始まりを旅する未熟者達7


「ちっ! 気味が悪いな!
 貧乏くじだ!」
「本当ですね」

 突如として気絶させたり毒を注入してきた奴らが一斉に回復し、攻めてきた。
 起源回帰<ヴァンパイア・プラント>という効果がある。これはヴァンパイアという種に見られる効果で自分の血族は自分が死ねば死んでしまうが、自分の復活と共に復活させる事が出来る。つまり仲間がやられた事を感知して、その恐ろしい『死から回復する能力』で一度死亡した状態からの強制治癒である。治癒力の高いヴァンパイアが自らの心臓を刺す事で一度死んだ状態となり、その際に発生する再生衝撃<リバース・ショック>と呼ばれる魔法的衝撃によって、免疫力の爆発的増加をさせ全快を望める。
 全部ヴァンツェの受け売りだけどな。
 つまりこいつらは吸血鬼に近い存在らしい。賢者の石というなんらかの術式的加護で連体形の生命を保っているらしい。それもヴァンツェの憶測だが。
 その次から次へと現れるやつらを狭い廊下の中で迎撃している。今不死の盗賊全部となると圧倒的に不利が回る。どうやら先程こちらにやられた事に憤慨しているらしく、良く聞き取れない罵声とともに剣をブンブン振り回してきている。

「ヴァンツェに任した方がよかったか!?」
「それは……残酷です」
「だよなぁ……っと!」

 ズドォ!
 先頭の奴をひと蹴りしてその後ろに居る奴らごと吹き飛ばす。

「……貴方も大差ありませんけど……」
「ふぅ、良心がズキズキうずくぜぇ」
「わくわくしてるんですか? 良心を説きなおしましょうか?」
 キラッと鋭い瞳でアリーに睨まれた。どちらかと言うと前より後ろが怖い。

「オイ、言っとくが、お前らなんかダースだろうが大隊だろうがおれ一人に敵わないからな!!
 来るなら来い! 一人ずつ床に埋め込んでやらァ!」

 ビリビリと怒声を放って言い切った。

 その直後にぺこっとチョップを食らって、発言の威厳が失われる。

「だからそういう事を言って煽ってしまってはいけないのです」
「お前は学級委員長かよ……あー分かったわかったって」

 このお姫様は我侭だ。本当にお姫様なのだから仕方の無い事なのかもしれないが。おれは前方をギラリとした視線で睨んで、ダンッ! と一歩大きく踏んだ。
 ザザッと相手の前線が一歩後退して、構える。
 死なないとはいえ、痛覚はある。痛いものは基本的に身体は嫌がるものだ。故に、容赦ないこちらの攻撃は身に沁みていると思う。引き際を与えるには言葉が少なかっただろうか。
 どちらにせよ判断は神子様任せにする。

「ふぅ……うし、歌えよ」
「はい。では皆さん、ご無事を願います。出来ればお逃げください」

 きょとん、としている者から、ふざけるなと叫ぶもの。様々な反応が出た。
 おれは拳を前に突き出しているだけ。

『果ては知れぬ風が舞う』

 シキガミには心象武器というものが与えられるらしい。
 それは神子による許可が必要で神子が歌う事によって手に現れる。

『碧空の舞台その報せを纏わん』

 不思議な事におれの場合――
 ソレを武器だとは言えない。まぁ、都合が良いとは思った。

『雷鳴と並びたて、風を裂けば雷鳥』

 歌詞は祝詞と言うらしい。リズムは多少ある。
 唱歌というには無骨さを伴うが彼女の歌を聞くのは嫌いじゃない。

『形を表すは、我が理の導!』

 どうもそれは、彼女の武器為の歌らしい。


『霹靂御帝<へきれきみかど>!!』


 だがソレはおれを守る為の“防具”である。
 そしてその歌はおれに戦わせる為の歌だ。

 霹靂御帝は全身防具。黒一色の甲冑のような防具は何故かどれだけ激しい動きをしようと邪魔にならない。個人的に一番ありがたいと思っているのは篭手で、拳を振るときが素手の時とほぼ同じ。革の様な柔軟性が有るが今まで一度も敵の刃が通った事は無い。
 どうやら個人芸に秀でているらしいこちらからすれば願ったりである。無駄に剣を覚える時間とかも無くていい。まぁどの道鍛錬は必要だが脚力と背筋をつけまくればそれなりに効果は期待できる。
 例えば――。

 ボッボッボッ――ダァァァンッッ!!

 拳を三度振って踏みつける。
 目の前に居た誰かが不意に顔面を思い切り殴られたかのようにぐるりと身体を回転させて宙を舞った。そして踏みつけた床はピシィッと亀裂が走りその後もう一度だけ空気ごと持ち上げるような感覚で拳を振り上げる。

 バゴォォォンッッ!!

 即座に天井が崩れ、石が降り注ぐ。おれは被害が来る前に振り返ってアリーを抱えると奥に向かって走り出した。そして直ぐに崩壊が始まって叫び声を遠く感じながらどうやって脱出しようか、と少し途方に暮れた。
 この戦闘、というか、歌による戦闘はおれにとって他人的な感じで見ることが出来る。自分の意志ではなく、どうやら彼女の武器として動いているらしい。コレがおれがアルマと呼ばれる強い武器を持たされる理由らしい。

 だがこの場合、アルマに俺を当てにされて無いだろうか。どうだろう。

「ふふっどうですか。ちゃんと合理的にお引取り頂けたでしょうっ」

 何故か得意げに彼女は言う。物理的に確かに突破に時間が掛かる上におれ達を追うメリットが無いあちらに思考の時間を与えて引いてもらうのはいいことなんだろう。

「ああ、そうだな。おれ等は閉じ込められたけど、相手は諦めるよな」
 だからおれはチョットだけ溜息を吐いて彼女を見た。
「……え、えへっ」
「えへっじゃねーよ。どうやって帰るんだよ」
「もちろんウィンドが掘ります」
「掘るのかよ! しかもおれが!」
「ええ。貴方の拳一つあれば事足ります。山を打ち抜く程度なら」
 彼女の勝算にシキガミの力は存在する。どうやら期待には応えられているらしい。
「貴方が居れば大丈夫です。暗くても。わたくし達は進めますっ」
 にこにことご機嫌に笑ってギュウとおれに抱きついている。
「く、くっつくなっ」
「いいではありませんか。最近構ってくれませんし。わたくしの兵役に応えるのならばこれも立派なお勤めです」
「はいはい」
 それに答えて彼女を下ろすと先を急ぐ事にした。此処にヴァンツェが居なくて良かった。





「おい、アレ……何だ……?」

 事の外事態は難点を迎えていた。土砂崩れを起こした場所から更に奥へと進み一番奥の扉を開け、二人を見つけた時は得体の知れないそれを見届けている最中だった。
 部屋の中はそこそこに明るい。それはヴァンツェの使っている法術のせいだ。部屋全体は何故か丸いものがそこで壊れたかのように半分から奥にかけて球形の空間がある。手前の足場は切り出された石造りの他の部屋と同じような形なのに何が合ったと言うのだろうか。
 しかしそれよりも目の前にあるそれが一番不思議なものだ。アリーがぎゅうっと俺の手を掴んで後ろに隠れながらソレを見る。

「よう、遅かったな」
「おそーい」

 二人と視線を合わせて首をかしげた。
 さっきまでトゲトゲとしていた空気がここにきて薄まっている。この二人が同じ空間に二人きりで存在できるだなんてどんな奇跡かと思った。
 二人の視線は同じ場所へと向かって行った。
 黒くうねるソレが徐々に形を持っていく。
 肉片だったものがずるずると収束して形を持って行っているらしい。それを興味深げに観測するヴァンツェと興味無さそうに欠伸をしているシルヴィアが対照的だった。

「……さぁな。もしかしたら、いやもしかしなくても化け物だろうが、さっきから色々やったが全然壊れる気配が無い。
 燃やしても凍らしても必ず何かの形を再生しようとしてる。もしかしたらコレが始祖なのかもな」
「さっきのヴァンパイア説の続きか?」

 その現象を見てはいるが暇なのかヴァンツェは「そうだ」と頷いて石壁に背を任せると腕を組んだ。

「仮説・賢者の石は吸血鬼の元になりえるか、だ。
 賢者の石っていうのは総じて魔法じみた事を唱える鉱物の総称だ。基本的には原石はそれぞれ普通の鉱物だが人が手を加えることにより魔法的効果を得る事があると唱えられている。
 その手の書物は基本的に出鱈目だが、実在する賢者の石を作ったとされる千書の魔術師<サウザンド>は数世紀前の生まれだ。それが石の力なのか神の力なのかは知らないが多くは石の力だという説が強い――。
 ソレが居るのは事実でオレも実物を見るまでは信じていなかった。エルフの里に行けば百年に一回ぐらいは会えるかも知れないな。誰も信用しないだろうが――ああ」

 ヴァンツェは一瞬だけ眼を閉じてまた観察対象に視線を戻した。

「まぁそれはさて置きだが、賢者の石はいわば反則だ。世界における秩序を壊す。死は絶対でなくてはならない。それにたった一つの小さな石が反旗を翻すんだ。なんらかの反則を用いてその願いを実行する。
 ヴァンパイアの例を用いて、その結果を言うと、命の共有だ」

「命の共有……」

「そう。誰かが居る限り自分が回復する。
 当主が居る限り回復する事が出来るヴァンパイアが一番近い。当主も特定条件意外は不死であるし、アレが現存する最も優れた不死の形だ。起源回帰<ヴァンパイア・プラント>なら毒は効かないだろうが、これはバンパイアより個人に近い命のもち方をしていると見える。痛覚や意志が彼らにはあったように思えるが、ヴァンパイアの場合肉体は死んでいるに近くて意志が有るものは殆ど居ない。だからヴァンパイアの良いとこ取りをして、より多くの奴に不死を提供出来るとなっているだと思う」

 なんというかこんなに饒舌なヴァンツェは初めてみた。理科の実験好きの類だろうか。好奇心が大きい性格だとは自分で言っていたが確かにこの姿を見れば分からなくも無いと思った。

「だとしたら、その賢者の石とやらを作った奴は天才だ。
 それか人生丸ごと捨てた狂人だ。
 まぁオレ達は生きてる生命だ。死なない奴なんてバケモノ以外のなんでもない。
 それは結局誰しも自分以外という排他的な考え方をするからだ。一人一つの命でしかない故に、全員で一つの生命は恐ろしい。

 つまり、生命の永遠を選ぶ事は永遠に嫌われ続ける事を選ぶ事だ。

 それにオレが今こんなにも興味深々なのはなってみてどうなのかを理屈的観点から知りたいからだ」
「どう? どう? みたいな」

 半笑いでソイツを覗き込むと虫を見るような目で見られた。

「バカっぽくやればな」
「瞬時にバカにされたよオイ」
「どう? どう??」

 クスクスと笑いながらシルヴィアに覗き込まれる。

「これほどバカをウザイと思った日はねぇよクソッ!」




 おれの後ろに隠れていたアリーがとうとうアレを見るのをやめた。掴まれている為に彼女が震えているのが分かる。

「あれは……命、なのですか」
「ああ。アレがそいつの努力の結果だ……。
 怖いか? アリー」
「ヴァンツェ……わたくしはアレに嫌な予感を感じます。
 出来ればすぐに此処を出ましょう。
 見るべきではない気がします。
 出会ってはいけない気がします……」

 ぎゅうとまた腕をつかまれる。
 嫌な予感、と言うよりは。ヴァンツェのせいかもしれないが期待があるように感じている。シルヴィアは興味が有るのか無いのか良く分からないが早くして欲しそうにしている。
「……ヴァンツェ、ソレがもし完成したとして、戦闘になると思うか?」
「さぁな。当面は無い。シルヴィアの話だと、ソイツは弱いからな」
「そうなのか?」
「うん。多分だけどね。術士なんじゃない?」
「あぁ……それもそうか。それじゃぁヴァンツェに任せて大丈夫か?
 アリーは退避させたい」
「ああ。構わない」
「街で落ち合おう」
「分かった」
「シルヴィアは?」
「んー……アタシはこっちの決着見学する」
 なんか、変わったなこいつ。
「――そうかわかった。行くぞアリー」
「……申し訳ありません……」

 おれ達はその部屋から去る前に、チラリとその黒い塊をみた。

 ――パキンッ!

 黒い塊が――。液状から、丸い卵のような形に変わった。
 今……目が合った。当然球体に目なんかない。だが確かに見られた――そんな感覚だった。背筋がゾクリとした。
 アリーがより強くしがみ付いてくる。得体の知れない恐怖を感じているのは同じだ。それをいち早く感知したのは彼女の方。それだけだ。
 息を呑んでソレを見守る。ピリピリとした空気の中で全員がいつの間にか戦闘態勢だ。

 そして卵の殻を割るようにペリリっと内側から手が出てくる。

 汗が滴り落ちるような緊張感。

 そこに蘇生したであろうその生命に対しての警戒。

 ぺりぺりと殻を破るのをやめてそしてパキィ! と一気にソレが割れた――。

「――っ!?」


「うーーーーーーーーっ!」



 ……
 ……
 結果としてはヴァンの研究過程は見送りとなったか。黒い塊から生まれたより完全に近い不死は彼にとって大きな衝撃だった。
 しかし生まれたのは始祖だのなんだのと言うには幼く、そもそも言葉も通じない金色碧眼の女児である。見た目には小学校低学年程度。

「はっ!?」
「えっ!?」
「あっはっはっは!」
 おれとアリーは驚きの声を上げ、シルヴィアに至っては笑っている。

「何だコイツ……」

 ヴァンツェは酷くガッカリしたように溜息を吐いた。


 あの緊張感は何処へ行ったのか。おれが見る限りはアリーも警戒を解いて訳が分からないという風にその子を見ている。
 言葉はどうやら喋れないようだ。ためしにヴァンツェが幾つか話していたが全て「うーーー!」と言われて頭を抱えていた。その様子を見てシルヴィアが爆笑していた。
 一糸纏わぬ姿の為、アリーが急いで自分の羽織っていた外套をぐるっと着せた。その様子をボーっと見ているとソイツと目が合ってにこぉっと笑われた。
 そのあとうーうーいいながら抱きつかれたり、おれの周りを走られたりと超懐かれた。
 ……もしかして、最初に目が合ったと思ったのって……。

 溜息を吐いて、おれたちは一先ず、撤収を決めた。


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