第249話『死』

『おぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

 渾身の――全身全霊をかけた、裂空虎砲を放った。
 色んな人間に背中を支えてもらってやっと届く一撃。
 裂空虎砲は最強だった、それを自分の師匠の前で胸を張って言える。

 傷口から虹色になって霧散して、オルドヴァイユはその姿を消した。
 俺は腹の底から叫んで、その勝利を喜んだ。勝利の雄叫びというものなんだろう。
 叫び終わって、急に世界がひっくり返った。足に力が入らなくなって倒れた事に気づくのに数秒かかった。

 皆が集まってきて、俺を介抱してくれた。呼吸を整えるので精一杯だったので誰が誰かを理解するのは後に回した。とりあえず、よくやったとか、俺を呼ぶ声がたくさんした。
 ただ笑ってた。皆のお陰だ、と口に出せないのがもどかしかった。

 裂空虎砲にあんなに長い時間を使ったのは始めてだ。いつももっと短い時間で術式を発動する。行動は直感でしなければ間に合わない。俺が今までやってきた普通の戦いはそういうものだ。
 全員が揃っていなければ勝てない敵。強大な敵に打ち勝ったその瞬間の気持ちは言葉に出来ない。
 ぶわぁっと体中の熱が体の内側から外側に出てきて、視界がすぐにぼやけてきた。
 皆に呼ばれているが、どうやら一旦回復を待たなければいけないようだ。


 一番近くに居るのは多分ファーナだ。濡れたタオルを頭に置いてるのがアキだろう。近くで鳴いているのがルー。近くでヴァンとキツキが会話してる。その近くでティアが何か叫んでる。いつの間にかタケの介抱に向かったシェイルが倒れたタケに呼びかけてる。タケも大丈夫だと笑っている。四法さんとジェレイドも少し離れた場所で座ってる。
 目をつむっていても感じる。皆がそこにいる。いや、アルベントがいない。

 俺の意志は内側に飲まれていき、急激に意識を失う。
 寝る瞬間がわかるのはものすごく変な気分だった。



 夢枕に立たれる、というか。最後の挨拶というか。
 夢の中だとわかるそのふわふわとした場所で、俺はまたその人に会うことになった。
 恨み言を言うような人達ではない。武器を持っていないその人は、まずはただ笑って手を叩いていた。

『私が負ける日が来るとは、思いもしなかった』
『そう思っててくれたから勝てたんだと思うよ』

 実際、話し合ってもない連携が実現したのは、タケヒトと真面目に渡り合ったせいでもあるし、術者に剣を向けなかったせいでもある。
 彼女が強者の矜持において、剣を向けない者を敵としない戦女神だったからこその勝利。

『奢りは強者の最大の強みだ。しかし弱点ともなる。身に染みた』
『もう勝てないよ。油断をしないオルドヴァイユには誰が何人いたって叶わない』
『はたして、ここに到着した時の君はそう思うかな』
『思わないよ』
『そうだろうと思った』
『道は譲ってもらえるんだよな』

 オルドヴァイユは少し表情を険しくした。
 まだ譲ると素直に言ってはもらえないようだ。

『……この先に世界は無い。
 その白い世界に踏み出せば、君たちはたちまち肉体を失い、消失する。
 よほど自我が強ければ神となるかもしれないが――。
 それは君たちの目的の完遂ではないだろう』

 こんな終わり方なのか。とその言葉を聞いた瞬間に思ってしまった。
 ここは世界の果てで、その言葉を受け入れるとここは紛れもない終わりを表す場所となる。

『神様ってこの向こう側に居るんじゃないのか!?』

 俺は声を荒らげてオルドヴァイユに言った。
 でもその人は残念そうに目を閉じて頭を振る。

『いない』
『じゃあオルドヴァイユは何を守ってたんだよ!!』
『何を守っていたんだろうな』

 その時が一番感情露わにした寂しい表情で少し言葉に詰まった。

『それは……! それは、おかしいだろ……!
 俺はこの先で神様にあって、お願いしなきゃいけないんだ!
 俺がここまで連れてきた友人を助けたいんだ……!』
『戦いに見合った結果を得られるとは限らない。
 結果が見えない戦いはそんなものだ。

 私が最後に君に出せる道標は二つある』

 オルドヴァイユはそう言って指を立てた。

『ひとつ。君が神になり、彼らを救うこと。
 君は永遠にこの世界を見守るものになる。人生とは、かけ離れた無限の世界だ。君は君では居られないが、きっと君がやりたいことはできる』

 そう言って一度目を閉じた後、二本目の指を立てた。

『ふたつ。全員で元の世界に帰ること。
 道は私が用意しよう。君がやったように世界ごとぶち抜いてやる。プラングルまで直通なのをな。
 あとは好きに生きろ』

 俺が作り出した穴はかなり特殊な条件が揃っていなければ出来ないはずだが、戦女神ができるというのなら出来るんだろう。

『だめだ、それじゃあ、神子とシキガミが……この戦いが本当に終わる事にならない』
『神になれば、ある程度その理に近づけるかもな。
 しかしソレをすると、きっと君が人に戻る道もなくなる。
 君はその人柱となるか』
『人柱が神様になるっておかしいだろ……俺は神様には絶対向いてない』
『私は逆だと思っていたがな』
『は!? いや、俺って馬鹿だし! 向こう見ずだし! 無茶ばっかやって迷惑かけまくりなんだよ!』
『別にどうでもいいことだ。馬鹿で向こう見ずとて、その先を見ている神は居る。
 一人ではないのだ。我が神が不明となった後、神々は賑やかな存在になった』
『神様はいるのか!?』
『君が言っているルールに関わる、本当の神は居ない。
 各個人が小さな権限だけを振りかざして、騒ぎながら世界を回している。
 それが現状だ』
『社長が逃げて混乱した企業みたいだな……ってドラマかよ!』
『面白い例えだ。しかしそれに近い。実際、いろいろな物をすり減らしながら神々はこの世界のために力を使っている。
 神々とて疲れる。神々が不安定になった理由はそれぞれあるだろう。
 君はその願いを聞き、その願いのためにここまで来た。

 それはここで、叶えられる。……いや、君が叶えたんだ』

 一瞬何のことだ、と思った。
 オルドヴァイユが振り返って跪く。
 その彼女が跪く向こう側から――その人は現れた。

 金色の髪に、真紅の赤い瞳。着飾っているのか、その瞳と同じ色で作られた真っ赤なドレスが似合う女性の姿。
 俺がメービィと呼んでいた人。
 俺とオルドヴァイユだけだった黒い世界が急に赤い絨毯の敷かれた王座の間に変わった。メービィがいつも座っている席から立ち上がって段を降りる。跪くオルドヴァイユの前を通ってゆっくりと歩み寄ってきて、俺の数歩前で歩みを止めた。
 そこで暖かな微笑みを見せて両手を祈るように合わせた。

『ありがとう御座いますコウキ。
 貴方のお陰で、わたくしはここまで来ることができました』
『メービィ……でも終わりじゃない』
『……この先に踏み込むというのならば……わたくし達も共に参りましょう』
『この先って何だよ』
『神の道へ』
『でもそれじゃあ、逆戻りだ』

 メービィが落ちる道を救ったのに、また神の世界に戻すことはなんだか意味が無いように思えた。

『はい。でも、全く違う世界です』

 そう言って微笑んで少し手を下げた。

『何が変わるんだよ』
『貴方が居ます』
『というか、ダメだ。俺は神様にはなれない。
 言っとくけど本当に向いてないからだめだ』
『では皆で戻りますか』
『ここで逃げたら意味ないだろ』
『ではどうなされますか。オルドヴァイユの提案はどちらもなくなりました』
『一緒に考えてくれよ』
『わたくしができる事はもうありません。
 神格の半分以上、もう融合してしまっています。
 ファーネリア自体は人間ですから、4位以上の神位は持てません。
 この場の神は、貴方なのですよコウキ』
『冗談きついよ……』
『そんな事はありません。貴方はそういう考え方もできる方ですから』

 どこで生きるか、それを決めるのは生きた先でしかわからない。
 ここで神になる道しかないとなれば、正直それを生きる道と決めて行くだろう。

 いろいろ無理をした。
 もしかしたら色んな道理がへしゃげてしまってそれを誰かに押し付けてしまっているのかもしれない。逃げられない責任を背負わなければいけなくなったのだろう。

『そうか……それしか無いかぁ』

 皆と生きる道は諦めようか。
 この先は呪いに縛られている俺だけの話だ。
 俺のため息を聞いたオルドヴァイユは顔を上げ無いまま言う。

『英雄の辛いところは助けてと言えないことだな』
『そんな事はないと思うけど。俺は結構人に頼るぞ』
『……そうか。英雄は君一人ではなかったからな。言えるならばそうすればいい。
 ただ結末が分かっている事を言えないだろう。
 君は君が生きるための道に他の人間を巻き込めない。君以外は“消滅”するだろうからな』

 ここから先に進むと皆は消滅する。確かにそんなの、ついて来いとは言えない。
 自分以外に希望はないと遠回しに言われ続けるのはなんとも悲しい気分になった。
 そんな彼女に振り向いてメービィが言う。

『オルドヴァイユ、楽にしてください。
 それと貴方にもお礼を言わせてください』
『必要ありません。私は何も出来ていませんから、勿体無いお言葉です』
『相変わらず自分に厳しいですね』
『戦女神ですので。言い訳は無用と考えます』
『わたくしは、貴方が一番人を想う戦女神だったと思います。
 だからありがとうございます』

 一瞬、ほんの一瞬だけ、オルドヴァイユが表情を動かした。それは
 しゃがんでいても彼女の顔はメービィの顔の位置に近かったが、その顔を上げることはなかった。そんな彼女の頬に手を当てて、少し抱くようにしたあとゆっくりと離れて俺を振り返った。

『難しい顔をしていますね』
『根本的に解決しない事ばっかりだ』
 全部、都合よく行くようにとは行かない。だから色々、危険を晒したんだ。
 本来の俺達の生存確率を考えれば結構すごいことやたんじゃないのコレ。
『そうですね。神子というのは本来、神々に与えられる罰則です。落ちるのは本来恥ずべき行為。それでも唯一の希望になるものです』
『だから試練とか面倒な事が多いのか』
『その通りです。今全部お話したいです。
 わたくしの全てを知って下さい』
『何を教えてくれるんだよ。早く起きないとファーナが泣きっぱなしだ』
『大丈夫。人の言葉を使わなければすぐに説明できますから』
『それ理解できるの? いや、俺が理解できるかどうかの話だよ?』
『今出来て来ます。やっと話せます。
 貴方にずっと伝えたかった事が。
 この世界の全てが』

 そう言うと彼女は息を吐いて俺を見上げた。
 手を広げた彼女に天井窓から少し強い光が差し込んできてその存在を強調するように彼女の髪が光って見えた。
 神々しいと思ったら神様だったと言って話の腰を折ると怒られそうなので彼女の言葉を待った。

『神々の黄昏、ラグナロクとは』

 そして俺はやっとこの世界の原因にたどり着くことになる。

『そもそもこの戦争が起きている理由が、“我等の神”の不在にあるのです。
 その後継者であろうとするものが幾人も名乗り出ました』
『継承戦争ってやつ?』
 メービィは頷く。
『そうですね。後継者争いです。
 神世界は二つに割れました。
 軍神ランバスティ率いる秩序の軍。
 もうひとつは精霊神メイメント率いる原生の軍。
 どちらにも所属しなかった者は虚構の神として蔑まれました。
 わたくしもその一人です』
『どうしてそうしたの?』
『勿論、我らが神を探す為に。
 実はこの戦い、殆ど精霊位を二分しただけの戦いで神々は思い思いに行動していました。
 そして、罰則を“抜け道”としました』
『抜け道?』
『はい。抜け道です。
 世界中、ありとあらゆる場所に我等が神を探しに行く事にしました。
 人間世界もその対象です。
 もっともあの世界を愛した方ですから。
 故に罰則範囲を広げて、落ちる者を増やしたのです』
『無茶するなぁ……どういう風に変わったの?』
『人の世界に介入すること自体がタブーになりました』
『それってひどすぎない? 反対する人もいそうだけど』
『ええ。実際その反対意見は出ました。しかし、それは実施されました。
 他の神々を監視し告げるという形で』
『複雑になってきた!』
 俺が頭を抱えると、メービィは視線を下げて、胸に手を当てた。
『いえ、結局は役割の押し付け合いです。
 神子を下ろして、旅をする場合、生きられるのは一人だけ。
 リスクが高く、発見される確立も低い……そんな事誰もやりたがりません。
 それに同時期に大量に神子が発生する事は、世界に混沌を招く事になりかねません』
『あーうーん。
 神子いっぱいだと、プラングルでパワーバランスが崩れるってことだよね。
 確かに戦争で神子がよく出るって話だもんね。ファーナも出てきたし』
『はい。そこでシキガミの出番です。
 本来別の役割でこの世界に呼ばれる貴方達ですが、神子と一緒にしてしまう事でお互いの監視、管理をするようにしました。
 貴方は……本来の役割とは離れた事をしていたのです』
『ちょっと待ってよ。初耳なんだけど。
 じゃあ、俺の本来の役割って何なの?』

 俺が聞くとメービィは微笑んだ。

『救世主です』

 やたら満面の笑みになったと思ったら、そういうことか。
 彼女たちにとってはどちらにしても都合の良い存在だったようだ。けれどそちらの救世主の方がより大きな事を背負うことになってしまいそうだった。

『今、本気でシキガミで良かったと思ったよ』
『いえ、同じ事です。
 結局貴方達をばらばらに呼んだとしても、あの戦争に割って入る事に変わりは無く、神子と知り合い、共に旅をしたでしょう。救世主の貴方がたからすれば災厄の元ですから。
 その段階の短縮に過ぎません。
 この世界の言葉で、貴方達を導く者、ドゥークントと言いました。
 貴方達がわたくしたちに正しきを示す導なのです』
『救世主っていうのの仕事が神子を導く事になってたってこと?
 それって結局シキガミ?』
『そうです。偏りをなくす為に強い縛りでペアにしました』
『平等にねぇ……その結果対立が煽られてた訳だ。でも俺達は基本的にシキガミだろ?
 道具の扱いじゃないのか?』
『ルール一つ一つに過程がありますがコウキはそれを説明して欲しいわけではないでしょう。
 つまるところの、ではどうやって貴方がシキガミで無くなり、皆を生かし、生きる道を取るか、ですね』
『それだよ』
『だからわたくしがここに居るのです』
『メービィが?』
『わたくしの最後の仕事は貴方の願いを叶える事です。これは絶対ではありませんが、報われるべきだとは思いますからね。
 カードに残った力の全てを使って貴方を解放します』
『できるのか? 前は駄目って言われたよ』
『方法はあります。
 とても悲しい選択ですが……』
 そう言ってメービィは目を伏せる。
『悲しい選択?』
 俺が聞き返すと、ちらりと俺の方をみて、頷いた。
『はい……その方法とは――』
 彼女の小さな口が、ゆっくりと開かれる。

『貴方を元の世界に戻します』

『法則も管理する神々も違います。
 故に、シキガミとして巡る事の決まったこの世界から外れる事!
 わたくしには……これしか考えられませんでした。
 貴方にとっては元の世界に戻るという考えになると思います』

 突然過ぎて、喜んでいいことなのかわからなかった。
 少し悩んで、頬を掻く。

『……そっか。
 他のみんなもそれぞれそう言う選択をするってこと?』
『はい。もしかしたら残る人間は居るかもしれません』
『でも神子とシキガミのあれやこれが無くなる訳じゃないだろ』
『それは……千年以上続く神々の戦争を終わらせねばなりません』
『ようはメービィの本当の願いの方を叶えればいいんだろ?』
『え、いや、あの……それはそうなのですが……当てもなく世界中を歩いて居るのが現状です』
『見てわかるものなの?』
『それもわかりません』
『どんな状態なの?』
『始まりを知る神々は居ません』
『ホントに? じゃあ、なんで消えた事になってるの?
 神様って時間感覚疎いんだろ? 千年寝てたとかあるかもしれないだろ?』
 俺の言葉に少し驚いたような表情を見せる。しかしすぐに仕方ないという表情になって首を振った。
『奇抜な発想ですね……。しかし寝ることは必要ありません。神は寝ても、声が聞こえないことや、誰かの問に答えないことはありません』
『そうなのか……でも俺は初めに居なくなったって騒ぎだした奴が怪しいと思うけど。派閥のどっちかだろ?』
『はい。ランバスティですね』
 昔聞いたことある名前だ。メービィから世界の説明を聞いている時だっただろうか。戦の神だったと思う。
『じゃあその人だ』
『確証がありませんね……』
『そんなはずがない。
 ランバスティ様は……その考えを明かす事は少ないお方だ。
 しかし我等の神の不在を憂いている事に変わりは無い』
『そもそも神様が不在になった理由ってのがはっきりしないんだ。
 違うにしても、何か知ってそうだよ。そういう情報だって集めないワケじゃないんだろ?』
『それを探すのが私達落ちる者の使命でもあります』
『まさかあの方を疑っているのか』
『話を聞かなきゃいけない人だっていうのはわかったよ。
 帰る前に、それだけやらせてくれよ』

 よし、やることも決まったし、と俺はメービィに近づく。
 それと同時にオルドヴァイユが立ち上がって、俺と目を合わせてから姿を消した。
 オルドヴァイユも相当優しいな。俺と違って空気が読めるというか。あの人は完全に大人な対応をしている。
 自分の職務を全うし、俺達に安全な道を提案してくれた。剣を向けたことは物騒だけれど、根っこは優しい人なんだろうな。
 俺はファーナに手を差し出して、握手をした。

『そろそろ起きるよ。
 メービィは早くファーナの所に行ってあげて』
『はい。コウキ、本当にありがとうございます。
 この御恩はいつか必ずお返しします』
『楽しみにしてるよ』

『あ、あの。最後に――』

 少し上気して赤くなった頬を抑えて、目をそらして彼女は言いよどむ。
 何かやって欲しいのだろうけど、割りともじもじして最終的に言わないのがメービィというか、ファーナの特徴だ。
 待っていようと思ったのだけれど――。

 鋭い痛みが走った。体を突き抜ける痛みに急速に目を覚ました。黒い世界から浮き上がってくるように重いまぶたを上げて目の前のファーナを視界にとらえた。ファーナも俺に額を合わせて眠っている。まだ目を覚ましていない。
 膝枕からずり落ちた。体が震えて、手がソレを払いのけようと冷たい刀身を触る。

『あ、がっ!? え……!?』
『……目を覚ましたか。どうにも悪運の強い人間だ』

 見たことのないその人が俺に悪態をつく。
 俺に突き刺さっているのは大きな槍だ。黄金の槍。
 見たことがある。
 キツキが持っているものじゃない。もっと昔の記憶だ。

 月明かりの下。散る火花。
 透明の双剣と、黄金の槍。

 剣聖と、戦王。

 ああ、トラヴクラハが持っていたものだ。

 しかし持ち主はアキの父親ではない。
 冷たい目をした、何の感情も無さそうな顔で俺を見下している男。
 きっとこいつが――ランバスティだ。

 もう一度その槍で俺を貫くために振り上げる。
 躊躇いはない。驕りもない。

 その攻撃は、容赦なく。俺の心臓を貫いた。

 結局、俺は。

 その先には到達を許されなかった。


 ただ叫ぶ事も出来ず、息を荒らげて、痛みに悶えて――。

 多分、人として。その生を終えることになった。

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