第247話『進化/真価/神化』
カァンッ!!
青空に突き抜けるような音が響いた。金属音と同時に鉱物に当たる音がする。この宝石剣の固さが宝石以外のものにも理由が有ると思う。切れ味自体は黒髭の方が良い。杖としては宝石剣のほうが優秀だとヴァンが言っていた。確かに裂空虎砲の力は宝石剣のほうが強く感じる。
細かい剣の特性を感じながら生まれ変わったように軽い体はグルグルと目まぐるしく動く世界を正確に捉える。
三半規管が強くなったのか、回転による酔いというかブレが無い。ピッタリと相手の剣を見たまま動き回る事ができる。
オルドヴァイユの剛剣を三回クルクルと捻転でかわして、両手の剣を持ったまま術式を発動する。
『術式:炎陣旋斬!!』
ボンッ!
自分がいた場所を中心に海の水が押し返されて、一帯の大きな海岸が岩礁が見えるようになる。自分の服も一気に乾いて水で張り付いた煩わしい感覚がなくなった。
空中で突然進行方向を変えて、オルドヴァイユが突っ込んできた。空気を蹴れるのは確かプラングルにも存在する技術だった。しかし、テングという種族のみだったようだ。俺はあまり付き合いが無かったがあの双子のシキガミと仲が良ければ分かっただろうか。
ラジュエラも使っていたし、アキが似たようなことをするのであまりそれ自体には驚かない。あらゆる場面で動けるということは戦場での強みである。
図体がアルベント並。素早さがラジュエラ並。力はタケヒト並で柔軟性も四法さん並と来たものだ。防御力に関しては素肌が殆ど鋼鉄みたいなものだし、どうすればいいのやらというところだ。先ほどファーナが相性一点で押し切って見せた。炎の相性ならファーナのシキガミとして受けているし、俺にも同じことが出来るチャンスはあるだろう。
そして、それに一番近い術式は――!
『術式:紅蓮月!!』
いつもはボォっと炎が灯ったような音がする紅蓮月だが、今回は全く違った。
急に剣が光って高温に達すると、真っ白になったままビュンと倍以上の長さになった。
『"月"か!』
オルドヴァイユがそう言って飛び上がって回避する。この巨体でなんて軽さなんだ。そのまま更に爆音で空気と何かを蹴り飛ばして動いてくる。
その体勢から放たれた豪速の突きを剣二つでやっと受流す。
『月がなんだって!?』
『ははは! 君は加護者の数を数え直したほうがいい!』
どんなに激しく動いていても言ってることがちゃんと聞こえる。
言葉の神格化ってこういうことなんだろうか。肉体もちゃんとした竜位、もしくは精霊位に匹敵する者としてなった為にこういうことも起きている。
ギィンッ! と鋭い音を立てて宝石剣の刃先が火花を散らす。大剣の面を引っ掻いて真っ赤な線を描き上げた。
剣を振り切ると更にその先に焔だけが走り抜ける。
『私達が神となって過ごした時間を!
君は他人の力を借りて埋めようとして来た!』
『呪いの力すら利用して!
恨みも愛も君の力になった!』
俺の人格が二周したのはひとえに呪いの賜物だといえる。そんな俺が継続して特殊な加護を得ているのを愛されているからだと言うのだろう。
『それでも君に私は言うぞ!!』
楽しくて仕方がないという表情で、オルドヴァイユは続ける。
剣の打ち合いはその間激しく続いている。
『君は弱い!!』
なんでそこから剣が――!?
いや、俺達がやっていることをやってみせただけだ! アキやシィルと同じ、消して出してができる大剣だったんだ!
敵に回すと厄介なのはわかっていたがコレほどまでとは、と舌を巻く。
元々強い人だから使う必要が無かっただけで俺がいまさらのように驚いて居るだけだ。きっと隠していた事をずるいと言うと俺の神隠しはもっとずるい事になるだろう。
流石にその突きに剣が間に合わず右胸に深々と突き刺さって肋骨も切り分けて突き抜けた。そのまま崖の壁に突き刺さって、宙に浮いた状態になる。
『うぐぁっ!』
『君がここに来たのは間違いだった!!』
剣が突き抜ける痛みは、全然変わらない。痛すぎて気絶しそうだ。体重がかかって上に切られそうなのを刃に手を添えて耐えるが、それで手の平が切れるのも痛い。
彼女の叫びは的確なのかもしれない。
俺がこの程度の力でここまでこれたのはプラングルではほぼヴァンのお陰だし、竜世界からは主にシィルのお陰だ。今即死しないのは竜の加護のお陰だろう。これだけの力を貸してもらっておいてあっさり負けるなんて物凄い勢いで爆笑されるだろう。
俺には言い返さない事がある。痛みに歯を食いしばってその人の顔を見た。
『……俺が、弱いことなんか、みんな知ってるよ……。
た、助けられてばっかりなんだ。
いつも、皆に心配されて、すぐ名前呼ばれるし』
名前を呼ばれた回数なんか覚えてないけど、すぐに思い浮かぶのはやっぱりファーナの声だった。心配されてばかりである。それを情けなくも思うし、少し嬉しくも思う。
あんなに心配そうに言われたら大丈夫だって、言いたいじゃないか。
『俺達は……弱くないぞ!』
「「「「コウキ!!!」」」さん!!」
ここに居るのは俺だけじゃない。
もちろんこの先に行くのも俺だけじゃない。
誰にも欠けさせない。
俺がこの友人達を選んだ理由はもちろん、仲が良かったというのがある。それ以外に上げるとすれば、ちゃんと神子と生きる道を考えてくれる人達だったということ。この三人は、俺に最も深く関わったことのある三人だ。俺にはこうなることがわかっていたような気がする。
キツキは一番付き合いが長い。最初は勝ち目があれば協力するとか冷たいことを言ってたけど、結局一番最初に神子に協力する姿勢を見せた情の厚い奴なのである。タケと四法さんだってそうだ。基本的に協力的な姿勢を続けてくれたことからもわかるように俺と同じような考えで居てくれたみたいだ。
神子と共存しながら預かった命と友人との和を天秤にかけて、早々に俺達に別れを口にできるキツキは一番シキガミとして正しかった。
しかし、今。そのキツキが一番頼もしい。
俺達が戦う会場に飛び出してきたのは、アキとアルベントとタケとファーナである。
でも一番最初に届いた攻撃は、一度彼女を穿った神撃の如く光速の一撃。キツキの必殺技だった。光ったと同時に届いているその攻撃をなんとオルドヴァイユは避けて見せた。
『クッ……!? 邪魔をする、な……!?』
「術式:逆風の太刀!!」
目の前の空間一体が崖を走るタケヒトの前に物凄い勢いで吸い寄せられる。あれはそういう攻撃だったのか――練度が変わると本当に別の技見たいになるな。
「連式:暴風突針!!」
攻撃範囲が広ければ広いほど、巨体な彼女にとっては不利なはずだ。
ただ不運があるとすれば、彼女がタケの師匠だったこと。
『術式:逆風の太刀――!! 惜しかったなタケヒト!』
剣を突き出すタケを引き寄せて、颯爽と崖を駆け上る。同じ技で返して、その窮地を抜ける。更にタケの後ろにはアルベントが斧を振り上げていた。
単純な強さで張り合えるアルベントは真正面からぶつかっていく。
ゴォッ!!
二人がぶつかった瞬間にピタリとそこで二人の動きが止まる。崖のど真ん中だというのに落下すらしない。息を飲むような間があって、二人は一気に動き出す。力強い縦横無尽な戦斧捌きを見せるアルベントと、巨体からは想像も出来ないほど身軽に動く大剣士の戦いは崖っぷちを動きまわって行われた。
アルベントは崖に対して技で足場を作ってソレを何度か蹴飛ばして動きまわる。オルドヴァイユは笑いっぱなしだ。ラジュエラと同じく脳汁全開で戦っている。
この瞬間に混ざらなければ、彼女を倒すことは出来ないだろう。平常の油断は終わった。あとは弱点を見つけるために、全力の中で戦うしか無い。
『タケ! ルーがあそこに居る! 足場作って上がって!』
タケとすれ違って俺も垂直戦闘に加わる。
「オオオオオオオオオオオ!!!」
全身真っ赤になって、思い切り振った斧を防いで俺の方へと落下してくる。それに合わせて俺も両手の剣を構える。
『術式:裂空虎砲!!』
「術式:超竜虎火炎砲!!」
アキとファーナの合同技が上から降ってくるのと同時に俺の宝石剣での裂空虎砲が背後から迫る。アルベントは離脱済みだ。
どっちを受けても大ダメージをは請け合いだ。
『術式:三日月!!』
ドゴォォォンッ!!!
真空半円。焔の術式はその壁に阻まれて散っていった。俺の攻撃だけを防いで驚く俺を笑った。
『どうして! アンタが、それを』
『ははは!! 教えた所で意味は無い!!』
紅蓮月の元になっている技だ。もしかしたらラジュエラは使えたのかもしれない。
彼女はソレ以上答えずに俺の方へと突進してくる。
『術式:逆風の――』
「術式:逆風の太刀!!」
タケが彼女の逆風の太刀に合わせて俺を先に引き寄せる。
邪魔をするタイミングがピッタリと取れるのはやはりタケだけだ。実践数が違う。
ただ今回はタケの方に引き寄せられたあと、鮮明に覚えているのはタケの酷く驚いた顔だ。
『太刀!!』
その声が聞こえた時には目の前に剣を振りかぶるオルドヴァイユがいた。
彼女はわざとタイミングをずらして、俺達二人ごと自分の近くに寄せた。
「『術式:スサノオ!!』」
全く同時にその叫びが聞こえた。
一部始終を見ていた俺が、あまり理解できていない。
俺を抑えこんでタケは単身前へ出た。そのあとすぐに術式を発動させて上段に構えた彼女に突進した。振り上げた彼女の名前と同名の剣で防御を試みたが、その攻撃の重さは想像を絶した。杭のように崖にめり込むタケヒトは剣も押し負けて肩に深く剣が食い込んだ。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」
ブシィッっと血を吹き出しながらも、俺の所に剣が届かないように全力で剣を押し返す。
寸の所で剣は止まり、俺は落下で範囲外へと逃れた。
『タケ!!!』
タケの絶叫の向こう側でオルドヴァイユが笑う。
『ははははははは!!
コレは、お前たちの誤算だろうな!! シキガミ!!』
タケの手から剣が消える。
正確には、持ち主の手に戻った。
大剣オルドヴァイユが、双剣オルドヴァイユになった。
『術式:大旋・満月!!』
『ルーメン!! タケを守れ!!!』
「カゥゥゥ!!!」
オルドヴァイユは双剣を手に大回転をしてみせる。ソレは白い斬る線を生んで、満月のように真っ白になった。
『しまった!! アキ!! ファーナ!!!』
ゴゥッ!! パキィィ!!
ルーによって張られた壁はすぐに砕けて、その衝撃で空中に放り出されるタケヒト。
アキとファーナは俺からは見えない位置で攻撃を受けた。
「タケヒト!!!」
それに直ぐに反応したのは、彼の神子シェイル・ストローン。
強化術式を応用し、疾風迅雷な行動でタケを回収する。
「ガッ……! くそ、やっぱ信じれるのはお前の剣だけだな……!!
行くぞ青雨<アオザメ>ェェ!!!」
バチィッ! 紫電の光の中から一際青く輝く刀を抜く。
タケはまだ大丈夫なようだ。問題はアキとファーナだ。
『アキ!! ファーナ!!!?』
崖が軽くえぐれる程の衝撃を放ったオルドヴァイユの向こう側に二人の影は見れなかった。竜人加護で空中制動しながら駆け上がるとその土煙の中から大きな一塊が落ちてきた。
アルベントだというのはすぐに理解できた。
アルベントは二人をカバって、抱き込んだあと、背中にあの攻撃を受けてしまったようだ。
何回も切りつけられたような傷が出来上がっており、それが重症だというのは遠目でもわかる。
『ア、アルベント!!!』
俺が向かおうとすると、更に土煙の中から瓦礫と一緒に巨大な塊が落ちてくる。
『今は私の相手が先だろう!!!』
『くそっ!! ルーメン!! 回収頼んだ!!
よくもやってくれたな!!
術式:紅蓮月!!』
ヒュッ!! とリーチを伸ばして斬りかかる。何度か撃ちあって、立ち位置を調整すると、一気に彼女を押上にかかった。
『連式:炎陣旋斬!!』
できる限り大きく回って、崖を焔に走らせる。それと同じ速さで俺も駆け上って、裂空虎砲で追撃をかける。
『連式:裂空虎砲!!』
その攻撃を受ける事で、彼女は崖の上へと押し上げられる。垂直戦場はきつい。特にファーナなんかには何故降りてきたのかを問いただしたくなる程不利だったはずだ。
勢いと言うのは不思議だよな全く。
並行な地面に降り立って対峙する。地上ではヴァンと四法さん、ジェレイドが待ち構えていた。もちろんただ待っていただけではなさそうだった。
オルドヴァイユが降り立った地面が、早速水色の術式陣を浮き上がらせる。
コレはヴァンの術式だ。それの外側にさらに赤い術式陣が浮かび上がってふわっと暗闇で彼女を包んだ。
『コレは!? なんだ!? 何も見えな――』
途端、彼女の頭上から無数の光の線が降り注ぐ。
ズドドドドドドドド!!!
キツキの容赦無い金剛孔雀の光速神槍撃が無慈悲に続く。
足元が凍りついているのは四法さんがやっているのか。またエグいトラップを作っていたものである。
『アァ! まったく!! 飽き飽きだ!
馬鹿の一つ覚えで倒される程私は馬鹿ではない!!』
暗闇の中で、彼女が言う。
そして、剣の先がその暗闇から突き出た。
『術式:逆風の太刀!!』
突如、その剣先にキツキが現れた。
アレ居合技じゃないのかよ! とおもったが彼女は二つ剣を持っている。構えたのはもうひとつの方だ。
落下するように闇の中に吸い込まれたキツキが、激しい激突音のあと額に一線大きな切り傷を作ってその暗闇から出てくる。
『キツキ!? 大丈夫か!?』
「ああ……やられたな。闇を逆に利用された。
鏡で逃げられなかった」
なるほど。この状況はキツキにはきついのか。
瞬時にここまで利用できるなんて本当に怖い戦女神だ。
結構な人数が手負いになって、策が減ってきた。そもそも倒せる算段を立てるには弱点か有効性を見いだせる手段がなくちゃならない。
「くそ、目に入る……!
コウキ、こいつを倒す算段は!?」
すぐに顔面を真っ赤にしながら、キツキがその暗闇を睨む。
『ある!』
「よし! 俺達は何をすればいい!!」
『全力で本気の裂空虎砲を練りあげるから! 一分だけ稼いでくれ!!』
「長い!! 30秒でやれ!!」
『努力する!!』
そう言ったタイミングでルーが持ち上げてきた全員が登ってくる。
俺の前に立ってキツキが薙刀を構えて叫んだ。
「タケヒト!! 四法さん!! 全力で攻撃だ!! 一分持てばいい!!
コレが最後の戦闘だ!! 一歩も引くな!!
使えるものは全部使え!!
何が何でも守りきれ!!」
闇の向こうで、双剣と大剣の暴君が笑う。
お互いに最後だ。コレで終われる。
俺は双剣を構えて、両手だけに意識を集中した。
俺はここにいるすべての仲間を信じる為に、目を閉じた。
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