閑話『喜月の旅 前編』

*キツキ





「きーーーーーーーーーーー
 つーーーーーーーーーーーぅ
 きーーーーーーーーーーーーぃぃぃ!!

 遊んで!」

バサァ!!

彼女の背中の羽が大きく開いた。
そのままパッサバッサと4枚羽ばたかせて強風を送る。
「うるさい。勉強中だ。ちょっとまて」
そんな台風にもめげず、本を持って目を離さないキツキ。
法術の入門書……ならかわいいものなのだが、キツキが読んでいるのは上級書物だ。

「いーーいーーじゃーーんーー! もうずっと読んでるよ?
 本だよ? ティアわかんないよ? 楽しくないよーー!!」

ずっと思っていたことがある。
もしかしてあの小箱はティアのわがままのレベルアップを助けてるんじゃ……。
それがそうだとすると鬱になる。
まぁだがそんな事は無いだろうと自分に言い聞かせて数十日。
そろそろ諦めと言う言葉も見えている。

「えええい! いいからあと少し待てよ!」
こんな時は、ちゃんと我を通す。
甘やかしてばかりも居られないのだ。
知らない世界で頼りになるのが自分だけだと苦労が絶えない。
知識を得るには本を読まなければいけないし、
技術を得るには世界を歩き回らなければならない。
――マジ大変だ。




一通り本を読み終わった頃には窓に腰掛けて膨れっ面しているティアが居た。

「読み終わったぞ」
「ホント!? ……あ、ちーがーうー! ティア怒ってるんだよ!」
言った瞬間すっごい笑顔で振り向いたがまた膨れっ面に戻る。
「うらっ」
その頬っぺためがけて指を突き出す。
「ぷ。あはっ何す……ちーーーがーーーうーーー! ティア、誤魔化されないもん!」
ちょっと構うと凄く嬉しそうな顔をするティア。
だがすぐに膨れっ面に戻る。
いつもならもう忘れてる頃合なんだが……。
今回は結構長い間無視していたためちょっと根が深いみたいだ。

「……はぁ、しゃーない。ケーキ食いに行」
「ホント!!? ティアね! さっきおいしそうなお店見つけたよ!」

まだ言い切ってないっての。
凄い食いつきだなほんと。
「んじゃ、金やるから行って来い」
「いや! いやだ! キツキも行くのっ! 行くの!」
腕をつかんでズルズルと俺を引き摺るように歩く。
しょうがないと溜息をついて彼女に従うことにした。







限りなく上機嫌なディアと街を歩く。
出会った時は言葉も喋れなかったこいつが――。
今はどうだ。わがまま言い放題のじゃじゃ馬娘に育ったもんだ。

――たったの数週間でこの状態だぞ?

実質彼女は凄いと思う。
喋る言葉は数日で覚え切ったし、世界の理や輪廻については俺より詳しかった。
何となく、出会った時を思い出す。



――それは、翼人の町近くに俺が落ちて2日たった日。

こちらの世界に呼ばれた意味も分からずただ生きるために過していた。
通常俺達は祭壇に行かなければそれぞれの神に会うことは出来ない。
だが――
俺の場合は特殊だった。






『キツキ――』

「……ん?」
誰かに呼ばれた気がして振り向く。
だが俺の名前を知っているような奴は周りには居ない。
翼人達の町の酒場の一角。
俺を助けてくれた親子の経営する酒場だ。
飯にもありつけたし、仕事もくれた。
その酒場の主人は今は厨房で仕込みだし、娘さんは買出しだ。
俺は厨房の手助けのため材料を運んでいる途中だ。

『キツキ……』

また……聞こえた。
「……誰だ?」
『――! 聞こえるの!?』
「…………またかよ……」
コレと同じ現象に一度出合ったことがある。
姿が見えない。触れられない。
声だけが聞こえる。
『嘘っやだっそんなっ! あああのっ!』
予想外なのかよ。
「……独り言になるな……ちょっとまて。どっか――」
「あ、キツキ君ただいまっ」
そこに丁度買出しに行っていた酒場の娘さん、フランが帰ってくる。
俺より年上のお姉さんで、俺を拾って手当てしてくれた人だ。
親父さんが豪気な人でフランさんはかなり姉御肌に育ってしまったらしい。
貰い手が居ないと親父さんが嘆いている。
結構な美人で人気はあるみたいなんだけどな。
俺は別に心配するほどでもないと思うけど。
「あ、おかえりフランさん。……俺ちょっと出かけて来ます」
「ん? どうしたの?」
首を傾げて俺を見る。
「いえ……ちょっと用事思い出して」
「ふふ。記憶が戻ってきたの?」
ちなみに俺はベタな事に記憶喪失扱いだ。
「そんなところです」
『ねぇーーー! はーーーやーーーくーーー!」』
俺には聞こえてしまう声。
恐らく他の誰にも聞こえては居ない。
「……はいはい」
「へ?」
思わず反応した俺にフランさんは驚く。
「あ、いえ。んじゃちょっと……」
「え、あ。うん……行ってらっしゃい……?」
フランさんの横をすり抜けて俺は酒場から飛び出た。




「――あん? キツキはどうした?」
ドンッ! と包丁が鳥を裂く。
やけに筋肉質で髭を生やした豪気な主人が本日の仕込みを行っている。
酒場は夕方からの営業で夜遅めに閉まる。
宿の経営は平行していないので、楽と言えばらくだった。
「何か思い出したって出て行っちゃった。ちょっと様子がおかしかったけど」
対して華奢で美人なフラン。
強気そうなつり目に勝気な笑顔、それと男勝りな性格が彼女だが、
どう見ても親子とは思えない。
「あーあぁ。折角男前拾ってきたのによぉ。とっとと貰い手探しとけよ?」
「うるさいわねー……! 帰ってくるかな……ちょっと出て行くって行ってたし……」
フランは少し心配げに窓の外を見る。
「帰ってこねぇよぉ。男だからなぁ! ぐははははっ!」
「もーパパなんかと一緒にしないの! キツキ君真面目だし! 頭もいいしいい子なんだよ!?」
そこまで言って自分の言葉に頬を掻くフラン。
必死でフォローしたのに気付いて気恥ずかしくなったからだろう。
「なんだぁ? 気になるなら追いかければいいだろ?」
簡単に父親はそんなことを言う。
「簡単に言わないでよ。アタシが居ないとお店が潰れちゃうでしょー!」
「はっはっはっは! ちげぇねぇ!」
豪快に笑いながら仕込みを続ける。
「も〜〜……」
――もし、ママが居たら――……行ってたかな……

母親は数年前に病に倒れていた。
仕事ばっかりで男の寄り付かない生活をするアタシ。
そんなアタシの目の前に落ちてきた少年。
カッコよくて、意外と力があったりとか、頭が良かったりとか。
ちょっと無愛想だけど、優しい。

全然、会ってから時間が経ってないけど――たぶん……。



「…………パパ、ちょっとだけ、出かけてきていい?」
「あぁ。惚れてるなら意地でも連れて帰って来いっ」
「……バカっ! 行ってきます!」





俺は小走りに人の居ない場所を探して身を潜めた。
「……ふぅ。ここなら大丈夫かな」

『もういい? 大丈夫? いいの?』

なんていうか鼻息荒い感じだ。
「何を焦ってるんだよ……」

『うん、聞こえるって思って無かった! 凄いよキツキ!』

その声だけの存在は俺に語りかけてくる。
「アンタ誰……もしかして幽霊か?」
どっかの誰かみたいな……。

『ううん! 違うよ! こっちの世界では加護神って呼ばれる存在でね、
 黄金の加護神ランスフィールド! よろしくね!』

「あー……わけ分からん……」
ランスフィールドって大層な名前っぽいな。

『うーん……うーんと、そこはルアン・デ・セインだよね?』

おー悩んでらっしゃる神様。
「あぁ……そうだけど……」

『じゃぁ祭壇に来てよ! その方がまわりも気にしなくていいよ?』

「祭壇って何だよ……」
俺にはさっぱりなんだが。

『祭壇って言うのはね、本来神様の声を聞く場所なんだけど、
 キツキはなんだか特別みたい。
 町のルアン側に教会があるからそこに行ってみて!』
「ルアン側……?」
『も〜! ルアンって言うのは地図で見ると下側!』

なんか切れてるし……神様かホントに?
担がれてるんじゃないだろうな俺。
「南か……」
『はやく! お願い!』
「あーわかったよ……」
声が消えて俺は建物の影から出る。

南……何処だ?

結局俺は人に聞くことにした。
「すみません、教会ってどっちですか?」
「あぁ、教会はそっちに真っ直ぐ行けば見えるよ」
真っ直ぐ指差された方向を確認すると頭を下げる。
「そうですかありがとう御座います」
礼を述べて俺はまた小走りに走り出した。

――なんか、変だ。
俺は死んだはずなのに……気付いたらこんな世界で――。
プラングルとか、色々聞いたけど全然分からなかった。
その中でさらにこの怪奇現象だ。
もうどうにでもなれ。
まぁ何か聞くなら――こいつに問いただしたほうが早そうだ。
そう直感して俺は走る。

意外とすぐにその教会は見つけることが出来た。
「啓示がおありでしたか。それではこちらへどうぞ」
入り口の人に、祭壇の話をするとすぐにその場所へ案内してくれた。
良くわからないが豪勢な扉の前に立たされる。
「……ここですか?」
「はい。後は貴方が押し開けるだけです」
俺は首を傾げて半信半疑でその扉を押し開けた――。









世界が、変わった。

「――……は?」
『改めて初めまして! ようこそ黄金の神子ランスフィールドの祭壇へ!
 遅いよキツキーー!』

相変わらず、声が聞こえるものの姿は見えない。
「……そこにいるのかランスフィールド?」
『うんっいるいる! まぁもうチョットこっちに来てよ〜』
俺は祭壇の玉座の手前まで歩く。
不思議だ。
空間が全て黄金で出来ておりしかしそれは眩しくも無く、
ただ威厳と重さを感じるものばかりだった。
『ごめんね、声を出しても届かないと思ってたから伝えるのが遅れちゃった』
「……まったく、あんたが俺をこんな所に呼び出したのか?」
『そうだよっ貴方はランスを救う王子様に選ばれたんだよ?』
勘弁してくれ……と天井を見上げて溜息を吐いた。
「聞くけど……なんで俺はこんな世界にいて、何をするためにここに居るんだよ?」
『わ! すっごい的確に聞くんだね!
 いいよぉランスが教えてあ・げ・る☆』
ウゼェ……




そしてそのままこの世界プラングル……そして俺がシキガミだということ、
そして神子の存在を聞いた。
それがお互いに戦う運命にあるのだと。
俺はあちらの世界に戻ることは出来ない……。
さらにランスが神様だと聞いたのだが……保留しておいた。

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