第01話『神官』

 一日千秋の思いで待つのは在る意味一番楽しい事ではなかろうか。
 想いを募らせること数年。待ち人未だ現れずではあるが最近その人物の来訪を知らされてから千秋だった待ち時間は万秋に変わったようだった。


 神官であった自分は日々祈り、歌い、そして法を整える身分であった。
 本を読み、報告書を読み、知識や見聞を解いて法にする。まだまだ人生の経験の浅い自分が国の法を作れるわけではないが、規制や免除の判断は評価され実施に至っていた。
 自分が最年少で神官身分になれたのは自分についた先生役のお陰だった。彼もまた神官であり、さらに宰相補佐であり、自分の育ての親だった。
 その彼に知らぬまま教え込まれていた知識はひとまず受けてみた神官の試験に満点で合格できる程度の知識で、その結果に驚いたのは試験を実施した人間と私だけ。
 あの人から言わせれば私の能力が高いお陰だと謙遜するのだろうが間違いなくその教育力はもっと高く評価されるべきだろう。
 私にしてみれば自分が評価されることよりもその方がうれしかったのだが。


 いつもの仕事と言えば今朝聞いた住民の苦情の改善を嘆願書にしたり余った時間で法術の勉強をする事だ。
 法術は体内のマナという力の根源を、肉体の術式回路において放出の際に変換する形を定める形式の事である。
 魔法と称させる事も多いが、現在は多く法術理論書籍が存在し一般的に普及もしている。
 法術を利用した家具なども多く、触れると炎が灯るようになっているランプなどがこの国では一般照明だったりする。研究を行えばそういった発展に必要な利便性を追求でき、現在国はそういった学者集めに精を出している。優秀な人物が集まる中、少しでもその発展強力が出来ないかと未だまず知識を得るのに苦労する毎日ではある。
 そんな日常に埋もれてしまえば肩がこるばかり。
 しかし無意味に過ごすわけには行かず、そうやって働いていると自分が待っていると言う事を忘れられた。


 私に“待っていた事”を思い出させてくれたのは一人の女性であった。とある日の昼に丁度面会の用事で街の教会へと降りていた。数日おきに片手で数えられる数人程度と話す事が私の仕事で一応数日前に予約を入れてもらう事にしていた。その日も五人の煌びやかな人たちと話してやっと終わったかと紅茶を飲んでため息をついていた。
 一応城住まいの為、応接室で少し休んで城へ帰ることにしていて帰る前に少しだけその場に居る。住んでいるのは城に隣接する神殿で城の保有する小さな神殿が昔からわたしの家だった。城に隣接する神殿ともう一つ城下に大きな神殿があり、普通の民衆向けの行事はそちらで行うことになっている。
 街の教会応接室に居たに私に直接会いたいという人が居ると知らされた。それをわたくしに知らせてくれた人は少し興奮気味で私にその事を伝えた。神官はあえて名前を言わず有名な方と聞いて少し興味が出てその人を通してもらった。
 正直なところあまり期待はしておらず、有名な人と言っても大きな商会のおじ様であってり、隣の国の王子様あたりであろうと思った。
 そして、部屋に入ってきた人を見て歓喜した。
 赤茶色の髪に透き通るような緑眼。自分よりも少し大人びた顔立ちをしていて歳は確か三つ上だった。長い髪は頭の高い位置で括られていてぐるりと輪を描いている。それでも背中の中ほどまで届く質の良い髪はキラキラと光って見えた。
 彼女は数少ない私の知る有名人で、自分にとても衝撃を与えた人物だ。この人とならば同じ五人分を話し直すのも苦ではない。


「ええと、お久しぶりです。覚えてないかもしれませんがわたし、アキ・リーテライヌという者です」


 凛とした佇まいが似合って、その中にも物腰の柔らかさは忘れない表情。服装を地味にする為に大げさに目立つことは無いが誰とすれ違っても人目を引く器量が彼女にはある。
 久しぶりに会ったその人だが見た目は変わっておらず、相変わらず同性の自分から見ても美しい人だった。

「まぁ! アキさん、もちろん覚えていますっ、どうぞお掛けください」
「ありがとう御座います……。お忙しいところ押し入ってしまって申し訳ありません」
「いいえ。お久しぶりにお会いできてうれしいですっ」

 座ってすぐにそう言って笑いかけると、彼女もふわっとした優しい笑みを返してくれた。
 独特のふわふわとした雰囲気のある人だで見た目からは想像できないであろう事で彼女は有名だ。驚くべき事に武術大会の優勝者。つまりとても強い人なのだ。美人で屈強な男性よりも強く更に話してみるととても謙虚で女性らしい方なのだ。
 彼女の活躍を見た当時はこんな人になりたいなぁと強く願ったものである。


「ありがとう御座います、で、その、早速となってしまうんですが用件を」


 少し真剣な面持ちでこちらを見た。真剣と言うよりは、不安が見え隠れする表情だった。
 神官というのはいつもそういうところに敏感でなくてはならない。自分から相手に合わせてその気持ちを知る。同調する事が相手を一番リラックスさせて話す事が出来るからだ。


「はい、何かわたくしにご相談でしょうか?」


「“コウキ”という人に会いました」


 どきり、と心臓が止まったみたいな感覚を覚えた。


 人と会う約束とは本人とするものであるでは無い事があった。人伝に聞いて待ち続ける事しか許されない約束。長い時間、本当に今の自分の人生の半分は待つ事しか許されなかった。
 沢山の思いを抱えた。自分を縛る鎖を見るような憎しみや、ただただ純粋に夢を見る乙女が如くの思いもあった。病んだ様に祈る事もあれば泣きながら叫んでみることもあった。ただ虚無に自分の時間は過ぎていって、百年の幻想に近い折の中の想像はただ綺麗さを失って行った。だからわたくしは想う事を止め、別の意味を見出す為に必死になるようになった。
 こんな日々が続くのだと、半ば諦めていた。それでいいんだとも自分に言い聞かせていた。かの神の言葉も嘘にしてしまおうと必死で日々を生きて――また、その声は聞こえてしまった。
 神官身分で有るせいではないが、特異な性質を持つ自分は神と会話をする。神の代わりに祝福を謳い、炎加護を与える事の出来る唯一の人間。神子<みこ>と呼ばれる器の自分は世界に於いての異端だった。


 コウキという“シキガミ”は、わたくしが待ち望んでいた存在だ。彼と会わずとなってしまっては自分の生の意味を図る事ができない。
 神は私に言われた。近く、その人と会うことになると。



 一日千秋は長すぎて、少し掠れたようになってきたその想いが鮮明になりはじめた。


「ほ、本当、ですか」
「その、コウキと名乗る黒髪の男の人が現れたんです。歳は十七だとか。
 昨日怪我をして森に倒れていたのですが……」
「ええっ! だ、大丈夫なのですかっ、あ、至急キュア班を手配しますので……!」
「あ、いえ、傷の方はわたしがアルマで治療を行いました。今朝は元気そうでしたが大事をとって今日はわたしの家で休んでもらっています」
「そうだったのですか……では、明日迎えを手配します」
「いえ、案内もわたしが連れて参りますよ。時間もかかってしまいますし」
「ええっ本当ですか、助かりますっ」


 その人を見つけたらつれてくるように、と言ってから数名の人が現れた。
 しかし、そういう事態も予見はしていたので軽い質問をしてあしらった。
 彼女は――そういった私を目当てにしたようなことはしないだろう。彼女ほどの人がお金に困るような事はまず無いはずだ。だから疑ってかかるのはとんだ見当違い。
 問題はその人に会ってみないと分からないということ。シキガミである条件を一つ満たしていればそれでいい。
 しかし、彼女が来たからそれも見当違いのような気がした。
 彼女と一緒に来てくれるのならば道中も安全だ。


「はい……では、明日、いつ頃いらっしゃいますか」
「日が昇ってから徒歩でとなるので、真っ直ぐ来れば丁度お昼ぐらいになると思います」
「わかりました。それでお願いします」


 落ち着くようにと自分に言い聞かせて大きく息を吐いた。
 どきどきする。


「一つお願いがあるのですが……」
「はい、なんなりと!」


 少し興奮気味にそう言って言葉を待つ。シキガミである彼を連れて来てもらえるのならば、報酬を惜しむ気は無い。あまりにも法外でなければだが。
 彼女が少し瞳を伏せて、意を決したという風にこちらを見る。


「本物ではなくても、その、罪扱いにはしないであげてください。その、わたしが言うのもなんですが凄く純粋な人で……何も知らないのにココにつれてくる事になりますから」
「ああ、そんな事。大丈夫ですよ。確かに今まで何人かわたくしや紹介の報酬のために嘘をついた人たちを犯罪扱いにはしましたが……悪意を確認したからです。
 アキさんにもその方にもそんな意志が無ければこちらが確認するだけですから」


 何も問題は無い。そう話すと彼女は安心したと言う風に息をついた。その様子を見るにやはり本物である確率も跳ね上がったと心躍る。
 自分は真剣なのに周りはそうじゃないことが多かった。私自身は能力的に優れた存在ではあったがシキガミなど来ないという人も居た。
 時々自分でも疑う事があった。見えない存在を信じるに置いて、それが本当に神であるのか。もしかしたら自分を誑かす悪魔のような存在なのかもしれない。疑いだすときりが無いのだ。わたくしは一人だと酷く危うい存在だった。
 だからその話を聞いて小躍りするような気持ちになって少し涙腺も緩んだぐらいだ。お客様の前なので涙を見せるようなことはしなかったが心底安心した。


「ありがとう御座います。では、わたしはこれで失礼します。お忙しいところありがとう御座いました」
「あの、良ければもう少しゆっくりしていかれませんか?」
「えっ、あ、ごめんなさい、一応看病を続けているので戻らないと……」
「あ、そうでしたね。我侭を言ってしまい申し訳ありません……」
「いえ。また、機会があったら是非お願いします」
「はい、こちらこそ。いつでも歓迎です。明日は此処でお待ちしております」
「畏まりましたリージェ様。では、失礼致します」


 もっと話したかったのに彼女はそう言って颯爽と去っていってしまった。残念に思いながら、その姿を見送って大きくため息をついた。
 不意にざわざわと鳥肌が立って背中に冷や汗が落ちる。自分がその人に会うとどうなるのか。不安と期待どちらもがぐるぐると体をめぐった。彼女がつれてくるのは多分本物だという予感だけでこんなにも気分が昂ぶる。
 十七ならば自分と一つしか違わない。同年代の人と会うのはかなり緊張する。知り合いが居ないわけではないが、其処まで仲の良い友人は殆ど居ないと言っていい。しばらくぼぅっと灯される炎のような妄想をしていて、フルフルと被りを振って今日は城へと戻る事にした。立ちあがって深呼吸をすると少し熱のあるものだった――。

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