始まりを旅する未熟者達8



「くわあああああああああああああああああ!!!」

 ドォオオオォォ――!!

 轟音が道を切り開き、おれたちは其処を走り抜ける。
 土砂で崩れていく後ろを振り返らないように外の世界へと向かって真っ直ぐ、だ。

 勢いに乗ってその世界が広がる出口へと辿り着いた瞬間トンッと身体を宙に投げてみる。
「ぁうーーーー!」
 少女が世界に手を伸ばした。笑みで満ちたその顔は純粋にその世界を喜んでいた。


「やるじゃんシルヴィア。すげーよ」
「ふふん。ドラゴン様と慕いなさい」
 かっこいいのかどうかは知らないが、彼女は前髪をかきあげならクールに歯を光らせた。
「今のは竜の欠伸だな。アクビームだ」
 うんうん、と彼女と山の大穴を見ながら納得する。くわぁって言ってたし。
「違うよ!? えっ何その凄い納得の名前をつけた見たいな顔!?
 プチブレスだかんね!?」
 がーっとまくし立てて視線でおれをけん制する。アクビームはアクビームである。例外は認めない。そんな大人気ないことを言ってやろうかと思ったところでヴァンツェが肩を叩いてきた。

「そうだぞウィンド。仮に明らかにアクビームだとは言え、列記とした技だからな。
 アクビーム……ぷっ」

 キリッと真面目な顔で言ってたかと思うと小笑いを含んでシルヴィアを振り返る。ギリギリと歯を軋ませていた彼女がぷちっと容易く限界を迎えた。
「死ねえええ! クソエルフぅぅぅ!」
 鬼のように真っ赤な顔で怒ったシルヴィアがヴァンツェを追いかけ出す。それを飄々とかわしながらヴァンツェは笑っていた。

 あの二人は、何か変わった。特にシルヴィアが今剣を抜いていないという所をみると二人は仲直りしたのだろうか。いや、決して仲は良くないのか。
「あうーーー!」
「あっこら、そいつらの喧嘩だ! 混じろうとするな!」
「うー……」

 止められて残念そうに指を咥えてそいつらを見る。あれはまぁ確かにじゃれあっているだけのようにも見えるが風を切ってる音が割かし本物っぽいので近づくのは危険だ。
 不意に後ろを見ると、アリーが空を見上げていた。
 視線の先を追うと、満面の星空が広がっている。

「……星が綺麗ですね」
「だな。でっけぇ月が今日はみえねぇからかな」
 月が明るすぎて星はあんまり見えない。だが月が無いと満遍なく空に星があってキラキラと輝いてみえる。
「そうですね、月が――」
 アリーがそう言い掛けた時に、彼女のスカートの裾をくいくいと引っ張るあの子。そして空を指差してアリーに何かを問う。
「うー?」
「あら、どうかしましたか」
「うーあー」
「うーん。流石にわかりませんね。流石に会話は覚えて貰わないといけませんね」
 そう言ってアリーはその子と同じ視線になるようにしゃがみ込んでその子の手を取った。そして自分を指差して言う。
「……アリー。わたくしは、アリー」
「あいー」
 どうも滑舌もおぼつかないらしく、生まれたてなのは間違い無さそうだ。
「惜しいですっ。でも良しとしましょう」
 アリーはくるりとその子をこちらに向けておれを指差す。
「ウィンド」
「ろ!」
 その子は同じようにおれを指差して笑う。
「ふははは!」

「この子……初め感じていたような嫌な感じは全くしませんね……。気のせいだったのでしょうか」
 アリーは不思議そうにまじまじとその子を見る。
 少し褐色気味の肌は外を走り回る元気な子みたいなイメージを持てる。実際その子は現在でも結構やんちゃとも言える行動派だと見える。
 そいつが何なのか。おれには良く分からない。一先ず今は無害そうだ。それだけ。


 恐らく――盗賊団は散った。結局はどこかで集結してまた活動を始めるだろうがここら辺に現れる事は無くなる。こちらの街の事件は解決と言う事で間違いないだろう。
 盗賊団壊滅はいいが商人の娘を助けられなかった事が悔やまれる。盗品と思われる数点のモノと、この子を明日街に届ければ仕事は終わるだろう。変な事件だった。それだけはおれの中に深く刻まれた。




 夜も深まっている。今移動するのは危険だろう、そういう判断の元、山の中腹にてキャンプを始めた。と言っても殆どモノを持ってきたわけではないので今日は寝てしまうだけだが。見張りはおれが最初で次がシルヴィア、そしてヴァンツェとなった。アリーが自分もっと手を挙げていたがお肌に悪いからダメだと皆で言いくるめた。寝袋にくるまりながら、別のことに役立とうとこっそりと決心しているようだった。
 その日は静かなものでおれも火を見ながらうつらとしていると、直ぐ交代の時間になった。
 シルヴィアはこういうのには慣れているらしく、何事も無く引き継いでおれも木の根を枕にして寝る事にした。毛布はチビに貸している。あの下は布一枚でほぼ真っ裸状態なので仕方ないだろう。
 まぁ正体は追々知るとして、今は寝よう。そう考えてまもなくやって来た睡魔に意識は直ぐに攫われ、思ったよりも疲れていた自分は眠りへと落ちた。







 空も白み始めた頃――。
 ヴァンツェが火を消して息を吐いた。高い木々の見下ろせる山の中腹で、少し空気が薄いかな、と言ってみた。さほど苦しいわけでもないが言われて見るとそう感じる。朝露の乗り始めた草葉が頭を垂れ始めていた。

「さて……そろそろその茶番はやめたらどうだ」

 木の幹に背を預けたままの姿勢で観察対象にそう言った。

「別に殺しはしねーよ……無駄な労力は使わない主義でね。
 ああ、そいつらに手を出すようなら殺さない程度に一生苦しめてやるが」

 どうせ生き返るんだ、色々な毒でも複合させて与えてノアンの氷の大地の果ての巨大なクレパスにでも落としてやればいい。などと恐ろしい事を言いつつも顔は涼しげである。

「ただオレが聞きたいのは賢者の石についてだ。
 アンタはどこまで再現したんだ?」



「――……賢者の石は、未完成……」

 その声はもはや昨日の少女の声ではない。
 その変化を見てヴァンツェ・クライオンは興味深い、と感心する。

「ああ、知ってる。個人じゃないがアンタの蘇生は評価するぜ。もしかしたらサウザンドに一番近い奴になったのかもな。一番の課題は、完全に消された時にどうやって再生するのか? それをアンタは“生まれる”事で回避した。生まれるに至るにも母体を必要とせず、気化組織集合とでも言えばいいか? 蒸発してもかき集めて再生するんだろ?
 しかしそれが出来るんだったら生命共有の意味が無い。個体が完璧ならばなぜそんな吸血鬼まがいの事をするんだ?
 オレが見るに、集合生命となり得たが個人の不老不死には届かなかったと見える。もう一つは対処療法として“やっちまった”生命共有なのかもしれないがな。
 材料は何だ? 洞窟は鉱山地でも無さそうだし盗賊に奪わせた宝石か? もしかして若い娘の生き血なんていう物騒なものが必要なのか?」

「……よく喋る……」

 すっと面倒くさそうに身体を起こした。彼女が子供として寝た後から随分と成長している。年頃で言えばアリーと同じぐらいだろうか。肌が少し褐色で昨日羽織った外套は、既に胸の部分しか隠していない。

「ああ、喋るのが好きでね。
 ――ロードさんとやら?」

 こちらが呼ぶと、ふん、と鼻を鳴らしてタオルを身体に巻きつけて座った。
 キッとこちらを睨むように見てきた。警戒はしているようである。

「……知らない奴に名前を呼ばれるのは好きじゃないな」
「失礼。オレはヴァンツェ・クライオン。流れの術士だ」
「そうか……それで、私は貴方に何をすればいい?」

 体目当てか? と聞かれ、溜息を吐いてヴァンツェは否定した。

「オレが満たしたいのは知識欲だ。美人は好きだが朝っぱらからそんな真似をしようとは到底思わないね。
 蘇生のモデルは?」

 不敵に笑うヴァンツェを警戒はしつつ逃げられないと悟った彼女は少しだけ押し黙った。

「……個人に施しているのは……カーバンクルの宝石を用いた個を完全に記憶させる血液からの肉体再構築だ。“生まれる”とは少し違う。やはり再生でなくては記憶が残らないからな。それに死んだ場合この宝石の効果は生まれない。つまりコレ一つでは不死ではない。
 そして命のモデルはヴァンパイア繁殖系に似ている生命共有だ。これはそちらが言った通り」
「やはりな……」

 プシュー……。
 シルヴィアの頭がケムリを吐いた。馬鹿め、馬鹿が真面目に考えてもいきなり分かるものじゃない。大人しく相手の動向だけ気にしていればいいものを。
 そう重いながら小さく苦笑いをする。

「?」
「続けよう。カーバンクルの宝石か……確かに伝承には色々あったな。賢者の石に一番近いとかな。だがヤツラも生まれながらに法術を使う幻獣だってのに良く捕まえたな」
「……」
「ああ、まぁ石はいい。今の所、再生後の記憶と、成長率がどうなっているかを聞きたい」
「……再生後の記憶は私が今の状態に戻るまでは殆ど無い」
「そうか。再生前は? 完璧な記憶なのか?」
「……完璧ではない。再生するごとに五パーセントの記憶は消える。……記憶を頼りに日記がどれぐらい分かるかをやってみただけだが」
 五パーセント……。幼少の遊んでいた記憶が消えるならまだいいが、研究内容が消えるとたまったものではないな。まぁそれは向こう側の意見で、普通の人間の意見ではないが。
「ふむ、やはり血だけというのがマズイか。記憶は血じゃないからな。じゃぁその記憶の再構築はどうなってるんだ?」
「……わからん。証人がいないからな。……寝ている間の夢だったような気もする」
「睡眠中の記憶の高速再生……? いや、未熟な時のアンタの脳には言葉すら入っていなかったが……」
「……ならば仮説だが一時的に賢者の石が記憶を与えすぎないように持っているのかもしれない。寝て起きたら大体記憶が回復していた、と言うか私には此処で起きた、という記憶以前は無い……」
 彼女すら実験途中。それはとても興味深い。
「アリーに言葉を習った記憶は? ウィンドにへばり付いて遊んだ記憶は?」
 あえてニヤニヤとしながらそれを聞いた。ちょっとだけ驚いたような表情を見せて彼女は首を振る。
「皆無だ」
 フルフルと首を振る。そんな事をしていたのか、と彼女も困ったような顔をした。
「なるほど。段階的に蘇生が進むのか――。最も時間の掛かるはずの肉体の再生に全力を当てその後の記憶蘇生の過程を踏むのか。まて……どうやって気化からの再生工程が発生する」
 肉体の再生は気化後のあの黒い術中としても気化中の再生がなかなか想像に難い。
 彼女は少し記憶を辿るような素振りをして、真っ直ぐヴァンをみた。
「……賢者の石は同じ人間の血を使って作成する場合、その個体全てを一つとしてリンクする。カーバンクルの宝石は全てが同じ形だ。故にその同じ形を再現する為に呪詛が発動する」

 プシュー……ボンッ

「な、何だ?」
「放っておけ。バカが破裂しそうなだけだ――」
 そろそろソイツに起きてしまえと言おうかと思ったが、別のところで問題が発生した。
「ん……っ」

 もう少し話していようと思ったがもう限界だ。アリーが少しだけ動いた。そろそろ時間的にも確かにいつも起きる時間に近くなってきている。
 馬鹿が何故狸寝入りを決め込んだ振りをしているのかは知らないが彼女が手を出さないと言う事は今の所彼女に変な行動は無いのである。ここでアリーに起きられると厄介だ。この後も面倒くさくなる。
 オレは溜息を吐いてその術師との言い合う時間が無くなることを惜しいと感じた。

「ほら、行け。オレは追わない」
「何故……?」

「学者の時間は大事だ。別にアンタの罪が消えたわけじゃないし、これからも何らかの罪を犯すんだろうがオレは裁判官でもないしな。
 ――そうだな、次。次にオレの前で命を使って行おうとしているならそれなりにオレも対応する。今は虫の居所がいいんだと思ってくれていい。
 で、オレはアンタを泳がして勝手に不老不死になってもらおうと思う。どうやらこの研究には物凄い価値が有るし、アンタにはソレを行っていく力がある」

 医学の為に人を解剖する。たとえ死人の身体であっても、それは異端だった。解剖する医学は成果を残すようになり始めて認められた。
 異端であるが正しいことだって存在するのだ。後々に正しいとされるまで何年もかかった。
 そういうことも在る、というだけでこの実験が悪で在る事は今の所変わらないのだが。

 適当に雨避けのローブを引っ張り出して後適当にお金を投げる。
 当面の服代わりと服代金程度にはなるだろう。
「……何故……」
「フェミニストってことでいーぜ」
 それ自体は嘘じゃない。女性には優しくなければエルフの名は語れない。

 興味が有る。だからオレはそういう事を言ってしまったのだと思う。
 本当に訝しい顔をして彼女は立ち上がるとチラリと一度こちらを見た。
 しかし何も言わずふいっと目を逸らして、森の中へと消えて行った。
 二人が起きた時の言い訳を考えながらヴァンツェ・クライオンは手を振った。

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