第03話「落下」
*幸輝<コウキ>
――は?
空、か?
白いよな。
雲っぽいのが俺の横をすり抜けていく。
不意にボンッと世界が開けた。
緑がたくさんある綺麗な世界。
たくさんに分かれる川。
オレンジ色に染められるのは夕日が世界を見て――綺麗だと思った。
まぁそれより聞いてくれ。
この壮絶な向かい風。
まるでスカイダイビングじゃないか。
いや、ていうか
俺、
浮いてえええええええええええええええええええ!!
落ちてるって!!!
「うおおあああああああああぁぁぁぁ!?」
ぐんぐん近くなる地面。
森の上なんだろうけど枝がクッションになって助かるとか一歩間違えれば串刺しって言うかぁぁぁ!!!
複雑骨折間違い無し直行直下爆進中ぅぅぅぅぅぅ!!
助けてえええええええええぇぇぇぇ!!
うわ何これ何これ何これ何これ!!
超飛んでる!! 超ダイビング!!
どゆこと!!? 両手でチョウチョでもつくって飛んでみればいいの!!?
「はいチョウチョおおおあああああ!! どうでもいいーーーー!!」
意味ねぇええ!! ですよねええええ!!
何このテンション!! 俺のリアクションをどっかでカメラが撮ってるの!? 俺とランデヴーしてるカメラマンのおっさんはいない!?
やべええええ! くだらない事やってたら地面がああああうわあああ地上に帰りたくない!! 今に限って地上に帰りたくないいいいああああああ!!
ザザザザザザザザザ!!
枝を掠めてなお落下し続ける俺の体。
地面を目で確認した瞬間――
俺は何も考えないまま目を閉じた。
ゴズンッ!!!
ジィィィィン…………――
足から感じた衝撃は、痛すぎてよく分からないのか。
体全体を行き渡ってどこかに行った。
軽い吐き気のようなものを感じた。
まだ、生きてはいる――?
俺はゆっくりと目を開けた。
――足が地面に多少めり込んでいる。
やっちまった――なんて、泣きそうになる。
俺、何がなんだか分からないまま、ここで終わるのか……。
なんて動かない足を触る。
……ん? 感触あるぞ……?
アレ?
意識がしっかりとしてくる。
俺はギリギリまで衝撃をいなしていた状態の体を起こして立ち上がる。
「なんでやねん!」
立っちゃったよ!!
俺あの雲の上から落ちてきたのに!!
思わず空を見上げて突っ込みを入れる。
なんだよ。
何が起きた?
どうなってんの?
此処ドコ!?
「はああああ!?」
とりあえずワカラナイコトだらけ理不尽だらけだ。
頭を押さえて悶えてみたが何も解決しない。
空を見上げるとトンビらしき鳥が高らかに鳴いていた。
……アホくさ。
なんとなく落ち着いたので周りを見回す。
なんだかテレビでしか見たことの無いような森の奥って感じだ。
探せば天然温泉が湧いてそうだ。
自分の足の感触を確かめるように一歩踏み出す。
……異常なし。
折れても無いましてやひねっても無い。
……?
どうなってんだ?
実は2mぐらいだったとか?
多分1000倍は高かったんだが……。
中学校のときの理科で習った時は雲の高度は2キロだったよな……。
ブルッと身震いをして空を見上げる。
んなわけあるか。
そこの木のてっぺんに登って落ちても死ぬっての……。
ブンブンと頭を振って考えるのをやめる。
……実は後ろを振り向いたら潰れた自分の体が転がってなかろうか……。
恐る恐る俺は振り向くが、俺の足跡を中心にクレーターのようなものが出来ているだけで何も無い。
てかクレーターって。
何が降ってきたんだよ。
俺か!
さすが陽花の白い流星、壱神幸輝っ! 飛んで降りればクレーターが――
「って死ぬわ!」
っていうか人として死んでおくべきだろ!
……。
そろそろ、一人ノリツッコミが限界になってきた。
とりあえず記憶に焼きついた綺麗な世界を思い出す。
地平線しか見えなくて、広さに圧倒された。
建物があったかどうかは思い出せないが、こんな緑が多い場所を日本で思い浮かべることができない。
北海道――か?
もしかしたらそんな風に見えるかもしれない場所を思い浮かべてみる。
ただ、北海道にしては……暖かい。
てか、どうやって本州から北海道まで飛ぶんだよ。
飛行機に乗ったっけ?
……ンなあほな。
悶々と考えるが、何一つまとまらない。
心なしか周りも薄ぐらーくなってきた。
ヤバイ……
とりあえず、此処がどこか――。
刻々と不気味になっていく森を見る。
何も見えなくなっていく森が俺に恐怖をかきたてる。
俺は歩き出した。
動くしか、無い。
キャンプの経験なんか無いし、何よりそんなことを考えてる余裕も無い。
ひたすら明るい方を目指して――走る。
道が無い。
最悪の自分が頭をよぎる。
それは、嫌だ。
怖い。
だから俺は明るい方に向って走った。
――……
…………はっ……
――どのぐらい走った。
もう日は落ちて、何も見えない。
ドクドクと心臓の音だけが俺を支配する。
怖い。
森に、俺は独り。
何も分からない俺が、良く分からない森に独り。
走馬灯――みたいなのだろうか。
色んな 喜月が俺をはたく。
思い出が タケが笑う。いつものこと。
頭を 姉ちゃんにメシを作る。
巡った。 なんでもない毎日が、壊れた。
涙が頬を伝い始めた。
何で。俺が。
何が起きて、どうなったんだ。
「あづ――っっ」
涙を拭うのに、まだ溢れる。
「くそ――っ」
草を掻き分けて視野が開けた。
「は――ははは……」
崖。
下には河が流れているが、おおよそ人が落ちて助かる高さじゃない。
俺はそこで膝をついた。
断崖絶壁の向こうは限りなく続く森。
更には活動をしているのであろう大きな火山。
大きな黒煙がもうもうと立ち上っている。
そして目の前に、ありえないほどの崖。
――こんなの……日本じゃない。
「あは――ははははっ」
笑えた。
「帰る」なんてふざけたこと言ってる場合じゃない。
そもそも「生きる」前提をつけてから考えないといけない。
俺は黒い森を振り返る。
不気味な森が広がっていて、今にも何か出てきそうだ。
見失った。自分のやるべきこと。
俺は一番近くにあった木に寄りかかって脱力する。
「なんだよ……これ……どうなってんだ……」
ボウッと空を見上げて、唖然とする。
つ、月が…月が真っ二つ――?
確かに割れている月。
いや……それより驚くべきなのは……
「でけぇ……」
いつも見ているような月とはまるで違う。
圧倒されるような大きさ。
そうか、こんなに夜が明るいのはこの月のおかげか……。
月に向かって、ははは、と笑う。
分かってしまった。
ここは――
地球ですらない。
日本なんて小さな世界じゃない全くの別世界。
不意に強い風。
谷底から吹き上げる豪風。
かすかに水しぶきが混じっているのは、谷底から巻き上がっているからだろうか。
「は、はははっ!!」
――すげぇ。
絶望を通り越て笑った。
大爆笑だ。
次は、何が起きるのだろうと、この世界に期待を寄せる。
ヤケになっているのだろうか。
それでもこの世界をもっと知らなきゃ。
ガサガサと木々が揺れ、葉を巻き上げる様に俺は見とれる。
しばらくするとおさまって、また静かな世界へと戻る。
俺はがけっぷちまで寄って行ってもう一度この世界を一望する。
は、何だよこれ。
そう、なんかのゲームとか漫画の世界。
RPGで出るような広大な大地。
鳥肌が立つ。
さっきみたいな感情じゃない。
嬉しかった。
見たことの無い世界への憧れの実現。
現実からの開放。
この世界に来れたのが俺だという事実が。
ゲームみたいな世界。
この場合は俺は主人公になれるのか?
まぁ、それはないにしても一種のイベントとかにはなれそうだけど。
つか、シチュエーション的には勇者だよな俺。
後ろを振り返る。
ただ、深い森。
崖のを見ても、草原より森の方が面積が多い。
……もしかしてモンスターってやつが居るんじゃないだろうか……。
もしそうなら――。
ブルッと寒気が走って振り返る。
――静かな森。
たとえ元の世界でも夜に入るのは危険だ。
もう一度月を見上げる。
……とりあえず野営か…………。
……?
風に混じって声が聞こえた。
―― 気 が し た ――
……ぁ
ドクン、と心臓が脈打つ。
この状態では不安駆り立てるもの以外の何ものでもない。
声は下から。
追おうとしても追えないところだ。
そもそも、この下が何なのかはよく見えない。
上がってくる水しぶきがおそらく滝と川があることを予想させてくれた。
「……は、は……んなわけ、無いよな」
怖かった。
こんな谷に人が住んでいるわけがない。
もう一度聞こえるかと、耳を澄ますがそんなものは聞こえない。
落ち着くために深呼吸をして月を見上げた。
――……。
……。
グルルルルルル……
なんて、後ろから聞こえる。
いいタイミングだ。
俺の知ってるRPGなら、必ずと言っていいほど――
俺は恐る恐る振り返る。
森の中から覗く、赤い光。
ガサガサとゆっくり登場するのは、俺が抵抗できないことを知っているからだろうか。
黒い森から月明かりの下に登場したのは、目が3つある狼。
――異様に、デカい。
もしかしたら、熊かもしれない。
でも、3つ目がある時点でどっちもどっちだろう……。
その3つ目は明らかに俺を捕らえていて、低く唸っている。
俺は動けないで居る。
モンスターなんて、出てくるならもう――。
逆回転を始めている俺の絶望が、焦燥感を駆り立てる。
問題は色々ある。
俺は丸腰で、あちらは空腹のご様子。
食材でもあればすぐに料理をしてやるが、あいにくそんな冗談は通じそうに無い。
後ろは崖。
前は化け物。
待つなんてことも、しないようで。
ガヴゥッ!!
禍々しい雄たけびと共に一気に距離を詰めてくる。
――動きは、見える。
きっと、一撃ぐらいお見舞いできる。
化け物が俺に飛び掛る。
俺は反射神経だけで体を地面すれすれまで低く構えて地面を蹴って横に飛ぶ。
爪のようなものが俺の背中を引き裂く。
「づ――!」
俺は踏みとどまって振り返る。
無意識に手を当てると、その手が真っ赤に染まった。
狼も同じく、俺を振り返り、もう一度飛び掛る体勢に入る。
――ドクン、と傷がうずく。
チリチリと磨り減っていく神経が、次の行動へと体を駆り立てる。
狼が飛び掛る意思を見せた瞬間、俺は大きく横へと走った。
俺の居た場所を鋭い爪が空を切る。
――目の前の石を拾って、振り向きざまに投げ、俺はまた横に大きく跳ぶ。
ガッ!!
低い唸り声が聞こえて、狼がまた俺を睨む。
――ヤバイ。
危険信号を全身に流す。
さっきから一気にすり減らされていく神経は切れる寸前。
狼から放たれる殺すの念を感じれるぐらいに、狼は唸っている。
――くる!
狼が全力の咆哮とともに俺に走りよる。
その動きは、一直線に――油断の無い獲物を捕らえるためだけの動き。
反射的に手をかざす。
俺が知っているのは、その突撃を迎え撃つ方法のみ。
かざした手を拳へと変える。
「あ゛あああああぁぁぁぁっっっ!!!」
俺は叫びながら、狼を砕く一瞬へと拳を導く。
刹那、俺の首元には、狼の鋭い牙が、迫って――!
死を予感する。
怖い。
イヤだ。
俺は――もう……!
死 に た く な い ん だ よ ぉ ! !
バヂィィ!!!
雷光のような音が響く。
はじかれるようにして狼は俺の横を通り抜けて、崖の手前に着地した。
距離は、一歩ほど――!
俺は反射だけで一歩を踏み出すと踏み込んだ足をフル稼働させて地面を踏みしめる。
「こ――のぉぉっ!!!」
狼が振り返るよりも早く、俺は狼を蹴り飛ばした。
ガフッ!!!
低い唸りをあげバランスを崩す狼。
そして――その先は谷。
最後に何度か遠吠えのようなものを聞いて、その声は途絶えた。
俺は地面へとへたれこむ。
緊張感が切れて溜め息を吐く。
――歌が、聞こえた。
はっきりと、その声が谷のそこから吹き上がっていた。
そして、途切れるように眠りの世界へと落ちた。
同時に俺はここが違う世界であると確信した。
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