第207話『合縁奇縁』

 くよくよしても始まらない。持ち前の前向きさは部屋の重い空気を割って、彼はクルードさんに剣の事を頼んでアキを探しに行こうと部屋を出た。
 まぁ一先ずは指名手配はごめんだと言うことで参加はするつもりのようだ。手出し無用となるのでまた自分は祈るだけとなってしまう。武芸の大会とはそういうものだとは言え、力になれない自分は不甲斐無いと思ってしまう。
 しかしどんな事があっても彼の傍を離れようとは思わない。もし戦女神殺しと言う汚名が蔓延ろうとするのならば、それを止められるのは自分だけだ。その時の覚悟をして、言葉を用意しよう。
 そして今コウキがそんな事を気にしなくてもいいように――ただ、いつも通りに一緒に居よう。自分に出来るそれだけの事を彼はとても大切に思ってくれるはずだから。

 ひとまず高台、と言うことで職人街へと少し上って下の街が一望できる場所で街を観察する。
 その景色の中で人だかりのある場所を二人で指差して探していたが、結構色々な場所にある。
 そもそも戦女神杯のお陰で全体的に人が多すぎてここからでは見つからないだろうという結論には至った。さしあたって何処に向かうかを決めるのを此方に聞いてきたので大通りから行ける広場を指差した。
「あちらが広場ですからあそこではないでしょうか」
 コウキが私が指差した方を顔を顰めて見つめた。
「んー。やっぱ人が多すぎてわかんないなぁ」
「そうですね。歩くのが大変そうです。
 ……あのっ」
「ん?」
「はぐれてしまっては、いけませんよね」
「そだね。進みずらそうだし広場も大通り通らないと結構回り道になっちゃうし」
「え、エスコートお願いしますね」
 手を繋ぐ口実など考える必要は無い。手を握ればそれを受け入れてくれるだろう。でもそれをする勇気の無いわたくしは、エスコートをして欲しいと申し出てみた。
「引っ張り回すよっ。
 あ、ファーナ追跡作戦を思い出すなー。
 ほら、アルクセイドで路地に挟まってた所で見つかったやつ」
 素直に受け入れてもらえて胸を撫で下ろす。気にしているのが自分だけというのも少し納得がいかないが、コウキですし。
「あ、覚えています。コウキが近くに居るのがわかったので探したら二人で挟まってるんですから、何事かと」
「考えれば考えるほど無駄なストーキングだったけど。今回もアキ観察日記にしようか」
「ああ、それは面白そうですね」
 あまり良い案ではないのだけれど、やりたいかやりたくないかを問われればやりたいのが子供心である。
 傍目に見守るだけなので害は無い。
「ファーナは服が変わったからわかんないけど、俺はフード被っとくぐらいしかできないかな」
「暑いですしお勧めしますよ。
 貴方の髪のせいもあって日の影響を受けやすいのですから」
「うしっ行こうファーナ!」
「はいっ」

 コウキに手を引かれ、人の多いソードリアスの通りを歩く。
 あまり整備されていない事もあるがメインとなる大通りも言うほど広くは無いのがこの人ごみを作っている理由になる。グラネダやアルクセイドとは比べるべくもない規模の街だが、職人街までの道を無理やり伸ばしているような形でもある。
 一応左右に人の流れが分かれていて、左側をコウキと並んで歩いている。なので手を取ってもらったもののただ手をつないでいるだけの状態になっている。目的の広場に着いたが、アキの姿は見えなかった。もっと別の場所なのだろう。
 もう少し先へと行く前に不意にくいっと手を引かれたので顔をあげると、コウキは出店の方へと顔を向けていた。どうやらそちらへ行きたいらしい。ぐいぐい引かれるのは、嬉しい。それが何故なのかは分かっていないのだけれど、何となく幸福感があるのである。
 基本的にコウキは個人であまりお金を使いたがらないが、人が居るとどうも普通には使うようになるらしい。出店に寄ってアイスクリームを二つ買って一つをわたしにくれる。
「ありがとうございます」
「ふー。人ごみは蒸れて暑いよー」
 袖で汗を拭いながらアイスクリームにかぶりつく。すぐに頭が痛くなったようで頭を押さえて蹲る。
「あ、大丈夫ですか? 急いで食べるからですよ」
「いーて……っはぁ……落ち着いた」
「どうせ買うならアキと合流してからでもよかったと思いますが」
「勤務中は良くないよ」
 目が真面目だ。全く油断を許さない目をする。仕事に対してのコウキの姿勢が正しいのは分かっているつもりだが、厳しすぎるような気もする。
「仕事に厳しいですね……」
 それは良いことなのかもしれないが。少しの休憩ぐらい良いと思うのだけれど。
「まぁそれはそれこれはこれというか。
 お昼も食べてないし、適当にお腹に入れようよ」
 そうか、だから人と歩く時は色々と遊びを入れて飲んだり食べたりするのだろう。メリハリが利くのは良いことだ。
「なおさらアイスは後の方が良かった気がします」
「これは前菜。なんか野菜のアイスだし」
「お野菜だったのですかこれ」
 まだ食べていなかったので味を確かめる為に白く凍りついたそのアイスクリームを少し舐めてみる。
 そんな行儀のよくない事が出来るようになったのはもちろん皆で外に出るようになってから。今でもまだ少し躊躇いがあるのでなるべくスプーンをもらえるならつけてもらっている。
「ん……何か知っている風味がありますが、殆どバニラだと思うのですが」
「うん。キャロット風味ってだけだねこれ」

 土地の狭さ故にカフェスペースも小さい。すでに人が座っていて横にずらりと人が並んでアイスを食べている中、少しだけ移動して大通りから外れる道へ入ってそこで少し立ち止まることにした。
 コウキが食べ終えてからも自分がちまちまと食べて居るのを適当に喋りながら待っていてくれる。アイスはこういうのも意外と美味しくて好きだ。よほど挑戦されたものでない限り、アイスと一緒ならば食べれる気がする。コウキが知っているこういうアイスには芋やセロリといのもあったそうだ。確かに聞くと食べてみたい気がする。
 アイスを食べ終えて口元を拭いた後目の前を颯爽と歩く男の子と、もふもふとした毛皮のついた暑そうな格好でついていく女の子が目の前を通って大通りで出る前に止まった。

「ディオ、待って……」
「おせーよ。早くしねーと登録時間終わっちまう」
「うぅ、というか。ギルドの場所解ってるの?」
「そんなもん大通り沿いに歩いてりゃ着くだろ。たぶん」
「もう……」

 がっくりと項垂れる女の子。確かに探している物があるのに適当に歩いていると言われると落胆したくもなる。この暑さの中を適当に連れ回されるとかなり疲れるだろう。
 陰から見える外の光は日中最高温度。春の緑に反射していれば暖かな光景なのだけれど砂色の世界に光があると暑いとしか思えないものだ。この道の陰から出ることを躊躇している女の子とその子を急かす男の子に向かってコウキ声を上げた。

「ギルドは大通りじゃなくて川沿いだぜー」
「あ……ほら、ディオ川沿いだって」
「まじか」
「あ、そう言えば俺も行かなきゃ」
 例の紙の事もあって直接赴かなくてはいけないだろう。
「そうですね。まず先に行ってしまいましょう。
 良ければご一緒に如何ですか?」
「え、いえでも」
「こっから二番道に出て二つ北側の道から行けばすぐだよ」
 地図を覚えるのも得意になった。地理把握に一歩抜きんでて居たのは実はアキなのだが、ヴァンツェに教えてもらうことにより皆地図の覚え方はかなり様になったように思う。施設名を言われれば現在地からの道は大体言える。
「へぇ、随分親切だな。金なら持ってないぞ」
 不審がられるもの当然で、親切は疑ってかかるのが正しい。けれど親切心を否定されるとやはり少しムッとする。
「お金がほしいならとっととギルドに行って仕事するよ俺は。
 旅は道ずれ世は情け。もののついでだよ、行こうぜっ! 俺コウキ、こっちはファーナ。よろしく」
 コウキのこういうところを見習わなくてはいけないだろうか。受け流す力というか。
 彼が言うのに合わせて小さく頭を下げた。その様子を見た後二人は顔を合わせてうなずいた。少しは警戒を解いてくれたのだろうか。
「ディオだ」
 快活そうな男の子はそう名乗った。癖のある青色の髪の毛が色々な方向に跳ねている。歳はもしかしたら同じぐらいかもしれない。
「……アイル」
 もう一人の女の子が渋々という風に名前を言う。栗毛の長い髪が細かく跳ねているのは癖っ毛だからではない。容姿にはあまり頓着しないのだろうか。
「ディオとアイルですね。
 宜しくお願い致します」
 仲良くするならば笑顔から。一期一会かもしれないが、特殊な旅故に奇縁に恵まれる事は多々ある。打算抜きにしても此方にあつい視線を注いでくるアイルと名乗った子には少し興味が湧いた。自分から女友達は増やすべきだ。何となく自分はそういう方向で奮起して皆で一緒に歩き出した。

 歩きながら二人に話を聞いていた。ここに到着したのは一昨日で一緒に旅をしている人が参加する大会に参加してみたくなったそうだ。
「つか良く参加する気になったなぁ。
 化け物だらけだよこの大会。
 ドッキリ満点世界超人最強決定アブソリュート大戦だぞ!?」
 意味が分からない名前を並べてうんうん頷くコウキ。
「だからいいんじゃねぇか。
 もしかしたらリベンジもできるかもしれないしな」
「リベンジねぇ。因縁のある相手が出るの?」
「ああ、つかそれが俺らの連れなんだけどな」
 どういう状態なのか掴みづらいが仲間だがライバルが居るということだろうか。
「ああ、なるほど。その人は強いの?」
「強いさ。あんた程度じゃ一捻りだな」
「決勝まで当たらないことを祈るかなー」
 コウキらしい答えである。意外と仲が良く話せている二人。
「ま、ソイツ以外どんな奴が出るのかしらねーけどな。
 すげー強い双剣が来るらしい」
 ぴくっと一瞬反応してしまった。だが彼が気付いた様子は無い。今剣を二つ持っている訳ではない。
「まじか。や、剣聖か?」
「んーそんなんだっけ?」
 その子は頭に手を置いたが一瞬で考えるのを止めた。
「ちょっとは興味持てよ! 思い出してよ!」
「いいだろ、全部ぶっ倒せば」
「はっはっは!」
「なんだよ可笑しいこと言ったか?」
「いや、うん。知り合いに似てたんでつい笑っちまった。居たよディオみたいに大雑把な人。大物になるぜー」
「まぁ当然な!」
 シルヴィアみたいだと言いたいのだろう。
 その気持ちはよく分かった。なんだか考えるのを止めたり大雑把に勝てば良いと豪語する姿は確かに似ているような気がする。
 それから二人は仲良く適当な話を始める。シルヴィアが男なら確かにコウキとは良い友人となっただろう。その典型なのかもしれない。

 さて問題はわたくしの方なのである。ここまで二人の話を聞いて居ただけで全然話せていない。だが他愛も無い話でいいからちゃんと話そう。話しづらい雰囲気を出しているのは多分自分であるし。それを自覚さえすればきっと普通に話は出来るはずだ。
 先ほどから視線を感じる方向にわたくしが顔を向けるとさっと向こうは前を向いた。自分の横では顔を伏せ気味で少し辛そうに歩く女の子が居て、少し可愛そうだと思ってしまった。
「暑いところは苦手ですか?」
 声をかけると、かすかにこちらを見て小さく息を吐いた。
「……苦手。暑いところに来たの初めてだけど、ここに来て初めてそれに気づいたの」
「軽装になるか、日傘や帽子を買った方が良いかもしれません」
 まず格好が暑そうと言わざるを得ない。首元まで暑い布がある服はさすがにここでは暑すぎるだろう。
 彼女はちらちらとこちらを見てからはぁ、っとため息を吐いた。
「似合わないから……」
「そんなことはありませんよ。
 似合う物を探していないだけです。
 あとは少し好きな物を集めるようになってしまえば部屋中日傘だらけになります」
「そんなに?」
「わたくしはハマると良くやってしまっていました」
 夢中になると歯止めが効きづらくなる。
 そういうところを見るとお姫様だなぁとコウキが呟くのであまりやらないように心がけている。
「ふ、ふぅん……」
 先ほどからなぜかちらちらと見られる。気になることがあるなら聞いてくれて構わないのだが、それとも何か変なところがあるだろうか。
 ふと思い当って、聞いてみる。
「あ、アイスとかついてます?」
 それだとかなりはしたない姿を晒したまま歩いたことになる。彼女はふるふると緩く頭を振って、じっとこちらを見た。
「……良い匂いがすると思って」
「あ、香水ですか。そんなに沢山はつけてないのですけれど。何処でも買えるようなものですが」
「アタシは鼻が利きすぎて香水屋には入れなくて」
「差し上げましょうっ」
「いや、流石に……」
「ふふ、これ実は試供品として戴いたものなのです。
 瓶が可愛いでしょうっ気に入ったのならば貴女にも試す権利はあります。是非使ってください」
 コウキに一緒に来てもらえば必ずおまけされるのは彼の気質故だろうか。石鹸の匂いのするこの香水はもっともスタンダードな物だといってもいい。始めようと思うのならば丁度良いと思う。
「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて」
「香水は指先に少しだけつて、手首やお腹に付けます」
「おなか?」
「はい。首なんかも付けたりする人はいますけれど臭いをきつめに出したい時だけとかにした方がいいです。温度が高くなると基本的に匂いはきつくなってしまいます。一滴程度をつけておくだけで構いません」
 香水の事を簡単にレクチャーする。なるべく日の当たらない所に保管するように言うと彼女は丁寧に鞄にそれを仕舞った。
 印象は大人しくて素直な人だ。年頃も同じであるし、仲良く出来そうである。

 先ほどから何故か距離を気にしているのでそれを何故か聞いてみた。物言いが直球だ、と軽く呆れられたが観念したように小さく呟いた。
「あ、アタシみたいなのが並んでて良いのかなってちょっと……」
「あら、何故でしょう。わたくしはこの場にそんなに似合わない格好をしていますか?」
「そうじゃないっその、……アタシが同性に言うのも恥ずかしいけど、可愛い人と並んで歩くと比べられるようで恥ずかしいの」
「ふふっそんなこと。
 貴女も十二分に魅力がある方ですよ」
「お世辞はいらないし……」
 此方の言葉には首を振って本当に残念そうなため息を吐いた。期待された言葉ではないらしい。お世辞のつもりはない。民族的に見える衣装は彼女をふわふわとした雰囲気
「そう思うのはわたくしの自由ではないですか。貴女がもしわたくしを羨んでくれたならば、わたくしはそれを嬉しいと思います。
 日々努力を怠らない美学の誉ですから。
 何か聞きたい事があれば聞いてくださいね……急に変な事を聞きますけれど」
 先ほどから気になっているそれが彼女が少し動くとふよふよと揺れる。
「な、何……?」
「その毛玉に触りたいというわたくしの欲求を叶えさせてくださいっ。あ、少しだけで良いですのでっ」
「けだ……ああ、これ? いいよ」
 そう言うと彼女は躊躇泣く頭の飾りとして付いていた毛玉を一つ取りわたくしへと差し出す。
「ああっそんな乱暴に取らなくても!」
 受け取ってすぐもしゃっとした感触がする。手袋越しだけれど結構もさもさとした感覚がある。例えるならルーメンの首元の白い毛の当たりだ。少し短めに切るともふっと広がるあの場所は触っていて楽しかった。
「いいよ。よくアイシェやお姉ちゃんに取られるしすぐ直るし」
「沢山姉妹がいらっしゃるのですね」
 その言葉にまぁ、と小さく頷いて私のほうを見る。見つめられると流石にやりづらいものがある。
 もしゃもしゃともみ倒して一通り満足したので、ふぅっとため息を吐いて丁寧に彼女に手渡す。
「……満足?」
「はい!」
 ああいった単純なアクセサリーはとても人を引き込む魅力があると思う。とくにもふもふの毛玉はいろんな人の好奇心を擽る魅惑のアイテムだ。
「可愛いですしふかふかですし! わたくしはこういうの好きですっ。でもアイルのように可愛く着る事は出来ないです」
 彼女はふるふると首を振って、ちらっと此方を見た。
「……可愛くなるにはどうすればいい?」
 彼女が聞いてきたという事は語っていて良いのだろうか。別に隠しているわけではないがこういった話を語る機会は実は少ない。アキは化粧品を殆ど使わないし、コウキに話してもコウキが繋ぐに困る話題だ。苦労しているんだぞってアピールしてもあざといだけで私の何が変わると言うのか。
 この話に関してはアイリスと買い物をしていた時が人生で一番語った時である。
 彼女の服は全身白基調の毛皮と赤と青の糸でつながれた特徴的な服だ。この地方では珍しいが、コートを着る地方へ行くとそれになりありかなぁと思う。今この状況でこの服は確かに暑そうだしこの場に合っているとは言いづらい。身長は同じぐらい――まぁ、ブーツの分は考えないとして、体型もそこまで違うというほどでも無い。栗色の髪がモサモサと髪飾りで盛り上げられているのでそのせいもあって頭は大きく見える。
「ん……一先ずやってみたい事を試す事ではないですか? 特に髪や服ですね。
 匂い、雰囲気も大切ですが見た目に合う事も大事だと思うのです」
「うーん……」
「あとは想う人が為に美しくなろうと思う事こそが真の美しさです」
 恋する乙女はなんとやら。いつもその努力の姿勢は美しい。結果も美しくなれば尚良し。
「……綺麗事ね」
「綺麗になるためですから。
 でもわたしは正しく貴女に本当の事を並べているまでですよ。
 それでお相手は彼の為?」
「ちがっアタシはっアタシなりに綺麗に成りたいだけ」
「そうでしたか。無粋なことを聞いてしまいましたね」
 とはいえ関係ない訳が無いとは思うので、それも考慮するべきだと思う。
「どうなりたいのか、というのはちょっと大事だと思うのです。
 自分の魅力を突き詰めたい。
 誰かの好みになりたい。
 誰かのようになりたいのか。
 そこまで深く考えている人は少ないでしょうけれど、どれかに属する欲求はあると思うのです。
 まぁ大体の方が一つ目の自分の魅力の追求です。
 香水に憧れたならそれでしょうか」
「そう、かな」
「ならば簡単です。もっと積極的に買い物を。
 暖かいところ用に着れる服を買いましょう。
 やはり服と装備を選ぶのは必需ですよ。
 その後似合うように髪やアクセサリーを付ける事がスタンダードなのでは?
 もっとも変わった自分を体感するのは、服だと思うのです」
「服かぁ」
「いえ、暑いのも服のせいが大きいと思うのです。
 お手伝いしますよ。いえ、一緒に選びに行きませんか? どうせしばらく時間はできると思うのですが」
 前を歩く男性二人は依然としてすでに友人であるかのように話を弾ませている。
 彼らはこれから戦女神杯の試合登録をする。わたくしたちができると言えばその応援だけでそれ以外の時間は暇な時間となる。個々にすることがあるなら別であるが。
「う、うん。いいけど、いいの?」
「はい。むしろ是非にっ!」
 言い終えた時にコウキが後ろを振り返ってニッと笑顔を見せた。
「んお。ファーナがナンパに成功した。イケメンだなー」
 前を見ながら歩かないと危険ですよといおうとしたが、その前に隣からキッと強い視線で睨まれてとまった。
「ウチの奴に変なことしたら張っ倒すぞ」
 ずいっとコウキに寄って睨み上げる。身長はコウキのほうが高いものの、ディオと言う子は顔が整っている分凄めば凄んだ分強い意志が出てくる。
 こわっと茶化しながらコウキが対応しているがふと疑問に思って聞いてみた。
「変な事とは?」
「えっ」
「変な事とは何がありますか。
 わたくしに何をされると嫌ですか?」
「やだファーナそんな事っ」
 とりあえずコウキが両頬に手を当ててもじもじしながら言う。
「コウキには聞いてませんけど、最低ですっ」
「酷い! とりあえず罵られた!」
 私にとっては余りよくない記憶を思い起こすものである。山賊事件は結構危なかった。
「いきなり変な店に連れ込まれて売られたりしなけりゃ別になんでもいい」
「服屋さんに連れ込んで着替えさせる程度の事はしますけれど」
「それはいいんじゃね……あ。ディオがついていく必要がある?」
 ぴこん、と何かに気付いたような得意げな表情でコウキが言う。彼にしてはなかなかいい感づきだ。
「あるかもしれません」
「は? なんでだ。確かに暑苦しい格好だとは思ってたが、ポリシーとかじゃねぇのか」
「動きやすいんだもん。あと山道でも遠慮なく走れる」
 着慣れた服があるならそれが一番だ。彼女の言っている事も正しい。
「服が汚れるのは冒険者の常。
 服を気にして動けなるようではいけません。
 でもそうですね。丈夫で可愛い服がいいですよね。赤い服お勧めですよ」
「ファーナ、なるべく赤押しは控えような?」
「非常に残念です」
 心の奥底からそう思ったので口に出しておく。まぁ人それぞれ好みの色はあると思うのでそれにあわせれば良いとは思っていたのだけれど。
「ディオ、この人達は大丈夫」
「……そうか。ならいい。好きにしてくれ」
「なるほど。これから勝負下着を買いにあぶっ」
「お黙りなさい。服だと言ったでしょう」
 チョップを放つとベチっと嫌な音を立てて顎に当たってしまった。けれどそれで丁度良いと思えるよくない発言だった。反省はしてなさそうな顔で顎をさすりながらどこか遠くを振り返る。
「シィルが居た時はそういうのばっかりだったからなー」
「わたくしにはそんな趣味はありませんっ!」
 確かにシィルは変な下着を選んできたりマニアックな服を持ってきたりと私達姉妹を着せ替えて遊んでいた。それは母の時からそうだったらしいけれど。
「大丈夫か?」
「ちょっと心配になってきた」
 此方をジト目で見ていた二人が小さくため息を吐いた。


 なるべく日陰をと考慮した自分達は建物と建物の感覚の狭い路地のような道を歩く。影に入ればひんやりとした風が吹いて涼しいものだ。川沿いに近くなるほどそれは顕著になる。徐々にアイルもしんどそうな表情は無くなっていった。
 道を二つ横断して最後の路地を抜ける前に路地の先が騒がしい事に気づいた。

「あれ。路地の出口が人で塞がれてる」
 前を見てコウキが言うので私もコウキの横から顔をのぞかせるようにして正面を見た。
 動かない行列のような人だかりがその周辺で声をあげているのがわかった。
「まぁ本当ですね」
 回り道しますか、と聞いたが結局通る場所だから通して貰おうとコウキが言った。
「随分な人だかりだな」
 ディオがふん、と鼻を鳴らして面倒くさいと口にする。
「……あ、アイシェの声がする」
 アイルがピクッと反応して呟く。アイシェとは、恐らく彼女が言っていた仲間の一人だろう。その予想は当たったらしくディオはそれにああと声を上げた。
「アイツらが居んのか」
 人込みをよけれる方向へと歩いて出て、その人だかりを見る。どうやら前のほうで何か見世物をやっているらしい。その時は何なのか全く思い当たっていなかった。
 そして大きく観衆にどよめきが広がったとき――全員の視線が一気に上へと上がった。光をさえぎって何かはわからないが皆懸命に上を見上げている。
 つられて空を見上げれば高く飛ぶ鳥のような物の影を見た気がした。

 青空に滑らかな曲線を描き人型のシルエットを作るその正体に気付いて、ああ、と自然と笑みを浮かべた。

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