閑話.『竜士が往く! 1』

 暑い地帯ではルーちゃんがしんどいようで、歩くのが嫌だと言わんばかりに私の荷物の上に乗っている。
 地面も乾いていて、日差しよりも熱を持っていて熱く感じる。
 町に入ってすぐは暑い地域で取れる果物などが売られていて、とても活気付いた市場がわたし達を迎えてくれた。ソードリアスは鉄鋼の町だ。ここで有名なのは武器類や宝石類となる。
 ソードリアスの端に落ちたのだが、着地のカバーはアルベントさんがしてくれた。わたしたちは、夜にクルードさんの家を訪れとりあえずそこに泊めてもらえた。
 一夜明けて、今クルードさんを探している所だ。今朝用事があると出て行って、お昼近くになったが戻らないのでアルベントさんと探しに出たところである。夜は寒かったが、昼はこれほどまでに暑いのか、と燦燦と照りつける太陽を見て思った。

 当然ながら大通りの方が賑やかなのであとで行ってみたいなぁと思いつつ獣人街を歩く。小さな噴水公園のようになっている場所に着くと、そこに子供たちに囲まれている目的の人物を見つけた。
「クルード!」
「ん? よぉーアルベント。
 暑いからってそんな辛気臭ぇ顔すんなって! ちょっとまて、今行く」

 辛気臭いといってもいつもと変わらない表情である。少なくともわたしにはそう見えた。獣の顔だからそうなのだろうかとも思うが、クルードさんが笑っているのはわかるのでやはりこの人が感情を表に出さないのだろう。
 アルベントという人は、あまり笑わないし、そもそも怒り以外の感情を表に出すような獣人ではない。コウキさんと居る時に辛うじて笑っている事が解る。

 クルードさんは子供と遊んでいたのだろう。手に持っていた紙をくるくると新聞を丸めて子供に渡すと遊んで来い、と子供に言って此方へとやってきた。

「おぉ、そうか。そういえば昨日なんか見ろって言ってたな。すっかり忘れてたな。すまねぇ。今からでよければ見るぜ」
 ぽん、と手を叩いてからわたしに笑いかけて、ぺろっと鼻を舐めた。相変わらず可愛い。
「はいっ、お願いします」

 そう言うと肯いてクルードさんが自分の工房へと踵を返す。子供たちに声を掛けて、暗くなる前には帰るように言うと子供たちは元気よく返事をしてまた遊び始める。何人かが此方を見たので笑いかけたが、睨まれたり脅えられたりの反応があった。そんな酷い顔したかな……。
「元気な子達ですね。あの子達は元々村の子ですか?」
「ああ。街の子も一緒だ。仲良く屋ってくれて助かってるよ」
「あの……今少し睨まれた気がしたんですが……わたし何か悪い事しましたてました?」
「はは、してないしてない。ただ街の子の方がちょっとねぇ……。
 ここもやっぱり……おっと、余計な話だ」

 そう言って目を閉じるとまたぺろっと鼻を舐めた。かわいい。
 確かに此処には人も少ない。歩いていると妙な視線も感じる。居心地の悪い感覚に襲われるが、最初から怯んでいてはどうしようもない。気持ち、胸を張って堂々と歩くようにしてわたしはソードリアスの獣人街の熱を持った道を歩いた。

 一応、グラネダのストレイさんのお店で紹介文を書いてもらったのでその人のところへと言ってみようとも思うのだが、いわゆる吹っ掛けに動じないようにする為にクルードに見てもらえとアルベントさんに助言をもらった。武器を見る目を養うのも含めてわたしは現在の状態の剣を見てもらう。

「ありゃ、こいつぁでっけぇ穴開いちまったな。どんなバケモンと戦ってたのよ」
「グラネダのバルネロ様ですよ。とても強い方でした」
「えぇ? 逆にそれだとこんなもんで勝っちゃったのかぃ?? 腕一つ足一つ持ってかれてやっと肩に武器が当たると言われてんのに。お嬢ちゃんすごいね?」
「いえ、負けたんじゃないかと思います」
 別に痛くは無いけれど、無意識に右手で左脇腹の辺りに触れてみる。あの時の痛みは、刺された時よりも治される時の方が痛くて記憶に残っている。あの時の感覚を思い出すと何故か身震いしてしまうほどに鮮烈なものだ。
「試合に負けて、勝負には勝った……というところでしょうか。わたしの勝ちではないんですけどね」
「ふぅん、難しいねぇ」
「いいえ。あの勝ちはコウキさんのものですから」
「そうか、コウキも元気そうで何よりだ」
「毎日怪我しててもうキュア班来るなって言われるぐらい元気ですよ」
「相変わらず危ない事に好かれるねぇ。シキガミの運命かね。
 っと。とりあえずだが大体解った。
 術式剣だなこれ。シン鉱石の破片も見えるから、かなり有名な代物だな?」
 見ただけでどんな素材かもわかるようだ。こういった工房の職人さんはみなこうなのだろうか。殆ど知らない
「はい。昔、スピリオッドと名を冠した人が使っていました」
 クルードさんはなるほどねぇ、と感慨深そうに言ってから一息ついて腰に手を当てるとわたしに視線をやった。
「アルマってのがどういうもんかわかってるかい?
 作られた武器に対して命名された事でアルマと呼ばれる代物になる。
 壊れちまったらそのアルマは直らない。絶対にだ」
「そうですか……では、せめて剣の修理を」
「どの剣だい?」
「えと……ルーちゃん」
「カウッ!」
「うぉ! カーバンクルか!
 コイツ一匹売っちまえば二代は遊んで暮せるぜ」
「キュー!?」
「そんな事しませんっ。
 ルーちゃんはわたし達の大事な仲間なんですからっ」
「はっはっは! そうかい、悪かったよ。この辺は物騒だからな。気をつけな。
 そんで、このバカでかい剣を直すんだっけ」
「はい。アウフェロクロスという剣だったんですが……」
「……この剣を例えば同じ人間が全く同じ剣を作ったとしても、この剣はアルマとは成らない。アルマも生きる。そして死もある。

 この剣は、間違いなく死んでる」

 クルードさんの目は、光が入って瞳孔が細長くなった。
 本当なのだとわたしに訴えかける。
 そうなのだとは覚悟はしていた。芯すら貫通して壊されているのだ。アルマとしての価値はこの剣には無い。巨大で重いけんとしては従来どおり使えるのかもしれないけれど、術式ラインは完全に途切れた。この剣を術用に使うことはできないだろう。

「……それでも、わたしが何年振ってきた剣なんです。

 初めは重くて剣に振り回されてた剣をやっと振れるようになって……まだ、わたしはこの剣にとって誇れる使い手ではないでしょう。それでも命名を貰った母が使った形見で、わたしの誇りなんです」
 わたしが目指す背中は、これを持って歩いたとしても遠い。今、さらに遠ざかってもらっては困るのだ。
「大事なのはわかった。わかったが……。
 さっきも言ったとおり、同じものを作るのは不可能だ。ソードリアスにいる職人達なら似た物ならば作れるかもしれないが君はそれでいいのか?」
「……似た物……」
 それは……この剣だと言え無いだろう。
「見た所物凄い剣だったんだろう?
 その贋作がその剣の十分の一の性能に届いたとして、君はそれで満足できるのかい?」

 突きつけられていく現実に少し眩暈を覚える。
 この剣は生き返らない。
 クルードさんは押し黙ったわたしをみて、ため息を吐くとポリポリと頭を掻きながらため息を吐いた。

「アルマと呼ばれる武器を手に入れる方法は二つある。
 一つ目は鍛冶屋の作った名剣を買うことだ。目ん玉飛び出るぐらい高いがな。
 二つ目は戦女神に貰う事。戦女神は名剣を授けてくれることがある。その中の最高が戦女神の名を冠した剣だ」
 そう身近な所で言えばコウキさんが前者で剣聖が後者。コウキさんが高価な剣を持っているのはファーナという神官のトップという地位を持つほどの存在が居てくれたりする周囲の存在によるものだ。
「まぁ現存する命名された剣の殆どが金じゃなくてその剣匠の意向によって託されるもんだ。アンタががんばりゃ勝手に転がり込んでくるかもな」
 ……いい武器がいい人を選ぶ。伝説話では良くある。めぐり合わせは必ず存在する事だ。

「うぅ、やっぱり新しいの買うしかなさそうですね……」
「新しいのもこれクラスだと高いぜ。というか、作れる工房も少ないな」
「そうなんですか」
「あぁ。つか、この大剣を作るには普通の人間なら何人も人を使っちまう。
 ドワーフかオレみたいな獣人の奴に作らすのをオススメすんぜ!」
 自分を親指で得意げに指して耳をピクピクさせる。
「じゃあ……この紹介書のレオングスという方のところへ行ったあと、作り置きで良いものが無ければお願いしていいですか?」
「随分遠い気がすっけど……ま、オヤジじゃしょうがねぇよな」
 がくんとうな垂れた後に頭を掻きながら言う。
「オヤジ? 血縁者なんですか?」
「いいやぁ、レオングスのオヤジはこの一体を仕切ってる鍛冶屋の頭領よ!
 頑固者だが、武器一筋の腕前は世界一だ!
 皆が尊敬するオヤジなのさ」
「そうなんですか……ホントに凄い人となっちゃうと、わたしなんかの話を聞いてくれるかどうか」
「んぁー。確かにどうだろうな。つかオヤジが直接話してんのはあんま見ないぜ。大半は工場で弟子鍛えてっかんなぁ。ああ、鍛えてる時の親父は怖ぇぞ。誰彼構わず怒鳴り散らして追い返すんだ」
 鍛冶屋の、しかも頭領の人なんてホントに凄く怖い人なんだろうなぁって思う。代等するのはわたしのわたしの父が厳しい時の顔であるけれど。

 クルードさんにお礼を言って、わたしはルーちゃんと紹介状に書かれた鍛冶屋さんの所を目指す。
 町はお祭り雰囲気だった。妙に賑わっていて、横断幕には戦女神祭典と書いてあった。町の人に聞いてみたが、戦女神祭典と言うのが開かれていて、あと二週間後に武術大会があるらしい。……獣人街とは違って、一風変わった景色に見える。――まるで別の街のようだ。

 良く見れば、此方の街には、獣人の人は居ない――これじゃあまるで。
 完全に二つの街が出来上がってしまっているみたいじゃないか。
 わたしは近くにあった街のガイドマップをみて、獣人街を探す。獣人街はソードリアスの端で職人街から直通していける場所である以外何のメリットも無い場所に密集している。

「あの、ちょっと聞いてもいいですか」
 少しだけ聞いてみようと看板の近くに出店を出していた八百屋に近づく。
「ん? なんだい?」
「この大通り、獣人さんが居ないんですけど、何かあったんですか?」
 わたしが聞くと、あぁ、と視線を逸らして苦笑いをした。
「あぁ……獣人街ならあっち側にあるよ。殆どでてきやしないし、近づくと勝手に逃げていくからねぇ。
 職人街に行きゃぁちったぁ見れるよ。つってもガラのいい連中じゃねぇからあんまりジロジロ見ないほうがいいがね。特に嬢ちゃんみたいなのは食われちまうかもよ? なんてなぁ!」
 わたしが話しかけた八百屋の主人が笑う。
 ――共存とは名ばかりで、やはり間借りしているような疎まれる関係で獣人は獣人街に追いやられているのか。
 職人街には居るがこちらの街や大通りに殆ど現れないのはやはり此方との確執が問題なのだろう。
 取り合えずリンゴを一つ貰ってルーちゃんにこっそり持ってもらう。
 モヤモヤとした気持ちを抱えながら、一先ずわたしはわたしの用件を済ませようと職人街を目指して歩き始めた。



 一級職人達が集う職人街は思ったよりも綺麗な場所だった。
 石造りで纏められていて、山に向かって坂道が出来上がっているこの職人街はショーウィンドウに所狭しと並べられる剣や装飾品で溢れ返っていた。歩いている人に旅行客や若い女の人も多い。
 ここにはコウキさんやファーナは一度きている。わたしの母も代行してくれていたがあの人はアクセサリー類等に興味を示さないという女らしからぬ人だった。貰える物に関しては一通り喜ぶのだけれど。
 なので出来ればもう一度わたしと此処にきてもらいたいものだと思うけれどそんな事よりレオングスと言う人を訪ねなければいけないと気付いてフラフラと引き寄せられかけていた足を止めて地図を見た。
 ルーちゃんもわたしから離れないようになるべく近寄ってきているが、かならず私の影に立つようにして日光から逃げている。
 自分の居る位置と、目的の工房を見てため息を吐く。やっぱりレオングスと名を貰うような人の工房だけあって、一番遠くて高い場所にある。上るのも一苦労だなぁと坂を見上げた。熱気で陽炎に揺らぐその道の先に辿り着いて、わたしはちゃんと交渉できるだろうか……。背中に大きな布を巻いて持っているアウフェロクロスをやっぱりルーちゃんに持ってもらおうか悩む。いや、あまり横着な事をして騒ぎになっても拙いのでそれぐらいは我慢しよう。
 一つ大きく息を吸って、わたしはルーちゃんに声をかけるとその長い坂道を登りだした。



 世界一と名高いレオングスの店は沢山武器の置かれた広いお店だった。他の店に比べて雑然さが無く、一つ一つを平面に置いたり壁にかけてあったりと一つ一つの高級感があった。駆け出しの弟子さんが店番をしているらしく、会計を担当するお姉さんも美人だ。
 こういうお店ではコウキさんはまず清潔さを褒めるだろうか。ショーウィンドウのガラスはピカピカだ。そして武器も手入れが行き届いていて、どれを手にとっても価値があるものだとわかる造りがとても良いんだそうだ。ただ彼の個人的な意見としては下町にある雑然とした武器屋が安心するらしい。それにはとても共感できる。
 一先ず店について、お疲れ様ですと労われたのが少し嬉しかった。冷たいお水ももらえて、ルーちゃんにもと浅い食器に水を入れてくれた。高地なのでみな一様に水を求めるのだと店番のお姉さんが笑う。なんとなく、コウキさんが「うーん採用!」と言ってファーナが笑う声が聞こえた気がした。わたしの日常がここに無いのはやっぱり寂しい事である。
 レオングスに会いたいという件と紹介状を渡すと一度弟子さんが奥へと下がって行った。せめて今日会えるかどうかは解らないらしい。面会の日取りを決めるだけかも知れないが、確かに有名な人だ。そう簡単に会えるわけも無い。だが正直あまり往復したくは無い坂である。何かの間違いで今日会ってくれないだろうかと切に願う。
 とりあえず待っている暇な時間を武器を見て過す事にした。幸いあまり此処に上ってくる客も多くは無いのだろう、わたしを含めて三人ほどしか店内には居ない。それでも武器屋に居るにしては多いかもしれない。
 取り合えず女性向けと書かれていた手ごろな剣を持って軽く上下する。やっぱり軽い。片手剣だとまた慣れるのに時間が掛かる。今まで持っていたものが重いのもわかるが、やはり片手は軽い。軽い剣で威力を出そうとするなら腕力を鍛えるしかないし、上手く戦う為に色々技を鍛えなくてはいけない。正直コウキさんを見ていると腕力だけで戦う自分をたまに脳筋馬鹿だなぁと思わなくも無いが、それを知ってか知らずかコウキさんやファーナが手放しでわたしを褒めてくれるお陰でわたしの自尊心は何とか卑屈にならず、もっと強くなろうと思っている。
 此処に居られるのは一月も無いなるべくなら二週間ぐらいでなんとかならないだろうかと思っている。オーダーするならそのぐらいで、物が買えるなら買ってすぐに戻ろうとも思う。
 わたしがクルードさんの家に泊めて貰った夜にルーちゃんがわたしに一枚の手紙を渡してくれた。その手紙はファーナの文字でアキへと書かれていて、旅立つわたしへと宛てられた手紙だった。
 ファーナとコウキさんはすぐにわたしの異常に気付いたようだ。わたしへの感謝とエール。本当はもっと書きたかったけれど書ききれなくてごめんなさいと二枚目の紙の終わりに書いてあった。
 わたしがもし戻ってくるのなら。ファーナは“貴方が戻ってきてくれるのなら”と優しく書いてくれた。あとふた月はグラネダに居るのでまた一緒に行こうと書き添えてくれた。ヴァンさんも居なくて大変なのにわたしの心配ばかり沢山書き綴られている。
 待たなくて良いようにわたしは黙って出たつもりだったのに。わたしの気遣いは一体なんだったのだろうかと苦笑いする。

 でも待ってくれるなら急がないと。

 持っている剣の刀身に反射する自分を見る。
 今は竜人の使命だとか、世界だとかはわたしのなかで大きな問題ではなくて。
 一番身近な友人達の安否が最優先だ。

「アキ・リーテライヌさん、お待たせしました!」
「あ、はい」
 声を掛けられて振り向く。弟子さんがわたしを見つけてこちらへと小走りによってきた。
「剣をご覧になってたんですね」
「はい、チョットだけですけど。やっぱり片手剣は軽いですね、もうちょっと重みが欲しいかなーって」
「えっ……はは、それ、両手剣ですよ?」
 弟子さんは剣を見てから笑いしながらそう言った。
 良く見ると柄は確かに両手用に少し長めにとってある剣だ。
「えっあ、ホントだ! あんまり軽いからつい片手だと思っちゃいましたっ」
「ははは、竜士の方は凄いですね。でも確かにその剣は軽いんです。女性用に軽く作られたんですから」
 こ、こんなに軽いのじゃぁ全然威力が出ないだろうに……とはいえ普通とは言えない自分が何を言っても仕方ないのだと悟って一先ず笑いながらそれを弟子さんに渡して棚に戻してもらう。
 剣を戻してわたしに向き直った弟子さんが先ほどの件ですが、と本題を始めた。
「会ってくれるそうですので、此方へお越しください」
「あ、はいっ!」
 良かったわたしはどうやら本当に運がいい。
 意気揚々と歩き出した弟子さんの後ろについて私は一つ扉を入って、二階への階段を上った。其処は商談用の客間のようなスペースで大きなソファーに座って待つように言われた。いよいよ此処からわたしの商談力が試される。
 こんな時はやはりコウキさんが一番頼りになるのだけれど、そうも言ってられない。
 少し深く呼吸をしてその時を待った。

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