閑話『ヒーロー! 後編』
「こ、コウキさんが見たこと無いぐらい怖い顔してますよ、大丈夫ですか?」
「いいんだ。続けて、思い出してすっきりしようぜ。どうせ分かるよそいつの事」
本当に笑えない。アイツが関与してくるのは本当にロクな事にならない。
「えと、初めはお見舞いのフルーツくれたり、陽気ないい人かなって思ったけど、お姉さんが断ると、急に暴れ始めて……。
ナースコール鳴らして、逃げた……。
エレベータが動いて無くて、階段の下にも行けなかったから上にあがって……」
話している四法さんの様子がどんどん辛そうになっていく。
アキも心配を隠せないでただじっと彼女に触れている。
「……まってね、全部思い出す、から」
そういって一度大きく深呼吸してからまた遠くを見るぼぅっとした眼に戻る。
「フェンスを越えて、逃げてって、お姉さんに言われた……
一メートルもないからビルの間を飛んで、隣の建物に行ってって、お姉さんは屋上に残って……ドアを支えてた……フェンスの返しが、切られてるところがあって、多分自殺に使われたんだろうけど……そこを使ってフェンスの向こう側に行った時にあの人が来て……。
四法さんがアキの手を強く掴んで震える。涙は止まらないみたいだ。
「必死に、しがみ付いて、逃げてって叫んでくれてるのに、セーターが、フェンスに引っかかって隣のビルに飛びたいけど止まって外してたら
『外してやるよ』
って聞こえて――!!」
正直この世界に来てまでアイツの話を聞かなくてはいけないこと自体が本当に腹立たしい。
俺の友達が凄く泣いているのに何もやってやれないのが凄く腹立たしい。
本当に、本当にアイツだけは許せない……!
「お姉さんは……! アスカちゃん、て、手を伸ばしてくれて、セーターを掴んでくれたんだけど……! 針金で、傷開いて血が凄い出てて……!
お姉さん、ひっ、あの人に殴られて……あたし……病院の屋上から……!」
四法さんが嗚咽をもらしながら涙を零す。
「もういいよ、ありがとう四法さん。
本当にありがとう」
辛そうな四法さんに歩み寄ってアキの上から更にかぶさるようにそう言った。
「誰か助けてって……!」
それはきっと姉ちゃんの叫びだろう。助けを求めたのは、四法さんの為だ。
「もうええよアスカ。大丈夫やって」
ジェレイドが軽く触れて、落ち着いた声で言う。
四法さんはブルブルと身体を震わせながら頭を上げる。
「ゴメン……! あたし、助けてもらってたのに……!」
「いいよ。俺姉ちゃんはやってねぇって思ってたもん」
初めはちょっとショックだったけど、何かあったに違いないと俺は他の原因を探す事に注力していた。
「なんで……っ?」
泣きながら問い返してくる彼女に笑い返す。
「知ってるか、ヒーローっているんだぞ」
俺は何時も笑いかけてくれる人が居たから。
その人みたいに笑うようになった。
「俺が姉ちゃんをすげえって思うところは、何やられても、次の日には笑ってる。
アイツに踏まれようが殴られようが、俺に危害が行かないようにってずっと耐えてた。
そんな事があったのに毎朝の早朝に働きに出てお金稼いで、俺を連れ出して逃げたんだ!
姉ちゃんは確かに俺が言ってるようにブラコンでちょっと変態だけど、
何より、馬鹿みたいに真っ直ぐで芯の強い人だった!
多分暫くあってないから記憶に脚色が掛かってると思うんだけどさ……。
その姉ちゃんに俺は負けたくないんだよ。
憧れなんだ。あんな人になりたいよ」
おっちゃんに言われた「英雄」と俺の言っている「ヒーロー」は全く別の物だろう。
俺の「ヒーロー」という言い方に相当するものは「俺の理想になった人」だけだ。
あの人に恥じないように。俺を誇れるように生きようと思ってる。ただそれだけの事。
「……なんだか、分かる気がします」
そういう点ではシィルはちょっと近かった。理不尽な強さと揺るがない心。アキにそうだろって笑いかけて、二人で四法さんを解放した。
「姉ちゃんは四法さんがちゃんと分かってくれたなら許してくれるよ。俺が許す!
多分色々何か起きたのは確かだと思う。それはキツキが大体知ってるだろうから。
というわけで!」
俺は四法さんの頭の上に手を置く。
「それぐーりぐーり」
「わっわっ!?」
四法さんが驚きながらされるがままに頭を動かす。
終わってから「何!?」と眼を白黒させていたけどその顔に俺が笑う。
「泣いて欲しく無いんですよね!」
にかぁっと笑ってそう言ったのはアキ。
「俺に言わせてよ!
これはあれだよ! アキが暖めてたから、ほら黄身が寄らないように転がしたんですぅ!」
「あたしはゆで卵かぁああ!」
四法さんの突っ込みが炸裂する。
その反応に笑って俺は一つだけあの人の言葉の真似をしようと思った。
「少しでも進めるように。そうしないと今なんて変わんないよ。
泣く事の全否定じゃなくて、笑顔の信仰崇拝でもないよ。
笑って頑張る方がずっと気持ち良いしな! そんだけ!」
俺がソレを聞いたときはなんて気持ちの良い言葉なんだと思った。
それが通じたかどうかはよくわからないけど、イチガミくんっぽいね、と評価を受けた。
俺はまだまだヒーローシンドロームなだけなんだけれど。
誰かの笑みに慣れれば少しは誇れるから。
「イチガミくん、ありがとう。ちゃんと聞いてくれて」
「大した事じゃないよ」
「最後に、聞いていい?」
「うん?」
「あたしに何か隠してない?」
「四法さんに? えー俺が隠し事なんてそんなお天道様が……」
そこまで言って、思い出してしまった。
「あるでしょ?」
さっきまで泣いていたせいか、ちょっとだけ艶っぽい笑みで彼女が言う。
「許してくれませんかね、お天道様」
隠すつもりは無いけど、黙っていたいというか。俺以外から聞いて欲しいところでもある。
「隠し事って良くないよね。あたしは言ったよね」
隠し事なんてもう無いよ、と抱えた膝からぎりぎり目が見える位置で俺を見る。
そうだなぁ、と思った。何時までも黙っていたって仕方ない。
みんながどうするかだって俺も聞きたい。
「腹を割って一つ。話そうか。タケ、四法さん」
「ん?」
タケもその言葉に食事の手を止めた。
「もしかしたら聞いてるかも」
長い時間が経った。世界にも慣れただろう。
「俺達は元の世界には帰れない。死んだっていう事象を超えられないんだ」
それを頑なに信じていたら、今頃心を折るのかと怒られてしまうかもしれない。
「何でもっと早く言ってくれなかったの……?」
泣きそうな声に俺は慌てて返事をする。
「四法さんはさ、俺に元の世界に帰ろうって言ってたから言えなかった。
言おうかどうか迷ったけど。でもこの世界なんでも出来るから出来なくは無いかもって思ってた。俺もちょっとぐらい探してみようって思ったのもある。ほら、お別れは出来たしね。
俺は死んだって受け入れたから。戻るつもりは無いんだよ」
「そんな……! あたし全然……知らなかった……!」
四法さんの姿に、流石に罪悪感があった。
「ごめん。やっぱり言うべきだった」
「オレはそんなこったろうと思ってたぜ」
タケは別段態度を変えるわけでもなく、手元のグラスを空にした。
「ぷはっ、ま、死んじまった事をグジグジ言う気はねぇよ」
「そんな簡単に……!」
四法さんが顔を上げて言うが、タケがキッと睨み返した。それにビクッとして四法さんが黙る。
「はぁ、オレ達があっちで死んだ不幸がどうこうじゃなくてよ。こっちで生きてる事が幸福だと思わねぇか?
死んだらほんとは終わりだったんだ。普通じゃねぇのかもしれねぇけどよ。
本当は全員終わってたけどこっちで同じ記憶もって生きられてる。
……死にっぱなしで満足だった訳じゃねぇんだから素直に喜ぼうぜ?」
此処で生きている事を喜ぼうと言うのは俺も言いたかった事だ。
しっかり代弁してくれたタケに感謝して四法さんを見る。
黙って膝に顔を埋めて、彼女は暫く何も言わなかった。
「……ホントはね……」
間を置いて四法さんが姿勢を変えないで話す。
「ちょっとだけ覚悟してた。お別れの時、あたしの服見てね、お母さんが、着替えなさいって渡してくれたのに、すり抜けて。
ああ、死んでるんだなぁって。お母さんも凄く泣いちゃって」
あたしは分かってたからお母さんに泣かないでって言って。
「覚悟が足りなくて、いっつも否定するように帰る帰るって言ってた」
彼女は少しだけ顔を上げて続けた。
「みんなと中々会えないし、こうやって真剣に話してくれる事もあんまり無かったし。やっぱり、ぐじぐじ言ってるのあたしだけじゃん……!」
まばたきをしながら涙を流す。
一番割り切りがいいのはタケだ。ある程度覚悟はあったのだろうけれど聞いてすぐにこの態度を取れるのは凄いと思う。
「確かに初めに会った時に言われても、イチガミくんに酷い事言って終わってたと思う。あたし馬鹿だから。死ねばいいのにぐらいしか言わなかった。
だから。
今、会えて良かった……!」
ぐっと袖で涙を拭って、ガッと両足を下ろして立ち上がった彼女がパァンと自分の頬を叩いた。
四法さんの突然の行動に皆で驚く。
「ありがと! あたしに足りない、この世界で生きる勇気を、貰った気がするっ!」
てっきり、泣くんだと思っていた。
さすがに俺が泣かしておいて慰めもしないなんて事はできないし、どうしようかと思っていたのに――
思いっきり俺に向かって笑って見せた。
どうやらお天道様は俺を笑って許してくれるようである。
「さぁ、アキちゃん! あたしこれから凄い飲んだり食べたりしようと思うのっ!」
「うん。良いと思う」
アキはふっと優しく微笑む。
「付き合ってねっ」
「見守るから、お願い、見逃してください」
そのお誘いはぷるぷると頭を振る。どうやらもう食べ収めしたらしい。
「差し当たって、このパフェが食べたくない?」
「無視!? お、お願い、わたしもう今日は……! あ、美味しそう……でもっ!」
メニューを差しながらアキに寄っていく四法さん。デザートなのが良い感じにアキを揺さぶっているようだ。
「アキちゃんが冷たい……」
「ち、違いますって……! ええと、わかりました、半分こなら……!」
きゅっと手を握ってアキが提案する。その言葉に四法さんがぱあっと笑顔を輝かせた。
「うんっ! すみません、このパフェを二つ!」
「うあああん! 半分が一つに!」
そして俺達は再び祝杯の続きを始めた。
今は皆、本当に笑えている。それが俺は嬉しかった。
*アキ
お酒を多めに頼んで今の事はおぼろげにしてしまえと乾杯して、雑談を始めて少したったぐらいで不意にアスカと自分の二人の会話が切れた。少し薄暗い店内で各テーブル毎に照明がぶら下がっている。暖かい色の光はお肉をいつもより美味しそうに映す。
不意にグラスに視線を落とす間が出来て、グラスを持ってチョットだけ飲むと楽しく笑う隣の人間が少し気になった。
ご機嫌に話すコウキさんはやはりずっと仲のいい友人と話せている事で物凄く上機嫌だ。
彼がさっきあんな風に話していたお姉さんの話は少し気になる。
「うーん、なんかやっぱり気になるなぁコウキさんのお姉さん」
チョットだけ気になって呟いた。それはきっとアスカ程度にしか聞こえない程の声だった。
「お姉さんは、ファーナちゃんぐらいの身長で胸はアキちゃんぐらいあったかな。
頭も良くて気立てが良くて……超働き者で芯の強い人でお姉さんだった……」
最後はプラスだったのだろうか、と少し首を傾げた。
「高い壁ですね……そうですよね、わたしもぐずぐずしてられないなぁ……」
自分にも追いかけている人がいるのだから、そうある為に進む事の大事さをやっぱり彼から沢山教えてもらっている。
「えっ何が?」
そういってアスカちゃんがグラスを口にして傾ける。
「わたしも、ヒーローになりたいですから」
そう言うとアスカちゃんは首を傾げて口にしていたグラスを離す。
「アキちゃんがヒーロー?」
「わたし、ほら全然弱そうな感じしかしないじゃないですか。威厳が無いと言うか」
「うん」
全く間を置く事泣くアスカちゃんに頷かれる。
「……分かってましたけど。うん」
しょぼくれて机に指先で円を描き始める。自分で言うより人に言われる方がやはりショックが大きいのである。
「うーん、イチガミくん、イチガミくん」
「何ー?」
「アキちゃんって良い子だよね」
何を思ったのだろうか、アスカちゃんがそう言ってコウキさんに話しかける。
コウキさんは当然だろ、と指を立てた。
「アキは凄く良い子なんだ。って括るのは簡単だけど、そこは何でもないって言ってくれるから何でもないよ」
なんでもない、そう言ってしまうのは本当に自分がお世話になっている事が大きな理由だ。
不意にコウキさんの視線を感じて視線を合わせると、ニカッって眩しく笑う。
「本当に、命がけで友達やってくれるから俺とファーナが一番信頼してる。俺達のヒーローなんだぜ!」
コウキさんの言葉を聞いて、ぶわぁって、全身に鳥肌が立った。
嬉しかった。
すぐに目頭が熱くなって、ボロボロと涙が零れ始めた。
「……あ、あれ、凄い涙でてきた、あっうぁっちょっと見ないでくださいっ」
わたしが認められた事が嬉しいのか、何だったのか良くわからないけれど。
顔を隠して思わずアスカちゃんの方に逃げた。
「ちょっとウチの子を虐めないでくださいイチガミくん」
よしよしとわたしの肩を抱きながら、アスカちゃんが言う。
「モンペかよ! あ、チクショウ、言わされた!」
コウキさんが悔しそうにペチペチと机を叩く音が聞こえる。
「何その得意げな顔! あ、まただチクショウ!」
コウキさんがアスカちゃんにやられてまたペチペチと机を叩く。
本当に仲がいい。
落ち着いたのでアスカちゃんにありがとうとお礼を言って解放してもらう。
コウキさんも心配してくれて大丈夫と応えて――
わたしも誰かを真似して笑う。
「わたし、もっと強くなりたいんです」
理想に届く程の強さを求めるのはきっとわたしだけではない。
「アキなら大丈夫だよ!」
信じて疑わないその人が笑ってくれるのならば、わたしだってそうなれる気がする。
「うん……うん! がんばります!」
本当に大切な人の為に在る形を決めたヒーローになると決めたその人のように。
自分も誰かの背中を本気で追いかけなくてはいけない事を知った。
ならばわたしは――、あの強さを本当にわたしの物にする為に。
其処までの道を全て自分の足で歩く決心をした。
だから二人にさようならも言わないで、世界を歩く決心をした――。
だって。さようならをする気は、これっぽっちも無かったから。
大好きな貴方達の笑顔だけを持っていきたくて。
まぁ結局最後にわたしだけ泣かされたんだけど。
いつか、絶対にそのお返しはするんだから、絶対勝手にいなくならないで下さい。
降り立った大地で決心固く、わたしは歩き出した。
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