閑話『ヒーロー! 前編』
「まず最初に、わたくしの願いを聞き入れてくれてありがとう御座います。わたくし達はこの決断を決して無駄には致しません。
そして皆様が戦ってくださったお陰でわたくしの命は此処に有ります。わたくしはその皆様の勇気に感謝を捧げます。
本当に、ありがとうございました!」
「この国の象徴は守られた! 誇れ! 我々はこの戦いに勝ったのだ!!」
王様の言葉に歓声が響く。
俺達の目標はとうに達成されていた。
ファーナの為とは別の理由で被害が出てしまった以上、王様の号令が無ければこの戦いが止まる事は無かった。
俺が前に出るような事が無くて本当に良かったと思う。
撤退の命令と共に沢山の兵士が隊列を作って戻っていく。戦い後なので足並みこそバラバラであるが列が綺麗な事に感動した。
「王様! この後祝杯にファーナを連れ出すけど大丈夫?」
「お前は国の象徴を一体なんだと思っているんだ……」
「友達っ」
流石にそれは王様にも呆れられてしまった。じゃぁ今挨拶だけしてもらおうかなと思ってファーナに視線をやる。
「わたくしは構わないのですが」
そう言うファーナに王様がため息を吐く。
「はぁ。ダメだダメだ。せめて私の胃を今日ぐらいは休ませてくれ」
眉間に皺をよせ、王様は言う。
ファーナは王様を振り返ると一つだけ願いを言う。
「わかりました。せめて傭兵隊の皆様にお礼を言いに行かせてください」
「そうだな。ソレぐらいは許可しよう。あと明日はなるべく神殿で大人しくしているように」
まぁ当然かなと思って流石に俺達二人は了承する。日が傾いているのでもう余り時間は無さそうだ。その返事を待ってから王様も第一隊を引き連れて城へと戻っていった。
俺は軍側にもう一人の人影を探して辺りを見回す。いつもなら此処に居てもおかしくは無い軍師の存在が見当たらない。
「ところでヴァンは……?」
「それが、見当たらないのです……もしかしたら撤退した魔女達を追ったのかもしれません」
ファーナが少し心配そうな顔をして俺に言う。
「うぅーん、なんか次から次へと問題が起きるなぁホント」
頭を掻きながら背伸びをする。まぁヴァンなら大丈夫だと思うんだけれど、少し心配になった。
「――あ」
不意にファーナがふら付いてこけそうになる。
「うわっ大丈夫?」
俺が驚きながら片手と身体で彼女を支える。もう片方の手はアキを背負っているので使えない。
ファーナの顔を見ると血の気が余り無くやはり疲れの見える顔をしていた。
「顔色悪いしやっぱり先に神殿に戻った方が……」
ファーナは素直に頷いた。
「だ、大丈夫です、その……やはり少し疲れが出ましたね。
ご挨拶だけさせてください。わたくしは神殿に戻って休みますからコウキは祝杯を楽しんできてください」
ファーナは自分でしっかり立つと傭兵隊の方へと歩みを向けた。
俺達を見ていの一番に激しい勢いで近づいて来たのは四法さんだ。
「うわああファーナちゃんーっよかったあああ!!」
ガバッと抱きついて、案の定ファーナが負けたので俺が後ろで支える壁になる。
「お、お久しぶりです、く、苦しいです」
「ちょっと、ウチの子になんて事するの! 訴えるわよ!」
「モンペね! 訴えられてもあたしは抱きしめるのを止めない!」
「はぁ、はぁ、アスカも変わらず元気そうで何よりです」
何がヤバイってファーナの体力がヤバイのでその辺で許してあげて、と四法さんのホールドを解いてもらう。ファーナは俺に寄りかかってうーん、と唸った後フラフラと立つ。実は結構ヤバイようだ。
ようやく傭兵隊の前に辿り着いて、一旦アキをルーメンに預かってもらってから俺は大きく手を振って声を張った。
「傭兵隊のみんなァ!
今回の戦いは本当にありがとう!
この通りファーナは戻ってきたし大勝利だ!!」
パチパチと拍手と口笛が為ったあと、ファーナが前に出た。そして、表情をキッと強くする。
「この度はわたくしの為に、ありがとう御座いました。頼りになる方々で本当に良かったです。
勇ましい皆様ならば今後とも大きなご活躍ができると期待していますっ。本当に有難う御座いました!」
そういって彼女が一礼をすると更に大きな拍手と声援が来た。
「よっしゃ! 報酬は預けたギルドから貰ってくれ! 他の細かい事はいいや! 今日は祝杯だああ!!」
わぁっと傭兵隊が湧いた。飲むぞ飲むぞと声が聞こえ、上機嫌な空気に思わず頬が緩む。
現地に集合ということにして一旦解散をして俺達はグラネダへ歩き出した。
おかえりの後にファーナは待っていた第一隊に連れられて城へと戻っていった。
俺はアキをキュア班に見てもらって治療を受けさせてきた。すると少し体力が戻ったのか起き上がって元気になったち言うのでアキと祝杯に向かう事にした。
酒場では既に飲みが始まっていて俺達が入ると拍手が起きた。
「よっ大将のご帰還だ!」
「おう! 皆今日はお疲れ! 存分に騒ごうぜー!」
傭兵隊がいくつかのテーブルに分かれて色々な所から声や拍手が上がる。それに応えつつ俺はそのテーブルの一つに座っていたアルベントを見つけて声をかけた。
「あっ! アルベント! 今回はありがとな!」
「何、借りた恩を返したまでだ」
手を差し出すと握手を返してくれた。
「命名者って知らなかったよ」
聞いてはいたんだけどそういう意味だったなんて知らなかった。
「あえて言うほどでもない」
腕を組んで獣の顔がふしゅーっと鼻を鳴らした。
「あはは。アルベントが味方で本当に良かった。
次は何処へ行くの?」
「ふむ、稼いだからな。一度ソードリアスに戻ろうと思っている」
今回アルベントやノヴァには成功報酬でヴァンから追加報酬が出る。それはすでにギルドに預けられているので受け取ったのだろう。
あそこにあった獣人の集落は、完全に潰された。そしてソードリアスにある職人や炭鉱夫として住んでいる獣人区域があってそこへ行くと言っていた。腕の件もあってあまりソードリアスは見て回れなかったが、会って行けば良かった。
「そっか! また力になれそうな事があったら言ってよ。
クルードさんにもよろしく!
今度ソードリアスに行く時は何か差し入れ買っていくよ」
「ああ。私の方こそ、だな。何かあったら遠慮無く頼ってくれ」
「おう!」
拳を出してきたのでソレに拳をあわせて、奥に座ってるタケや四法さんのところへ向かった。
「よ! お疲れみんなー!」
「お疲れ様です〜」
俺とアキが言うとタケが手招きして席を差した。
「おお来たか! 座れ座れ」
テーブルにはタケと四法さんとジェレイドが居て、すでに飲み始めているようだった。
出来上がっているというほどではないがすでに瓶が一つ空いている。妙にタケが上機嫌に俺を隣に座らせた。
「タケの神子さんは?」
「ああ、シェイルなら『貴様等の馴れ合いに付き合ってられん』とか言って宿行ったわ」
あの人も相変わらずである。俺は苦笑いで頷く。
なかなか上手く仲良くなれないものだなぁ。
「つーわけで食い放題飲み放題よ!」
グッと拳を握ってからこれ見よがしにグラスを呷る。だからやたら上機嫌なのか。
飲み物を頼んで俺達も一斉に乾杯する。
「やー俺らあんま役に立たなかったなぁ」
「オレらが役に立つよかマシな結果だったと思うぜ」
タケがそう言ってからウェイターを捕まえて注文をする。騒々しい店内は何時になく忙しそうだ。
「勇者にも竜士団にもまたハクがついたしなぁ。良かったやん?」
ジェレイドがアキを指差す。アキは慌ててプルプルと頭を振って謙遜する。
「いえ、わたしはお世話になりっぱなしでっ」
「アキちゃんはヤバイ頑張ったよ」
アキの隣に座っている四法さんがグッと拳を握る。
「ヤバイ頑張った……」
「超頑張ったの上がヤバイ頑張っただよ。もうホント死んじゃったかと思った……」
四法さんはずっとアキを見ていてくれたから分かるのだろう。
「あはは。なんとか運よく生かしてもらってるだけで実は全然……」
「運も実力のうちだぜー?」
タケがもぐもぐと食っていた肉を飲み込んで骨を立てて言う。それをポイと皿の上に投げて次の肉を手にした。
「欲しい結果に対して真剣だった結果を運が良かったなんて言葉で片付けてると何やってたって結局運が良かったって事になっちまう。
コウキはちゃんとコウキの思ってる通り動いて思ってる通りの結果を出したんだ。それは実力って言うんじゃないか。
実際、本当に活躍したのはコウキを信じて疑わない奴だけだろ?」
戦争の立役者の話ならば俺じゃない。国王様や魔王の戦いから始まった。そしてアキと総隊長。アルベントと赤鷹。
「いやタケに助けて貰って無いと死んでたし俺」
「へへへっ! じゃあ命の恩人にちゃんと報酬寄越せよ」
タケが手で輪を作ってマネーアピールをする。ちなみに他にも親指と人差し指をあわせてお札を数えるように擦るのも同じ意味だ。
今回の作戦には一応俺とアキが出した物と、ヴァンが個別に出してくれた物もある。相場を聞いて無駄遣いしたつもりも無いし、出し惜しむつもりも無かった。
「ああ、出すよ。じゃ今渡しちゃうぜ」
「お。マジでくれるのか。やった、メシ代たかろうと思ってただけなのに。
札ってオレ上手く数えられないんだよな」
受け取った報酬を数えようとしたのか札束を取り出したが、今回の食事代に足りる事を確認してすぐにしまい込んだ。
「普通に暮らせばひと半月分ぐらいにはなると思うよ」
宿と食事だけの計算だけれど結構な額はある。俺ならちゃんと自炊分も数えて四人で半月分ぐらいにはできる。
「おお、太っ腹だな。一日作戦だろ?」
「命の対価だからね。ちゃんと払っとくよ」
もちろんタケには俺が命を助けられている。シェイルさんと合わせて二人分を渡しておいた。
「それ二人分だからな。半分はちゃんとシェイルさんに渡してくれよ?」
「へぇーほーん分かった分かった」
物を食べながら適当にタケが返事をする。
「くっコイツ。後でやっぱ伝言に行こうかな。タケが食いつぶしたって」
「やめろぉ! 俺の手元に久しぶりに金が来たんだ!」
「ちなみにヤボだけど出所は……?」
四法さんが数え終えてから丁寧に仕舞い込む。
「あー。ヴァンと俺とアキの心かな……ね?」
「あは、ですねー」
「一体何があったんだ?」
タケが咀嚼しながら訊いて来る。食うの止めないなこいつ。
そうだなーとため息を吐きながら振り返る。ファーナのナイス帰還を振り返ると俺って何やってたんだろうなって思っちゃうけど、後悔はしてない。
「大変だったよー。殴られるわ抉られるわ折られるわ」
「そうですねー。殴られたコウキさんを運ぶわ、抉られたコウキさんを運ぶわ、折られたコウキさんの剣買いに行くわ」
俺の言った全ての事に合わせてアキが語る。
「物凄いお世話になってるねイチガミくん!」
それは今痛感した所だ。
「一番頑張ったで賞をあげよう!!」
「ありがとう御座います〜」
お酒が進むと饒舌になるのは皆変わらない。色々とあった事を話しながらその中で少しだけ四法さんに見られるのが気になった。何かを尋ねてみたが、なんでもないといわれたのでまぁいいかと俺は雑談を続けた。
ある話のきれたタイミングで四法さんがついに俺に向かって何かを話す気になったようだ。
「イチガミくん」
「ん?」
「その、おめでたい席なんだけど、その……八重くんの話でちょっといいかな」
ちょっとだけ言いづらそうだったのはそのせいか。俺はああ、と笑って四法さんに返す。
「ああ……はやく効き目切れないかなグロイジャンA」
「なんか栄養ドリンク飲んだみたいになってるよ!」
「栄養ドリンクみたいなもんだろ? 貴方の心に憎しみをグロイジャンA!」
「キングオブ不謹慎だけど、一番被害にあってる人がこうだとあたしどうすればいいのかわかんない……」
うーんと頭を抱えて机に突っ伏す四法さん。
「すみませんウチのコウキさんが〜」
保護者っぽい感じでアキに謝られる。いい感じに酔いが回ってるっぽい。
「わりぃなキツキはぶっ飛ばしそこねたわ」
ガバガバ飲んでいる癖に全く顔色を変えないタケが気付いたようにそう言った。
「ホントお前とは対極だな」
「そうだよ。なんでこうなったんだろー」
敵意は無い。いつも友人だと思って接している。
俺は今回殺されたと思っても良いだろう。
アイツを敵と見なすべきなんだろう。
「……ま、お前に懸けたんだよ」
タケがリゾットのような食べ物をかきこむ。
「え?」
「キツキは初めから合理的にこの戦いのシステムを聞いて自分に有利に持っておくようにしてるんだ。
アイツがやってる事は最初から保険作業なんだよ」
「ど、どういうこと!?」
がた、と椅子が動いた。
「どうせコウキが何とかするだろうし強くなれるだけ強くなって勝てる算段だけ手に入れて自分の身の安全は確保してるんだよ」
「それ、ズルくね?」
「よくわかんねぇけど、死ぬほど信用されてるよなお前」
「マジで死ぬ所だったんだけどさぁ! うはは!」
「よく笑いながら言えますね」
「はは! 嫌われた訳じゃなくて安心したよ。
いつか思いっきり殴ってやろう……そっかぁ――助けて良いならそうすっか。手間かけさせやがってー」
「ニヤニヤしてる……というかよく許そうという気になれますね〜コウキさんらしいですけど」
「だってアイツは兄弟に近いんだ。姉ちゃんを引き取ってくれるという意味では兄弟も同然なんだよ!」
一番重要なところだ。本っっ当に一番重要なところだ。
もしアレを嫁に行かせてその先でコウキがコウキがと言われたのでは俺がその義兄に殴られる。俺も本当に弟離れをしろと何度も何度も言ったのに、引っ付いて離れないし。
「お前らの間で一体何が……おいコウキ、これ何の料理だ」
「そりゃでかい炒飯みたいな奴だよ」
「お姉さんこれ一つ!」
まだ食うのか、と俺は流石に呆れた。俺だって結構食ってるけど、腹いっぱいになってきたところだ。
だが俺の逆隣も実はまだ皿をカツカツ言わせながらリゾット的なものを食っている。アキはあの人が入った後から物凄く食べるようになった。気付いているのかどうかは分からないが……酔っていて歯止めがあまり効いていないというのもあるのだろう。
タケの言葉に小走りでよって来たウェイトレスの人にタケが注文するのに便乗して、俺も飲み物を追加する。
「イチガミくんのお姉さんってさ……」
「姉がブラコンすぎてお嫁に出せないって言ったらキツキが……」
ああ、いや、時効なのかどうかは分からないけれど四法さんはキツキが好きなんだっけ……? ちょっと不味い気がして俺は言葉を止めた。もう遅い気もしたが。四法さんは視線を落として力なく言う。
「……イチガミくんのお姉さんさ……その本当に今更なんだけど……」
大人しくワインを飲んでいたジェレイドがぴくりと反応する。
「言うんか」
その言葉に四法さんが頷いた。
「うん。もしかしたらだけど、
あたし達シキガミはイチガミくんのお姉さんに殺された人かもしれないの」
少し、その言葉に動揺した。
俺は言葉も出せずに、彼女の次の言葉を待った。
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