第04話「THE 異世界」


*幸輝<コウキ>



狼は俺を睨む。
対峙する俺は動けない。
狼は走り出す。
やっと危険だと体全体に信号が行った。
狼が俺を引き裂く――。
赤く染まった、腕が――。
「――っ」
ガバッと俺は起き上がった。
「だ、大丈夫ですか?」
誰かの声。
俺は微妙にピントの合わない目で声のほうを振り返る。
――誰?
よく分からないが、俺を看病してくれているらしき女の人がそこにいた。




壱神幸輝は死んだはずである。
それは――現実世界、この世界に落ちる前のお話。
交通事故で死んだ。
それは間違いない。
最後の最後に姉に看取られて。
彼氏作れよ、なんていいながら死んでしまった。
まぁ極度にブラコンの姉で、そのせいでその容姿に寄って来る男を跳ね除けていたのである。
ある意味いい機会だったんじゃないかと客観的に思う。
悲しませた事実は謝ってもいい。どう考えてもごめんなさい。
ただ、死ぬことを止めることはできなかった。
俺のせいじゃないし――だから。
幸せになってくれという意味を込めて。俺はそう言った。




んでまぁまた死んだのか、と今思ったところである。
あっちこっちで死んでばっかりだな俺。
狼っぽいなんかに襲われて。
いま何故かベッドで跳ね起きてあの場所じゃないことが確認できた。
死んだあとのリトライが何回効くのかはしらないが、とりあえずまだ壱神幸輝の個人意志が存在しているようである。

俺は回りを見渡して自分の部屋じゃないことを確認すると女の人の方へ振り返った。
「大丈夫ですか?」
本当に心配そうに俺にたずねる。
「……うん。大丈夫」
体には、異状が無い。
……それはおかしい話だ。
俺は確かに狼に襲われて、痛みで気絶したのを覚えている。
むしろ死んだかと。
「背中の方の怪我は治させていただきました。他に痛む場所はありますか……?」
「治した? え、あの怪我を?」
痛みを思い出すと背筋が寒くなる。
確か包丁が刺さったような痛みを感じたが、背中には何もない。
「治ってる…… どういうこと?」
「あ、はい。私のアルマを所有しているので、僭越ながら治させていただきました」
アルマ…?
というかこの世界のことも聞きたいんだけど……。
分からないことだらけで頭が痛い。
「アルマ……? えっとここは…」
ドコ? なんて問いかける。
少し期待してる。
俺の聞いたことのある地名なら

「はい。サイカの村です」

或いは。とおもえたんだけどなぁ。
どうやら夢で終わらなかったようだ。
俺はベッドから足を下ろして女の子に向き直った。
そこで女の子は口を開く。
「あの……なんであんなところに?」
「あんなところ……あの谷のとこ? ……ごめん俺何も知らないいんだ」
「……なにも?」
多分何も言われないということはあの崖っぷちであってる。
でもあの場所から此処へ、という道筋がつながった。
「うん……信じてもらえるか分かんないけど。俺、空から墜ちてきたんだ」
大きく目を見張って俺をみる。
「そ、ら――?」
あまりの狂言に呆れられたのだろうか、彼女は言葉を無くして俺を見る。
「…貴方は、もしかして、……コウキ……様?」
――あれ?
「俺、名前言ったっけ…?」
つか、様って。
なんか目が潤んでますけど。
「――っ! あなたが――」
言うと、その子は頭を下げる。

「お待ちしておりました――シキガミ様」

頭を上げた彼女の顔は涙が宿っていた。

あのあとしどろもどろになって彼女は泣き出した。
彼女をなんとか泣きやませてまず彼女の名前を聞いた。
「はいっ私はアキ・リーテライヌと申します。アキとお呼び下さい」
名前だけを聞いて一瞬ドキッとした。
…日本人だと思ったから。
なんか日本語だしね。
アキは赤茶の髪を頭の上でワッカができるように括っている髪型で、緑色の目。
綺麗な肌に、明らかに民族衣装かと思える服。
ちょっと可愛い感じのほんわかした子だ。
空から落ちてきたってとこからここが地球っていう希望なんて無かったのかもなぁ…。

アキに話をすると俺の話はすんなりと聞き入れてくれた。
多分、この世界じゃない所から来たこと。
俺にこっちの世界の知識は全く無いこと。
全部話し終えると、笑顔でゆっくりと俺の質問に答えていってくれた。

「まず、コウキ様の世界がチキュウとおっしゃるように私達の世界はプラングルと言います」
「プラングル……その前にいい?」
俺は息を吐いて一度視線をはずす。
「はい?」
彼女はひな鳥のように首を傾げながら俺を見る。
なんだか無邪気な感じでかわいいなぁ……じゃ、なくて。
「コウキ様っていうのやめない?」
コレをやめてもらわないとすこぶる居場所が悪い。
助けてもらった身分で様付けなんてそれはないだろう、と思うのだが……。
「えっ!? でもコウキ様はシキガミサマですっそんな」
「呼び捨てで」
言葉を途中で遮って俺はグッと親指を突き出す。
「いや、でも」
それでもアキは頑なに首を縦に振らない。
なら――
「ほら、ふっつーにコウキって10回言って?」
「…コウキ? コウキコウキコウキコウキコウキコウキコウキコウキコウキ……」
素直だ。
俺は笑顔で問いを返す。
「うん。君の名前は?」
「アキ」
「ついでに俺の名前は?」
「コウキ……」
「はい、それで」
「……さ、えぇ!?」
明らかに何か言いたそうな顔で俺を見るが続けて話を戻す。
「きにしなーい。きにしなーい。それで、ジャングルだっけここ?」
はっはっは。なんか深そうだなー。
「ぷ、プラングルです」
何故かちょっとむっとした顔で膨れている。
「あははは。怒んないでよ。
 俺も呼び捨てするんだから、呼び方は平等じゃないと。ね?」
「……もぅ。分かりましたよぅ」
……面白い。というか可愛い。
「別に俺は気にしないからいいよー話を続けてアキ。アルマって何?」
一瞬驚いたような顔をしていた彼女も、すぐに持ち直して俺に説明をしてくれる。

「アルマですかっ? アルマはコレです」
言って綺麗なネックレスを取って俺に見せた。
パッと見は銀で出来た普通のアクセサリーだ。
「これ……?」
「はい。これにマナを通していただくと発現します」
「……マナを通す? マナって?」
「え、えと、マナは人の中にも自然界にも存在する、無形の力です。
 その無形の力を”アルマ”に通すと違う形になって現れます」
「ふむふむ。魔力みたいな感じか……」
マジロープレの。
「マリョク?」
「あぁ、いや、こっちのこと。どうやってマナって使うの? 気合とか?
 ふんっっっ!!!」
とりあえずそれを握って力んでみる。

キィィィィィィィィィィン!!!

掌が光る。
その光は手から溢れると俺達の視界全部を覆った。
「な、なんだぁぁぁ!?」
「きゃぁぁっ!!」
二人で視界を塞ぐ。
しばらくして耳鳴りみたいな音がなくなったのでゆっくり目を開けた。
「あれ……なんともない」
「だ、大丈夫ですか?」
「あははごめんアキ。変なことしちゃって……うわっ! 部屋すっげ綺麗!!」
「え? ええええ!?」
言うと部屋を見回して、驚くアキ。
結構部屋自体は綺麗だったが、年季の入った綺麗さだった。
しかし今は――その、新築の綺麗さだ。
色が戻ってきて解れや傷が消えている。
「え!? 何これ!?」
「あ、そ、そっかっそのアルマの”シン”が修復だから――」
ポンと手を叩いて納得している。
「シン??」

「”シン”は”アルマ”に刻まれた能力の言霊です。
 つまり”アルマ”は使用者の”マナ”を受けることによって”シン”を実行するんです」

「なるほど……!!
 ”便利な道具”に”気合”を注入すると”何か”やってくれるんだな!?」


「……〜〜……まぁ……コウキさんはそんな感じなんでしょうね……」
俺のあまりにも素晴らしい解釈に釈然としない言葉を出す。
顔のパーツが全て漢字の一って感じだ。
そんなに素晴らしいかー。
照れるな。


俺は真摯な詫びと共にネックレスを返した。



俺は次へと話を進める。
「ん。じゃぁ、アキは何で俺のこと知ってたの?」
「それは――」
と、いい止まるアキ。
「えっと……コウキさんが、シキガミ様だからです」
「その、シキガミサマって?」
俺の言葉にアキは目を伏せる。
そして意を決したように顔を上げると、静かに語りだした。
「シキガミは神子様に召喚された神の使いだといわれています」
「……んなたいそうなもんじゃないよ」
だって俺だよ?
おかしくないか?
「この間、神子様のお告げで、数日内にシキガミ様が現れるとありました……コウキさん?
 どうかしました?」
「え、あ、ううん。何でもない。でも俺そんなのじゃないって」
良くわからない。
シキガミって何だ。
召喚て。俺墜落してきたけど。
「ふふっそんな謙遜しなくてもいいですよ」
そんなの違う、といいかけて、俺の声と同じぐらいの大きさでお腹が鳴った。
「あ、お腹すいてますか?」
聞かれてすぐにお腹が返事をする。
「かなり」
俺は真剣な目でそう言った。
「あははっわかりましたっすぐ用意しますね」

一通り聞き終わって、すぐご飯を用意してくれた。
見たことの無い料理が俺の前に用意される。
なんとなくウキウキしてしまうのはいつものことだ。
「はい。おまたせしました。お口に合うといいんですが」
「おいしそ〜っいただきますっ」
俺は手を合わせてスプーンを手にとった。
用意されたのはシチューのようなものとサラダ、それにパンとそれにサンドイッチだ。
……まぁ、こっちの世界とあっちの世界で名前があっていればって言う話だけど。
「うまっ何これ?」
「あ、はいラジー肉のシチューです」
俺はふむふむと関心しながら皿をつつく。
…シチューがあるのか。
肉の名前はさっぱりだがシチューの旨さには関心する。
一応材料を聞いてみたがさっぱりだ。
ラジーの肉とミルクってことだけ覚えた。
パクパクと食事を進めているとジッとこっちをみるアキに気付く。
「ん?なんか付いてる?」
「いえ、そうじゃなくて…あんまり人に食べてもらったこと無くて」
あぁ。なるほど。

「美味しいよ。アキって料理上手いんだなっ」

料理を作って一番よかったなぁと思える言葉。
俺の本心だ。
言うと真っ赤になってそれを否定する。
「そんなこと無いですよっ…私なんかっえぇっと…比べたこと無いですけど」
「へぇ〜俺も作れるんだぜ料理。また今度教えてよ」
「はいっ喜んでっ」
ぱぁっと花のように笑う笑顔は、今までで一番可愛かった。
思わず目を逸らしてほほを掻く。
まぁ料理するのは好きだし、アキもすっごくいい人なので悪い気はしない。
照れ隠しに俺は食事を再開してまた他の話しに花を咲かせた。

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