閑話.『竜士が往く! 2』

 暫くしてガチャリとノックも無く部屋が開けられた。
 筋骨隆々の頑丈そうな上半身に服は着ていない。工房は暑いので確かにそういう職人さんの方が圧倒的に多い。わたしを見ると一瞬だけ驚いたような顔をしていた。
 深く被ったバンダナからは鋭い眼光が覗いていて、非常に職人らしい怖さを持った人である。その雰囲気もあってわたしは思わず立ち上がって一礼をした。

「待たせたな。アンタがトラブクラハの嬢ちゃんかい?」
「はい、アキ・リーテライヌと言います。今日は急な話に応じて下さって有難う御座いますっ」
「堅苦しいのはいらねぇよ。
 ワシが鍛錬<レオングス>、ダーレス・マクレイだ。取り合えず用件を言いな」
 そう言ってわたしの前のソファーにどかっと腰かけるとキセルに火をつけてタバコを吸い始める。
 この人の名は、確かバルネロ様と同じ時代から轟いている古豪の職人だ。それでもあの人のように歳を感じない肉体の充実を見る事が出来る。バンダナの当たっていない場所から覗く白髪の混じっていない金色の髪には強い生命力を感じる。この人が鍛錬<レオングス>と名を貰ったというのには妙に納得が出来た。ダーレス・マクレイと言う名には懐かしい気分になった。これは母の記憶のせいだろうか。
 簡潔に用件を求めているこの人は機嫌を損ねてはいけないだろう。何ていっても恐いし。わたしが“アキ・リーテライヌ”で無ければこの面会は無かったと思っても良いだろう。空気に呑まれて居ても始まらない。わたしは息を飲んで話を始める事にした。
「では早速になるんですが……この剣を直せませんか」
 わたしは言って、立てかけていた剣を取るとテーブルに置いて布を解いた。剣の破片と共にその剣を見せると、ダーレスさんは予想外にも盛大に笑った。
「……はっはっは、こいつぁひでぇやられようだなァ。
 アウフェロクロスか……!」
「この剣を知ってるんですか」

 ああ、と相槌を打って、フッと口の端を吊り上げた。

「こいつぁワシが作ったからな」

「ほ、本当ですか!?」
「嘘吐いてどうすんだ。こいつの此処に印が入ってるだろ」
 太い指がダーレス・マクレイと文字の入った印が剣に薄っすらと入っているところを指差してくる。確かにその名を聞いて、聞いた事あるなと思うわけだ。
 わたしが驚きで目を白黒させていると、ダーレスさんは剣を見てため息を吐く。
「こいつぁ祭事用の剣でな。斬る事なんざ考えて無い」
「さ、祭事用ですか? こんな強い剣なのにですか?」
 驚きの事実にわたしは声を上げる。わたしの態度にフン、と鼻で笑って、コツコツと剣の刀身を指で叩きながらダーレスさんは言う。
「コイツを強くしたのは戦舞姫<スピリオッド>だ。ワシでもなけりゃ神様でもねぇ……。
 直したところで名はつかねぇよ」
「直せるんですか」
「できねぇ……な。やるなら同じようなのを作るぐらいだろうが、ワシなら絶対やらんな」
「な、何故……ですか」
「わかんねぇか? この剣はなぁ、アンタ見たいな小娘が勝手に持って行って勝手に名を上げたんだ。
 ワシからすりゃそんなモノ持ち上げられて不愉快も甚だしいんだよ」
「そんな……作り主の想いがあるものしか、アルマにはならないじゃないですか!」
「さっきも言ったがそれは装飾用だ。
 どこぞの城か教会かに献上して、飾っとくだけの為に作ったんだ。人に使えると思っても無くてな。
 手を抜いたってこたぁねぇよ。でけぇ剣をひたすら打って飾り付けんのもなかなか楽しいもんだ。
 それをくれと言った嬢ちゃんをしこたま笑ったもんだよ」



「その剣頂戴!」
 少女が両手を広げて大男に向かってそれをねだった。まるでお菓子をねだられているようだ。しかし自分がもっているのは人一人の背にとどくような大剣で、どうみてもその少女には不釣合いなものである。
 だから腹のそこからこみ上げて着た笑いに素直に笑う事にした。
「はァ? はっはっはっはっは!!
 お嬢ちゃんよ冗談はよしときな。ここらは危ないからママんとこ帰っていい子にしてな?
 おい誰か! 迷子がいるから送ってやんな!!」
「迷子じゃないわよ! ちゃんと買いに来たの! おじさんレオングスでしょ!? 凄い剣作れるんでしょ!?」
 ムキになってポンポン跳ねるその子の頭に手を置いてから視線を少し近づけるように屈む。
「おうよ! わりーがか弱い女の子用のもんはねぇんだ。ああ、あっちにガラス細工の店があってな――」
 店内には剣やらなにやらがゴロゴロと置いてある。ここにその子が居るのは危ないと思って適当に何処かへ行ってもらう為に親切心で話していたつもりが、その“小竜”の逆鱗だったようで――

 ドゴォン!! ガララララ!!

 思いっきりレバーを抉られて、少女倍はあろうかと言う大男が悶絶する。レンガを束にしてぶつけられたかのような鈍痛が身体に響いた。相当な勢いで殴られたらしいと気付いたのは自分が瓦礫の中からその娘に引き摺り出されたときだ。
「お、オヤジ!? ダーレスのオヤジがやられた!?」
 弟子達ががやがやと集まる中、そいつは此方が落とした剣を拾ってブンブンと振ったあと、此方にむかって思いっきり突き刺した。顔の横の壁に深々と突き刺さる剣を、嘘だろ、とその少女と見比べた。どう見ても剣と女の大きさは同じぐらいあった。それを軽々振り回して壁に突き刺すなんてどんな馬鹿力だ。
「馬鹿にすんな!! アタシは弱くない!! いいから売んなさい!!
 それ売るか! もう一発か!!」
「わ、解った、売る、売ってやるから……!!」





「さしものワシも十台半ばの小娘に壁に潜らされるたぁ思わなかった」
「いえ、もう返す言葉もありません。うちの母がご迷惑をおかけいたしました……!」
 開いた口が塞がらないというか。いろんな人に迷惑をかけているのは知っているがまさかこんな所にまで及んでいるとは思わなかった。
「はっはっは! なぁに、病院の天井見上げんのも今となっちゃいい思い出さ」

 剣の鈍い光を懐かしそうに見ながら、レオングスが言う。
 無茶を言う小娘――それが、なんと名持ちの名手となり、剣と共に世界に名を轟かせた。
 当事の様子なんてその人の様子を見ていると容易に想像できた。

「剣が人を呼んだ……そんとだきゃそう思った。ワシもこんなもんがあんな凄ぇ奴呼び寄せるなんざ思ってなかったからな。もう一度会いてぇもんだ」
 紫煙を吐きながら笑うその人に、わたしは少しだけ苦笑いしながら言う。
「いえ……母はもう亡くなりました。それでも最後までこの剣を使って戦っていました」
「はっは、まさか……本当か?
 ついこの間封書が来たんだが」

 わたしのお母さんが書いた封書。恐らくコウキさんの為に書いた封書だ。偽物は作れない印が入っているし、ついこの間まで“生きた証”がこの世に存在してしまっている。
 でも確かに、生きていたしこの道も歩いた。
 嘘を吐いても仕方が無い。わたしは正直に頷いた。
 そうか、とレオングスはただ眼を閉じて煙を吐いた。

「悪い事を聞いたな。新しい剣の見積もりぐらいならやらんでもない」
 それ以上は話を掘り下げないのか、と内心少しホッとした。色々と話すと物凄い時間がかかる。わたしですらよくわからない奇跡の時間を他人に信用しろなんていい切る自信もないのだ。
 しかし本題の見積もりである。
 手持ちは頑張って十万程度である。わたしにしては持っている方で、これはもちろんわたしだけじゃなくてコウキさんやファーナの心添えで成り立っている。手紙と一緒にルーちゃんに預けられていたもので、
「う、御いくらですか……?」
「この剣なら大体一千だな」
「ええ!? た、高くないですか!?」
 コウキさんの虹剣が五本買えちゃう! あれだって物凄い剣なのに!
 あれでもコウキさんは凄く値切っていたので、わたしもそれに習うべきだろうか。それを考えると凄まじい値切りだった。
「あぁ、高いな。ちなみにこの剣は……百ぐらいで売ったか。まったく良い買い物されたな。
 だがこのレオングス様に安い仕事ふっかけようなんて思っちゃ居ねぇだろうな?」
 ギロリと鋭い眼光をわたしに向けて、凄んでくる。睨まれても出てこないものは出てこないのである。
「も、もっと安くなりません?」
「ならん。その上時期もそうそうにゃいかねぇよ。急ぎ用じゃなきゃ一年はかかる」
「えええっそんな、それは無理ですっ」
「急ぐなら倍だな」
「無理です〜っ」
「じゃあ、他あたんな。
 生憎今は戦女神祭もあるからな。手はあかねぇんだ」

 戦女神祭は戦女神が天声を使い、この地での戦いを促す物である。武術大会と同じで、最も強いと認められた者には何か神意で宝持が与えれる。それは神意賜宝<しんいしほう>と呼ばれ、色々なところで与えられているのだ。
 例えば戦女神の名を持つ武器もそうだ。戦女神のアルマを獲るためにはこういった大会に出たりでもしなければ得られる事は無いのである。剣聖や戦王のように戦争で絶大な成果を上げれば話は違うが、それは次元の違う話でもある。
 そして、初めからそういった武器を目当てに沢山の人たちが集まる。またより良い剣を作れば、その場で戦女神が剣を命名する事がある。戦いの勝利の時に、命名されるかもしれない。だからここに居る職人の人達は剣作りに忙しいのだ。

 ――ここで諦めてもいいのだろうか。
 わたしの持っているお金は提示された額に比べればすずめの涙であるし、交換できる価値のあるものも無い。
 竜士団の名はそもそもあまり使いたくも無いし、わたしが使ったところで効果があるのはグラネダだけなのである。それはわたしがグラネダで残した唯一の結果、武術大会の優勝による物だ。

「解りました。相談に乗ってくれて有難う御座いました」
「はっはっは、アンタは礼儀正しいな。外見はそっくりだが中身は全然違う」
「中身は父に似たんだと思います」
「そうかい。一つ聞いていいか?
 アンタ、何の為に剣を使うんだい?」

 レオングスがわたしに訊いた。その問いにだけは迷う事無く答える事が出来る。

「どうしても助けてあげたい人が居るんです」
 それは行動理由としてはどうと言う事は無いありがちな事だと思う。
「大層な理由だな」
 呆れられたのか、肩を竦めてその人は言う。
「ええ。わたしには今これ以上大事な事って無いんです。
 それでは、失礼致しました」

 ひとまず剣を得たいのなら何処かで買う必要がある。ここのお店はいい剣が沢山あったけれど、やはりレオングスの名もあって一つ一つがかなり高価なものになっている。

 ――所詮わたしはそんなものである。虎の威を借る狐でしかなくて、本質のわかる人からすればわたしが偉いわけでもないというのはわかってしまってすぐにこうなる。相手が悪いというのもあるけれど、やっぱりわたしも世界に通じるような名を持たなくてはいけないだろうか。
 命名は何故世界に通じるものになるのか。世界各地には教会と聖域が存在して、必ずその教会ごとに、命名者が刻まれる不思議な碑石が置いてあるのだ。命名者の誕生と共に書き加えられ、死亡と共に消える。碑石はどんな人でも見に行ける。落書きや勝手に掘り込もうとする輩も後を絶たないのだが、その石は鉄より硬く、傷一つつかない。
 そういった名を残せるような事はまだしていないつもりだ。コウキさんがやってしまった竜士団名義での戦いもサシャータとグラネダで止まっている。あの辺りでは元々竜士団は有名だし好意的だ。これからはわたし一人でもあるし本質的な竜士団の活動になるのだ。
 とは言え、わたしに竜士団が務まるだろうか。
 自発的には竜士団を名乗っていないわたしが今此処にきて何をなす為にそれを名乗るのか。このままでは虎の威の件は片付かないままにわたしがそれとなくマネをしていくだけになってしまう。故に竜士団はとりあえず名乗らないで活動しようと思う。

 そもそも自分が竜士団に拘る理由は何だっただろうか。
 それは父が居たからだ。
 あの人は自分が正しい事をやってきたとは言わなかった。わたしを頑なに戦いへ行かせようとしなかった。挙句にはわたしには同じ道を歩かせない為に竜士団を立ち上げる競争をしようと言った。わたしは今日まで悩んだまま歩いてきた。
 それがどういう事かわかるだろうか。

 ――わたしは本質的にやりたい事を持っていない。

 誰かに添うのが理想なのだ。だから目標のある人の傍に居ると生き易い。かつて父の傍に居た人たちがそうだったように。
 誰かに甘えて生きてしまう。
 だから必要だと言われる事が、嬉しいと感じる。
 父がわたしを遠ざけたのは、かつての人たちと重ねたからだろうか――。

 ともあれ。わたしは今一人なのである。それは今からわたしに無い主体性を育てる大事な期間だ。
 そしてわたしが剣を手に入れるにはもはややるべき事はきまったようなものである。

 わたしは少し息巻いてその職人街の長い坂を下っていく事にした――。

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