閑話『ヒーロー! 中編』

 時間が止まったようなショックを受けた。
 何て言い表せば良いのかわからない。ただ絶句した俺を見て慌てて四法さんが言葉を足す。

「そのもちろんお姉さんが悪いからどうこうとか、イチガミくんをどうこうって話じゃなくて、何かヒントにならないかなって思って……」
「そう、なのか……俺が死んだときは確かに居たけど……」

 俺の中にあったたった一つの言葉は、信じられない、という言葉だけである。
 まず落ち着こうと色々と思考をめぐらせていると、四法さんが俺に問いかけた。

「というか、イチガミくんはお姉さんが起こした事故、知ってるんだ?」
 ああ、そういえば結構即死っぽい死に方をしていたと思う。

「姉ちゃんが俺を轢いた事故は解るよ。最後虫の息だったけど、看取ってくれたのが姉ちゃんだから。そんなところに姉ちゃんが都合よく居るって事は俺が姉ちゃんに轢かれたって事だろ?
 無理心中って感じじゃなかったから、またアイツに何かされたのかも……ああ、ぶっ飛ばしにいきてぇ……」

 唯一許せない人間が居る。別に親戚をたらい回しにされて生きてきたとか、そういうのはどうでもいいぐらい許せない奴だ。

「コウキさんがそういう顔をするのは始めてみました……」
「俺が世界で唯一許せない奴が居るんだ。アイツだけは許せない。だから他は許せるよ。たぶんね」
「何をされたんですか……?」
 アキが真剣に俺を見た。
 一瞬俺達が何をされてきたか言ってしまおうかと思った。
 確実に今の場は冷たくなるし、この祝杯の場にはそぐわない。
「よしやめよう! 四法さん、姉ちゃんが殺したってことでいいんだよね?」
「話はそこに戻るんですか!?」
 これも十分に祝杯の場にそぐわない。でも、きゅっとアキに視線を向けて言う。
「気になるじゃん」
 そう言って俺はアキから四法さんに視線を移す。

「そ、そうなのかもっ? て感じ……あたし、最後に顔を覚えてるってだけだから」
 四法さんは慌てたようにそう言って視線を目の前のグラスにやった。なみなみと注がれているグラスは結露して露が落ち流れ出していた。
「あと、八重くんもそう言ってた……」
 俺は今の話を聞いてうーんと唸る。
「正直信じらないなぁ。姉ちゃん俺以外には普通だし、人当たりは全然良かったと思うよ。俺が死んだからって凹みっぱなしな人でも無いだろうし。
 そういえばタケん時も居たの?」
 飲み物が先に来てそれをチビチビと飲みながら先ほどの料理を待つタケに聞いてみる。
「死に際か。オレはほら、プールで落下死したから。プールじゃ見なかったな」
「すげぇ! ウォータースライダーでハッスルしてたのか?」
 四法さんが俺を見てまたキングオブ不謹慎だよと俺を諭す。タケは構いやしねぇよ、と笑って続けた。
「そんなご機嫌な感じじゃねぇけどよ……なんかいきなり二階プールに穴が空いて落ちたんだ。
 あ、四法さんはオレより後だっけか? なぁ、オレ以外は大丈夫だったか?」
「あ、うん。大丈夫だったと思う。ニュースでは学生一人死亡って出てた」
「そうか。よかった……や、良くは無ぇのか? はははっまぁモヤモヤは完全に無くなったわ」
 カラカラ笑うタケは本当に仲間想いないい奴だなぁと想う。部活では一番慕われて部長をやってたはずだ。残った奴は当然悲しんだと思う。
 一番最後まで俺達の死を見てきた四法さんはどう思っただろう。
「誰とプールに行ってたんだ?」
「陸上部だ」
「野郎だけでブーメラン祭りでもしてたの? キモーイ」
「してねぇよ! ブーメランは何人か居たけど、してねぇよ!」
 陸上部ブーメランパンツは悪しき習慣だ。と言っても俺も一枚噛んだので何ともいえないが。
「んー。なんにせよ証拠不十分で立件不成立だな!」
 姉を悪者扱いされるのはやはり俺の精神衛生上よろしくない。
「ええっ! 異議ありだよ!」
「ぬ! 弁護士の娘さんに異議ありって言われるとどきっとするね」
「あたし見たもん!」
 その言い出しだと弁護士じゃなくて目撃証言になってしまうが、目撃者と言うのは確かに強い要因に違いない。
「あたしの時だけど落ちてる時に手を伸ばしてるお姉さんが……! 突き落とされたんだよあたし……!」
 突き落とされたと言う言葉が気になる。余り考えたくは無いが落下して死んでしまったのだろうか。
「というかその前に何してたの?」
「えと……その、ごめん、あんま覚えてない……」
 申し訳無さそうに四法さんが言う。確証が無いならまだ何とかなるかもしれない。勘違いの先だって捨てきれない。

 黒い髪を揺らす四法さんが頭を抱えて小さく言う。
 ああ、結局あんまり楽しむなんて空気じゃなくなってしまった。巻き込んでしまったアキやジェレイドには申し訳ない。でも二人とも四法さんを心配して大丈夫かと声をかけていた。

「その、思い出せては来てるの……一人で思い出すと怖くて……。皆がいるならうん、思い出せるかも」
「わかった……じゃあ、四法さんが安心できる体制を整えよう!
 まず、アキが此処に座って」
「はいっ」
 思い立ったら即行動! 俺は自分の席とアキの席を入れ替える。これでアキが四法さんの正面へ行き、俺が隣になる。
「俺とジェレイドが両手を持つ」
「ほう」
 ジェレイドが右手、俺が左手を握る。
「そしてタケ、後ろに立って……目隠し! どうだ!」
 目隠しにより視界からの緊張感をシャットアウト! そして両側に人が居る安心感!
「得意げ! コウキさん凄い得意げ!」
「見えないけど得意げな顔が見えるよイチガミくん!」
 目を隠された状態で四法さんが言う。
 俺も自分がビックリすぐるらいやってやった顔をしていると思う。
「ちなみに目隠しを取ると――」
 言うとすっとタケが目隠ししていた手を離す。
「アキと目が合います」
 パチッと二人が目を合わせてからプフッと吹き出した。
「あっははは! だから何っ!?」
「顔! イチガミくん凄いやってやった顔してる!」
「わははははは!! アホやな〜!」
 ジェレイドが爆笑してバンバン机を叩く。
「と言うわけでこれは却下!」
 俺たちの手を弾いてプルプルと頭を振る四法さん。
「じゃぁ俺達の胸にうずまるか。三人で板ばさみ状態に……」
「暑苦しいっ!」
 俺も想像してすごく暑苦しいと思った。
「じゃあアキの胸にうずまるか」
「断然アキちゃん一択!!」
「わたしの意志は!?」
 俺はぐっと指を立ててアキに言う。
「大丈夫、胸は減らないよアキ……」
 すると俺達を抜けてテーブルの下からにゅっと四法さんがはえてきてアキにそのまましがみつく。
「あたしに分けて……!」
「ちょっと、やめてぇ〜っ!」
 ジェレイドがニヤニヤと「福眼やなぁ」とその様子を観察する。
「あれ……アキちゃん」
「な、なんですかっやめてっやめてアスカちゃんっくすぐったい〜っ」
 アキが四法さんの手を掴もうとするとスッとその手を避けてまた胸に戻る。

「……おっきくなってない……?」

 ガタッ!
 俺達三人が椅子を揺らした。
「やめて〜っ」
「んーこれはっ! ワンカップは上がったね!」
 嫌がるアキをペタペタ触りながら四法さんが遠慮なく言い放つ。
 怪力で挑むとアキに歩があるので四法さんはのらりくらりと手を掴まれるのを避けるように色々な場所を触る。上に乗られている状態なのが更に彼女を有利にさせているのだろう。
「ん? でもなんか全体的に……」
 腕やお腹周りもしっかり触ったあとふむ、と手を止めて顎に当てた。
 アキは聞きたく無いと言わんばかりに彼女の言葉を遮って抱きつく。
「やめて! 太ってない! 太ってないのっ!
 お母さんがバクバク食べるからぁー! わたしのじゃないのー!」
 ああ、今ので何となく理解できた。気付いていたんだなと俺は思う。
「……全然大丈夫だと思うが? むしろ良い」
「せやなぁアキちゃん太ってるなんて言うたら他の人に失礼なくらいやし」
「俺も骨っぽくなるよりは全然良いと思う」
 タケとジェレイドの反応はポジティブだ。更に俺も含めて全然気にはならないという圧倒的多数意見を得た。
「あ、ありがとう御座います……照れるのでやめてくださいなんか」
 真面目に赤面して顔を隠す。普通に恥ずかしかったらしい。
 うええと抱きしめられた状態で力を込められて四法さんが苦しみの声を上げる。
「俺もあんまり食べさせないように頑張ってたんだけど、シィルすげー美味しそうに食べるからさー」
 真実を言おうと喋っている所でバッと四法さんを解放してアキが俺の隣に来る。
「えっコウキさんも一枚噛んでるんですか?」
 あはは、いやー、と言いながら眼を逸らして目が合ったウェイトレスさんに注文を始める。
「なんで目を逸らすんですか?

 ねぇコウキさーーんっ!」

 アキに揺さぶられながら注文を終えて過去を振り返る。
 あの食べっぷりを見ると逆に与えたくもなるのである。食べるものは全部美味しいって言ってくれるし、残飯処理もきっちりやってくれる。
 そりゃもうなんか普通に張り切って作ったね。お腹を丸々とさせて「けぷぅっ」て言うシィルがもう可愛くてね! お母さん張り切っちゃったなぁ。

 全てを聞いたアキがずぅんと沈んだ顔でテーブルを見る。
「うーん……ぷにぷに」
 ほっぺたをつまみながら言ってみる。顔はあんまり変わってないとおもうけど。
「ぷにぷにとか言わないでください〜!」
 ガッと物凄い勢いで腕が掴まれてギリギリと万力で潰されるように圧迫される。
「い、いけるってもうちょっとぐらい大丈夫だって!」
 動いくから大丈夫というシィルの言い分は大方合っていたと思う。ただ俺や食事を提供してくれる環境が今回は余分な物をつけてしまう結果になったのだと思う。別に太っているようには見えないけど、重くなったという事実が重要なのだ。
 だから彼女は俺の言葉にいやいやと頭をぶんぶん振る。
「見えてるところじゃないんです! わたしは痩せたいんですぅー!」
「シィルになってから、もう男大盛り分量で計算してたんだよねアキの分。神殿でもスゥさんに……」
 いやぁ良く食べると作り手が調子に乗る。シィルの皿にスゥさんも嬉々として盛り付けていたのを俺はしっかり覚えている。表情はあんまりわかんなかったけど、楽しい事を言ったら同意はしてくれてたし。
「うわああああ! 減らして! 減らしてくださいぃ!」
 なみだ目でさっきの倍以上の幅を揺らされる。
「さっきまでぱくぱくやってたじゃん。大丈夫だよー」
「うあああっ! 今日は動いたからいいんですっ!
 わたしだってちょっとぐらい自分にご褒美があってもいいじゃないですかぁ〜!」
 アキの叫びが響く。どうせ周りもこんな感じであまり目立つ物でもないが。
「乙女の悲痛な叫びやなぁ」
「なまじ作れる奴が回りにいっぱい居ると抑制が大変だな」
 オレは羨ましいがなーとニヤニヤとしながらタケが俺たちを横目に飲み物を呷る。
「まぁまぁ飲み物来たしこれ飲んで忘れよう」
「忘れちゃダメなんですよぅ!」
「はいカンパーイ!」
『乾杯!』
 カキンッと甲高い音でグラスを合わせて皆で飲み物を呷る。
 アキは半ばやけっぽい感じでもあるので今後はちゃんとダイエットに貢献しようかなって思った。


「はー。笑った笑った。うん、今ならあたしがんばれる気がする」
「がんばる?」
 四法さんが頷くと少し俯いた。
「うん。がんばって思い出してくる。

 まず、テンションを下げます……」

 スッと淀みない動作で膝を抱えた。心無しか四法さんの周りだけ照明の光が避けているような暗さになった。
「体育座り!」
「腹が痛い時のポーズ!」
 タケと俺がその姿勢に思わず反応する。
「オイオイ、それってもしかして……」
 タケがその先を言わせようとニヤニヤと俺に吹っかけてくる。
「生理を笑う男子は生理で死ねばいいのに!」
 四法さんがぐっと拳を握る。折角テンションを下げようと言うところで物凄い腰を折った。
「それってオレ達の朝の生理現象に応用されねーの?」
「別に辛くないだろ!」
 パァンとタケを叩いていい音がした。それでも何事も無かったかのようにタケが笑って食事が続く。
「アキちゃん、男の子黙らせて」
 四法さんは体育座りのままそう言う。
「わたしには無理ですって」
 困ったような顔でプルプルと頭をふるアキ。
「イチガミくん、アキちゃんを表現する四文字を言って」
「ぷにぷに」
「ぷにぷに言わないでください本気で殴りますよ」
「ごめどぶぅっ!」
 目が笑ってないので謝ろうと思った瞬間にもうこちらに手が届いていた。
 軽い左アッパーだったけど思いっきり反応して自分の仰け反った勢いで首がコキッて鳴った。
「乙女のヤキ入れやな」
 対面にいるジェレイドにケラケラと笑われる。
「もうっ気にしてるって言ってるんですぅー」
「ワカリマシタ。オトメ センサイ」
 言った後二秒程まって、アッパーされた状態から顔を戻した。アキは四法さんをチラチラと気にしながら飲み物を少し傾けていた。
 俺も少し黙ろうと思って喧騒に耳を傾ける。今日も酒場は疲れたおっさんの愚痴と誰かの下らない話が行き交う。


「ダメだ、死に際も煩いと評判の俺に黙っとけなんて無理至極!」
「確かにコウキさん死にそうでもそうじゃなくてもとっても喋りますよね」
 アキがうーんと唸る。
「だって喋らないと死ぬじゃん?」
「死にません」
「死ぬって」
「死にません」
「死ぬ死ぬ」
「死にませんって」
「ぷにぷに」
「死にたいんですね」
 アキが本当に眩しい笑顔を見せた。
「すいませ ブフゥ!」
 今度は綺麗に顎を捉えた拳が綺麗に俺の脳を揺らす衝撃をブチ当ててガコォっと店内に響いた。
 ヒューっという口笛と歓声のなかむくりと起き上がる。


「あーきたきた……うあーやだやだ……」
 俺が黙って暫くして体育座りの四法さんがブツブツと喋りだした。ジェレイドも彼女を心配そうに見ている。
「無理はすんなよ」
 タケが暗い店内で眼を凝らした。一応対角線上に居るので一番遠い。テーブルからちょっと椅子を離して壁側に居る彼女は暗くてどういう表情になっているかが少し見えづらい。
「うん、ありがと。にゃーくんのぶっきらぼうにやさしいところ好きだよあたし」
「て、照れるじゃねぇか! 真面目に言ってんだから茶化すなよ」
「照れんなよぅ」
「あはは。イチガミくんも、ずっと面白いから好き」
「ありがと」
 次弾は俺に来たけれどその好きの意味は俺が言うのと同じだから素直に頷けた。
「安心するなー。中学生のね、四人で集まってた頃が一番楽しかった」
 四人でつるむようになってから、そんな時間が多かった。放課後は俺はバイトで居なくなることが多かったけど、昼休みや朝だって一緒に話してた。
 三年になってから。受験だのなんだので忙しくなってから余り会わなくなったんだっけ、と振り返ってタケも俺と同じ少し遠い眼をしているのに気付いた。
「そいやキツキが好きなんだろ?」
 その好きの意味は俺達に言っていたものと違う。
「うんー。好きだった」
「……過去形でいいの?」
 それに四法さんは深く頷く。
「……そうだ。イチガミくんのお姉さん、病院に居たんだよ」
「そっか。壱神病院じゃないことを祈るよ」
 心の底から今そう思う。俺はその病院は死ぬほど嫌いだ。
 その病院は伯父が経営している病院で、爺さんの代から続いている。大きくしたのは伯父さんなのだが俺はあの人が嫌いだ。そしてその息子が最低だ。
「残念だけど、そこ」
 無情にもそう言われてしまうが覚悟は出来ていたというか、当然かなと思った。
「そっか。だよね」
「コウキさん、お医者さんの息子さんだったんですか?」
「ううん、家系に病院やってた人が居るだけ。爺さんがやってて、親父のお兄さんが継いだんだ」
 聞き終えたアキがなるほど、と頷く。俺自身はそんなに自分の家の事は話さない。あんまりいい記憶がないからだ。
「姉ちゃんがなんでそこに?」
「入院してたの。事故にあって」
「事故?」
「爆発事故」
「爆発事故!?」
「うん。イチガミくんのバイト先がね、ガス爆発したの。そこで亡くなったのがヤエくん」
「どうして? て、店長やバイト先の人は……!?」
「……キツキくんと店長さんは亡くなったみたい。ニュースで見たのはそれだけ。他はあたし蚊帳の外だったから……わかんない」

 店長が――……。
 訳がわからない。俺はキツキを客として招いた事はあるがキツキに店長を紹介した事は無い。或いは、俺の死んだ後に知り合ったという事も考えられる。

「……姉ちゃん、どんな容態だった?」

 今心配したって、全然意味無い事なんだけど。心配せずに居られるほど縁の薄い人じゃない。

「包帯ぐるぐるまきだったけど、元気そうに笑ってた」
 そうかぁ、ため息を吐いた。
 あまり良い状態じゃないらしい。まぁ元気は元気みたいだが。見舞いに行こうにも俺は先に居ないわけだし……。
 色んな事が頭を巡る。とりあえず姉はとても心配だ。店だってとても心配だ。店長がいないんじゃあの店はもう終わりじゃないか……。
 今知った新事実――と言ってももう全て終わった話なのだけれど、俺にとっては無かった世界の話に息を呑む。
「あたしね」
 四法さんは顔を伏せて、声を絞り出す。
「お姉さんを責めに行ったの……。
 ヤエくんが死んだのは貴女のせいなんでしょって。
 返してよって、理不尽に、結構酷い事言った。

 久しぶりに、本当に死ねばいいのにって言った」

 泣きそうになった。俺が責められた訳じゃないし誰が悪いかが分からない。
「そっか……ごめんな」
 姉が悪いとして俺が出来る事は代りに謝るぐらいだ。四法さんは横に小さく首を振った。
「お姉さんもね、謝ってくれたの。
 ごめんね、って。
 すごい馬鹿で、
 何も聞かずにただ言っただけで、
 なのに泣きもせずに、聞いて、
 あたしが喋り終わるまでずっと、聞いてくれて、
 ごめんねって、私が死ねばよかったねって、
 あたし、
 自己嫌悪で死にそうだった……!」

 四法さんがボロボロと泣き始めて、アキが隣に座って肩を抱く。

「こんな風に、凄く泣いちゃって……訳わかんないあたしをね、大丈夫? って心配してくれるの……っ」
 言葉でどれだけ言ったって受け入れる。
「お姉さんに久しぶりにあたしにあって、可愛くなったねって褒めてもらって……」

 あの人はどんな人にも優しい。
 例えば泣いている子は必ず助ける。例えば弱っている老人の手伝いをすすんでやる。俺の友人には必ず茶と菓子を出す。
 ただ無抵抗に虐められていた俺を助けてくれた。

 俺の知ってる正義のヒーロー。

「あ、金髪の柄の悪い男の人が来たんだった」

 そして、その男が俺の知っている最悪の男。

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