第37話『猶予と父親』

*コウキ



ヒュンッッ!!!

大きくて絶対振り回せないはずの槍がまるで刀を振り抜く様な音を立てる。
そもそも二人の間合いがいつの間に詰められたかも殆ど見えなかったというのに、あの速度で突き出される槍が果たして人に躱すことが出来るのだろうか。
二人が見えるのはトラヴクラハの槍をノヴァが止めた瞬間だけだ。
気付いたらそこに居る。気付くとそこには居ない。
何が起きているのか理解した瞬間に
次の……っ次の次の次の行動が始まっている。

ドンッ!

土煙を巻き上げて止まる。
何をしたのかと言うと、タダ立ち止まっただけなのだ。
それだけで空気が爆ぜ、舞い上がる。
彼等の動きに風はついて行けない。
その空間にいきなり現れた彼等の衝撃に押し出されて弾けるのだ。
――なんだよ、あれ。
「――ふ……! セィヤァァァァァッッ!!」
術式なのか――そういう技なんだろうか。
今の一突きは3回が同時・・・・・だった。
理解出来ないがノヴァはそれを全てかわして見せると懐に向かって走る。
だがそれを赦さない槍兵は瞬時に槍を引いて次撃を繰り出す。
火花が舞い散り激しい攻防。
どうしてだ……っノヴァの持つ剣の刀身が見えない・・・・・・・・・・・・・・・……っ。

一方のノヴァは防戦一方に見える。
特に目立った攻撃を彼からは仕掛けては居ない。
何なんだ……?


チリチリと肌が危険を感じる。
あの戦いは良くないと。
何かが足りない。
どちらに異変を感じるかと言うと、どちらもだ。
この戦い――。
何だろう、本来全力で動いているなら……


殆どの人に理解する間も与えないような動きが出来るはずなのに――



ガギィィィッ!!!



一際大きな音を立てて二人の動きが止まる。
二人の間にはいつの間にか――赤髪の男が立っていた。



「おい……本気じゃネェならとっとと止めちまえ。二人とも犬死すんぞ」



右手にトラヴクラハの槍を掴んでいる。
ピクリとも動いていない。
更にノヴァの双剣を指の間で捕らえている。
――どうなってんだ……。
二人とも神妙な顔で間に入った男を睨むと大人しく武器を引いた。
「……ケイト、何やってるか分かってんのか?」
「あぁ。戦女神の一人も降りて無いようなオマエラの戦いを止めてやったんだ」
「……ふん……」
大人しく二人は剣と槍を引いた。

「戦女神が降りて無い……?」
「通常、命名者の戦いには戦女神が観戦に来るといいます。
 それが高名であればあるものほどそうなるでしょう」
……そういえばそんな話をラジュエラに聞いた気がする。

「はは……だろうなぁ精神昂揚がまるで無いもんな」
「本来なら、戦女神全部降りてきたって不思議じゃねぇんだ。
 なのにゼロ? 遊んでんのかよ」
バツが悪そうにノヴァは頭を掻いた。
「はぁ……わかったよ」
そういうと着た道へと踵を返す。
「……っ何処へ行く」
「帰る。あんたが集中してないと俺も集中しにくいんだよ。
 ……あんたは、守るものがあったほうがいい」
トラヴクラハはその言葉に何かを返そうとするが飲み込んで目を閉じた。
そして向こうで見守る4人には聞こえないように一言口を開いた。

「――……願わくば猶予を一日」

「承知。それでは月が欠けぬ様願いましょう」







ノヴァとケイトは歩いて街の方の道へ消える。

それを見送って、アキたちを振り返った。
「済まない、皆には無様を見せてしまった」
「いいえ。ここに貴方を笑うような人はいません。
 良く戻ってくれましたトラヴクラハ」

ファーナが凛とした振る舞いを見せる。
友人としての触れ合いしかしてない俺からすれば違和感があるが、
本来の姿はこの王女としての姿……。カッコいいな。
「――リージェ様……恐れ多いお言葉感謝いたします」
頭を下げるトラヴクラハ。

ファーナってやっぱ……王女なんだなぁ……

もう少し自分の位置を考えないとダメかな……なんて、思ってみた。




























――不思議だ。
色々言いたいことはあったのに。
いざ本人を前にすると全部吹き飛んで、何を言えばいいのか分からない。
「……久しぶりだなアキ」
「はい……元気そうでよかった」
会話が止まる。
コウキさんたちは先に帰るといってみんな宿に戻った。

「――……不思議な巡り会わせと旅をしているのだな」

彼等の歩き去った後を見てトラヴクラハはそう言った。
「不思議な……?」
そういえばヴァンさんが言っていたことがある気がする。
「王女様……シキガミ様……それにヴァンとお前
 ははは、かのグラネダ再建前のメンバーと同じだ。
 一人だけ代替わりしてないのがいるがな」
その皮肉は久しぶりに聞いた。
父親が友人と認めるのはヴァンさんと国王様と王妃様だけ。
少ない友人関係だなぁと思わなくも無いが
打算的に友人を名乗ろうとする者が多い中で唯一対等なのだ。仕方が無いと思う。
「あははっそうみたいですね。
 前は王妃様に国王様……それにヴァンさんとお母さん……」
「エルフクォーターだと名乗る癖に意外と老いないんだなあいつは」
確かに……ヴァンさんっていくつなんだろ……
「あはは、お父さんも知らないんだ?」
「あぁ、アイツは頑なにそれだけは喋らないからな。
 それもかわってないようだな」
「はい、そうみたいですねっ」
私を見てはぁっと溜息を吐くと口の中に笑いを含んでお父さんは視線を下げた。
「……なんで笑うの〜?」
「いや、私はてっきりアキが置いていったことを怒るのかと思っていたからな」
「あ! あ!! それ!! お父さん!」
「おっと墓穴だったか」
困ったように笑って腕を組む。
「も〜! いきなり居なくなるのはずるいっ! どれだけ心配したとおもってるんですかっ」
「あぁ……いや、すまん」
「すまんじゃな〜いっ!」
「しかしだな……お前を天意裁判に巻き込むわけにはいかんのだ。
 何のためにシルヴィアがお前を守ったと思っている」
「でも……! だからって黙っておいて行くのは酷いっ!」
「黙ってないと付いてくるだろう?」
当たり前だ。そのために武術大会に出たのに。
「お父さん!!」
「な、なんだ?」
わたしの勢いに気圧されてお父さんは困ったように声を上げる。

いかに戦王と呼ばれようと一人の父親に相違ない姿だ。
なんていうか憧れている側は見ない方が夢がある。
無言で父親を睨みつけるアキ。
どんな罵倒が待っているのだろうかと穏やかでない表情のトラヴクラハ。



「――……竜士団、作りましょう」



「すま……ん? 竜士団?」
謝りかけた戦王。
娘には勝てないようだ。
さらに娘の言葉にもそのまま鸚鵡おうむ返しに聞き返す。

「はいっ! 竜士団です。トラヴクラハ竜士団・・・・・・・・・!」

その言葉には光があった。
希望を持って、あの集団を再結成するのだと娘の眼に宿っていた。
しばらくトラヴクラハは考える。
――いつだろうか、その事を考えることをやめたのは。
天意裁判で、殆どのものが巻き込まれて……生きているのかどうかも分からないかつての同士たち。
この子は自分の半分も生きては居ないのに――そんなことを気にかけていたのか。
「……恐らく私達を含めて生き残ったとしても数名……。
 竜神の洞窟をくぐり抜けたものを誘っても、数十名にもならんだろう」
そもそも自身がまだ天意裁判の名残を抱えている体だ。
「……危うすぎて作れなどしないさ。
 トラヴクラハ竜士団は、な」

笑う。『トラヴクラハ』でなければ竜士団は作れると思うからだ。
だが、娘はそんなことは考えても居ないようで――

「そんなことないっだってお父さんは強いんでしょう?」

その無垢な目を私に向ける。
困ったな。本当に――……。
「はははっ言ってくれる。私を困らせて楽しいか?」
「わたしはお父さんが一番強いって知ってるもん」
娘は信じて疑っていないその眼で私を見続ける。
「さて……困ったな。それは私には証明できない」
「――お父さん、作ろう? そう言ったのはお父さんだよ?」
「私がか……?」
そんな希望を口にしたことがあっただろうかと考えるが思い浮かばない。
だが自信に溢れる娘をみるとやはり言ったのだろう。歳は取りたくないものだと苦笑する。
「『わたし達には使命がある。この世界の均衡と、平和を見届けるのだ』
 って偉そうにわたしに言ってたよ?」
はは、確かに言っていた。胸を張って言う様は確かに偉そうだ。
自分が忘れたその夢の形を子供が覚えていてくれた。
やはり子供とは愛しい存在だ。


『あんたは守るものがあったほうがいい』


そんな青年の言葉を思い出した。
さて、私は何のために戦っていたか。
先ほどまでは――恐らく、死ぬためだっただろう。
死ねば、誰かを巻き込むことも無い。
どうせ死ぬなら、最後には戦ってみたいと思う奴が居た。
グラディウスは思っていたよりずっと若かったが、その業は本物のようだった。
手加減は無用だろう。
何より――
「――あぁ……そうだな」
娘の頭を捕まえてワシャワシャと撫でる。
見れば見るほどシルヴィアに似ていて――アイツが叫ぶ様が思い浮かぶ。
何があってもこの子だけは守ると言って彼女は天意裁判に飲まれ、負けた。
その責任は――私にも。


「果たそう。私達の使命を。竜士団を――再建しよう」


約束をした。
娘と、守るものを。
「うんっ!」






わたしはお父さんと握手をかわした。
この手はきっと――約束を守ってくれる。
「はは、では戻ろう。彼が待っているだろう?」
「うんっそうだね〜……アレ?」
「ん? 違うのか? シキガミ君と親身に話していたようだが」
「ち、違いますよ!? コウキさんはファーナと……!」
あ、あれ? なんでこんなに慌ててるんだろうっ?
「ほほう? そうなのか?」
「い、いや、まだ発展途中って感じだけど……」
二人の発展を思うと溜息が出る。
先が長いなぁと。
「アキ……お母さんは恋も戦いも先手必勝と謳っていたが、そこぐらいは見習ってもいいと思うぞ?」
あまり母を語らなかったお父さんにしては珍しい物言いだ。
「お父さんがやられたからって……」
「何、好きなものを好きと言って悪いことは無い。
 私も年頃の娘が心配でな?」
朗らかに笑うお父さん。
冒険者っていうのは基本的に行き後れが多いといわれている。
うぅ……行き後れたくはないけど……。
「……まだわたしがコウキさんを好きだとは言ってませんよっ」
「はははっならいい」

――誰かを好きって、どんな気持ちなんだろうなぁ……























「ファーナ? どうしたの?」
「いえ……その別に」
浮かばない様子で溜息を吐く。
「ははん? お兄ちゃんは知ってるぞ?
 アキが居なくなっちゃうかもしれないから寂しいんだろ?」
「寂しい……そうですね。寂しいです。
 ですが、アキの旅の目的であるものの達成と新しいスタートなのです。
 喜んであげないと……とは思うのですが……」
居なくなると分かっていて――喜んでいられないのだと彼女は視線を落とす。
茶化したぶん気まずくなって頬を掻いた。
「ま、それはアキ次第って感じ?
 ――でも、引き止めていいと思うよ?」
俺の素直な意見だ。
「……え?」
「だってさー連れ出したの俺達だし?
 勝手に居なくなるのずーるーいー! って言うのもありかなって。
 何も言わないのが友達ってわけじゃないだろ?」
俺達二人の会話を聞いてヴァンが笑う。
「はっはっはっ! 確かに。でもコウキは少しわがままですよ?」
「いいじゃん? 友達ってわがまま言い合うのが普通だろ?」
キツキやタケと一緒に居るときはそうだった。
自分がやりたいからやる。だから手伝えとお互いに色々やってきた。
確かに自分達が居ればなんだって出来ると思っていた。
そんな友達を失うのは――確かに泣くほど辛い。
女友達って言うのがいるよなぁ確かに。
友達って……アキと……四法さんとティアもそうなんだろうけど敵に回ってるし……。
あぁ唯一心許せる女友達じゃんか……。

こりゃ気を引き締めて引き止めないとなっ!



そうこうやってるうちに2人が宿に戻ってきた。
「おかえりー。なんか禁断の関係な二人だね!」
「ただいま……ってどういう見解ですかコウキさんっ?」
「どうって……
 『コレでどうだいおぢさんと……ふふ?』
 『まぁわたし困っちゃう優しくしてくださいねお・ぢ・さ・ま☆』
 ぐはっ!!」
「ふ、不埒ですコウキ!」
いい感じにファーナの掌底がクリーンヒットする。
「ふふ……俺がどう不埒? 主語は無かったけどなぁ?」
よろよろと起き上がりながらニヤニヤと反撃をしてみる。
真っ赤になって言いよどむファーナが面白い。
最近自分がオヤジ化しているような気がしなくも無い。成長といってくれ。
「コウキさん今の会話で十分ですよ……」

「何かおありかな?」

宿の記帳を終えたアキのお父さんがテーブルにやってくる。
金色の鎧は確かに人目を引く。
「いえ。ファーナが娘さんを下さいと言っていたもので」
「そ、そんなこといってませんっ!」
慌てて否定するファーナ。
殆ど初見の手合いに冗談を言うのは引かれるだろうかとも思ったが、
トラヴクラハという人は懐かしそうに笑うと腕を組んで言葉を返してくれた。
「ふむ、流石にそれはリージェ様の頼みでも了承しかねますが……」
「では俺に……ぷみゃっ! 痛い! 頬っぺた抓まないでっ餅の様に伸びる!」
何故かファーナにギリギリと頬っぺたを伸ばされる。
「……ははは。コウキ様は娘のような乱暴者がよろしいので?」
「わ、わたしは乱暴してないよ!?」
「まぁ……」
かなり遠い目をしてアキを見ているような見ていないような顔をする。
「なんでそこで遠い眼をするんですか!? わたしを見てるんですか!?」
あ、そういえば。
「コウキ様ってやめてもらっていいですか?」
「無視!?」
アキから盛大に突っ込まれる。ふふ、なかなか育ったじゃないかアキ。
「おや? もしかして貴方も呼び捨てろと仰るのですか?」
どうやら前例があるらしい。
「あ、分かってるんだったら話がはやくていいっ!
 別にそんなにあらたまってもらう必要ないんですよ、俺が苦しくて!」
マジで息苦しい。俺は一般ピーポゥだって言ってるのに。
「はっはっは。ヴァンツェ、コウキ君はウィンドに良く似ているな」
……似てるっておっちゃんにか?
そこは断固反論すべきだろうが。
「でしょう? やることも似てますよ。まぁコウキのほうがぶっ飛んでる感じですけど」
「あ、それなんか失礼だよヴァン」
言い過ぎじゃね?
「事実ですよ?」
何が悪いのですか? と笑顔で言ってのける。
「ちょっとは遠慮してよぅ! 俺だってガラスのようにか弱い心を持ってるんだぞ!」
「そんなもの私が粉々に砕いて差し上げます」
「やめてよっしかも粉々とか手加減する気無いだろっ」
そんな俺達のやり取りを見てトラヴクラハが笑う。
「ははは。そういえば昔からヴァンに口げんかで勝った奴は見たことがないな」
「いえ、そうでもないですよ。シルヴィアには良く言葉を止められてましたよ。
 殆ど手が先に出ていましたが」
「……あの手と口の悪さでだけはどうにもなら無くてな」
呆れた顔で溜息を吐くトラヴクラハには懐かしさと憂いが混ざっている。
「――まぁ、それが彼女らしいところでしたから」
「それはそれで問題なのだがな」



「と、まぁ大人な二人はアダルトな話に突入してもらってだな」
「その言い方は何か語弊がありますが……まぁいいでしょう」
ファーナとコウキはこそこそとアキへ席を寄せる。
「わわっな、なんです?」
二人の突然の行動に焦る。
「いや、アキ殿に折り入ってお願いがござりまする」
そそっと口元を隠してコウキが言う。
「は、はい?」

「うん。アキが居なくなるとパーティが寂しいなって事で引きとめようと思って」

「コウキ……歯に衣着せるのを忘れておりますが……」
「あ、しまった。ファーナが寂しいって言うから引きとめようと思って」
「どちらも同じですっ!」
俺達をキョロキョロと見ると段々可笑しくなってきたのかアキが笑う。
「――……あははっ引き留めてくれるんですか?」

『当たり前』「です!」「じゃん!」

同時に言ってしまって目を合わせる。
なんとなく頬を掻いて目をそらした。
「ははははは。人気があるな。良かったなアキ」
「お、お父さん……」

「シルヴィアが竜士団を一時抜けてシキガミ一行について行った理由を知っているか?」

ニコニコと父親の顔で娘を見るトラヴクラハ。
さっきとは大違いだな……
「ううん……」
娘らしいアキも初めて見るな。
ハハッとアキのお父さんは懐かしそうに笑うと

「『アルフィリアが心配だったから』だそうだ」

いい性格をしてると思うけどなぁ俺は。


「――お父さん、さっきの話……」
「あぁ。行ってくるといいその後でも十分だ……ん?
 もしかして最初の冗談はこの話だったかな?」
「あ、気付いてくれました?」
自分でも気付き辛い振り方だったと思う。
「まぁ……だからこそ。アキを俺達にもうしばらく貸してください。
 アキが必要なんです」
俺は真摯に頭を下げた。
「――ふむ。私からも頼もう。この子はまだまだ至らない所の多い娘だ
 君達と一緒にいて迷惑をかけると思うがよろしく頼む」
俺と同じく頭を垂れるアキのお父さん。
理解のあるいい人だ。
「え、お、お父さん……」
「リージェ様コウキ君、それにヴァン。どうか面倒を見てやってくれ」
「そ、そんなに迷惑はかけてないよぅ……」
恥ずかしそうに視線を泳がせるアキ。
そんなアキが可笑しくて3人同時に笑った。
「皆で笑わなくても〜っ」
「あはははは! じゃぁアキの武勇伝をお父さんに聞かせてあげる?」
「やめて〜っ」

恥ずかしがるアキをよそに俺達は口々にアキを褒めちぎる。
――ほんと、悪いといえる悪い所は思い浮かばなかった。
だから必然的にアキが真っ赤になって恥ずかしさで茹で上がるまで褒めちぎることになった。
おじさんはずっとそれを嬉しそうに聞いていた。

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