閑話『武人の旅 後編』


*タケヒト




「オラオラオラオラ!!」
「ふんっ甘い――!」

ガッッ!!

無駄な動きでけん制しつつ相手より勝っている切り返しの速さで胴を薙いだ。
が、それは見切られていたらしく、容易く防がれた。
ち――肉体のポテンシャルが違いすぎるぞくそっ!
だが最初に比べれば全然様になってきた剣術を駆使してオレは模擬剣を振る。

シェイルの村は十人程。
リーダーとなる夫婦が一組居るだけで後は男女半々ぐらいの本当に小さい村。
しかし隣村が数分先にいくつかあるので微妙な感じだ。
オークという一族はあんまり交流が無く、会っても挨拶程度のようだ。
挨拶もしない方が多い。
そんな中オレはシェイルの紹介の元村で一番強いらしい、
スキンというガタイのいい兄貴にしごかれている。
ボディービルダーみてぇだ。
見た目のまんま力が強い。
スキンにはヒューマンにしては力があると言われたがあんな馬鹿力には適わない。
大体鍛えた人間の男性と何もしてないオークの女性が一緒か少し強いぐらいらしい。
……バカっ勝てるかっ!
つまりあれだ。オレはシェイルにすら純粋な力で勝てないと。
まぁ実にショックだったわけだ。
あの村で一番弱い奴だったからなオレ。

そこで教えられたのがレベルとクラスだ。

レベルが上がれば、この世界では力を得ることが出来ると。
ははっRPGみてぇだっ!
きつきんちでコウキが下手なりに頑張ってるのを見てるだけだったが
アレはアレで楽しそうだった。
まぁゲームとコレの違いはボタン一つじゃクリア出来ないってとこか――!

「うおおおおおおおおおっ!!!?」
「――っがぁああ!!」
獣のような咆哮。
スキンの模擬剣がオレの剣に重く当たる。
「――がっ!」
後ろに飛んでなるべく衝撃を抑えたつもりでオレは何十メートルも吹き飛ばされた。

「うおああああぁあああぁあああぁぁぁあああ!!?」

ヤバイヤバイ! 死ぬって!!
オレは頭を抱えて着地に備えた。



ザバンッッ!!



ゴポゴポゴプ……
み、水!?

「ぷはっ! かはっ! ぶぇ……えっほんっゲホッ!」

オレは少しもがいて浅い湖から顔を上げる。
あー……助かったぁ……流石に岩とかにぶち当たったら死ぬしな……。
はぁ……はぁ……なんつー馬鹿力だよ……。
ちなみにさっき居た場所はここから50mは離れている。
あ、ありえねぇええ!!
オレ今熊以上のものと戦ってるよ絶対……!
くっそー……なんとか倒したいんだけどな……。

オレとスキンの対戦成績は1勝130敗。
ははははは! 笑いたきゃわらえよ!
最初の油断してた日にしか勝てなかったぜ!?
しかも歌の助けのお陰で勝てただけだしなぁ……
アイツマジで洒落になんねぇ……つええ!
あいつと戦って大分レベルは上がった。
でもまだまだ足りない。
まだまだ強くならなくては――シキガミとして、役には立てないだろう。

「に――ははっ楽しいなっ!」

思わずにやける。
あぁ。大好きだ。目の前にあるでかい壁。
ただひたすら自分を磨く。それも重要だ。
それよりライバルって奴が一番だ。
超えれそうな相手。
お互いに切磋琢磨し、切り詰めていく。
そんな環境があることが一番望ましい。
が、今はこの壁をどうやって越えるかが問題だ。
確かにシェイルの歌があれば簡単なんだろうが――
オレで何とかしないといけないときだってあるだろう。

最近、戦女神に会った。
長い剣を背負ったありえない美人の。
チチ良かったな……むふふ……。
おっと。
それは置いといてだ。
彼女らに借りる力は自分の力として使えるのだという。
単純な話。俺が努力した分、見返りをくれると。
これほそ嬉しいことは無い。
努力した分全部返ってくると。
はははっそれだけ分かっているなら十分だ。

剣を握る。
上段に大きく構えて集中する。
泉の波がオレを避ける。
その流れがオレを岩と勘違いしてぶつかった時。
オレは手に力を込めて大きく振り下ろした。

パァァァアアアンッッッ!!!

オレの剣の風が泉の上を疾り泉を割る。
湖が一瞬だけ細く縦に割れて、水飛沫を散らした。
この世界は面白い。
努力した分、ちゃんと結果が返ってきている。
それはアスリートのオレとして、凄く楽しい。
「うっしっ!」
オレは湖からザバザバと上がる。
ふむ。まぁ少しやりすぎたな……今のだってもう少し調子がよければ
もう少し太く湖が斬れた。
やっぱ今ガードして痺れてるからなんだろうな……。
チョット休憩のつもりでオレは湖のほとりに座り込んだ。

「ここにいたか」
「おう。今のは流石に死ぬかと思ったぜ?」
「ふん、生きているとは相当運がいいな」
……不吉なこと言いやがる。
別にこの態度がこいつらにとってスタンダードらしく
いちいちオレが怒っても仕方ないので流すことにしている。
まぁ、気を使わないでいいっていうことだ。
スキンもドカッと少し離れた木陰に腰を下ろした。


無言で休憩になる。
元々こいつらは言葉が少ない。
もっとオレに優しく言葉を使って欲しいもんだ。
大体シェイルもだ。
いつの間にかスキンに稽古つけさせられることになってるし、
シキガミとかなんかよくわかんねぇままだし……。

まぁ……死んでるより、マシだろう。
……んなことどうでもいいか。
生きてるんだ。オレは――

「うっし……スキン! もう一本!」
「あぁ。何時でも来い」


ガッッ!
模擬剣が土に刺さる。
ちなみに当たるとマジで痛い。
それを避けながら剣をあてに行くがまだ微妙に当てることが出来ない。

――そういや、試したこと無いものがある。
シキガミに限らず、戦女神に気に入られた奴等には技を教えてくれるらしい。
その中でもオレについた長剣の戦女神オルドヴァイユ(覚えるのに3日かかった)から教えてもらった技は
特殊な術式で型が連番になっていて、順番に使ってその真価を発揮するらしい。
オレが教えてもらったのは2つ・・


「一式――!! 逆風の太刀っ!!」


オレの模擬剣を中心に風が巻き起こる。
風が相手の体を引き寄せて更にオレの剣で斬る。
オレに預けられた必殺の一撃――!

しかしスキンはそれに踏ん張って耐える。
この逆風で動かないなんて流石だ……!!

だが!!

「二式!!!」
「!?」
「突風の閃きっ!!」

止まっている敵に叩き込む神速の一突き。
スキンの模擬剣は真っ二つに折れた。
ここで勝敗は決した――。
カラン、とスキンが模擬剣を落とす。
「――なんだ、お前もうそんなのが使えたのか」
「はっはっは! なるべく使わないで勝とうと思ったんだけが
 どうしても引き分けからかわらねぇしな。
 たまには勝ってみようと思ったわけだっ」
いやいや気分がいいぞっ!
あまり感情の見えない顔で俺を見るスキン。
それが仕方なさそうにそっぽを向くとポツリと喋った。
「ふん……約束だからな。お前が俺に勝った日、それが――」


「旅立ちの日、だ」

そして、オレ達の旅立ちが決まった――。









村に戻ってあらびっくり。
女性の方々が一人も見えない。
「アレ? なんで?」
この疲れを癒す最高の薬だというのにっ!
「あぁ……恐らくアレだな」
「アレ?」
「お前は知らなくていいさ。どうせこれから村を出るなら関係のないことだ」
「言われたら気になるだろ?」
「気にするな」
「ちぇ。わーったよ。で、何処に行ったんだ皆は?」
「お前、人の話を聞いてたか?」

「じゃぁいーや。帰ってくるまでもう少し相手してくれよスキン」
「まだやるのか?」

「あぁ。まだオレは本気のスキン・・・・・・には勝ってないだろ?」

「……ふん、少し待ってろ。代えの剣を持ってくる」
彼は自分の家へと入る。
薄々と気付いていたことだ。
スキンは本気じゃない。
剣を振り回す力は本気かもしれないが初めて戦ったときの気迫と比べると明らかに足りないものがある。
それは、本気ではないということだろう。

程なくしてスキンは家から出てきた。
「コレを使え」
オレの足元に投げられた長剣。
――真、剣?
銀色に光る刃。
使い古されたロングソードだが、十分な頑丈さが輝きから伺える。



「おい、これ……」
そういって振り向いた先にはスキンが剣を構えていた。
それは彼が愛用する真剣――確かバラグラムと名を持つ黒の真剣。
一番最初に戦ったときに、オレに向けられた剣だ。
「どうした、剣を取れ――死ぬぞ」
「ば、バカ言うなっ! オレはだな……!」
「俺から行くぞっっ!!!」
オレの言葉を聞かずにスキンは思いっきり斬りかかってくる。
――っ! クソ!
オレは剣を持つと初撃を後ろに飛んでかわす。
そのままためらわずスキンから距離を取って体勢を整えた。

シュゥッッ!!!

大剣を振り回すのに、その音は細身の剣を振り回しているかのように速く、短く響く。
この剣で受けたら、間違いなく数撃で折れてしまう……!

シュキィンッ!! ガシュッ!!

なるべくオレの剣を弾かせるように剣を振るい隙を見る。
――っ緊張で手が滑りそうだ。
握力を総動員して剣を握り振るう。
ドクドクと体を巡る血がオレの動きを明確にさせて、
今までにないぐらい冷静にその動きを見ていた。

大剣な限り、彼は剣を大きく振るわざるを得ない。
速く剣が振れると言っても、振れた後の減速、
斬り返しにどうしても隙が出来る……!
だが切り返した後の振り抜きがばかみてぇにはえぇっ!
オークならではの力技。
だが、それは理にかなっていて強いのだ。



ガッッッ!!! ギィィィィッ!!!

――っ! しまった……!!
オレは剣の根元でスキンの剛剣を受け止めて――!
「うおおおおおあああああああああ!!!?」
ぶんっっ!!!
その振りぬきとともにまた大きく弾き飛ばされた。
また宙を舞い大きく弾かれる。
凄いことに今度は家の屋根の上辺りまで飛ばされている。
あーくそっっ! 今度こそ死ぬってコレ……!




ドッッッガシャンッ!!!

「――っがふっ……っ!」
恐らく壁か屋根を突き破って誰かの家に突っ込んだ。
背中から走った衝撃は、オレの死に際に良く似ていた。
が、今度は体の方が頑丈だったらしく、背中が痺れただけで全身の感覚はあるみたいだ。
「げほっげほっ! ち……またかよっ」
なんとかならねぇかな……あのバカ力……。
ん……? まてよ……さっきからあの剣筋……。
目の前に浮かぶスキンの剣筋。
それはオレに――。
「あっ!! おっしゃわかったぁ!!!」
オレは瓦礫の中から立ち上がる。
ところどころから血は出ているが大きな傷は無い。
背中が痛いといえば痛いが木をぶち抜いただけなのでまだマシだ。

やる気に顔をにやけさせて剣を取った。
――小さく紫電が剣を走る。
オレはここから出るために辺りを見回し――た。
「――あん?」
そして、異変に気付いた。



「…………貴様、何故ここに居る」
シェイルがオレを睨みつけていた。
しかしそんなものには構えず彼女の姿に魅入ってしまう。
「――っどU――あ¥づ!? @!?」
ドッ! そんな音がしたと思ったらオレの鼻血だった。
言葉にならない。
その絶景はアレだ。一糸纏わぬ美女達がここに並んで座っている。
おい、何だここは……!!!

楽園パラダイスか!?

ゴッッッ!!!

シェイルの拳に弾かれてオレはその小屋からはじき出される。
ちなみに何が起きたのかわからなかった皆!
オレは天国に居たよ!
もうそれだけで十分だろ!? だろぅ!?
オレの目の前にスキンが立つ。
「……お前あそこに入ってたのか?」
「あぁ……お陰さまでな……コレで心置きなく死ねる……」
オレは今までで一番いい笑顔をしているんじゃないだろうか。
そのぐらい心穏やかにハイテンションだった。
「……アホか。お前、今日はだなぁ、この村の聖印を大婆様から受ける日だ。
 体に印を直接書くから女は女だけで集まってやってたんだよ」
普通入ったら殺されるんだがな、と物騒なことを言われる。
「さぁ立てタケヒト。先に殺しといてやる」
「へっ! 後にも先にもバッドエンドかっ! どうせなら後にしたいね!」
オレは即座に立ち上がって構える。多少前かがみに。
鼻血は拭いた。いや噴いた。
顔は歓喜に震える。少し歪に笑ってる。




「……すこし落ち着けお前」
「……少しだけ待ってもらっていいか」











ズッ……

剣先が地を擦る。
一瞬の隙も逃がさまいと針の先を見るように集中する。
額から一滴、汗と血の混じったものが流れる。
スキンも大きく横に構える。
恐らく、最後だと思う。
スキンと戦うのも。
今まではオレの技を出すような隙を見せなかったスキン。
それを、どうやって崩すか、だ。
たった一つだけ方法がある。
剣からの距離が最大で切り返しになる瞬間。
その瞬間を狙う――!


そして、オレの一歩が踏み出された瞬間、全てが早送りのように始まった。

スキンから2歩オレから3歩で間合い。
オレは迷わず突きを繰り出し、スキンに剣を弾かせた。
そこから――オレの懐が大きくあいた状態になり、スキンはそこに思いっきり剣を振るう。
それをしゃがんでかわすと同時に回転し、二撃目を繰り出す。
「一式、逆風の太刀!!」
「――!?」
それは本来立った状態で静止して、居合い斬りのような格好で斬るものだ。
オレは最小の姿勢から風を巻き起こすと、下から上に斬り上げる。
「二式……! 突風の閃きっ!!!」
「フン……! それはもう見せてもらったぞ!!」
そう、先ほど模擬剣で見せた一撃――胸を狙っての一直線の一突き。
「!?」
――オレの一点集中の真価は、本物の剣で現れる。

ヂリ……!!!

走る紫電がオレの剣を覆いつくす。
「う、らああああああっ!!」
「ぐぅっ!?」

ガギギヂヂヂッッ!!

剣と剣がぶつかってオレの放つ紫電がスキンの剣に走る。


「――貫けッッッ!!」


バチィッッ!!!
雷撃が剣を延長してスキンの胸を貫く。
「――っかっ!」

「甘い!!!」

ギンッッッ!!!
オレの剣はスキンによって弾かれる。
もう折れてしまいそうな剣が悲鳴を上げる。

耐えてくれ――コレが、最後なんだ。

オレの剣を弾いた瞬間、オレは体をスキンの懐に入れていた。

「――な、に?」

純粋にスキンが驚いた顔でオレを見る。
全て捨て駒だ。この瞬間のための。この一撃のための。

「やあああああああっ!!」




オレは――スキンに勝利した。






「あぁ、おめでとうタケヒト。最悪だ」
スキンの手当てをしてシェイルの家に戻るとすでに彼女が戻っていた。
「ひでぇなっ! なんか感動の欠片もねぇなっオレは命がけだったってのに」
オレが言っている間も彼女は何か色々と準備をしている。
「あぁ。命がけだぞ。これからも」
そういってオレを振り返った彼女の眼は本気だった。
「はぁ?」
「とりあえず準備をしろ。早く。一刻も早く!」
クワッと剣幕をかえてオレに剣とカバンを投げてよこす。
「ど、どうしたんだよシェイル?」
「どうもこうもあるかタケヒト! お前のせいだぞ!」
「だから何がだよっ!」


「タ〜ケ〜ヒ〜ト〜♪」
そこに訪れたのはこの村の女性の面々。
普段表情の無い彼女等が不思議な笑顔を纏っている。
「あ? どうしたアルフ……ミレニアにマルテラ……てかみんな?
 あ、今日のアレ事故だぜ? スキンにぶっ飛ばされてさー」
あっはっは〜と本日の爆弾回避を試みる。

ちなみに全員に叱られても仕方無いなぁとも思っている。
流石に全員から殴る蹴るの暴行を受けるとなると逃げたくなるが……。

「んーん? いいのよ〜タケヒトだし?
 スキンも倒したみたいだし、申し分ないわ?」

アルフがポッっと頬を染める。
意外な反応にオレは首を傾げて彼女を見た。
何が申し分ないんだ?
「……っ! タケヒト! 行くぞ!!!」
そんなオレの耳を引っ張って外に連れ出すシェイル。
「いでででっわーったって! 引っ張るなっ!」
オレはつれられるまま外に出る。
するとオレ達の周りを全員に囲まれる。

「……シェイル。わかっていると思うが――」
シェイルに立ちはだかるミレニア。
「煩い。黙れ。コレは私のものだ。もうこの村は出る。全て忘れろ」
何故かいつも寡黙で表情を露にしないシェイルが焦っている。
「そうはいきませんわ? だって掟ですもの」
そして俺を見てやはり赤面するマルテラ。
なんなんだ?
「そんなものとうに廃れた風習だ。いいから退け」
シェイルはそんな二人を強く睨む。
「いいえ。私達はそれを守ってきたはずよ?」
「今更、知らないとは言わせないわ」
「貴女が無理矢理彼を連れて行こうというのなら――アタシ達が相手になる」
何がなんだかよく分からないまま置いていかれている。
話しかけようにも女ばかりでしかも殺気立ってるときちゃぁ話し掛けると逆にとばっちりを食いそうだ。


「……く、ははははっ!! 良いだろう――全員まとめて相手してやる……!!」

オレの首根っこを掴んでシェイルが引っ張る。
そして彼女等から数歩離れて――

「コレは、私のものだ」

――乱暴に、オレと口を重ねた。


呆気に取られたオレを突き飛ばすと彼女は両手に術式行使の光を湛え、
女性の一団へと突っ込んでいった――。








それが大痴話戦争、と言うのに気付いたのは、幸輝たちとあってからの話――。


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