閑話『希銀“虹”』



「ハァ? 里に帰るだぁ?
 何だついにチチが恋しくなったか?
 色んな意味でな! ぷはははッ
 ゴハァァァ!」

 豪快に地面を滑るのは黒髪隻眼の無名である。
 無名を語る彼に名はなく、しかし存在はする彼をナナシと呼ぶ。
 かつて名を名乗った彼は侍であった。
 が、その偉大さの欠片も見せないこいつは本当にそんな肩書きを受けていたのか謎である。

「んなわけないデス!
 本当に失礼極まりないデス!」

 こんなのでもシキガミ。
 思わず溜息が出る。
 一緒に旅をするようになってもう長いがいつまでも失礼だ。
 慣れてから失礼というものならあると思うのデスが最初から失礼な奴なんて最悪だと思うデス。
 本当に……この子供みたいなやつのお守りは大変だ。
 また溜息がでた。

 イチイチ口を出すだけであって別段異議は無いようで特に何も言うでもなくついてくる。
 本当に一言多いその言動だけ何とかすれば多少はマシだというのに……。多少は。


「ふむ。ならついでにコイツも研いでもらうか」

 ナナシが腰に付けていた剣を抜いてその刃をまじまじと見ていた。
 その剣は自分の父親が作った最高の作品の一つ。
 黒耀を装飾とし、白銀の刃をひらめかせる細身の長剣。
 ナナシの要望を聞き入れた曲線の美しい剣だった。
 たまに、ナナシが呼ぶときはカタナ、と言っていた。

「その剣は研ぐ必要は無いデス。
 ラグナメタルで作られているうえに、術式保護が掛かってるデス。
 刃こぼれなんて滅多な事じゃしないはずデス」

 ラグナメタルというのは、金属の中でも稀にしか取れなかったり、錬成が難しかったりするものである。
 例えばミスリルやオリハルコンがそうだ。
 ミスリルやオリハルコンは採掘量が本当に少なく、加工もかなり難しい。
 いつの時代にも天才が居るが、その天才の百人に一人が生涯に一度加工に成功出来るか、と言ったところだ。
 だからその武器を手にする人は大抵高名になる。
 戦女神より賜る事もあるが、その確率は錬成より低い。
 レアメタルからさらに錬成技術の進んだドワーフにしか造れないものもある。
 それは自分達一族の誇りであるし、それが生きる術にもなっている。
 現にナナシの眺めるソレも曇る事も欠ける事も無いはずだ。

「刃こぼれしない、ねぇ……」

 フォンッッ!!

 道端の石岩に向かって一筋軽く閃かせる。
 岩を斬った音、と言うのは微塵も聞こえなかった。
 しかし、パキっっと破片が飛んで、ストン、と斜めに岩が崩れた。
 ――もちろん剣だけではそんな事は出来ない。
 剣の曲線を上手く使った剣の振りや、それを成す速さ、力が必要だ。
 そういえば酔っているこいつに剣の師範だった、と聞いたきがしたが嘘じゃないのかもしれない。

「ほれ」
「ほれって……全然わからんデス」

 確かに凄いのは分かる。
 正に斬った、というこの切り口。自然に任せていたならこんなに綺麗に平たくはならない。
 そして明らかに尺の足りないところまで切れてる不思議。
 こいつの感性を時々疑ってしまう。
 だが、剣士として喋っているコイツだけは悔しいが正しい事が多い。
「ぷは。それでも鍛冶屋の娘かっ」
「わ、悪かったデスね!
 キアリは剣を作った事は無いんデス!」
「ぷっはっは。何、ぶっちゃけそんな期待などしておらん。
 さぁてとっとと行くぞ」
「ちょ、ちょっとっせめて何が違うか教えるデス!」
「その岩の端っこのほうとかよーくみてみるがいい」
「端?」

 うぬぬと唸って眼を凝らして岩の線に沿って視線を動かす。
 そーいえば、その切り口の振り抜き前辺りで少し岩ががさついてるかもしれない。
「こ、こことか、デスか?」
「おっわかるじゃないか」
「マジで言ってるデスか!? これの何が悪いデス!?」
「だから刃こぼれのせいだと言うに。
 しかしさすがドワーフの眼よな」
「褒められてもあんまり有難いと思えないデス……」
「ぷっはっはっは」
「でも刃こぼれなんて、どこでやったんデス?
 そういう無茶な振り方は良くないデスよ!」
「あのなぁ。主は己が何と戦って居るのか知っておるだろう?
 八又の大蛇も巨大亀も己の敵だ。
 その表皮の硬さは主の頭も目では無いほどだ。
 よもやソレを斬っておいて欠けぬというのもおかしい話だ。
 労わってはおるさ。だが試練のせいでそろそろ無理も押し切らねばならん」
「うぅ、いつも馬鹿の癖にこういうときだけは妙に説得上手デス……」
「女を口説くには口先も必要だしなっぷはは!
 ああ、主は例外だ。色んな意味でな!
 ゴホォ!!」

 ナナシが舞う空は爽快な晴れ模様。
 洞窟暮らしだった自分に天候の変化、気温の変化というのはとても新鮮だった。
 まぁドワーフはあまり外に出ようとする種族ではない。
 地下でも作れる野菜はあるし、土中にも家畜が居る。
 当然水も存在する。だから外に出る必要はなかった。
 ナナシが来てから、ずっとそういった外の世界の新鮮さを感じる。
 彼から聞くここでは無い世界の話もとても面白い。
 二人ではじめて歩く世界も、当然楽しい。


 自分達が居たのは大都市アルクセイドから7日ほどのイストという小さな町だった。
 大きな湖があって、水の神殿と言われる大きな建物もあった。
 ナナシも割りと好んだ町のようで上機嫌で歩いている。
「しかし平和な街だった。メシが美味いしな」
「ですですっ。
 でもちょっと神殿が……」
 折角神殿があったのに祭壇へと行く事ができなかった。
 自分の情けなさに溜息が出る。
「ぷっはっは! まぁ無理も無い。
 浮かぶための脂肪がかけらもみあたらんしな!」
 酷く面白そうに笑ってぽんぽん頭を叩いてくる。
「うるさいデス! キアリだってスキでカナヅチじゃないデス!」
 ――そう、自分は全く泳ぐ事ができない。
 どうやって浮けばいいのかサッパリである。

 外に出るようになってそのスキルはより一層必須になった。
 というか、外に出て初めて泳ぐという事を体験した。
 ナナシが居なければ何度溺れ死んでいたやら。
 筋肉だらけで浮きそうに無いといえばこいつだって同じなのだが、自分を抱えてスイスイ及ぶ事も出来る。
 何度か練習に泳いだが結局上手くはなっていない。
 水が嫌いと言うわけではなく、普通に泳ぐ事ができない。
 そうであるならいずれは何とかなるとナナシは言うが。

「ああ、そういえばあそこの神殿は特殊なようでな、水の中で呼吸が出来た」
「え゛!? そうなんデスかっ!?」
「ああ、良く考えれば主でも入れたな。ぷっはっは!」
「言うのが遅いです!
 別に急用があったわけじゃないデスがなんでそういうことを黙ってるデス!」
「ぬ。今回は良いと言ったのは主だろう?」
「だっ、がっ……! ん〜〜っ……! 悔しいデス!」
「かっかっか!」


 そう、今回何故故郷へ帰る事になったのかというと、イストの町で不穏な噂を聞いたからである。
 アラン地方で戦争が始まった、と。
 アラン・ゾ・グラネダという国がある。
 自分の記憶のうちに出来た国で、何でもシキガミが作った国だとか。
 新しい国ではあるが軍事に強く、急速な勢いで発展した国。
 その国が戦争をしていると言う事は実は珍しいのである。

 グラネダという国は戦争に協力するという国であって、自国自体は戦争を余り行わなかった。
 好戦的ではあるが、ただその行為による同盟国や交易国は世界一だと言われている。
 ――まるで、竜士団のような国なのだと聞かされた。
 その全てを自分の目では見たことが無いので御伽噺じみたものではあるのだが。
 そしてその国はアルクセイドと同盟国家である。

 アルクセイドにはエル・パースメンという大きな橋が架かっている。
 ドワーフが作った最大規模の橋で、何が起きても二つの大陸を繋いでおく為にドワーフが総力を結集して作ったものである。
 その橋自体はグラネダよりも新しいものであるがアルクセイドは古くからそこに立つ大きな国である。
 その希望の橋を建設する代わりに、自分達ドワーフは彼らの元に住み食料などの提供を受ける事になった。
 自分の故郷はそう、今はアルクセイドの真下に――

 ドワーフの里、レクチャ・ガーデンがある。

 グラネダは味方だ。国同士が仲がよく、敵に等回る事はないと言われている。
 そしてグラネダの支援を得る事が出来るアルクセイドは安全を約束されたようなものだ。
 グラネダ自体が戦争をしているのなら尚更案ずるほどでもない。
 ――でも、何故か戻らないといけない気がした。

 ガーデンには父がいる。
 母は自分を産んですぐに死んだ。
 自分を育ててくれた父はレクチャ・ガーデンの片隅でひっそりと生きている。
 お父さんは有名な鍛冶の主である。



 昔話になる。と言っても自分の昔なのでそこまで古い話ではない。
 自分もそこで暮らしていたし、父が剣を作っているのをずっと支えていた。
 お父さんは生真面目な性格の鍛冶屋の主だった。
 毎日決まった時間に寝て、決まった時間に起きる。
 必ず職場を掃除してから朝食を食べ、仕事を始める。
 ひた真面目に生きて、ひたすらに剣を作る父であった。

 自分はというと店の番を来る日も来る日もやっていた。
 外に出る事は無かったが外からの客と言うのは多かった。
 そのお客のお話を良く聞いていたので外の世界事情には少し詳しくなった。
 父が高名になった理由はどうやら“シキガミ”という高位な人がその剣を使っていたかららしい。
 そのシキガミを自分は知っていた。
 お父さんが気に入って、自分の傑作の剣を渡した人物である。
 その時に自分も一緒に居たので知っている。
 その人物の名はムト・ハナサキという人だった。
 ムトは長い黒髪の丁寧な言葉遣いの男性だ。
 つまり、今のコレとは正反対の素敵な男性だった。
 ……まぁ自分は案の定子ども扱いを受けていたのだが。
 神子様も素敵な人だった。花のように笑う人でとても仲の良い二人だった。

 ムトは外の世界で救世主になったようだ。
 その剣を大いに役立て、沢山の国を救った。
 父は喜んだ。
 なんせ、その話を聞くたびに見たことも無いぐらい嬉しそうに笑った。
 剣を造るものの一番の喜びだとお酒を飲みながら笑う父。
 全盛だったその時、毎日のようにお客が訪れ、更には外の武器屋から外注まで入った。
 お父さんは毎日遅くまで剣を造るようになり、更に沢山の名剣を産んだ。

 父が渡した剣は精錬の神より名を頂いたアルマ『錬銀の絶華<シルメティア・オーバー>』

 シルバーを更に精錬するとレアメタルのシルメティアというモノになる。
 本来ならそれで剣を造ればかなりの値段で売れる剣になる。
 だが、お父さんはあえてソレを更に精錬することに没頭した。
 そして――完成したのがそのシルメティア・オーバー。
 銀ではなく、花のように色鮮やかで常に虹のような光を纏う剣。
 間違いなく、お父さん生涯での最高の作品だった。

 ――しかし、ある日。
 ぴたりとその注文は止まった。
 お客も来なくなった。
 ――何故。
 武器は常に売れ続けるものだ。
 戦争が無くてもモンスターが存在するし冒険者家業と言う人も多い。
 だから自分は一日店を休んでその理由を探りに行った。
 自分を見るたびに皆困ったような顔をする。
 気の毒に、という言葉を聴いた。
 自分にはサッパリ分からずその意味を聞き返した。

 そして、その剣の現在を聞く事になった。


 魔剣“絶望の虹<シルメティア・オーバー>”を携えた悪魔が世界を壊そうとしている。

 状況が飲み込めなかった。
 確かに、渡して何年か経ったその時、彼が何をしていたか等自分は知りえなかった。
 ただあの人であれば正しく剣を使って、国を救ってきっとあの神子様とどこかで幸せに暮らしているのだと。
 きっと、その人ではない。
 そう思っていたその時。
 その剣の主の名を聞いた。
 元英雄・ムト。
 間違いなく、ムト本人であった。


 父は堕落した。
 財産はあったのでしばらく食うに困る事は無かったが、お父さんは剣を打たなくなり、落ちぶれた。
 無気力に過ごすのならまだマシだったのかもしれないが、酒や博打のおぼれ、財産はすぐに底をついた。

 でも、お父さんは悪くないよ。
 ただ純粋に剣を造って、その活躍に喜んで。
 地下で頑張って剣を打ってきた。
 ひたすら努力して、シルメティア・オーバーを造った。

 そして、大地震。

 地下に住む私達には深刻な問題だった。
 その地震を起こした人物は、なんとムト。
 わたしたちは更にその身を追いやられる事になった。

 地下にはガーデンという単位でいくつも集落がある。
 自分達はそのガーデンを転々とした。
 父は荒れていて働かなかったが自分が働く事で何とか食べる分は稼げていた。
 信用を失い、工房を失い――父は本当に無気力な人になった。
 ただ食事を食べて寝るような。
 荒れていた頃の方が喋ってはいたが、その時にはもう全く喋らず、全く動かないような日々。

 ――願う。もう一度父が剣を打ち始める事を。
 自分は、お父さんを尊敬していたから。
 お父さんは何も悪くない。
 自分は剣主を……シキガミを、憎んだ。


 そんな中、橋の建設にと話が来た。
 ――チャンスだと思った。
 自分達を知らないの知らない人たちの居る土地へ行きまた新たに出発できるチャンスである。
 父をたたき起こして、新しいガーデンへと移住して。
 さらに父を工房に叩き込んで言ってやった。
『とっとと眼を覚ましてシルメティアを造るデス!』
 自分が怒ったことに慌てたのか、お父さんは言われるがままに働き出した。
 そういえば、お父さんに殴られたりした事もあったが自分は怒らなかった。
 お父さんが悪いとは思えなかったからである。
 そして、優れた精錬技術を衰えを見せず発揮したお父さんは橋の材料作りに大きく貢献した。
 中には自分達のことを知っている人も居たが大きなうわさにはならなかった。

 そして、完成したのが希望の架け橋<エル・パースメン>である。

 その支柱となっているのが父の精錬したシルメティア。
 一躍、お父さんはまた名人として名を馳せた。

 以後、お父さんはまた剣を打つ家業を始めた。
 ――しかし、やはり、剣は売れなかった。
 どうやらまだほとぼりは冷めていないらしい。
 ソレでもお父さんは自分に世話を焼かせ続けるのは悪いと、剣を打った。
 それしか出来ないのだと、笑って。

 ――そんな時である。
 自分に、神子であると知らせが来たのは。
 貴女にシキガミがやってくる、と天啓を頂いた。

 正直、初めは迷惑以外の何とも思っていなかった。
 今更である、もうすぐ一区切りの時をを生きようという自分に今更何用かと。
 育つのが遅い自分達のことを考えればそういう速度で産んでおかなければいけないことは分かるが。


 ――が、すぐにチャンスなのだと気づいた。
 同じシキガミである。
 同じような力を秘め、同じような事をする事ができる。

 なら、自分が正義として世界に出ればいい。
 あのシキガミが数年で成したように自分も数年で成る。
 ならねばならない。命の短さを考えれば、そうであった。

 どうであれ、シキガミ自体が悪に染まったものでは意味が無い。
 自分は急いで――確認をする事にした。
 お父さんの剣を振るにふさわしい人物かどうか。

 で、出会ったのがコレである。
 当初、やる気があるのか、とパルメナに問いただした。
 やる気は満々デス自分と同じ口調で答えられた。腹立たしい。

 ――で、その剣を試す機会があった。
 というよりは、自分が慣れない外に出て、モンスターに襲われただけの話ではあるが。
 
 眼にも留まらぬ剣線が何十と閃いた。
 ただ目的のモンスターの弱点だけをひたすら切り裂き、
 得物をしとめる獣の如きしなやかな動きは芸術のようでもあった。
 少し大きな岩のようなモンスターに剣を折られながらの辛勝となった。
 だがそれは素人目に見ても剣が悪かった。
 剣が折れた事に舌打ちをして大事そうに鞘に収めた。
 そして自分の前にしゃがみこんで自分と視線を合わせたナナシはこう言った。

「主よ。死のうと言うのなら己の前では絶対にできぬ。
 己の手の届かぬ遠くへ行け」

 その言葉に利用しようと思っていた事に対して、疑問が生まれた。
 シキガミは、確かに強い。
 ムトも一度は英雄になった。
 そこから何があったのかは分からない。
 聞いている間にそのムトを止めた存在もシキガミだとも聞いた。
 神子と協力して、悪しきを一掃した、と。


 ――結局剣の善悪は、その人の使い方。
 持ち主の意志により振られ、持ち主の意志どおりのことを成す道具なのである。
 気づいた。何故自分達神子に、歌うという形で彼らを操る術があるのか。
 彼らは強い、もしくは強く成る権利を持っている。
 それはいつしか自分たちと対等な立場のものでしか相手が務まらず、また意志さえ沿えばかの悪魔になる。
 ソレを自分達神子は制御しなくてはいけない。
 自分たちは、すでに最強の剣を持っているのだ。
 そう自覚して、剣を振るう彼らを見守り、助ける。

 それが、自分達、神子<ミコ>の役割。

「……ナナシの傍に居れば死なないデスか?」
「ぷはっ当然だろう」

 そう言い切る名も無き最強の剣は、自分の望みに応えてくれるだろうか。

 剣をだしにナナシを連れ、その役割を教えるために神殿へ。
 そして役割を理解したようだが不服そうな顔だった。
 お父さんに会わせようと思ったが――なんと言えばいいか分からなかった。
 実家が武器屋であると言う事にナナシだけが喜々としていた。

 始めは嘘をついて店に入れた。
 客人だと。
 ――そんなものはすぐにバレた。

 お父さんは怒鳴ってシキガミを追い出す――そう思っていたが、違った。
 だまって、そいつが剣を触る姿を見ていた。
「親父よ! この剣を触らせてくれ!
 ふむ! 良さそうだ――あ、コレもいいか?」
 ガキみたいにはしゃぐコイツは次に次にと剣を持つ。
 その剣の利点を聞いては嬉しそうに剣を振る。
 剣が、好きなのか? と、お父さんが珍しく口を開いた。
 大柄なナナシを見上げる父は、懐かしそうにその光景を見ていた。

「ぷはは! 己は剣と生きる侍故な!
 刀が無いのが残念だが、ここならいい剣に会えそうだ」

 馬鹿野郎だ、と自分の印象をお父さんに伝えた。
 確かに、とお父さんも笑った。
 そんなナナシに、お父さんは剣を打とうと言い出した。

 ――自分の門出分も合わせてだ。と。

 お父さんの目に、かつてと同じ光があった。
 それがとても嬉しかった。


 ナナシとお父さんは似ている。
 それは何かにひたすら真面目という点で。
 ナナシの出した注文に答えて曲刀を父は作った。
 ナナシの言葉から設計図を書いて、腕の長さから尺を決めて。
 ひたすら語り合う職人と剣士は楽しそうであった。

 そして父の最高の稀銀シルメティアを使ったカタナ。

 そして、それは再び、アルマとして名を頂いた。
 自分はお父さんと約束をした。
 この剣を駆るナナシと、キアリが正義を成すことを。
 お父さんの剣は間違ったものではない事を証明する。
 自分のたびについてくる事になったナナシは軽く、答えた。

「主がそうであるなら、己もそうしてやろう。
 だが親父、安心しろ。このカタナに誓って己は間違った剣を振らない」



 フラフラと歩くあいつの腰元でしっかりと存在するそのカタナ。

『希銀・虹<きぎん・にじ>』

 ――正銘の刀。
 正に傑作だと父は笑う。
 自分もそうだと思う。
 今まで見たどんな剣より曇りなく輝くカタナである。


 父が心配である。
 戦争となったなら、剣の注文は殺到しているはずだし、忙しくしているはずだ。
 工房に何人か弟子さんも来たしなんとかはなるはずだけど。
 どうもにもこの戦争だけは危ない気がする。

 ――自分達の最後の時が近い。
 だから、会う事も最後かも知れないから。
 自分たちは、少し足早にその道を歩いた。

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