか?」
わりと頭に来る言葉を選んで使ってみる。
この手の奴に殴りかかられても別に平気だし。
安っぽい挑発だがプライドがあるなら―――
「テメェ! 上等だ! ぜってぇアイツに歌わしてやらぁ!!」
割と単純なタイプで助かった。
肩を張って荒々しくバイクに乗り込むとビシッとオレを指差した。
「あいつに言っとけ! お前はいずれオレの歌を歌うってな! はははは!!」
どんな催眠術だよ。
そう突っ込もうかと思ったときにはエンジンを吹かして走り出した。
やれやれ。
焚きつけたのはいいけど上手くやってくれるのだろうか。
……まぁいいか。
歌うかどうか決めるのはあいつだし。
オレは首を鳴らして足を帰り道へと向けた。
―――VoX―――
*Ryoji...
宣戦布告の話を聞いたその日。
俺はいつも通り学校を終えて帰途についた。
今日は塾も無いし平和だ。
俺の家は駅前の集合住宅。
クラブを終えた学校帰りはその駅前に沢山の人が行き交う。
噴水なんてものもあって結構センスはいい。
―――行き交うだけで集まったりはしない。
この駅前には社会人が行くような飲み屋的なものは少ないし一駅行けばもっと大きな駅にいける。
だが、今日は違った。
駅前に沢山の人が集まって歓声を上げている。
カメラを持ってその騒ぎを撮っていたりする人もいてとっても騒がしい。
何だ……?
有名人でもきてるのか?
野次馬という行為はあんまり好きじゃないけどやっぱり興味引かれるし。
とりあえず覗くだけ覗いてみようとその集団に近づいた。
―――……一人の男がギターを持って引いている。
夜なのにサングラスをして、噴水の前に座ってただ黙々とギターを弾いている。
それは
全部
アイツの曲。
俺は踵を返して帰途に着いた。
聞いちゃ居られない。
あんな物。
それがアイツの宣戦布告の行動か。
―――はっ。だからどうだと言うんだ。
次の日も。
その次の日も。
更に次の日も。
そいつはそこに居た。
俺は気にしないように毎日ただその通り道を通り過ぎる。
土曜も日曜も。
毎日そいつはそこに居た。
すぐ居なくなると高を括って、俺は無視し続けた。
だがそいつは、何時までたっても居なくならない。
いつも必ず俺がそこを通る時間にそこに居る。
ウザい。
正直。
頭にきた。
「オイ」
俺は数週間後に初めてそいつに声をかけた。
物珍しさがなくなったのか殆ど人は居ない。
俺が近づいて声をかけるとその人たちはパラパラと散って居なくなった。
―――それもそうだ。
こいつはここに居てギターを弾く以外何もしなかった。
歌詞のある曲を歌わずに引き続けた。
天才的なギターの音だけで最初はあんなにも人を集めた。
―――ただ、毎日同じ曲だった。
だから飽きられる。
「ん? どうした? 歌うか?」
「今すぐ、此処で弾くのをやめろ」
「どうしてだ? オレはただ道行く奴等に聞かせてるだけじゃねぇか」
「煩いんだよ……古い歌を掘り出して、今頃現れるなんて未練がましいだけじゃないか」
「古い歌じゃなけりゃいいのか?
じゃあ聞いてけよ。オレの作った新しい曲だ」
「オイ人の話を―――!」
ギュィィィィィィ――――――!!!
俺の言葉を切ってギターがかき鳴らされた。
新しい曲―――?
こいつにそんなものが……!?
ギターはひたすら天才的に曲を鳴らす。
心臓がどくどく言っている。
いつの間にか握った手が汗ばんでいた。
世界が揺れる。
コレは錯覚だが音の成り立たせる世界がそう思わせた。
―――違う。
俺は否定する。
その世界は、俺の居るべき世界じゃない。
その世界は、もう壊れたはずだ。
その世界は、アイツが“ ”世界だ。
許すな。
許すな許すな許すな許すな!
歌
な ん
て
下 ら
な い !
「あああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
叫ぶ。
その矛盾をかき消すために。
その音を消すために。
要らない。
その音はもう必要とされていない。
その声はもう無い。
その歌は完成されない。
「歌なんて歌ったから……!! 兄貴は死んだんだ!!!」
“価値なんて無い”
冷たい言葉が脳裏をよぎって熱く沸騰するような感情を覚える。
「本当にそう思ってんのか。テメェ……」
「思ってるさ! だってそうじゃないか!
兄貴はアンタの書いた歌えない歌を体壊すほど頑張って!!
ツアーだからって病院にも行かずに無理して倒れた!! 死んだんだよ!!!」
「―――……」
「なんとか言えよ!! 兄貴の人生奪ったのはお前じゃないか!!」
「ああそうだよ!! テメェに言われるまでもねぇ!! 俺が殺した!!!」
「開き直ってんのか!? だから言ってんだろ!!
俺は歌わない!!! お前の作る曲もアイツの歌も大っ嫌いなんだよ!!!」
声が広場全体に木霊した。
叫び終わって冷や汗が出るほど大声で叫んだ。
周りの視線が集まっていてとても居心地が悪い。
そいつは何も言わなくなってギターに触れた。
「―――……別に、嫌われたっていいんだよ。オレの曲は」
「……は?」
突然、俺を見る目を変えた。
睨みつけるような目が、哀れな物を見る目に変わっていた。
―――それが酷くムカついた。
「曲の好き嫌いなんざ人間当然ある。
オレの曲が嫌いって言う奴なんてファンの数と同じぐらいだ」
「ただな。歌も歌わないようなクソガキにそこまで言われたかねぇんだよ。
テメェにアイツのどんだけが分かってんだよ。
しってっか? あの曲声が出ないからホントはキー低めの奴もあんだぞ?
アイツが勝手に努力して健康管理ミスって病気になって逝っちまった。
笑われたって仕方ねえよ。笑えよ。それがお前の兄貴だぞ?」
「ざけんな!!! 何で俺がそんな―――!!!」
「同じだろ? キライなんだろ?
オレの曲を否定してるんだろ? アイツの声を否定してるんだろ?
オレ達の人生笑ってんだろ?
お前は一度も歌わないくせに!!」
ギリッ
歯が鳴った。
拳は硬く握られている。
今すぐにでも殴りかかってやりたい。
何でこんな事でこんなにムカつくんだ……!!
「ムカつくか? 殴りたいか?
ああ好きにしろよ。勝てると思うならな?」
―――ッッ!!
更に頭にきた。
勝てるわけが無い。
こっちは中学を卒業したばかりのガキで、向こうは明らかに喧嘩に長けた大人だ。
ガチガチと怒りで歯が鳴る。
感極まって目が涙で霞んできた。
「一つだけあるぞ。オレを殴らずに認めさせる方法が―――」
そう言って自分の位置を少しずらした。
「歌えよ。歌って証明しろ。お前の価値を」
このとき―――何故か。
「はっっはははははは!!!」
俺は笑い出した。
自分でも良く分からない。
流れかけた涙を拭ってそいつを押しのけると噴水の台の上に立った。
コレが切れてるって言う状態だろう。
どうでも良かった。
「歌ってやるよ!! お前なんかに否定されてたまるか!!」
そいつはその言葉に笑ってギターを鳴らし始めた。
相変わらず天才的で表現力に富んでいた。
それは過去、アイツが歌った―――アンコールの為にとっておいた新曲。
それは普通知らないだろ。
普通は。
だが。
俺は知っていた。
その練習を聞いていた俺だから。
兄貴が歌い続けて出なかった音階。
それは―――!
俺には出す事が出来たから。
イントロから歌いだしに入って俺は勢い良く歌いだす。
この歌は古い曲だと思っていた。
だが、違う。
誰も聞いたことの無い曲。
あの人が歌うことなく消えた曲。
叫べ。
あの人には届かないかもしれないけど。
あの人を罵ったあいつを認めさせるッ!
俺はこの世界に新しい歌を届ける―――!
歌い終わったことに気付いてアイツを振り返った。
驚いた顔で俺を見ていてザマアミロと思った。
俺の勝ちだ。
どうだ。見たか兄貴。
アイツに俺を否定させなかった。
アイツに俺を認めさせた。
―――途端、弾ける様な拍手に包まれた。
今の歌を聞いていた行き交う人たち。
そこのマンションから降りてきたパジャマ姿のおばさんから同じ学校帰りの高校生も。
皆同様に拍手をくれた。
―――兄貴は、いつもここに居た。
こんな、気分だったのか……?
言い知れぬ勝利の感覚に平衡感覚が無くなった気がした。
あ、やべっ。
そう思ったときにはもう遅かった。
ザバンッッ!!!
後ろの噴水に思いっきり落ちる。
―――つめた。
そんな感想。
平衡感覚が戻ってくるまで動かない事にした。
「オイ!! 大丈夫か!!」
アイツの声が聞こえた。
ゆっくりと平衡感覚が戻ってくる。
酷い眩暈だった。
俺は大丈夫、と口にして浅い水の底に手をついて起き上がった。
あーあ……びしょ濡れだ……。
……何やってんだ。
急にばかばかしくなった。
安っぽい言葉に熱くなって泣きそうになって。
結局歌ってしまった。
俺は起き上がって水を軽く払った。
あーあ……母さんになんて言おう。
大勢の前で落ちて嘲笑されているがもう気にはならなかった。
俺は人の居ない方に歩いて噴水から上がると服を絞る。
……意味ねー……。
うちに帰ると面倒だな……乾かすために柊の家に止めてもらおうかな……。
「何だ涼二。もうやめるのか?」
「え―――?」
そいつは俺の名前を呼んだ。
お前とかテメェとか決して俺を名前で呼ぶ事は無かったそいつが―――
「客がいるんだぞ? 次は何歌うんですかってさ」
「は……? いや、俺ただ―――」
「お前の声には客が答えてる。
涼二の声が聞きてぇんだよ。皆―――
涼二の価値に気付いた」
「俺の価値……?」
「そう。涼二の価値。
優一じゃねぇ。お前の声だ!
楽しくなかったか? そうじゃねぇよなぁ?
ぶっ倒れるほど全力で歌ったんだ。
ばかみてぇに楽しいはずだッ」
そういうそいつもバカみたいに楽しそうな顔をする。
「……価値なんて無い」
「あ?」
「要は全部アンタの自己満足だろ?
俺が歌って満足したんだろ?
俺はムカつく言葉で煽られて歌っただけ。ただそんだけ。
よかったですか? 俺の声があいつに似てて」
さっきとは違う。
酷く冷めた声がした。
コレが俺の声。感情。
俺は次の言葉を聞く前に歩き出した。
面倒は避けよう。
携帯は―――無事か。
よかった。
「まてよ!」
そういわれたので足を止めて振り返った。
「まだ何か?」
「歌わねぇのかよ!」
「歌いませんよ。俺の答えはそこじゃ変わらなかった」
冷めてた。
観客だってそうだ。
声が聞こえる。
“ユウイチの声がした”って。
結局そうだ。
過去の栄光にすがり付いて集めた―――ただの幻影。
意味なんて―――価値なんて、無い。
だから。
言う。
「俺、この歌、嫌いなんですよ」
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