第208話『一同会合』


『アキ!』

 どうやらあの影がアキらしいと確信を持ったのは剣を撃ち落とした後にくるくると地面へと着地した彼女が括られた赤茶色の髪を翻した時だ。ファーナと同時に叫ぶと、敵を見つけた時と同じような速さで此方を見た。観客に向かって飛んだあと羽が生えたかのようにぐんっと空中で方向転換をして壁を走るようにこちらに向かってきた。

「コウキさーーーんっ!! ファーーナーー!!」

 彼女が壁を蹴って此方に飛んできたあたりで、視界が真っ黒になって、顔にもふっとした感触があった。
「カゥーーーーーー!!」
「うぷっ!? ルーか!?」
 顔面にいち早くルーメンがしがみついていた。日傘を畳んでおいて良かったとその瞬間ファーナが言っていたのを覚えている。アキはそのままファーナと自分を抱え込むように飛びついてきて、二人で彼女を受け止めた。こうして笑うのは何度目か。人前でこんな事をやるのは後から考えれば恥ずかしい事だが、その時はそれを吹き飛ばして尚有り余る感動が俺達を笑わせた。

「盛大な再会劇ですね」
 落ち着いた声が振ってきて、俺の上からルーメンを取り除く。
「あああ! ヴァンさん! お久しぶりです!」
「お久しぶりですねアキ、お元気そうで何よりです」
「もう探し当てちゃったんですか?」
「いや、ヴァンは初めから自分で出て行ってて一人で帰ってきたんだ」
「その節はご心配をおかけしたようで申し訳ありません」
「いえ。とんでもないです」
 いつもこうやって自然に入ってくるよなヴァン。
 皆が揃うと俺が嬉しい。だから自然に集まってくれるのは凄く俺が救われる。

 そんな俺達を見て、ディオが物凄く言い難い表情で俺達を眺めたあと「お前等がかよ……」と言ってため息をついた。


 目を引くのは露出した肌である。普段は服を着用しているので、今のようにビキニの上半身で動く彼女はかなり新鮮な姿だ。そのまま抱きつかれたのだから観客皆様からは羨望の眼差しを頂いている。ファーナと一緒でよかった。この燦々と降りそそぐ太陽に少し焼かれた肌はより健康的に見えた。ファーナみたいに白いって感じは元々無かったけど、焼けるとやはり褐色になる。そして活発的に見える。
 一瞬みた感想はそんな感じで、後はもふもふした長い毛の空間に誘われた。冬の地方だと良いのだけれど、此処ではかなり暑苦しい。
「お久しぶりですアキっ! 元気そうで何よりです」
 ファーナがぎゅうっと抱きついて、アキもそれに応える。
「あはっひと月長かったねっ。こんなに長いなんて思わなかったっ!」
 ファーナとアキがきゃあきゃあとじゃれる。その姿を見たいのだけれど、ヴァンに抱かれているのに俺をペロペロと舐め続ける金色毛並みのカーバンクルが気になる。
「ちょっとルーゥ? 俺の手溶けちゃうよ?」
 ポフポフと鳩尾辺りを叩かれたのだけれど相変わらずルーメンが俺の手を舐めるのを止めない。仕方ないのでそのまま会話を続ける事にする。
「やーアキはもふもふになったね」
「それルーちゃんのお腹ですから!」
『ししょー! ししょー! ボク頑張ったんです! 本当に頑張ったんですぅぅ!』
 内容は分からないがとても頑張ったらしい。尻尾がぺしぺしと服を叩いているので色々と感極まっているのだろう。仕事をした後はとても甘えたがるが、そういえば俺以外にはあまりそういう事はしない。
「そっかーよーしよしよしっ頑張ったなー偉いぞルーっ」
『はい!』
 バスッと一際強く尻尾が振られて音を立てる。褒めて伸ばすのは大事だよね。結構甘えん坊になってる気がしなくも無いが、こと守る事に於いてはルーメンが一番秀でている。自分の使い方を変わって成長した。それを俺はちゃんと褒めてあげたい。
 ルーを顔面から引き剥がして撫でてやることにする。暗闇から空を見上げるとその明るさに目が眩んだ。
「コウキさんも相変わらずで良かった!」
「アキは色々オープンになったねぇ。ついに皮の装備も要らない境地に突入したの?
 けど俺はいいと思う!」
 上から下まで眺めて頷く。見所が多くて語りづらいけれど、胸には絶対面積が小さいと言える白いビキニ。
「同感です」
 すかさず同意してくれたヴァンと一緒に頷きながらアキをみる。流石に恥ずかしそうにもじもじしてファーナを盾がわりに自分の前に滑り込ませた。
「そ、そんなわけないですよぅっ!」
「アキ、それよりもこの視線どうにかなりませんか」
 舞台のメインだった彼女が此処に居ることで自然と此方へ視線が集まってしまった。ヴァンやファーナ、アキとそれにディオとかもだろうな。これは仕方ないと言いたくなるが集めた本人が解散を明示しなくては人は居なくならないだろう。
「そうですねっあ、締めないと――」
 そういってアキが振り返ると、丁度別の声が響いた。

「はい! 今回はこれで終了となります! 何でも切れる黒鉄剣は獣人街クルードのお店へ!
 そして軽業投擲果ては重い剣もお手の物! 大会ではキュートで美人なアキ・リーテライヌの応援を宜しくお願いしまーす!
 はい、拍手をお願いします!!」

 パチパチパチ、と盛大に拍手と声が起きて視線が集まる。アキはそれに手を振って応えて頭を下げた。
 声の主は分からないがアキと一緒にクルードさんの所の宣伝をしていたらしい。ついでにアキ自身の宣伝も兼ねているのか。確かに回りに味方が増えるのは心強い。まぁヴァースと戦って分かったけど、知名度ってこういう大会に出るとやっぱり大事になる。知ってるから賭けるというのは割と良くある話だ。

「あ、おひねりはこっちにお願いしますね!!」

 上手い方法だとは思ったけど、最後まで中々抜け目無い性格のようでしっかりとバイトをしている。
 解散していく人たちを見送ると、麦わら帽子いっぱいに小銭と札を入れたものにハンカチを上からかぶせてその子が歩きづらそうにこちらへと歩み寄ってきた。杖をついているが足を怪我しているのだろうか。
「うー、お姉ちゃんいきなりはビックリするよ」
「ゴメンねアイシェっちょっと居てもたっても居られなくて」
 少し申し訳無さそうにアキが言って帽子を受け取った。それは手早く布の袋に入れてしまって、ルーメンに持ってもらうようにお願いする。
「見たまんまだね。
 えっと、初めまして。アンシェル・ウィルターです」
 礼儀正しく彼女は一礼した。やはり足は悪いらしい。上手く立てなくてすみません、と杖に頼った姿勢を詫びる。
 栗色の整えられた髪に、大きな瞳が印象的だなと思った。可愛い系の子で、線が細い儚い雰囲気がある。服に皮のコルセットとバッグを持っているのでしっかりした健康的な印象を持てるが、それも辛いのではないかと思えてしまう。
「初めまして。俺はコウキ!」
「ファーネリアと申します。ファーナと呼んでくださいね――あら、そういえば……」
 ファーナがアンシェルと名乗ったその子を見て首を傾げる。
「あ、そうそう。後ろに居るアイルとは姉妹なの」
 そう言うのに合わせて俺とファーナが同時にアイルの顔を見てしまう。
 何を言うでもなく彼女はファーナのほうに視線を合わせて頷いた。姉妹だよということだろう。

「イチガミ超推理タァイム!」
 指を高らかに掲げて軽く叫んだ。その声に振り返るような人はいなかったが皆の失笑を買った。まぁ考える事に関しては大真面目であるのでそのまま考え始める。
 色んなピースが繋がったような繋がらないような気がしてモシャモシャとルーメンをこねくり回しながら考える。
 まずはアイルがアンシェルと姉妹。と言う事は此処まで一緒に旅をしてきたのだろう。そしてディオもそれは一緒と言う事になる。女三人とディオ一人。あとルーメン。全然考えずに結論を出したその結果。
「なるほど……ディオのハーレムか!」
 丁度俺がグッと拳を握って言ったタイミングでスパンと肩に突っ込みが入った。
「ちげーよ! つかとっととギルド行こうぜ」
 良い突っ込みだ。反応速度二重丸。
「あ、そうだよ。ギルド行かなきゃな」
 危うく忘れるところだった。日陰に行った方がいいだろうしそうしようと皆に言う。するとアキが不思議そうに俺とディオを眺めてから、フフッと笑みを見せた。
「ディオと仲良くなってたんですね! 丁度良かった!
 その子を更生させてあげてくださいよ〜っ」
 びっとディオを指差す。その指先を追うようにしてディオを振り返って首を傾げる。
「更生? ディオなんか悪い事してるの?」
「してねーよ!」
「んでディオってアキと知り合い? 俺ディオ達とさっき職人通り降りたとこであってプラプラ一緒にこっちに来ただけなんだ」
「そうなんですか。まぁ、その天狗の鼻をへし折るだけでいいんで」
 秋らしからぬ言葉でにっこりと笑う。なんかアグレッシブな感じになったなぁアキ。でも俺には割と辛辣な突っ込みを入れる事とか無茶振りも結構あったから、本当に年下相手だとああいう感じにるのか。
「うん、なんかアキこの旅で何か姉の素質的な物を鍛えてきた?」
 そうだ、シィルっぽい感じが出てきた。
「そうかもしれませんっ。というかディオは! ……いえ、この話はいいです。
 ギルドですよね。今人だらけですけど本当に行くんですか?」
 秋が指差した人だらけの通りが更に人だかりになっている建物を指差す。この町今本当に収容人数がおかしい。何処からこんな人たちが集まったのだろうか。
「というか俺さ。なんか呼ばれてるらしいんだよ。これ掴まるのかな?」
 心無しか心配なのでヴァンを振り返る。
「ああ、宝石商の方も心配していましたよコウキ。
 戦女神殺しはどうでしょうね。一部の神信仰の方の激昂を買いそうです。
 とはいえ世にある法の内ではないので、貴方を有罪にする事は誰にもできませんよ」
 ヴァンの言葉には少し安心させられた。抗議弁明するつもりではいたが、こんなのどうすれば良いのか少し見当が付かない。ファーナやヴァン辺りが居てくれるなら心強い。このことの経緯に関してはヴァンにも話してあるので恐らく大丈夫なはず。
「そういえば戦女神殺しって書いてありましたね。
 クルードさんそれみて最初凄い笑ってましたよ。
 『コウキは本当に色んな事に巻き込まれる天才だな』って」
 俺だってやりたくてやってるわけじゃないぞー、と少しだけ反論してうな垂れる。だって巻き込まれるんだから仕方ないじゃない。

 一先ずその人だかりへと向かうと、参加誘致の声が聞こえる。その人に何処に並べば良いかを問うと、実はこの行列が賭けの方の割り札を買っている行列と言う事が分かった。
 当日以外に先に決まっている面子に賭けると、少しだけ安く買えるんだそうだ。大量に買って転売する者も結構居るらしいが、差額は十程度の数値なので小遣い稼ぎ程度にしかならない。というか大会やるとやっぱり賭博はあるんだなぁ。まぁ盛り上げる為には必要なのかもしれないが。

 選手登録はあいている隙間からギルド内に割り込んで、そそくさと済ませる事が出来そうだだったのでファーナとディオを連れて受付へとやってきた。
「登録ですか?」
「お願いしまーす。あ、二人分で」
「では此方に氏名等の記入を。
 あとこの契約書をよく読んでサインをお願いします。あちら奥の筆記台をご利用ください」
「有難う御座いますっ」
 二組の紙を貰ったので一組をディオに渡した。ディオは早速それを持ってウンザリした顔を見せた。結構長文が書いてある。それをアイシェがさっと奪い取った所で俺はある事を思い出して受付を振り返った。
「あ、一応。俺呼ばれて此処に来たんだけど他にする事ってあります?」
「ああ、シキガミ様の枠ですね」
「枠!?」
「はい、現在三名のコウキ様がいらっしゃいます」
「三人も俺いんの!? これむしろ俺別に出なくて良いんじゃない?」
「いけませんよコウキ。それでは貴方の疑念が晴れません。偽物を蔓延らせるのはよくありません。蹴散らしましょう」
 キリッとした真っ直ぐな目をこちらに向けて彼女が言う。よくよく考えれば戦うの俺なんだけど、押されてしまう。
「お、おう……」
「一応本物ですので、グラネダの王室印を入れます。
 あ、ですが偽物の受付は続けてくださいね」
『えっ』
 俺と事務員さんの困惑の声が被る。
「曲がりなりにもわたくし達の名を名乗るのです。名を背負う事が如何なる事なのかをその目に焼き付けて差し上げようと思うのです」
 ファーナさんが燃えてらっしゃる。堂々たる物言いは、正義に燃えている。
 結局そのファーナに打ち勝つ事はできなさそうだと判断して早々に書類を書いてここを出ることにした。考えれば俺が戦うと言うのはラジュエラが絡んでいる以上無理な話なんだろうし。
 契約書は命の保障が無い自己責任の場である事、命名偽証が露出した場合の項目もあった。国の法に裁かれるので偽証行為のなんらかの罰則を受けるのだろう。割と命がけの嘘だなぁ……身体を張った三人には心の中で両手を合わせておく。

 どこかで落ち着いて話でも、と言っても待ちは正にお祭り状態で何処にも空きは無い。さらに流石に七人ともなると難しいようなのでアルベント邸へ戻る事を提案した。少々骨は折れるが、すし詰め状態よりはマシだと思う。
 焼け付くような日光を背にしながら、帰りの道を歩く。赤色煉瓦に赤土なこのあたりの風景はやたら暑く感じる。アイルが特に苦しそうで半ばフラフラとしていたのでファーナが並んで少し一緒に傘に入っていた。ディオはアイシェを背負いながらも特に文句は言わずに歩いている。先ほどまでの口調から、一つ文句でも出そうなものだったけれど見直した。
 その様子から気になってアキを振り返って色々聞いてみる事にした。

「ディオとかと何処で会ったの?」
 アキを筆頭に三人の新顔。ディオとアイルは俺達が一緒にここまで連れてきたので知っているが、もう一人がアイシェ。パッと見おとなしそうな二人である。ディオは黙って真面目にしていればちらちらと人目が集まるぐらいに整った顔をしていて、でも通常時はめんどくさいがにじみ出たような表情をする。それで居てかっこいいのがかっこいい奴の特権だけど。アキは俺に一度視線をやってから話し出した。
「クロスセラスの先村です。竜士団が解散した時に何人かでそこに住もうって決めていたらしくて、その村で生まれて育ったのがその三人です」
「おお! じゃあ本格的に竜士団を作るんだなっ」
 今までは竜士団を名乗って活動していただけに過ぎない。限りなく偽物の活動だった。
「うーん。わたしの活動はしますけれど、竜士団は本格稼動をしません。
 コウキさんとファーナの旅が終わるまで、付いていかせてください」
「勿論そりゃ構わないけど、この三人はどうするのさ」
「グラネダに行く途中なんです。アイシェの足を治したくて……」
「おや。あの足は怪我ですか」
 ヴァンと一緒に振り返ると背負われているアイシェが少し頷いた。
 俺は笑った顔を固定してヴァンを見る。
「うーん……できすぎかな?」
「さて。運の良さは遺伝するのかもしれませんね」
 少し首をすくめてそういった。
「えっ何の話ですか?」
「いや、ミラクルタイミングだよ。
 グラネダの神医はソードリアスに居るんだ」

「本当かっ!?」

 俺の後ろからディオが食いつくように言う。歩く方向を変えずに後ろを向いて頷くとディオとアイシェにぱあっと笑顔が咲いた。
「割と死に物狂いで仕事を終わらせてきた反動で、暫く治療は嫌だと言っていました。
 まぁ門前払いされる覚悟も必要かもしれません」
「えぇ、そんなっ」
「彼女は医者ではなくて学者なのです。
 しかもグラネダでの仕事を辞めたので治療するかしないかは殆ど気分次第と言ってもいい。
 グラネダに行って治せといわれるかもしれませんし」
「仕事は強制じゃない限りかなり選ぶって言ってたよね」
「ええ。よほど気が向かなければやらないと思いますよ」
「そ、そんな……」
 アイシェに少し絶望の影が見える。ディオも厳しい顔つきになった。そんな二人を見てヴァンが一度言葉に間を置いてから話し出す。
「ちなみに、神医に頼らずとも怪我は治ります。
 ですが、かなり時間を取ると思います」
「どのぐらいになりますか……」
 アイシェが恐る恐ると言った風に聞く。そうですね、と遠くを見てヴァンは少し黙ったがすぐに結論を出した。
「……治療に一年以上は居ると思います。リハビリはその人次第ですがもっとです。
 しかし、どんな条件も治らないよりは破格の条件です」
 そう。どんな怪我なのかは知らないが、グラネダの医療技術は凄い。身体に穴が開いても完治する。そんな国だと思う。
 その言葉に頷いて、彼女はぎゅうとディオの肩を持っている手に少し力を入れた。言葉にされると辛いものがある。

「と、なれば神医のロードを説得するしかありません」
 辛い空気が流れ始めた所に、ヴァンの声が降って来る。別に万策尽きたというわけではないので諦めてはいけませんよ、と指を立てて二人に言う。
「ちなみにロードさんだとどん位変わるの?」
「彼女の事ですから肉体再生程度なら三日の仕事でしょう」
 ディオとアイシェは開いた口が塞がらないといった風に驚く。
「百分の一かぁ。一週間かけてでも頑張って口説き文句探してきた方が近道かもな」
 単純に一年以内の話ならその期間でその方法を探したほうが早い。ただ此処にいるのが今だけなので今その方法がなくてはいけないが。
「それにまた気を落とさせてしまうかもしれませんが、私が言っているのはあくまで治療にかける時間の話です。それでも貴方達にとって一年と言う時間はあまりに長いでしょうからね」
「……待っていられない。説得って言っても何をすれば良いんだ?」
 ディオがヴァンに聞く。その問いにんーと顎に手を当ててヴァンが悩んだ。それは珍しい光景のように思う。
「情には流されませんよ彼女は。
 お金にも興味は無さそうですね。何よりも研究を好みます。ジャンルを問いませんが学問一筋です」
「えっ、お金駄目ですかね」
 アキがヴァンを振り返って問うが、即座に頷かれた。確かにロードさん、研究以外どうでもいい発言してたなぁ。
「駄目だと思いますよ。食事も興味無さそうですし。
 グラネダに行けばお金があるだけで十分ですがね」
 その話を聞いてアキががっくりと頭を下げた。
「はぁー、わたしなんでグレートワイバーンなんて倒したんだろ……」
「えっ、何その強そうなの」
 俺が聞くとヴァンが普通に感心したような顔でアキを見た。
「強いというか……よく挑む気になりましたね。アレは現存する竜と呼ばれる程のモンスターですよ?
 しかもグレートの方ですか」
「うっぅ、グレートもグレートじゃ無い方もです。
 一回食べられたりしてもう酷い目にあったのに〜!」
「お姉ちゃん、なんかごめんなさい……」
 両腕をわきわきとさせていたアキにアイシェが言葉を搾り出すようにして謝る。心無しかディオも視線を背けてなんとも言えない顔をしていた。
「うぅ、別に皆を責めるわけじゃないよ。
 お金も万能じゃないんだね……」
 頑張った分が報われないのは正直辛いものがある。どうにかしてあげたいけれどあの人の事は本当に読めない。唯一扱いに長けていると思うヴァンもあの調子だ。
「時間と才能と経験と気分で動く誰かさんはお金で買えないですからね。
 ただ治療費の請求自体はされると思います。あるに越した事はありません」

 そんな事を話しているうちに、アルベントの家に辿り着いた。
 道中喋らなかったアイルが限界をむかえ、べしゃっと倒れこんでディオが肩を貸す事になった。少し歩くぐらいなら大丈夫だとアイシェは杖をついて歩く。このままじゃあ確かに結構大変だ。
 椅子の多くある食堂のような場所を借りて皆で一休みする。スゥさんが皆に水を出してくれて、その水は殆ど一気飲みされてすぐになくなった。

「……あつ……スゥ、水ー……」
 俺が丁度水を飲み終えて、スゥさんが白い陶器のポットから水を再び入れてくれている所にその人は現れた。酷く暑そうで額に汗で髪が引っ付いている。ここの気候は昼に寝るのには全く適していない。すでに半日程寝ていた為、眠りが浅くなったタイミングで目を覚ましてしまったのだろう。
「あっロードさんだ! スゥさんありがと」
 新しいグラスに水を注いでヴァンの隣の席に置いた。そこにロードさんが気だるそうに座って一口水を飲むと視線を外さなかった俺に向き直って首を傾げた。
「……なんだ少年。今更私が珍しいか」
「ロードさん治療」
「断る」
「ノータイムで!?」
「……治療は暫くしたくない。君は特に治療何回受けるつもりなんだ? そういうけがあるのか? 変態め」
「俺じゃないよ! 人を治療マニアみたいに!」
 病院はお金取られるだけだしさらに痛い事をやって苦い物を飲まされる行きたくない場所ナンバーワンだ。
「……違うのか? よくリベリオットが愚痴っていたそうだが」
「班長? その節は迷惑をおかけし誠に申し訳ないと思わなくも無いよ。てか俺じゃないって」
「……誰でも一緒だろ」
「どうしても?」
「……どうしても、だ。私は興味がある事以外しない」
「欲しいものをプレゼントするからさー」
 勿論アキが買える範囲のものに限るが。
「……なら貴重な資料か研究材料でも持って来い。話はそれからだ」
「研究材料〜?」
 なんだろう貴重な研究材料って。世界一小さいカエルとかか?
「……シキガミの首とかな」
 ぎらっとした視線が俺に飛んでくる。勿論それはお断りだ。
「えっその目、研究材料として俺に興味がある目なの? 献血ぐらいならするけど」
 献血の経験は結構ある。献血所は憩いの場所だ。飲み食いし放題という天国のような場所で週一回しかお世話になれないのが残念なぐらい俺は大好きだった。
「……なら交渉決裂だ」
 そう言って残りの水を飲み干すと早々に席を立った。

「あぁっ!」
 アキが唐突に声を上げて、みんなの視線を集めた。
「えっ? どうしたのアキ」
「わたし、研究材料に心当たりがあるんです。ルーちゃん!」
「カゥ!?」
 足元に居たルーがびくんと反応した。
「……カーバンクルはもういい……結晶には価値があるが現在欲してはいない」
 アキと目を合わせてその人は言う。アキはフルフルと首を振ってピッと指を立てて口の端を得意げに笑った。
「大丈夫! みんなっわたしたちがやってきた事は無駄じゃなかったっ!」
 そう言ってディオたちを振り返ってグッと親指を立てた。しかし此処では出せないらしく庭へ移動するように皆に言う。
 俺とファーナは顔を合わせて首を傾げて、庭へと出る彼女に続いた。

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