第248話『最鏡』

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」
『滾るなァタケヒト!!』

 パシュゥッ!! 
 風を切り裂く音とともに青い軌跡が踊る。
 青雨はやたらと大きな刀を模しているタケの武器。それをちょうどいいと思える大きさまで肉体の大きさを変えて鮮やかな太刀筋で斬りかかる。
 その太刀筋に驚いたのはオルドヴァイユ自身である。
 今までは力でねじ伏せるように斬っていたタケヒトが、その靭やかさを活かして剣を振るう。
 彼の技量を発揮できるその刀こそ、彼の手に最も相応しい心象武器であった。

『お前もこの中で進化するのか!!』

 須佐乃男の術式を、体を巨大化させるために使っている。内包する力を無意識に外に出しているのだとオルドヴァイユは気づく。
 今この瞬間の為にいろいろな段階を飛ばして強くなる。
 彼女にはそれが楽しくて仕方がない。
 故に惜しいと思っていた。
 見込んだ通りだった。コウキに当てられて進化していく彼は、自分に匹敵する力を持っている。

 あとは未熟でさえなければ。経験を積み上げさえすれば――。超えたかもしれないのに。一撃ごとに練られていく攻撃を感じながら笑い続ける。今ここに誰が入る余地もない。それはタケヒトが作り出している空気だ。間合いに入った瞬間に斬られる。それはビリビリと伝わってくる威圧の中で誰もが感じていた。

 一秒に満たない間ソレを惜しむと、笑いながら全力で一歩踏み出した。
 十秒間一度もタケヒトの剣はオルドヴァイユの剣に触れていない。何度か薄く肉を切られるような瞬間があっただけ。根本的に届いていない。
 踏み込みが甘い、とタケヒトの頭の中で誰かが言った。
 剣術の師であるその人は大剣豪だった。ふらふらと生きているようで、信念だけは貫いて生きていた。ナナシが居なければここまで刀を扱うための知識も技術も無かっただろう。

 この出会いも、全部計算通りというのなら出来すぎている。
 それぞれが出会うことで強くなった。
 イチガミコウキの奇跡はここで終わらない。こんな所で終わらせては行けない。
 その一心の思いが剣を振るう。もう一歩を踏み出させる。
 蹴りこみから紫電を引く縦一閃。双剣をすり足で避けて、最短距離からまた斬りかかる。
 最高の足運びとは、自分が動かなくてはいけない時に必ず動ける位置にあること。相手が何を蹴って攻撃してこようが構いはしない。自分が地面を蹴って最高のタイミングで剣を振りぬく事が剣の至高である。
 足の先から頭の先まで、全てを把握する。蜘蛛の糸のような奇跡的な感覚を信じて剣先までを自分の体にする。
 オルドヴァイユに貰った技は、須佐乃男以外は使えない。同じことができるなら使っても意味が無い。相殺できる手段を何十だか何百だかしらないが、最も自問自答してきた彼女が自分の技に殺される事は無い。
 だから、彼女は笑っている。
 自分の技を使わないタケヒトは殺し合う存在である。

 スパっとタケヒトの額が割れた。鼻の先も血の露を作って、すぐにポタリと雫になった。
 術式の発動の声は聞こえなかったが、何かをしたのだ。振り上げた剣とともに静止して、まっすぐオルドヴァイユに視線を向ける。
 本来なら焦って引く所だろうが、タケヒトはオルドヴァイユを見た。だからオルドヴァイユと一緒の空間が丸ごと見えていた。
 かつて無いほど広い視野にこそ驚いた。剣士の世界に踏み込んで鳥肌が立つ。
 彼女はオレが今一歩でも下がったら溜め込んだ力で一気に突き込んでくる。それはオレごとコウキを貫く程の剛撃。
 それは困る。あの剣を振らせてはならない。踏み込んだ一歩とともに、剣先を彼女の剣の柄に添わせた。

 自分でも驚くほどきれいな一歩で、オルドヴァイユも驚いていた。虚を突いたのだと思う。
 ピタッとそのまま二秒ほど、息もできない空間ができて皆が驚く。
 恐ろしいほどの緊張感の中で試合している。しかしその一歩は結果的に悪手だった。

 迂闊に踏み込む事が日本刀では致命傷となる。基本的に守りの手段が無い。斬るだけに特化すると間合いを計って一瞬に全てをかける剣術の駆け引きが、人を無防備にする。その瞬間を避けて狙うのがまさに駆け引きである。
 左手の柄を抑えたが右手は抑えられていない。電撃に当てられたように剣を引きながら身を翻したが、それは間に合わなかった。
 タケヒトの左胸にスパっと入って走り抜ける。
 振りぬかれた剣が血の線を引き、その傷の深さを知らせる。

 そしてその彼女の右手は中に投げ出され剣とともに海の落ちていく。

『お見事――!』

 ドクドクと血を流しながら膝をつくタケヒトが賞賛を受ける。

 オルドヴァイユは肉を切って骨を断って見せた。

「わりぃ……あとは頼んだ」

 タケヒトは時間の半分と彼女の攻撃力の半分を削った。彼女は脇目もふらず彼の横を走り去る。
 それは賞賛されるべきかどうかは、後に続く人間次第。

 無論それを、無駄にしよう筈もない。



 双頭矛が立ちはだかる。

 無理をしろ。無理をしろ。
 震えを抑えこんで、恐怖を飲み込んで。
 努めて冷静に、氷のように冷たく静かに。この人に対応しなくては行けない。
 一分という時間の半分を作り出したもう半分と言わずとも。
 ほんの一瞬を止めれば、私の本懐とも言えるだろう。

 でも、それを超えなければ。
 今まで見ないで来た役割と、背負ってきた物の重さを理解しなければ。
 命をかけた友人にどう顔向けすればいいのかわからなくなってしまう。

 シキガミとしての覚悟をする。

『退け! 半端な覚悟で立ち塞がるな! 死ぬぞ!!』

 そんな言葉に耳を貸すほど安い覚悟をしたわけでもない。

「もうそんな所はとっくに過ぎてんの!!
 あんたが死ねばいいのに!!」

 武器での応戦で勝てない。まずリーチもあちらが長い。ソレにそもそも打ち合いに勝てない。

 他の三人にあって、あたしに無いものはまず力である。
 練りあげるのは技術の練度だけだ。しかし、それもサボってきたフシがある。今更後悔した所で何にもならない。だから手元にある最も効果的な物を使っていくしか無い。
 しかしあたしが持っているもので度々役だったものもある。
 それを剣技として賞賛されたことはないが、戦女神には術士の方が合っていると言われたことがある。


 この世界に来て、あたし達にはそれぞれ恵まれた才能があることが分かった。
 例えばイチガミくんには目がある。ヤエくんには耳がある。ニヤくんには肉体がある。
 自分には何もないと思い込んでいた。
 引け目を感じ続けた。

 戦女神が指し示してくれるまでは――。

「あたしも、戦女神は好きなんだけどなぁ!」

 初めはとんでも無いと思ったけれど。
 この世界に馴染むほど重要になる。戦いが進むに連れて厳しくも、優しく。あたし達の師であった。

 オルドヴァイユとくらべてどうかはわからないあたしが勝つことは無かったからだ。
 どちらにせよ。戦女神は強い。ただ絶対的に強者であるその人達は戦いを楽しむ癖がある。
 それだけわかっていれば、彼女らの目を奪うことは簡単だ。

「蒼雹矛双!」

 あたしの武器は神子の相性により氷ととても相性が良い。
 そして氷は、あたしが思うものを形にするのにうってつけのものだった。
 その力を“創造力”と戦女神は言った。

 氷を持って形を成す、想像力がモノを言う技術。
 氷の華を作った時に散々褒められた。攻撃ではなく芸術として。
 ただ彼女の好みだっただけだが。

 気を良くして、いろいろやってみたが技としては不十分なものばかり。
 それでも唯一自分がみなより優れていると言えるものである。法術と言うより、魔法の区分である。
 だから扱いが難しいし、ジェレイドですら解釈に難色を示した。

 どうあれこの能力とあたしとジェレイドは最高に相性が良かったのだ。
 今再度世界は暑さを取り戻している。

「最初に言っとく、嘗めててくれてありがとね!!」

 パキャァァンッ!!
 伸びた氷柱が戦女神の脇腹を叩く。
 予想外の方向からいきなり叩かれれば誰しもバランスを失い、振り上げた剣も勢いを失う。

『ウオォォ!?』

 一瞬バランスが崩れ、体勢を立て直す為に下がった。蒼雹矛双を地面に突き立てて叫ぶ

「いっけぇえええええええ!!」

 完全に彼女を掴むように氷を作り上げて、この場所から離れるように氷を伸ばした。一瞬にして遠くに消えるがそれは油断できる光景ではなかった。彼女に距離も遮蔽も関係無い。
 それで何秒だろう。
 まだあたしの仕事は終わらない。
 過去最高に集中して、空に動く氷の球体を作り上げる。

「ああああああああ!!」

 文字通り、今創造していた。

 思い浮かべるものが形になる。詳細なところまで作りこむ事ができる。
 脳内に新しい空間をイメージする。氷の華や、氷柱なんかよりはるかに複雑な構造物。

 その球体は同じように柱を有した迷路にした。頭が痛い。ボタボタと鼻血が出てきている。
 矛をふるうと数秒と持たない。戦わずにできる最高の時間稼ぎだ。
 あたしが行った創造はただ最高に綺麗な球体になった。

 それを作って、膝をつく。マナが足りない。
 初めてではないにせよ、無茶が過ぎた。こんな大きさは流石にやったことが無い。

 戦女神はその光景を内側から眺めて笑った。

『あっはははははは!! 面白い!!

 術式:円陣旋斬!!』

 それが一刀両断される。
 まっすぐスイカを縦にわったように、綺麗に切れた。

 あたし達とは手段の数が違う。
 すぐに脱出されて悔しいという気持ちもあった。

 でも役割を果たせた自信があった。
 あたしが持たせた20秒。
 残りの半分は、最後の砦になる彼に安心して任せることができる。

「ヤエくん!!!」



 カッ!! と流星が見えた。
 それは次第に大きくなって、幾つもの流れ星、流星群のようだった。
 残りの時間はただ全力を叩きつけるだけの時間だ。
 二人がやったように彼もそれをするだけだ。

 空気が薄い。
 こんなところまで世界が作られているのかと感心した。空の高さはプラングルの比ではない。無限のように感じる空だった。
 自分がどこにいるかはよくわからない。世界はといえば広大な海と大陸を見せているが、眼下親指で隠せるぐらいには遠い場所に来た。
 相手が戦女神で良かった。危うく声が聞こえなくなるところだった。

 まぁそれでも耳を澄ませば声は聞こえる。旅中最も迷惑な能力がここ一番で役に立つ。嫌な話だ。
 俺の名前が呼ばれたから、きっと出番だ。ここから全力で『鳥閃光』だけを打ち続ける。
 衛生からレーザービームを撃つようなイメージだ。あと十秒だけ。

 金剛孔雀を必要とするため、ティアを連れてきた。彼女は目をぎゅっと閉じてただ俺の背中に触れている。
 今手元の武器はこれだけだが、この武器だけなら無限に作れる。
 この武器がなければこんなことは出来ない。

「ティア、今度はさっきよりきついぞ」
「頑張る!! キツキと一緒なら大丈夫だよ!!」

 俺のすぐ横には無数の鏡。
 全部を使い切る気で、俺は第一投を放ち、すぐに二投目を構えたと同時に、鏡へと踏み込んだ。


 ズドドドドド!!!

 雨が降り注ぐかのようだった。その光の線は容赦なく戦女神に降り注ぐ。その光の線はしだいにコウキに近づいていく。

『同じ技は何度も通用しないぞ!!』

 全てをかいくぐって、宙を走る。が――。

 突然攻撃してくる方向が変わる。

『なんっだ!?
 移動したのか!?』

 頭上だけではない。前後左右の攻撃が降り注いでくる。
 一瞬仰け反ってそれをかわしたが、それでも全身の歩みは変わらない。
 金属音がなりながら、すべての攻撃が流される。直線運動で最高の攻撃力を誇る突きの弱点はかわされることと流されることである。鳥閃光の速度に対応する戦女神は流石に神と言う能力を全力で発揮している状態であった。

 そして、突然全ての光の線が止まる。

『撃ち尽くしたか!!』

 戦女神は歩みを止めない。
 俯くコウキにあと数十歩。十秒も持たせる事ができなかった。当然、長距離に大量の鏡、そして消費の大きな技。
 それを今日何度目だ。流星のように打ったのだから、いくらシキガミと言えどマナが尽きればそれを造形することもできなくなるのだ。

 コウキの剣の色は黒。
 溜め段階の最終一歩手前である。あと5秒。

『おおおおおおおおお!!!』

 ガンッガンッ!!
 空気を蹴飛ばしてまっすぐ走る。
 ボタボタとたれる血が目に入るが彼女は気にもしない。
 勝利のために走るこの瞬間の充実を楽しんでいた。

 戦女神は戦闘の高揚が糧と言ってもいい。
 戦いの残酷さはその最高の味付けだ。勝利に向かうのは刺激的で目が眩むほど辛い。相手の絶望がこの上なく甘くて仕方がない。

 分かっている。コウキの前にはまだまだ立ち塞がる者がいる。
 たかだか火炎放射だろう。
 そんなもので今の私はもう殺せはしない、が。

「爆裂粉砕<バースト・ブランガァ>!!!」

 視界が揺れる。
 あの男は、そこに居なかったはずだ。犬に回収されて登ってきたのか?
 いや、自分で登ってきたのか――、と後ろにそびえ立つ土の柱を見て納得する。

 それも、今の私にとってはまぁ、爆竹が爆ぜた程度だ。
 シキガミ程の攻撃力がなければ通らない。
 神を殺す覚悟がなくては、通ることが無い。

 一歩横にずれて、一回転して剣を突き刺す。
 この場においては英雄とも言える働きだ。さすが勇者である。流石に余裕がなく、言葉もなく向き直って走る。この剣を一突きするだけで終わる。
 なのに。

 なのに――。

「超竜虎火炎砲!!!
 くわああああああああ!!!」
「術式:新空の白銀の弾丸<カエルム・アーゼンタ・バレット>!!!」

 遠く感じた。その二つの術式は避ける。コンマ数秒しか変わらない。
 自分の勝利は目前だ。
 無心に剣を振りかざした時、パッと頭上が赤く光った。

 鳥閃光は、打てなくなったはずでは……!?
 ない、のか、まさか! あの男は、この状況でフェイントを!!

 ガキャァァンッッ!!
 剣の面に直撃して、物凄い音を立てた。
 金剛孔雀が赤い光を帯びてオルドヴァイユに命中し、煙を上げる。
 意図せずに足を止められたが、小さく舌打ってグルンと体をひねる。

 すでにそこはコウキの目の前。私の剣が届く範囲だったからだ。

『終わりだ!!』

 パァッと、光の剣が見えてきていた。
 でもその光が見えきるのが間に合うことはなく、オルドヴァイユの大剣がイチガミコウキに突き刺さった。
 空気が凍りつく。
 笑うのはただ一人。
 この中で最もイレギュラーな、銀色の髪のエルフである。

「それはコウキではありませんよ、オルドヴァイユ」
『ヴァンツェ、クライオン……!? 貴様!!!』

 パリィ、とその人形にヒビが入る。剣を引き抜くと同時に、粉々に砕けて、鏡になった。
 それが人形に変わったのはいつ。
 驚きと、焦燥の表情で顔を上げるオルドヴァイユ。
 そして、彼女の後ろに、一枚の鏡が現れた。

 まるで“神隠し”にあっていたその人間が飛び出して高らかに叫ぶ。

『術式!!!』

 燦々と輝く太陽のように光り輝く双剣。

 より本気らしい本気で守ることで完全にそれを本物だと思い込まされていた。

 コレがあの号令の後で練られる策か。
 一杯食わされたとしか言いようが無い。

『裂  空  虎  砲!!!』


 剣術の最高術式が発動する。
 イチガミコウキの発動するソレが最も練度が高く、最も威力が高い。最強と信じて放たれた技は微塵も疑われていない。
 彼が信じたものがそのまま現実になる。そう考えるほうが納得がいく。

『しかし!! 私が勝てない道理は無い!!

 術式:裂  空  虎  砲!!!』

 誰かの背中を真似るように、私も剣をふるう。
 それが戦女神オルドヴァイユが使った最後の技だった。

『ぐっあああっ!!
 俺達が!! 勝って!! 進むんだーーー!!』

  双剣の最強は、二本ある。

   光と光が重なる向こう側で勝利を呼びこむ戦女神が背中を押す。
   オルドヴァイユにはそう見えた。
   二本あれば最強だ。
   冗談を言っているだけだと思った。
   あの人はいつだって大真面目だ。

『連式ィィ!!

 裂  空  虎  砲 !!!』

 それに対応することはできない。
 対応するための腕は、愛弟子にひとつくれてやったからである。

「「いけぇぇぇぇぇ!!!」」

 声が重なる。心が重なる。
 彼らは強い。きっと希望がある限り何度でも立ち上がる。
 それは絶対的な希望がいるからだ。

『ウワァァァアアアアアアア!!!』

 この世界ごと切り裂かんばかりの光が縦に大きく道を作る。
 今まで感じたことのない程の痛みと、世界の揺れ。
 バリバリと世界に裂け目を作って、その先の光に吸い込まれる。
 この先の世界は誰も知らない。何も無いはずだ。
 繋がってしまったのか、神の世界が。

 失われたはずの世界へ、彼らは本当に歩みを進めるのか。
 私が留める意味はなかったのか。

 彼らは進みます……神よ。

 貴方はどこにいるのですか。


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