第36話『戦王』

*コウキ



「はぁ〜怖いね」
「何故ですか? アキのお父様は見つかったようなものでしょう?」
ファーナが首をかしげた。
「いや……こう、トントン拍子だとさ、いいこと無いんだよねー……
 こっちに来てから」
「そうでしょうか? アキはとても嬉しそうですよ?」
そう言って妙にそわそわしているアキに目をやる。
まぁ、嬉しそうと言えば嬉しそうだ。
「さ、さぁっいきましょうっっ!」
妙に力んでその道を歩き出した。

街の東側――もといアラン側の森へと突き進み、開けた場所へと俺達は歩いていった。
エルが言うにはその開けた場所にある大きな岩の場所が待ち合わせ場所らしい。
月が真上に上ったときが待ち合わせ時間。
まだ少し時間には早いが――足早にアキはその場所へと向かう。
俺達もそれに続いて走っていた。
無言でただ、ただ走る。

どんなことを思っているのだろう。アキは。
――そういえばファーナから聞いた話によると竜士団の再建が夢だったな……



――じゃぁ……ここで……俺達との旅は終わるんだろうか……。



それは悲しいなと少し思う。
今まで一緒にやってきて、ハイさようなら〜って……
まぁ冒険者ってそういうのも多いみたいだけどさ……はぁ……。
ファーナも……俺と同じ気持ちなんだろうか……
ちょっとだけ悲しそうな心の傾きが――俺に伝わってくる。
でもそれがアキの妨げになる感情であることが分かる……。
彼女は彼女の思想に沿って動けなくてはならない。
俺達に出来るといえば――やっぱ、親父さんを探してあげるぐらいだったし……。

俺達のたびの目的の一つ目に、ついに、たどり着けるかもしれない。
月明かりはひたすら明るく俺達の道を照らし続ける。
森になっているその奥に――開けた場所を見つけた。
この場所だけは大きく開けており、中心には大きな岩が突き刺さっていた。
たどり着いた俺達は雑草を踏みしめて、小さく歩く。





















岩の前には、金色の戦士が佇んでいた。














































――
暖かい酒場の中でいつもの様な騒がしさの端であの二人が座っていた。
短髪の青年の右目の下には3本の傷があり、更にその3本を貫いた傷がある。
目つきも鋭く決して人相はいいとは言えないが、
その実性格が義理堅く感動屋でお人よしなもので締まらない。
今も上機嫌に酒場で出された料理を頬張っている。
「エル……いいのかよ」
「もあ? 何が?」
もぐもぐと料理を食べながらケイトを振り返る。
礼はいいと言ったのだがさっきアキが頼んでいってくれたものだ。
ありがたくその食事を戴いている。
「何じゃねぇよ。トラヴクラハ……娘が行ったら逃げるかも知れねぇんだぞ?」
食う手を休めないノヴァに溜息をつきながらケイトが言う。
「んぐ……ぷはっ! ……いや、逃げねぇよ」
「何を根拠にんなこと言ってんだよ」
ノヴァは楽観した様子で手をプラプラと振って笑顔を見せる。
「はははっまぁ行ってみて居なけりゃしゃーねぇ。
 親としての道を選ぶようなら、戦っても楽しかねぇよ」
「……まぁ、そうなのかもしれんが……」
最後の皿を空にすると飲み物を流し込んで立ち上がった。
「戦王だぞ? そうそう逃げやしねぇよ」
ケイトに背を向けて体裁を整える

「――行ってくるわ」

グッと腰にある剣を縛り直して顔を上げると扉に向かって歩き出す。
普段剣呑でない素振りを見せる彼も――どこか遠くを見据えていた。

「……あぁ。飲まれんなよ」

酒場の喧騒を潜り抜けて――ノヴァが店を出た。






































「お父さん……!」

アキが走り寄る。
その人物は顔を上げると驚きに固まった。


「――……アキ……?」


トラヴクラハ・リーテライヌ。
間違いなく、本人。

「――っっお父さん――!」

走り出すアキ。








「来るな!!」











「え……」
――拒絶。
彼女は丁度俺達とあの人の前で立ち止まる。

「――来てはいけない……アキ」
「な、なんで……!」

その声に溜息を吐いて少しだけ俺達に近づいた。
影から――月明かりの元に出る。
金色の鎧が光る。
その赤茶の髪が月の色を帯びる。

戦王トラヴクラハ――……!



「お、とうさん……」
その威圧感……というのだろうか。威厳は間違いなく彼が本物であることを示している。
だがコウキはさっきから虫の居所が悪そうな顔でトラヴクラハを見ていた。
コウキには嫌な予感、なのだろうが殺気を感じ取っているのだ。
アキにもここまで禍々しいまでの殺気を帯びている父親は初めてらしく戸惑いが見られる。
トラヴクラハは青い目を光らせると目を上げた。

「アキ、お前が何故ここに居るのかは問わない。
 だがここはお前が居る場所ではない。帰りなさい」
「でも! わたしはお父さんと……!」
アキが声を振り絞って叫ぶ。

「――旅がしたいのならそこに居る仲間とすればいい」
「違うっ! わたしはお父さんを探して……!」
コウキ達からは見えないがアキが涙を一つ零す。



「随分と冷たいのですねトラヴクラハ」

その威圧の間を駆け抜ける不敵な声。
ヴァンツェ・クライオンがさらにアキの隣に立った。
威圧を感じていないかのような不敵な笑みで。

「ヴァンツェか……それにリージェ様とシキガミ様ですかな?」
「はい。私はファーネリア・リージェ・マグナスと申します。
 お会いできて光栄です」
「はい……シキガミのコウキ・イチガミです」
ペコリと挨拶をする。人間初見が大事だよね。
一気に崩すのが俺の恒例だけど。
「初めましてリージェ様、シキガミ様。私はトラヴクラハ・リーテライヌと申します。
 以後お見知りおきを」
紳士を思わせる優雅な動き。
国に仕えていた身だったのが容易に分かる。
だがその中に威圧感を感じるのは俺だけだろうか。

「トラヴクラハ……子供は怖がらせるものじゃありませんよ」
溜息を吐くヴァン。
「ふむ……失礼した。少々気だっているのだ……ヴァン、お前からも言ってくれ。ここはもうすぐ戦場になる」

「――戦うのですか?」

凛とした空気が漂う。
ヴァンはいつに無く真摯に彼を見た。
「あぁ……私の相手はグラディウス・ノヴァだ。巻き込まないで済む保証が無い……危険だ」
「そんな……っお父さん! なんでそんな戦いを!?」
またアキは叫ぶ。

ノヴァ――……そう、なのか。
だったらあの時見たあの人は本物……かもしれない。
「理由を聞いているのか?」
「もちろんです! 何故戦う必要があるんですか!?」
彼女の父親は小さく溜息を吐いて彼女に目をやる。

「もちろん――私の目的のためだ。
 知っているだろう……私が天意裁判に飲まれているということを。
 それは今も変わっていない。
 グラディウス級と戦えば――抜けれるかもしれない」

「――っ!」
彼女はその人の行動の妨げになる事やその人に見える悪い所を、
言葉にして直接言うのを躊躇う癖がある。
それは彼女のいいところでもあり悪い所でもある。
アキは知っている。
父の戦いにおけるプライドの高さ。
戦王を名乗る――その誇りと強さ。


アキはまだ告げていない。
竜士団を再建しようと。
――そのための旅を始めようと。













「――来たか」




ゆっくりと彼はその姿を見た。
恐らくその月を背負うのは――

剣聖グラディウスと呼ばれる男。


心臓が跳ね上がった。
すでに抜き身。
その双剣が握られた両手、ただならぬ殺気――!
凄く気分が悪い。
ファーナが俺の腕にしがみ付いて震える。
それほどの圧力プレッシャー
それ以上にコウキにはその剣が魅入った。

なんだよ、あの剣――?
月の光に煌くそれは、生きているようにも見える。
心臓が跳ねる。
なんでだろう、あの剣……あ、の……剣は……!?
俺は目を疑った。
あれって――

ラジュエラと同じ紋章……!






「――親子愛も結構。この試合を避けても逃げたなどとも言わないし追いもしない。
 真の決意にのみ応じよう。
 選べ戦王トラヴクラハ――!」

俺達は唖然とそのシルエットを見た。
答えを待って立ち尽くす剣聖グラディウス

親として生きることも選択肢に含まれている。
月明かりを背にする若いはずの彼は――どれほどの器量をもっているのか。
それともただ甘いだけなのか。
量ることはできない。それだけ――深い。


「ははは……知れたこと」


トラヴクラハは歩き出した。俺達から少し離れて

ゴゥッッ!!

とその得物を振った。
土煙が舞い微かに大地が共鳴する。
――長い、長すぎる大きな槍。
百戦錬磨を代表するトラヴクラハだからこそ持つことを許されたその槍。


神の紋章を刻まれた――それは”アルマ”だった。




アルマといわれる武器は意志を持っては居ない。
しかしその存在は意志に近い崇高なものだ。
真にアルマとは総じて『神の落し物』や『神からの賜り物』を意味する。
確かに人の手で作り出すことが出来るのだが――
それは、職人が作った剣に魂が宿るようなもの。
そして、その想いが込められている。
使うものの心に反応して、マナを吸い実体化したり効果を発したりする。
コウキたちの持つカードや、アキの持つ穿つ十字架アウフェロクロス
そして、コウキ自身。例外として彼は魂を持つが、この世界ではアルマと呼ばれる。
それを持つものは故に幸運で――不運。
神性が高ければ高いほどマナを寄せ集め、モンスターを寄せ集める。
気付いただろうか。それが『コウキ』という”アルマ”がモンスターに会いやすい理由となる。
コウキを持ってしまったファーネリアはまさに幸運にして不運。
――が、コウキと言う存在はその不運を気にさせないだけの力があった。






ノヴァは何も語らず同じく月明かりで顔の見える位置に歩いて出た。

「――あ……」

「いよ。さっきはご馳走様っ」

それはさっき酒場で会ったばかりの――エル。
「え……エル?」

「危ないから離れてな。死ぬぞ」


先ほどの感動屋で陽気な雰囲気は酒場に置いて来たのだろうか――。
エルは俺達にただ冷酷に映った。
固唾を呑んで見守る。
近づきたいのだが――近づけない。
アキの足が震えているのが分かる。
それは仕方が無い。
俺だって出来ることなら今すぐ――ここから逃げたい。




「ノヴァ・Y・エルストルブ。冠は”グラディウス”、銘は”戦の狂喜ラジュエラ”……」




「――ラジュエラ……?」
俺はその言葉を聞いて唖然とする。
だってアレは……彼女の名前じゃないのか……?

「……名乗り、冠、銘は決闘といえる戦いでは礼儀とされています。
 冠とは戦女神から戴いた異名のこと。
 銘とは、自らの剣。
 まさにノヴァの持つものは双剣”ラジュエラ”と銘をもつアルマです」

ヴァンがいつも通り冷静に教えてくれる。
でも……あの剣から感じる特別さは一体何なんだ……?



「トラヴクラハ・リーテライヌ。冠は”トラヴクラハ”、銘は”戦場を駆ける者ラスタロン”――仕る」





名乗りが終わった瞬間、その戦いの火蓋は切って落とされた。

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