第206話『戦女神杯参加(はい)』

 街が活気に溢れる。出店も沢山出ていて、あちこちで聞こえる声。
「大会手続きが済んでいない方は速やかにギルドの受付窓口をご利用ください!」
 戦女神祭は熱気に燃える。ただでさえ暑い街が更に加熱する事によって一層の暑苦しさを演出していた。この真夏の体育祭みたいな感じは嫌いじゃない。
 ヴァンツェ・クライオンに連れられて来たのはお祭り騒ぎ真っ最中のソードリアス。燦々と降り注ぐ光が痛いほどに暑さを作り出す。
 日傘を差すファーナが「此処はいつも通り暑いですね」と空を見上げる。日傘の影に入っている彼女の金色の髪が涼しげに揺れた。少女であり気品を見せる立ち振る舞いが目立ってくる。太陽を嫌うような素振りは見せず、むしろここに居る時は嬉しそうですらある。
 彼女の傍には大きな皮の鞄を持ち荷物を背負っている赤い髪のメイドのスカーレットさんが立っていた。その荷物とは学者のロードさんである。激務を終えたその人は現在彼女の背で爆睡中だ。此処に来る前にロードさんの引継ぎの作業と溜まっていた予約の解消で結局一週間ほど時間を使った。立つ鳥後を濁さずとは言うが、キュア班のゴタゴタを見ると濁さずに飛び立てる訳が無いんだろうなぁと思えた。そう考えるとヴァンの完璧主義が怖いものだと言うことがわかる。
 そして当のヴァンは、俺達に一旦宿を取って待っておくようにと言い自分は宝石商を尋ねてソードリアスの職人街の元へと歩いて行った。俺も行こうと思ったのだが、行ってしまうとスゥさんを宿に案内する人間がファーナだけになってしまう。シキガミの性質上あまり離れて行動するのは危険だと最近やっと気付いたお馬鹿な俺だけれど、分かっている上でやるほど常識が無いわけじゃない。
 と言うわけで此処に来ていた時にファーナ達が使っていた宿に泊まる手続きをと街を歩いた。
 そしてお祭り空気で想像していれば良かったが、満員と言う事で突っぱねられた。

「戦女神祭ですものね」
 ファーナが頬に手を当てて苦笑いをした。周りを埋め尽くす人達の中では空き地でキャンプを張っている人も見てしまったぐらいだ。当然ほぼ全ての宿は網羅されているだろう。青空の下で軽く途方に暮れる。
「そういえば、誰の祭りなんだろ。ほら、戦女神っていっぱいいるじゃん」
 俺が聞くと日傘と一緒に振り返った彼女が微笑んだ。
「そうですね。ラジュエラでは無いと良いですね」
 正直に言えばそれに尽きる。
「ははは! いやラジュエラも前に冗談でやろうかって言ってたけど、結局自分を超えろっていう話になったし」
「あら、戦女神様も冗談は言うのですね」
「結構言うよ」
 特に女性関係については鬼姑の如く苛めてくる。
「戦事にもですか?」
「……急に不安になってきた」
 戦いに関して嘘も冗談も言わない。そういう男気たっぷりな人だった。
 事の真偽は後で考える事にした。

「まぁここいらでウロウロしてても埒あかなそうだし」
「どこかいくあてが有りますか?」
「うん。獣人街だけど」
 言って俺は坂の上を見上げる。陽炎に揺らめく道の先には色とりどりの旗が目立った。いろんな工房がその存在を強調していて工房毎に旗を持っている。一箇所だけ獣人街にその旗が揺らめいている。目指す先はそこだ。
「ああ、あの方の所ですね」
 すぐさまファーナは思い当たったようでくるりとその方向を見た。ソードリアスは山に差し掛かっていて中腹に向かって職人街が伸びている。武器や防具の工房が沢山あって、金槌の音が絶えずどこかから聞こえてくる場所だ。あとガラスの工芸なんかも沢山あって見ていて飽きない所になっている。
「そう。クルードさん元気かなぁ。
 あ、ちょっとだけ坂道になるけど平気?」
 獣人街は町の端の通りになる。クルードさんは元々此処で修行してからあっちの村へ行ったらしい。それでこっちにある今は誰も使っていなかった家を改造して店にするそうだ。
 大通りから入れる道の先の涼しげな広場に店を構える事になったようだが果たして今どうなっているだろうか。
 俺達の視線を追ってからスゥさんは一度背中を振り返った。ロードさんがピクリともせず死んだように寝ている。彼女の見立てだと今日は起きないそうだ。
「構いません。彼女が平和に寝られるなら。
 今少しだけあの木陰が羨ましいと思っていたところです」
 無表情で俺達に付いて来ていた彼女は大荷物なのに汗一つ見せていない。彼女にとっては軽い荷物だ。どちらかを引き受けようかと申し出ても任せてはもらえない。
 ならば少しでも早く案内してあげるのがいいだろう。そう思って俺は獣人街で揺れる旗を指差す。
「あははそっか!
 あそこのお店がそうだから、行ってみよう」

 五人と言う結構な大所帯を迎え入れてもらえないかもしれないが――まぁ、その時はその時だ。
 極論を言えばヴァンがジャンピングスターを使えるのでどこかに飛んでから休むという手すらある。その際にはもう此処に連れてこられる事は無いだろうけど。
 俺達は陽炎の揺らめく石畳の道を歩いてその場所に至る頃には流石に少し息が上がっていた。暑いと体力の消耗がどうしても激しくなる。俺は両腕の袖をまくってボタン全開の状態で、すでに汗だくだ。もう服装が暑いんだってこれ。

 噴水前の広場は閑散としていた。橙と赤と茶が代わる代わるに積まれた壁の家に大きいショーウィンドウのある鍛冶屋クルードという安易なお店がある。あまり人は来ないといっていたがそこそこ人が来ているように見える。カンカンと規則正しく聞こえる音にクルードさんだろうなと予想を立てながら俺はお店に入った。

「しゃっせー」
 気だるそうな馴れきった挨拶と一緒に黒猫の店員が俺達を迎えてくれた。中には二人ほどお客が居てそれぞれ武器を眺めている。
「こんちはー。クルードさんに会いたいんだけど、呼んでもらえる?」
 俺の言葉に黒い猫みたいなその人が訝しげに目を細めた。
「師匠は今仕事中ッス。できれば後にするか要件だけお願いッス」
「そう言わないでよー。あ、自分で呼べば良いか」
「ちょ、やめるッス! アンタ名前は?」
「コウキ! コウキ・イチガミでっす!」
 俺が口癖を撃つされ気味に名乗るとカッとその猫のような目を見開いた。きゅっと瞳孔が締まっていって細長くなる。俺は猫を見るたびに目が一円玉見たいだなぁって思ってた。
「あ、アンタが獣人村の英雄ッスか!?」
「そんな風に言われてんの俺?」
「ちょ、ちょっと待つッス!」

 そう言ってバタバタと工房への暖簾をくぐって走っていった。店番が居なくなっちゃったけどいいんだろうか。ファーナは店の中に入って俺と店員さんのやり取りを見ていたが、スゥさんは外で待っている。
 程なくして暖簾がパサッとめくられる。
「おお! コウキ!」
「クルードさん! 久しぶり! 繁盛してるー?」
「はっは! ボチボチだ。剣の用事でもあるのかい?」
「あっそれもあるよ! なんか適当な剣が一つ欲しいかも。
 でも今日を過せる宿が無いか尋ねてるとこなんだ」
「ああ、ウチ――は、無理だな。
 アルベントん家に泊まってけ。部屋は空きまくってる」
「それクルードさんが決めて良いの?」
「いいんだよ。話は通してやるって」
「じゃあ一応聞きに行こうかなー。アルベントの家って何処?」
「この広場の左手側の坂を少し下った所だ。
 ま、言った手前連れてくさ。
 チップ、ちょっと出てくる」
「うッス!」
 黒猫の人がピンと背を伸ばして返事をする。
 エプロンだけ外してクルードさんは店へと降りてくる。
「外の人もお連れさんかい?」
「うん。スカーレットさんとロードさん」
「また偉い別嬪さんを侍らせて……そんな旅をするようになっちゃったのか?
 行き着く先はハーレムかい? 色男めぇ、へっへ!」
「違うよ!」
「ホント、罪な人ですね」
 ラジュエラもそうだけど、皆そうやって俺の反応を楽しんでいるに違いない。逆に反応してやるものかと意地を張っていると、その俺にクスクスとファーナが笑ってどちらでも楽しいものですよ、と言って店を出た。

 勇者アルベント・ラシュベルの家。大きな戦争で一躍名を馳せた時に、町から贈られたものらしい。アルベントの家は庭付きででかい。ただその庭は世話をする者が居なくて荒れ放題である。稼業故に殆ど戻らないらしいが、町に居る人の手を借りてひと月に一度掃除をされているようだ。アルベントの部屋ですら質素な部屋で、ベッドとトレーニング用の器具程度しか置いていない。
 アルベントは大会に備えて毎日適度なトレーニングをしている状態のようだ。スポーツ選手みたいだなと思ったがまぁ準備事態はそれで正解なんだと思う。心構えはもっと強く無いと死にそうだけど、アルベントは強いからそこは心配しなくてもいいだろう。
 スゥさんはロードさんをベッドに寝かせた後、このうちの中では一番手入れがされていないと言われているキッチンの掃除を買って出た。さすがメイドさんだなぁ、と言いながらも何か遠い目をしているのが印象的だった。
 スゥさんを見送って俺達はどうしていようかと考える。それを見たクルードさんが俺に話を振った。

「そう言えば」
「なに?」
「今アキちゃんが着てるぞ」
「お? ホント!? 何処?」
 というか先に言ってくれても良かったのに、と思う。
「今店の手伝いを頼んでてな。
 大通りで宣伝してもらってるよ」
 ありゃ必見だぜーと言ってクルードさんが笑った。
「へぇー。ちょっと見に行ってみようぜファーナ!」
「はいっ、そうですね!」
 ファーナも嬉しそうに頷く。随分と会っていないような気になる。
「んー。その前に剣の野暮用を聞いときたいんだが」
「あ、俺の剣を一つ見つくろってほしいんだ。
 なんでもいいけど片手剣安いやつ」
「おいおい、剣士のはしくれだろ? もうちょっと剣に頓着しろよ」
「うん。でもお金ないし!
 手持ちで足りなきゃなんか仕事もしなきゃな」
 俺の言葉にクルードさんがはてな、と首を傾げた。
「仕事?
 んー……というか、コウキ戦女神祭に来たんじゃないのか?」
 つられてそのまま俺も同じように首を傾げたが、そのまま横に首を振った。
「えっいや、俺の用事でここに来たんじゃないんだ」
「でもお前ラジュエラ様の加護だろう?」
「えっ、ラジュエラがやってるの?」
 ファーナを見ると微妙な表情で俺を見上げた。そして二人で首を傾げる。
 ひやっと背中に冷たい汗が流れる。アレって冗談だよね。
「そうだって聞いたがな……。
 戦女神の名で祭りをしてるだけじゃないぞ。
 すでにこの街にゃ、赤鷹、大義賊、百花仙が居るって話だ。剣聖もすっとんで来るだろ」
 そうかラジュエラだったのか。
「……赤鷹シェーズって人かな」
「それ以外の誰でも無いのが命名だ。
 それに我らが勇者と新興竜士団の参加が決まってより一層沸いてるんだぜ今」
 振興竜士団はアキのことに違いないだろうけれど、名持ちの人がそんなに集まっているのか。いろんな国に居てそれぞれ大事な役割を持っているって聞いたけど。
「地上最強決選でもすんの?
 アルベントには頑張ってほしいと思うよ」
 とても綺麗な笑顔で言い切った。その戦いは死ぬ。戦争とか目じゃないだろ。死んじゃうだろ!
「おい、自分を外すなってコウキ」
「ほら、誘われてないって事は大丈夫なんだって」
「いやいや、大丈夫じゃないぞコウキは。オレはこれでも心配してやってるんだぜ?」
「ええっなんなんだよ」

 俺が反論の声を上げた所でごそごそとポケットを漁り始める。
 何処にやったっけなーと暫く探したあと、お尻側のポケットから一枚の紙を取り出した。

「最近来た人探し依頼だ。ソードリアスにお前さんの逃げ場はねーぞ。
 ほら。戦女神殺しコウキは必ず参加せよだってよ。やらかしたなぁ」
 その紙を受け取って読んで見ると、参加しなければ指名手配扱いにするという脅し文句も入っている。
「これは観念するしかなさそうですね……」
 覗き込んでいたファーナが小さく呟く。何度読み直しても、同じ文言で指名手配すると書いてある。あれに乗ると、いろんな人に追い回される最低の人生が始まる。

「世の中は俺に厳しすぎるよ!!」

 泣きたくなるほど現実は辛い。参加するかをはいかイエスで答えよ。選択権なんて最初から無い。先生に呼ばれたら予防注射は決まってた。そんな気分だ。
 だって正直これ、出頭しても出頭しなくても最低の印象からスタートじゃん。一方的に悪者呼ばわりされるよねこれ。逃げれば最悪は確定だ。
 文句を言おうにも――、そう大事な事がこれによって明らかになっている。

 ファーナが神妙な顔になって俺を見上げる。
「……ということはラジュエラはやはりあの時」
「やっぱ死んだんじゃんか……」

 たいして驚くことは無かった。去り際に聞いたけど、それは俺を凹ませないための言葉だったんだろう。この一週間は会えなかったし、すでにわかっていたような気もする。いつの間にか覚悟に近い感情は出来上がっていたんだ。
 ただただ、頼りにしていた分とても残念で、懐いていた分悲しかった。
 じわっと、その陽気な大会勧誘文書はぼやけて見えなくなっていた。

 この事を誰かに伝えようなんてしても笑われるだろうか。せめて身近にいる人には話しておきたい。真実を知っている人は必要だろう。ただ俺にも結果がこうなってしまった事以外分からない。
 ラジュエラは一体何の為にこんな事をしたんだ。

 男の涙に価値は無い。流れる前にゴシゴシふいて冗談交じりにクルードさんに笑って見せた。
「ありがとクルードさん。もうすぐさようならかも」
 これ公開処刑通知以外の何でもない。自然と深いため息が出た。最近フォーチュンキラーは使って無いのに……四度目の不幸か? 無くたって大体不幸なのにそんなもの設定してくれなくて良いんだよなホント。
 俺のあんまりな顔をみてクルードさんがカラカラと笑う。
「暗い事言いなさんな。
 後で店に来な、剣は用意しといてやっから」
「お値段の相談だけさせてよ」
「ははっ、水臭い事言うなって。恩人から金はとれねぇよ。
 大会に参加するんだろ? 剣と一緒にもっと有名になってくれ」
「名声じゃないよこれ……」
 普通に凹める程汚名。俺正直に生きてきたつもりなのになんでこんな事に……。
「強けりゃいいんだ。それにお前さんがそんなこと無意味にやったとは思えないしな」
「聞いてよ! 俺ら死亡報告聞いたの今なんだ!」
「そんなこったろうと思った。何があったか話してみ?」

 俺に割り当てられた部屋のベッドにファーナが座り簡易な椅子にクルードさんが座る。俺はあえて立ったままで身振り手振りを交えながらクルードさんに説明しきった。最後の台詞を言うと何故か泣きそうになったけれど、ファーナが代りに泣いてくれていたので俺はまたごしごしと拭ってた。
 俺達の話す経緯をクルードさんは黙って聞いてくれた。
 話を聞き終えてピクピクと小さな耳を動かしてクルードさんが言った。
「なるほどねぇ……お前さんよっぽどラジュエラ様に好かれてたのかね」
「どうだろ……。でも俺はなし崩し的にラジュエラを殺す事になった……」
 正直今でも何が起きたのかは定かではない。メービィに聞いても『何が起ころうと貴方の罪ではありません』と言われたものの結局はこうなってしまっている。
「コウキ、貴方だけのせいではありません」
「いや、こんな不名誉はファーナに被せられないよ」
「ですが……」
「いいんだ。ファーナには感謝してるよ。
 でも俺の師匠だし俺の問題で。これを超えたら多分もうちょっと強くなってるよ」
 主にメンタルで。
 ファーナは申し訳なさそうに俯いた。ファーナの力あっての勝利だったことに間違いは無いそれには心底感謝している。
 起こって無い事を嘆いても仕方は無い。
 旅始まっていきなり立ち込めた暗雲に、俺はため息を抑える事が出来なかった。

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