第38話『禁断の愛?』

*アキ



部屋に行ってベッドに倒れる。
お父さんはヴァンさんと昔話でもすると酒場に残ってわたし達3人がそれぞれ部屋へと戻った。
その直前までは恥ずかしいぐらい褒めちぎられて気が気じゃなかった。
誇張しすぎだよみんなぁ……。
ニヤニヤしている自分に気付いて頬を引っ張る。
そりゃ――嬉しかった。
でももっと嬉しかったことがある。
コウキさんとファーナがわたしを引き留めてくれたこと。


帰り道の道中、お父さんに聞かれた。
彼等を手伝わなくてもいいのかと。
もちろん手伝いたかった。
でも、わたしの願いの方が先に叶ってしまった。
どうしよう……と考え込んでいた所に、また大きな手がわたしの頭を覆った。

「アキ……それはお前の果たさないとならないことだ。行って来なさい」
「でも……わたしは邪魔かもしれないし……」
「……本当にそんなことを思っているのか?」
お父さんは腕を組んで目を瞑った。
何となく怒られるな、と分かって体が縮こまる。
「いいか? 仲間に聞きもしないで勝手に卑屈になるな。
 勝手な思い込みは仲間を傷つけるし信頼も失う。
 そうだな……もし本当にあの子達を友人だと思っているなら、試せばいい」
「た、試す?」
指の間から見るようにお父さんを見上げた。
「そうだな……このまま何も言わずにいて、彼等が引き留めてくれるかどうか。
 引き留められれば彼等はアキを真に友達だと思っている。
 そうでなければパーティーを抜ければいい」
「で、でも……」
「どうだ不安か? お前は信じるだけでいい」
きっとお父さんは本気なんだろうなとすぐに分かった。
――本当は、怖かった。
でも、わたしは――信じたかった。

「うん……わかった」







結果は、すぐに出た。
今――その嬉しさで涙が出ていた。

コンコンッ

部屋に響くノックの音にビクッと反応して扉を見る。
「アキ……? いらっしゃいますか?」
ファーナの声だ。
「うんっ……! ちょ、ちょっとまって〜」
ゴシゴシと涙を拭くと部屋の鍵を開けた。
「すみません。ちょっとお話しませんか?」

もう、大っ歓迎

なんて言葉が思い浮かんだ時点で心のリミッターが吹き飛んでいるのが分かる。
分かってる間ぐらい自粛しようと思う。
「あ、アキ?」
言ったそばから体がファーナを抱きしめていた。
あぁ可愛い……!
「ごめん……っちょっと、感動したっっ」
「は、はぁ……?」

「いやぁ……新しい世界の扉を開いたんだ?」

いつの間にかコウキさんがわたしたちを斜め45度から見上げていた。
「そ、そうやって人を斜めに見るのをやめてくださいっ
 それに開いてないですからっ」
「うははは。俺もお話に参加してよろし? まだ寝るには早いんだ」
わたし達二人を楽しそうに見る彼。
あぁ……分かりますか? 多分わたしの周りには人に見えない花びらが舞っていますよ……!
「ど、どうしたのですか……? 妙にご機嫌がよろしいようですが……?」
「ううんっっ本当にどうでも良いんだけど、
 あえて言うなら二人がそう言ってくれるのが凄く嬉しいんだよ〜っ」
「そうですかそれは良かった。ああ、お昼の間にお茶でも買っておけばよかった」
食後のティータイムを兼ねてというのも落ち着いていいだろうなぁ。
「ぬはは。言うだろうと思って下からお茶セットとおつまみ貰ってきたよん」
「さすがコウキさんっちゃっかりしてます」
グッと親指を突き立てて言う。
「おうよ! まかせと……うーん? 褒めてるのそれは?」
なんて困ったように笑いながらブイサインで答えてくれる。
「ふふ。それではお邪魔してよろしいですか?」
「はい。どうぞ」
二人を招き入れてわたしも上機嫌に部屋へと戻った。
――本当に、今日はいい日だ。
怖いぐらいに――……。














雑談は長々と続いて恐らく中盤……あくまでも恐らくだ。
アキが途方も無い感じのおしゃべりになっていてさっきお酒のんでたかなぁなんて考える。
でも何度もファーナに引っ付いたり離れたり俺にニコーッと笑いかけたり
悪いことでもないかなと思うのだが何か隠してるなと。
まぁ問い詰めたらすぐにゲロったけど。
親父さんと引き留められるかどうかを試していたらしい。
あまりにも嬉しそうに言うから恥ずかしかった。
引き留めてよかったと思う。マジで。

巡り巡って俺に話題が回ってくる。
「姉ちゃん?」
「前に言ってたじゃないですか。わたしがお姉さんに似てるって。
 コウキさんのお姉さんってどんな人なんだろ〜って思って」
「あ、それは私も興味ありますね。
 コウキのご家族はいらっしゃらないと聞きますがお姉さんはご健在でしたね」

俺の家族、というのは血族で言えば姉ちゃん。
言葉の上で言えば姉さんも入ると思う。
姉ばかりで申し訳ないがそうだなぁ。

「一言で言うと

 ブラコン?」

「ぶらこん?」
「何ですかそれは?」
「ブラザーコンプレックスって言ってな。極度の弟溺愛症候群だ」
我ながら絶妙な例えだと思うが……うん。違うくない。
「まぁ、ご病気でしたか」
悲しそうな顔をするがそれはどうだろうと首を傾げる。
「病気……いや、まぁ……うん。違うくない」
姉ちゃん、病気指定だよ……!
「溺愛……って何がどうなってたんですか?」

「うーん……まぁ、何がどうってわけじゃない。
 ただあれだ……

 俺が三日家に帰らないと充電が切れて働かなくなったり、
 街中で見つかると必ず飛びついてきて、
 俺以外の男とは付き合わないって豪語するお姉ちゃんだ」

ははは。どうだこの溺愛っぷり。
恥ずかしくて顔から火が出そうなことばっかりだ。
「はぁ……なんというか、それは弟の領域を踏み越えそうな……」
アキが頬を染めながら俺を見る。
その視線を避けるようにイスに背中を預けて顔を上に向けた。
「まぁ……コレは墓まで持っていくつもりだったんだけど、
 って言うか向こうでは墓に入ってるだろうから言うけど、一回襲われかけた」

『ええ!?』

がちゃんっとテーブルが音を上げる。
「ま、まて! 大丈夫! 襲われてない! 未遂だ!」
「それでも十分常軌を逸していますっ! 何があったのか事細かに説明していただく必要があります!」
隣のイスが急激に俺寄りに迫ってくる。
す、座った姿勢のままでどうやって……!?
とりあえず両手を胸の辺りでパーにして二人を止める。
「な、なんで!?」
「だってそれはぁ……ねぇ? ファーナっ聞きたいよね〜?」
「是非」
女の子二人がずい〜〜っと俺を問い詰める。
あぁ……言うんじゃなかったと後悔しつつ二人を宥める。
「お、落ち着け。大丈夫だ、アレは普段の姉ちゃんじゃなかったし、酔った勢いだ!」
「ならなおさら何がどうなって何処まで行ったのか逐一話して頂かなくては……っ!」
ふぁ、ファーナ顔が近いっ!
「背徳に浸りながら法を犯すコウキさん……あぁ、お茶が美味しいですよそのお話はっ」
「法は犯してないっての!」
この鼻息の荒い二人をとりあえず押しのけてイスに座りなおすと観念して一部始終を語ることにした。







――それは、高校に俺が上がって1年の終わりを迎えようとしていた寒い冬の日。
「――ただいまぁ〜」
姉ちゃんがバイトから帰ってきた。
今日は俺はシフトに入っておらず家で飯を作っていた。
交替の食事当番とはいえ、流石にバイト後に作るのは億劫だろうと俺は飯の準備をしていた。
そういう気遣いは大事だと思う。
「お帰り〜」
丁度出来上がった。
まぁなんせ帰って来る時間が分かる。
その時間きっちりに合わせて作っていたのだ。
「ご飯できてるよ。手洗って食べちゃって」
「あ〜作ってくれたんだ〜ありがと〜」

――このとき、彼女の異変に気付くべきだった。

妙に間延びした声。フラフラした足どり。
まぁ疲れてるのかなと思って俺は流す。
所々でぶつかりながら手を洗って戻ってきた姉ちゃんと合掌してご飯を頂く。
「ってかそんなに忙しかったの?」
「も〜聞いてよ〜店長ら〜」
なんかえっらいフラフラしてる。
なんだか箸が目的を捕らえていない。
「お、おしゃけを……」
「シャケ?」
ちなみに今の食卓にシャケは無いぞ?
「も……だめ〜」

ガシャンッ!

「ね、姉ちゃん!?」
姉ちゃんは真っ直ぐテーブルに顔面を打ちつけた。
マジで痛そうな音がした。
貧乏人の根性を見せてご飯は見事にこぼさずにキープしていた。
なんだかそこは感動した。
とりあえず姉ちゃんのご飯の安全を確保すると姉ちゃんをソファーに転がらせる。
「う〜〜天井がまわりゅ〜〜」
「大丈夫? どうしたんだよ」
「て、店長にお酒……のまされて……車で送ってもらったんだけど、
 酔いがいま……うぅ……」
マジで目が回ってるようで視点が定まっていない。
すげぇ。目が回るって言うのを他人視点で見るとこうなってるのか。
「水とか飲むか? ちょっとはマシになると思うけど」
「うん……お願い」

水と水につけて絞ったタオルを持って俺は姉ちゃんのもとへ戻る
病人扱いだがまぁ酔ってるなんてそんなもんだろう。
「ん……ありがと」
「いいよ。ゆっくりしなよ。ご飯食べれないなら冷蔵庫に仕舞っとくから」
「……うん。ゴメンね」
姉ちゃんは大人しくソファーに寝転がって俺の言葉に相槌を打った。
まったく……なんで姉さんもお酒なんか飲ましたんだか。
「ちなみに、どんぐらい飲んだの?」
「その……ジョッキ2杯ぐらい?」
「なんでだよ……何があったんだ?」
「えと、……な、んだっけ……? へへへ」
記憶が曖昧のようだ。
なんていうか今もかなり危うい感じだ。
「まぁ……いいや。追求は明日姉さんにする」
「姉さん――姉さん? サチ姉さん?」
「ん? そうだけど……」

「…………! ダメ!」

いきなり起き上がると俺に抱きつく。
「わ!? 何さ!?」
「だめ!! ダメダメダメ! 幸輝は――っ私のものなんだからぁ!」
「うわ! 良からぬ発言だぞ!? 落ち着けって!」
「や――ぁ。幸輝は、あげないっ! やぁっ」
しがみ付いて離れない姉ちゃんを離そうと押し返すが全力で引っ付いてきているためはがすことが出来ない。
「だ、だからっ何かわかんないけど大丈夫だって」
「ホントぉ? 幸輝ぃやだよ? 私だけの弟なんだからね〜?」
「はいはい。弟ね。Yes. I'm your brother.」
「幸輝ぃ〜なんて、言ってるかぁわかんないよぉ〜」
妙に艶っぽく迫られる。
視点が定まってない時点で酔っていることは間違いないのだが。
「おっけ。とりあえず、ベッドで寝ような?」
「……うんっっ。連れてって?」

今の間は、なんだったんだろうな?









「と、まぁこんな具合に……」
「ちょ、ちょっとまってください! 一番いいところで切ってます!」
ガバッとアキが食いついてくる。
ファーナは私は別に……なんていいながらチラチラとこちらの様子を伺っている。
「これ以上は都合が悪いんだよ」
俺の世間体的に。
「だから聞きたいんじゃないですかっ」
「え〜……マジで?」
俺は渋々話を続けることにした。









俺は全く動く気の無い姉ちゃんを抱えて部屋に移動する。
俺と姉ちゃんがチーフになって給料も上がり稼ぎまくっているため、
住居は一人部屋が出来るぐらいの安いマンションに移った。
学校から近く、駅からは遠い。
だがその分安いのだから別段文句は無い。
まぁそれはさておき、ドアを開けるのに苦戦しつつ姉ちゃんを無事部屋に連れて行くとベッドへ寝かせた。
「よ……っと。ふぅ。ほらちゃんとねなよ? 明日気分が悪いようならバイトは休めばいいから」
店長のせいだからな。
そう言えば恐らく明日の休みぐらい不問だろう。
「へへ〜ありがと」
そう言って首に回している手を放さない姉ちゃん。
「……姉ちゃん? 手」
「ん〜?」
「いや、だから……手。離して?」
「いや」
「離してよ。片付けもできないだろ?」
「いーやー!」
姉ちゃんは酔うとひたすら我侭になるのか……覚えておこう。
まぁ一ついえることは絶対姉ちゃんに酒を飲ませまいということを今心に決めた。
「ハイハイ……逃げないって。だから離して?」
「うぅ……」
そういうと大人しく俺を放す姉ちゃん。
だが即座に俺の服を握る。
「……行っちゃヤぁ」
……
……
きっと……彼女とかだったら果てしなく可愛いんだろうな……。
だが生憎と姉弟。
姉弟ってよっぽどのことがないと恋愛感情とかマジで沸かない。
どうやってこの状態を切り抜けるかを頭がかんばって考える。


結論。寝かしつけろ。


よし。

「分かった。寝るまで一緒に居る」
そう言ってベッドの脇に座る。
「うん。ずっと、一緒」
何かビジョンがずれているが突っ込まないほうが妥当だろう。
「幸輝」
「何?」
「チューして?」




この酔っ払い……!!!
ちょっと可愛いからって言っていいことと悪いことがあるぞっ!?
いいから他の男に言え! ブドウをもぐように簡単だぞっ!


「姉ちゃん、言っていい事と悪いことがあるぞ?」
もっとも、そういう姉弟関係が崩れそうなことは嫌だ。
「何で? あたし、幸輝好きだよ?」
「おーけーおーけー……いいか? 俺達姉弟だよな?」
「うんっ」
「ここ日本だよな? キスがどんな意味持ってるか知ってるか?」
「知ってるよぉ。大好きな人にあげるものぉ」
「分かった。質問を変えようと思う。日本で姉弟同士がキスするってどんな場合だと思う?」
「そんな……難しいことぉ……わかんないよ〜へへへ……」
「うわっ!?」
ベッドに押し付けられて姿勢が固まる。
目の前には、姉ちゃんの顔があった。
「幸輝……ねぇ……幸輝だよね……?」
もうそろそろ意識がなくなりそうなのだろう。
俺を見ているのだがまぶたの重さに意識が勝てないようだ。
「そうだよ……っだから、オヤスミ……っ」
「――う、ん……」
ポス……と俺の顔の横に姉ちゃんの額が降りた。
俺はゆっくりと姉ちゃんの体勢を整え布団をかけて部屋を出る。



そして、心の中で盛大に叫んだ。









セェェェェェェェェフ!!!















「……アウト」
「アウトですね」

アキとファーナが俺にジト目を送る。
「何で!? 今の大丈夫だったよ!?」
次の日姉ちゃんは何も覚えておらず、頭を傾げていたが――
あとは俺が墓までもって行けば穏やかに収まったのだ。
「へぇ……でもそんなことがあるんですね?」
「まぁ特殊と言えば特殊だったしな育ち方が」
姉弟二人で我武者羅に生きてただけだけど。
それだけ深い絆があったと思う。
「意外と押しに弱い……と見えますね」
「うーん……姉ちゃんだしなぁ。殴ったりはしないけどもしすると後が怖いし」
弟って総じて姉ちゃんには弱いと思う。
タケもそうだったしな。
お茶を啜る俺にアキが思いついたように質問を投げる。
「コウキさん、他恋愛経験ってあるんですか?」
「俺がもてたように見えるの?」
「え? 見えますけど」
それは大した美観の持ち主だ。
「アキの眼と美観が心配だよお兄ちゃんは」
「む〜わたしの方が年上じゃないですかぁ〜っあ、お姉さんとは同い年に当たりますよ」

全くもってどちらも姉らしくない姉だよ。
口には出さないで置いてあげようと、笑顔でその言葉に答えた。

「あ、あれ? その笑顔妙な意図を感じますよ? アレ?」
「ふふっまぁいいではありませんか。コウキも貞操は守り通せたわけですし」
「まぁね」
結果的にそうだ。アレは事故。
ふと思いつく。

……もし他人だったら――どうだったんだろうな?


……
……
うん。考えない方が健康的だ。

そう思い至って、話を別の方向へと曲げることにした。
――……まだまだ、夜は長そうだ。

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