閑話『武人の旅 前編』



*タケヒト



弐夜武人は普通の一般家庭の次男として生まれて、普通に人生を楽しんでいた。
大半は陸上部で走ったり投げたりに消えたが、オレにとっては楽しいことだ。
陸上の何が楽しいかって?
マゾって言うなかれ。陸上の醍醐味は記録が出る瞬間だ。
競争に勝つこと、記録を出すこと。
ひたすらそれを目指す。
アスリートっていうのはホント、そんなことばっかり考えている。
まぁ、陸上の世界で生きれるならそれがいいなぁと漠然と考えた人生設計を基準に、
大会でいい記録出せば適当な大学に拾われて、適当に就職できるだろうとか考えて過ごしてた。
まぁ、目の前のことしか考えられなかったというのが事実ではある。





風を浴びる。
ゴロゴロと雷雲の中を突き抜けて――その世界に落ちた。
「……また落ちてんのかよ!!!」
雨に打たれながらその地面を見る。
怖っっ!!!
迫り来る地面がこんなにも怖い。
オレは顔を腕で覆うと衝撃に備えて体を強張らせた――。


ゴォッッ!!!

ズシャァァァァァッ!!


泥で滑った森――。
雷が落下したような衝撃音を聞いてオレはこの世界に降り立った。
は?
なんだコレ?
なんだここ?
服はいつの間にか制服で、ちゃんと体が動く。

……??

目の前は薄気味悪い森。
訳が分からなかった。
どうやってプールから森に落ちるんだよ。
あーくそっどうなってんだ?
なんだか胸糞悪ぃ状態で森を見渡す。
歩こうとすると泥が靴に入ってくる。最悪だ。


「……おい」


「あ……?」

雷光が世界を白く染めた。
暗くてよく見えないが女性だろうか。
「……お前、何故こんな所に居る」
「オレが知りてぇよ」
「……名は?」
「……弐夜武人だ」


「ふ――はははっ! お前が――……シキガミか。
 幸運だ――まさかこんなに早く合えるとはな」
その女性らしき人は嘲笑うように笑ってオレにそう言った。


「は?」
シキガミ?
なんだよそれ?
「つかアンタ誰?」

「我か? 我はシェイル・ストローン――紫電の神子だ」

クツクツと彼女は笑う。
ナンだよ。気味悪いな。
「そ……ここ何処?」
「ここはオークの森フルアレントだ」
「おーく? なんだそりゃ……」
そもそもそんなに横文字並べられたってわかりゃしない。
ゲームや物語に精通しているわけでもなかったオレはそれが何なのか全く知らなかった。
「……そうかよ。ま、いーや……」
とりあえず何とかしないとな……。
こんな変な奴に構ってる場合じゃない。
オレは踵を返すと雨の降る森の中を歩き出す。
「――何処へ行く?」
「さぁ……とりあえず森を抜けないとな。出口はどっちか分かるか?」
「――……あぁ……そうか知らないのか」
「しらねぇよ。出口は――」
「いや、お前の役目の方だ」
「役目? 何のことだよ」
「いや……付いて来い。」


それが、オレとシェイルの出会い。

シェイルの案内で神祭の祠に着いた。


「……ここだ」
そう言って彼女が指差すのは一枚の扉。
鉄で出来てるのか非常に重そうだ。
「何だよここ……」
祠というだけあって蝋燭やらランプやらの明かりが多く、その女性の姿もはっきり見えた。
凛とした大人の顔立ちで、身長がオレと同じぐらいある長身。
濃い緑の髪を後ろで二つ束ねており、雨のせいで水が滴っていた。
雨避けのマントだろうか、墨色の布が全身を覆っている。
しかしそこから分かる起伏だけでそのスタイルのよさが伺えた。
「祭壇への神域だ。何、その扉を開ければ分かる。
 お前がここに居る意味も、シキガミの意味も」
「はぁ……? あーーもう! わーったよ! 開けりゃいいんだろ?」
ええい! くそっ! 訳がわからん!!
オレはその鉄の扉を力任せに押し開けた。
「うらぁ!!」

バンッ!!

重いといえば重かったが、意外と勢い良く開いた扉に驚きながらその奥に踏み込んだ。





「あれ……?」
いきなり目の前が開けたかと思うと、祭壇とその周りに奉納物の山が出来ていた。
「なぁ、ここ……あれっ!?」
後ろを振り向いてあの女性に問おうとしたが後ろの扉は突然姿を消していた。
「あ、あれ!? どうなってんだ!?」


『ようこそ――紫電の加護神メルフィスの祭壇へ。歓迎するニヤ・タケヒト』

「誰だ!? あんたさっきの人か!?」
声が同じだ……もしかして中の人か!?
『――そうでは無いと言っておこう。
 あなたには説明しないといけないことが沢山ある』
「……はぁ……是非そうしてくれ。何にも分からねぇ。まずは何処だ? ――」


オレは……1時間ほどだろうか。
メルフィスからこの世界プラングルのこと。
シキガミの役目、神子の意味。
シェイルとメルフィスが同じ存在だと言うこと。
彼女……シェイルについて少しだけを聞いた。


「へぇ〜なぁ、なんでオレなんだ? あっちの世界にゃもっといい奴居たろ?
 単に強いだけでいいならスポーツ界のトップでも戦国の武将でも引っ張ってくればいいのに」
『――この世界では、向こうの世界での強さはあまり関係ないのだ。
 それよりも純粋な魂を持つものや、強い直感を持つような者がこちらでは役に立つ。
 そもそも、それがないとこちらの世界では生きていくのが難しい』
「はぁ? でもオレな〜んも無いぜ?」
『――そうだろうか? タケヒトのような純粋な人は類を見ない。
 何より我らと非常に相性がいいのだ』
「相性……とか言われてもな」
分からない。
というかあのシェイルって人苦手なんだけどオレ。
「あ、そういやメルフィス、なんで神様やめんだ?」

『良くぞ聞いた』

少し昂ぶった声が聞こえたかと思うと、少しだけ声の位置が近くなった気がした。
『タケヒト、恐らくお前が思っているよりこの世界は矛盾が多い。
 知らないだろうがこのシキガミ合戦に参加するのはお前だけじゃない』
「……あ? どういうことだよ?」
『お前は他のシキガミを倒しながら、この世界で生きなければならない。
 この戦いがどうなるのか、我にも分からない』
「んなのに巻き込もうっていうのかよ……」
『――……すまない』
「謝られてもな。もう始まってるんだろ? いいから教えろよ理由」

『――簡単だタケヒト我はこの世界から見放された』

「……全然簡単じゃねぇけど? 分かるように言ってくれ」
『ふむ……我は……転生しなければこの世界から消える』
「消える……? 死ぬってことか?」
『違う。お前らの死は輪廻に戻りもう一度世界に生まれることだ。
 我の場合は文字通り消える・・・のだ。
 お前等の場合は存在することが生であり、存在しないことが死だ。
 だが死して時を経てまた生まれる。それが輪廻だ。
 我の場合は存在しなくなることは無だ。生まれることも無く、在ることも許されない
 わかるか?』
「――あぁ……なんとなくだがな」
『あぁ。それでいい。十分だ。勝手な話だが……我を助けて欲しい――タケヒト』
「それこそ、オレなんかじゃなくて伝説の勇者様でも呼びゃよかったんじゃないのか?」
『……なら、お前が伝説にでも何にでもなれ。我にはお前しかおらぬ』
「ぐ……っず、ずりぃぞそういうのっ」

『断るか……?』

その声は酷く弱弱しく聞こえた。
断る……?
そんな選択も出来ると彼女は言っているのか……?


「断る」

「……なんて……できるわけねぇだろ……」

根っからのお人好しだ。
自分で分かってる。
でも断れないんだなぁコレが。

「女の子の頼みを無碍に出来るようにゃできてねぇんだよ……っ」
『……すまない。恩に着るぞタケヒト』
「はははっおう。好きにしろよ」
コレが人とそれを超えるものの会話か? というほどタケヒトは普通に接している。
『……主、我を神だと思っておらぬだろう?』
「ぶっちゃけな。だってオレ宗教やらねぇし。そういうの苦手だ」
信仰なんぞを求められても何を返せばいいのかわからねぇじゃねぇか。
『ははは。良い。我はそういう奴の方が面白くて好きだぞタケヒト。
 ただ、存在は信じてくれ。我らはそういう奴に力を貸すことが出来る』
「今なら大抵のことは吹き込まれるがまま信じるぞっこいっ」
訳が分からん世界だ。
言われるがままに鵜呑みするのが当然だろう。
『――ふふ。良い。お前は面白いな』
「そうか? オレよりエンターテイナーな奴がいたけどな」
まぁ――もう、会うことは無いだろうが。

不意に、何かがオレに触れた。
「ん?」
『――っ! 主、我に触れることが出来るか!?』
「は? 触れる?」
再びオレに何かが触れる。
『あ――は、ははっ!』
何やら分からないが彼女はえらい興奮している様子だ。
「メルフィス? さっきから触ってるのはお前か?」
『あぁそうだ! タケヒト! 我は主に触れることが出来る――!』
「ふむ? どれどれ……」
多分目の前だろうな、と手を伸ばす。

ポフッ……

「あ。何か触れた」
これは――そう。あれだ。コウキに触れたときと同じ。
見えないけど、その体にオレは触れた。
「はぁ〜居るんだなメルフィス?」
『あぁっだ、だがっ!! そこは触るなっ!』
「はははは? 見えないな〜?」
大体想像はついている。
このこの位置、感触、弾力。
ふふっ……は、いかん鼻血が。
『この――っ!』

ゴッッッ!!!

「ヘブラッ!!!」
弱悪党のような情けない声を出してオレは吹っ飛ぶ。
い、いいパンチ持ってんじゃねぇか……ごふ……。
――鼻血が、両方から出てきた。



『――そうだな。そろそろ戻るといい。
 シェイルも待ちくたびれているだろう。
 ……あぁ、そうだ。彼女らは少し手荒に扱っても構わん。
 むしろ半端な優しさなど自分に後悔することになるぞ』
「は……? どういうことだよ。つーかあいつに会って何を言えばいいんだ?」

『好きにしろ――では。また機会があれば祠でも教会でも訪れるといい。
 往く旅路に幸あらんことを――さらばだ』


ぐにゃっと空間が歪んだと思うと、目の前から祭壇が消えて良くわからない空間を浮遊する。
そして気が付くと蝋燭が置いてある殺風景な部屋に変わっていた。
部屋をぐるっと見回すと後ろには最初に押し開けた鉄の扉。
それをもう一度押し開けると初めに入ってきた祠の通路に戻った。
しかしあいつの姿は見当たらない。
「あれ? 何処行った……?」
部屋を見渡すと、部屋の隅で目が留まる。
「あ、いた。おーい」
スタスタとそちらに歩み寄るとその女性はスヤスヤと寝息を立てていた。
オイ。
無防備にも程があるだろ。

「おーい? えっとシェイルさーん?」

肩を揺するが一向に起きる気配なし。
頭の後ろで二つ括られた髪が揺れるだけで全く反応しない。
少し手荒ってどのぐらいだ……?

とりあえず倍速で揺すってみるか。

オラオラオラオラオラッ!!

……はぁはぁ……


お、起きねぇ……!!

コレが姉貴だったら叩き起こすところだが
生憎初見の手合いにそんなぶっ飛んだことは出来ない。
ちなみに、オレは兄と姉と弟の4人兄弟。
みーんな運動系のアスリート兄弟で兄貴は野球をやってるし姉貴はテニスをやってる。
んでオレが陸上で弟がバスケ。
まぁ一人ぐらい居なくても大丈夫だよなーと思うような窮屈な家族だった。
大学は絶対に寮とかで一人暮らしをするのだと決めていたのだが。
んなことはどうでもいい。
とりあえずどうやって起こそうか。
「もしも〜し」
ペチペチ軽く頬を叩く。
あー何やってんだ初対面のお姉さんにさ。
人見知りはしないタイプの人間だからオレは構わないのだが……。
ペシペシペシペシ
しっかし起きないな。
ペシペシペシペシ
……
ペシペシペ……


「起きろや!!」


カゴッ!!



「んむ……? あぁ……もういいのか」
「あぁ……」
「……? どうした。頭でも痛いのか?」
「あぁ……」
かっっっってぇぇぇぇぇーーーー!!
あえて頭突きで行った自分を褒め称えつつ後悔した。
石頭で負けたのは初めてだっ……! しかも女に……!

「……近い」

ぐいっと俺の顔をどけて立ち上がる。
「――さて、自分の役割は理解できたか?」
「なんとなく、な。シェイルは――オレでいいのか?」

「無論だシキガミ。主が我の剣なのだから」

――歯がゆい。
「オレはパッと見と同じで何も持ってないぜ?」
「それでいいのだ。頭も良い訳ではなさそうだしな」
「悪かったなっ!」
「いいや。我はその方がシンプルで良い」
「そーかよ……ったく、メルフィスといい言葉が少ねぇぞっ」
「言葉で語るよりは、体で実感した方が早かろう」
――ったく、ほんと。
「……はぁ、相性は、いいみたいだ」
「ふっ……だろうな」
薄く笑ったような笑わないような顔を見せて踵を返す。
その背中に、一つだけ聞きたいことがあった。

「お前は、何でメルフィスを助けようとするんだ?」

彼女は足を止めてオレに向き直った。
そして、いっぺんの迷いも無く――

「我が、我を助けて何が悪い」

それだけを言ってもう一度道を歩き出した。




「ぶえぇっっくしっっ!!!」
「汚い」
彼女の家に招かれて最初にモーションがクシャミ。
「うっさい! 風邪引きかけてんだよ!」
「引くな」
雨避けのマントを壁にかけながら淡々と言い放つシェイル。
「無茶言うなっ! 雨に濡れまくってんのに!」
「あーヒューマンだしな……そうか。そこの暖炉にでも当たってろ」
「へーへー……ったく、何なんだいったい……」
オレはブツブツと文句を言いつつ暖炉の前に座る。
流石に張り付く学ランとシャツは着たままだと風邪引きコースだな……。
オレは学ランと服を脱いで暖炉のそばにあるイスにかける。
なんつぅか扱いが酷い……まるで自分ちにいるみてぇだ……。
ええいついでだズボンも脱いでやるっ。
そこに丁度シェイルがタオルを持って戻ってくる。

「おい、タオルと代わりの服だ。しばらくコレを――」

ダンッッッ!!! ガンッッ!!

シェイルは高速で壁に張り付いた勢いで頭を打った。
ただそれを痛がる様子も泣くオレを凝視している。
「だ、なっ! おいっなな何でぬ脱いでるっ!」
「つめてぇからに決まってんだろ〜? タオルサンキュっ」
「ば、ばかっ! 寄るなっ!!」
目を覆い隠しているが指の間から見ている。
どうしたいんだ。
「なんだよ野郎の裸ぐらいそこらへんに転がってるだろ?」
オレ自体陸上部で上着を脱いだりと言うのが日常茶飯事でもう慣れた。
「ど、どどどんな理屈だばか者っ!」
よく分からないがキョドっているシェイルからタオルを貰うとワシャワシャと頭と体を拭く。
貸してもらった服を羽織ると暖炉の前に座る。
「ふぃ〜あったけぇ〜」
「………………」
「あん? 見てないで座ればいいじゃん」
 
「だ、大丈夫だっ責任は取るぞっ!?」

グッと拳を握って珍しくその顔にやる気に満ちた表情を見せた。
「いや、オレの言ったことと全くかみ合ってないぞ? 責任て、何のだ?」
「いやっなんでもない」
何故か頬を染めてそっぽを向く。
こういう仕草は容姿が良い分可愛いな。
「……? そうか?」
そんな彼女の行動を不思議に思いながら暖炉の火に視線を移す。


この日から全ては始まった――。

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