第02話『まるで恋慕』
熱量を伴った感情は、時に叫びに変わって放出される。沸々と熱量を蓄積して活火山の如く噴火し相手に降りかかるのは灰か溶岩か。しかし時にはその爆発も海底から新しい土地を作るように大きな意味を持つ。
わたくしの行動範囲は決まっていて、城内神殿内からから城下の大神殿施設内までとなっている。移動の際は馬車。幽閉されたみたいな生活だと同情を頂いた事も有る。しかし、私の行動範囲は国の法律で定められていたしそれ以上歩みようが無かったのである。
行動範囲が法律、と言うのもただの一個人がわたくしの行動範囲を決めて護衛役の騎士をつけて世話係をつけてくれているわけではなかった。国という巨大な後ろ盾に自分の役割を買ってもらって其処で生活している。その法の一言を放つのは即ちこの国の王様である。
現在の国王はこのグラネダ国の創始者である。つまりまだまだ若い国なのだが近代希に見る才覚か手腕の王と言われ、此処数十年でこの国を最強の国と言わしめる国に成長させた。二百年以上続くアルクセイドという大国が国としては最大だが大きさもその二百年の歴史を誇る大国の次に大きいとされている。
話を戻すがその国王の下に私は管理され養護を受けている。神子<みこ>は立場的に襲われやすく、また戦争の材料にされ易い。私のような特性を持っているから術による発展が早く進み、国が活性化する事もありえる。……ソレを裏付けるように今日まで数え切れない数襲われた事が有る。未だ命が有ることは奇跡に近かった。
私の待ち人は、私を此処から連れ出してくれる存在である。
それだけで十分心躍ると思わないだろうか。歩きなれた灰色ばかりの神殿という空間。それに自分なりの心の抵抗を示すかのように、自分の部屋は真っ赤な色の家具でそろえて有る。自分の性質もかねるその色が好きで集めさせたが、その色さえも時間の中では褪せて消えていく。自分もその中で色褪せてしまいそうで、眼を逸らして新しいものをそろえるような事も良くあった。
神官服の上から身を包める真っ白な外套と、それについているフードに身を包んだ。神殿から外に出る時に目立たなくする為に移動の際は必ずソレを着用する。敷地内の馬車置き場に既に待機していた使いの者が居て私をみて小さく会釈をした。開かれた扉に登る際に手を借りてその馬車へと乗り込む。
夕刻の近い空は太陽が馬車内へと容赦なく照りこむ。いつもならカーテンを引いて避けるが今日は外の様子を見て居たかった。
行き交う人たちは活気付いていて、商人達はさらに元気に声を張って商売に励んでいた。国が発展していく為人はどんどんと増えていき、物も沢山増えていった。物流経済はどの国でも要であり人々が生活をしていく為に必要だ。物の循環で得た利益から税が出て国が流用して発展していく。だからこう言った元気な姿を見れると言う事はまだまだグラネダも発展していけるという事だ。
そして間を抜けるように走る子供達。時折馬車に向かって飛び出しそうになってひやりともする場面があったが事故はしなかった。この国は子供も多く、多くの子が連れ合って遊んでいる場面を見る事ができる。その光景も良い事だ。今は先を担うものが多いほど国の見通しは明るい。国が満ちている証である。
その子供達は皆明るく笑っている。日々作られる新しい世界を見ていて、無邪気に手を引いて遊ぶ。そんな姿に自分を重ねるのは何度目だろうか。このカーテンを閉じるようになってからは久しく見てこなかったけれど――まだ、その幻想は自分の中に息づいていた。
ガタガタと地にあわせて小さく揺れる。前に乗った運転士の騎士以外は私しか居ない空間。向かい合わせに四人乗れるこの空間から出ようとは思ったことが無いし、出る事も禁じられていた。子供達よりも自分の世界は酷く狭かった。そんな私があの子達よりも国を知ることは出来ず、きっと国の為に役に立つ事など出来ないのだろう。
私の荒んだ何故を解く事はあまり意味がない。答えは出ているからだ。目に見える光景から外を妬ましいと思って外に出てしまえば私は法を犯し沢山の人に迷惑を掛ける事になる。だからカーテンを閉じる。わたくしの世界は箱の中だけだと言い聞かせるように。
赤が好きだ、と言ったのは事実である。
暗示的な意味を持っているのかどうかは知らないが、臆面も無く好きだという色である。まただからこそ目に付くのは赤いものばかりだ。赤という色自体が眼を引く事も有るが眼に痛い赤よりは上質なぶどう酒の様に濃い赤が好きだった。血自体はあまり得意ではないが血の色自体は好きだ。つまり真紅と言われる色だろうか。
よって道行く人に真っ赤なコートを着た人間が居れば、少し興味を持ってしまうのは自然だと言える。道に映え過ぎず溶け込んではいて尚且つ見失う事のないその色は、その人物に似合いすぎているとも言える。
馬車は城の城門へ向かって走り出していた。城門前は大きな広場になっていて、人通りも多く時折見世物のような事もやっている。時折面白そうなものの時は馬車を止めてくれたりするのだが今日はなにやら物騒な事をやっていたので素通りをするようだった。
グラネダにはまだ賭け事を禁じる法は多くはない。場所と内容の申請さえ通ってしまえば公の賭博も可能だった。最近掛け金を持ち逃げする事件があってから規制があったがまだまだ内容の禁制などは穴だらけだ。
大きな獣人が窓の外に確認できた。獣人とは顔を獣と同じにして、身体や言葉は人と同じものの人種の事。普通の人間に対して倍ほどの身体の大きさがあり、身体能力は度の種族よりもずば抜けて高い。
その獣人はまさに獣のような大声を上げて、身体を撓らせると巨体がありえない速さで動き出す。その声だけで驚いてしまい思わずカーテンを閉じる。馬車はその催しを迂回して、城門へと向かっていた。人が集まりすぎて人を避けながらのろのろと動くようになり、やがて人が多くなりすぎて馬が止まる。
騎士が声を張って人々に退くように言うと、さぁっと数人が下がって少し動く。ソレをずっと繰り返して門へと辿り着くまではもう少し時間が合った。人々の歓声は大きくなって次第に熱気を帯びて行った。いっせいに声を上げたり、頑張れと声を張ったり。
そこまで盛り上がっていて気にならないわけが無かった。少し恐かったけれどカーテンを少し開き外の様子を見る。
人々が輪になって囲んでいたのは大きな獣人。その先は見えなかったが斧を振るい誰かと戦っているようだった。――当然、殺しや暴力の許可は下りない。どうやってあの見世物の許可を取ったのかは知らないが、アレは明らかに違反だった。
「――……止めてください!」
「はっ、いかがなされましたか」
「貴方にも見えているでしょう、あの見世物を止めなくてはいけません」
「あの見世物は――ギルド主催のはずでは? 我々王国騎士には手が出せません」
「ではわたくしが行きます」
「あ――り、リージェ様!? 馬車を出られては――」
自ら――その馬車を出たのは初めてだった。馬車の中に居る為、その戦いを少し高い位置から眺める事になった。
ズンッという音と共にその獣に駆け上がる赤色。マタドールのように誘いその一瞬を見つけて踏み込み躱すしなやかさ、そしてその勇気そのもののような色。
見惚れた一瞬は正に世界に色が広がった瞬間だった。
黒髪の少年が空に居て笑う。群集は皆ソレを見届け、彼が地に戻ると同時に津波のように叫びが広がった。
『オオオオオオオオオオオオオ!!!』
群集が沸いた。熱気と共に皆手を振りかざし喜びや怒りを露にした。
感情の飛び交う叫びはとても心地が良い。黄色や白の札が舞っているのは掛けた金額を示したものだろうか。それは彼を祝福するように大量に空を舞い降り注ぐ。
熱が篭った暑い息を吐いた。胸が苦しい、涙が出そうだとも思った。
導かれるように一歩。歩みを進めた。
「道を開けてください」
ただ真っ直ぐ歩く事を考えて道を開く為に言葉を出した。そのときの自分は人々を見ては居なかった。
チリチリと伝わる熱量。
一歩近づくに連れて、繋がる感覚。
この感覚を誰かに理解しろだなんて言えない。きっと私達にしか有り得ない事であるから。
ざわざわとしていた人たちは私をみて一歩慌てて退くと、膝を突いた。初めにそうしたのが老婆だったからかもしれない、次々と皆同じように私を見て驚くと道を開けて膝をつけた。
声が聞こえる。その方へ導かれるように歩く。
貴方が誰で有るのか、私にはわかる。
貴方が何を欲しているのか、私にはわかる。
本当に、どう説明すればいいのだろう。一つ一つ神経が繋がって、そこから痺れのような快楽があるこの感覚は非情に心地よい。くすぐったくもあって変な声が出そうになる。叫びのような共鳴、共感。目の前の理不尽に対抗すべく彼はある物を願っていた。
運命と呼ぶと少し違う気がする。必ず惹かれあうように出来ているとは聞いては居ないがきっとソレに近い。繋がっているのは感情と思いだろうか。焼け付くように身体を駆け巡るその感情に捕らわれて虜になってしまっているのだろうか。
道を開けるのはもはや私の声ではなく、連鎖する人々の反応のお陰だった。身を引きずるようにして短いはずのその距離を歩く。
男性の雄たけびと共に私は歌い出す。その歌は自分ひとりでは何一つ意味が無く、また私が歌うことによってその繋がりと存在の証明となる。ただ望まれるがままに差し出す事に、何の違和感もない。
パキィ――!
不意に大きな音がして火の玉のような何かが空に弧を描いた。城門を超えて城内の麓にあった岩に突き刺さると、パッと火花を散らし爆発したようにその岩から弾き戻って主の下へと戻った。
群集はざわめきたち、逃げるような人々も現れた。
武器を求めた彼に差し出したソレは叶える事が出来た。私になら。
そしてライオンを象った顔の獣人が跪くその場に立つ真紅のコートの男性を見た。
私を見て驚きが隠せないようである。無理もない人々は皆頭を下げこの事態の顛末を知ろうとしている。
「――はじめまして。貴方が『コウキ』様で間違いないでしょうか――?」
そしてそれが――始まりだった。
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