閑話『友人語り3』

*キツキ

 まさか自分がこうなろうとは思っても見なかった。
 目が覚めてすぐ高く鳴る鎖を見上げてため息を吐く。灰色の空間に部屋の端から伸びる長い鎖が俺の腕に向かって真っ直ぐ伸びて、身体を捩るとチャリチャリと音を立てる。手首には冷たい鉄の輪が付いていて俺が逃げられないようにしっかりと手首についていた。

 ラエティア――彼女が最初に繋がれていた鎖は肉体を正常な状態に保つ為のエネルギー変換を行ってくれる物のようだ。鎖に繋がれているという感覚は薄く、宙に浮いているような感覚を覚える。逆さになっても気持ち悪くなったりはしない。なので気分が紛れるように逆さ吊りにされたような格好になってみる。
 自分がそれに繋がれた経緯は覚えていないが、多分もう駄目だったのだろうと思う。

 エングロイアの意識は日に日に自分の中での声の威力を上げていった。
 俺が感情的になった瞬間一気に恨みの声を加速させて破壊衝動を生ませる。
 スルー能力は付いたと思ったのだが、どうやら慣らされていたのは俺の方だったらしい。ジワジワと倫理や道徳が死んで行き、殺せば良いじゃないか、と笑いながら言うようになったんだという。
 確かにぞっとするが、望んでいた物だ。きっとその姿で正しいが――いずれ、ただの悪党に成り下がる。

 それを痛ましいと思ったのは俺の神子、あと彼女の姉である。
 この鎖は王族に伝わる術式でのみ発動するもので、俺は勿論知らないし、ティアも勉強不足の為発動させられない。故にこの術を発動させたのは彼女の姉だろうと推測できた。
 そしてそれを見計らったかの用に目の前の術陣が空色に光ると見覚えのあるシルエットが見えた。

「ルーツ様……?」

 ティアと同じ髪色で随分と成長した姿が彼女だと思う。まともに成長して居ればもう少しは大人しかっただろうと思う。
 彼女は現在第一位継承権を持つ次期王女だ。一応男の王族は何人も居るらしいがその中で一番権力がある翼人である。
 ティアが王族身分だというのは最初此処に来た時から分かっていたがそれから色々やっているうちに少し俺の立場は改善された。
 元々は彼女を連れ去った賊扱いである。技も何も無い時にシェーズさんに全く敵わず出頭する羽目になったのはもう思い出したくは無い程最悪な記憶である。言い訳も許されず死亡となりそうだったが、ティアに呼ばれて来たという事実をシキガミの特殊能力で証明して、一先ず一番下の雑用から色々やって信用を得た。今の所ティアの姉であるルーツの執事という扱いになっている。
 とは言え、使命が使命な為俺はこの国に居られる時間は少ない。あまり彼女の役には立てていないというのが事実である。

「キツキ。気分が優れなかったりしませんか?」
「まぁ……鎖に繋がれるってのは、気分がいいものじゃないですね」
「そうでしょうね。しかし仕方のない事です」
「それ以外は……今の所特には無いですね」
「そうですか」

 この処置は彼女の厚意である。
 エングロイアを飲んでからというもの、感情の暴走を抑えるために色々と苦労した。本当は誰にも言うつもりは無かったのだけれど、彼女はティアから理由を聞いてしまったようだ。
 ティアの延命に使われていた鎖がよもや俺の延命にも役立ってくれるなんてな。

「すみません、気を使わせてしまって。
 何か御用でしょうか」
「……いいえ。ただ少し気分転換に顔を見に来ただけですよ」
「そんな気分を害しそうな所に来ずとも、テラスでお茶を飲む方が良い気分転換になりますよ」
「私は最近その気分転換だと物足りないのですよ。
 貴方が話してくれる話が聞きたいです」
「……流石に最近はこの通りの様相でして。あまり良い話は聞かせられないのです。
 逆に私が何をしてしまったのか聞きたいぐらいですよ」
「貴方は突然倒れたのです。
 ……理由も理由です。ゆっくり休むと良いでしょう」

 執務中の彼女に今日の報告をして今日はもう休もうと思ったぐらい。その後の記憶は曖昧だ。恐らく何かの拍子にエングロイアが発動したのだろう。
 湧き上がる感情を一つ一つ捻じ伏せるのは実は物凄く頭が痛くなる。意識があるままになっていると危ないと脳が危険を察知したのだろう。気絶で済んだのならば幸いだ。やっぱり俺はもう此処を離れた方がいい。
 グラネダとの交戦の後、共通の敵は俺達を騙した六天魔王だと言うことになっていた。事を荒立て戦わせるだけ戦わせて張本人は消えるという最低な事をやったのだ。当然両国からの指名手配は免れない最悪の戦犯である。
 あいつはこの国が閉鎖国だったことを利用し、情報を操作した。初めは従者と旅する気さくなおっさんだと思わされた。口先の達者さもうつけものっぷりも見事であり、豪胆でものぐさな旅人というのを演じていた。その中で時折見せる切れ者のようなところが曲者っぷりを醸し出していた。

 まず魔王は魔女がサシャータで奪ってきた軍勢を利用してこの国に攻撃を仕掛けた。北の区域が大きく焼け、被害を与えたが、それを自分で一掃し、通りすがりのシキガミとしてこの国に自分達を売り込んだ。当然俺が対比の対象となり、彼を手伝うように国から要求された。
 そして俺は魔女が欲しがっていた“映し身の鏡”を探しに行く羽目になる。
 かの塔はこの国が元々あった場所に置いていかれた塔にある、と。まぁ俺が行った時には既にその塔は崩れていて瓦礫の山だったのだけれど、モンスターの大量発生という事件が起きていて見つけやすかった。
 その間にまたその功労者はグラネダの軍が侵攻してきていると報告する。国の偵察部隊がその軍を発見して飛んで帰って来るといよいよ国も動かざるを得ないと重い腰を上げた。
 正に上手く行き過ぎた計画通りの進行に魔王は笑いが止まらなかっただろう。ある意味六天魔王という名前を受け入れ泣ければいけないのかもしれない。本物ではないと思うのだが……まぁそれはそれだ。アルクセイドへ行ったらしいが今度は何をしでかすつもりなのか全く分からない。

 かくして俺は強制的にコウキ達の敵となってしまうことになった。国ごと巻き込むつもりは無かったのだが、仕組まれてしまっては仕方ない。俺はこの能力を使って至極真面目に敵としてあいつ等と戦った。
 が。あいつ等は戦争を止めた。
 勢いを断ち、姫二人を中心に立たせ、竜士二人に決闘をさせる。シキガミが手を下さない事でのメリットは恐らく全神子とシキガミへの配慮だ。あの戦いで神子とシキガミの力を使用して噂が広まれば今後もずっと恐ろしい存在として名が広まってしまう。圧倒的というのは必ず争いの引き金となっていく。それを避けるなら竜士団で戦争を止める力という事を成してしまえば皆それを諦めることしかできない。俺からすれば戦争屋なんて理解できない所ではあるが、ある意味そこ以外に納めどころは無かった。
 そしてもぎ取った発言権で、王二人に誤解を解かせた。グラネダの王がコウキの理解者だったというのも大きい。
 馬鹿みたいで凄いことだ。素直にそう言える。俺の可能性賭けもピエロのままに消えなくてくれていいモチベーションになる。

 さて、狂人役もそろそろ板に付いてきた頃かもしれないが本当で狂人になってしまっては意味が無い。戦う為の力として憑かせてみたコイツは結構辛い。想像しなかった訳ではないが最悪一歩手前だ。まぁ最悪は狂人になる事と言うのは分かってもらえると思うが、見境なく人を襲うのは俺としても本望ではない。迷惑が掛かるなら去るのが道理だと思う。
 ゆっくりしてはいられない。ティアに言付けて此処から出て行こう。

「ルーツ様、術を解いて頂けますか」
「それは駄目です」
「ええっ!?」
「今ゆっくり休むようにと言ったばかりでしょう」
「ええと、それなら部屋で休みます。
 術を施して貰うのは気が引けますから」

 この城の端にある物置か何かだった場所を俺の部屋として使っている。掃除は結構大変だったが人一人住むには別に問題ないだろうと思える広さだ。旅に出る為俺の私物は無い。執事をするときの服ぐらいだ。あれは城の制服という扱いで構わないだろう。
 あそこは他の部屋のように無駄に広くは無いし落ち着く。こういう空間に漂っているよりは心の鎮圧には向いていそうだ。今はまず荷物を取りに行きたい。

「虚勢はよしてください。ラエティアを守る人間がそれでは困るのです」

 全くその通りである。あまりの図星を突かれて笑顔で固まった。
 ラエティアは通り名として浸透した。ティアの本名を言える人間が逆に少なくなってきた気がする。ルーツ様が呼ぶようになってしまったから広まったという事でもある。

「……私の現状を理解してくれているのならば、どうかお願いします。
 私は早急にこの国を出なくてはなりません。
 この症状は病ではありません。だから治療に意味はありません」
「これは治療ではなく浄化です。
 このまま一年も此処に居れば治りますよ」
「……それは駄目ですね。一年も私達には時間がありません。
 試練の完了は間近ですから」

 他のシキガミが一つ試練を終了した時点で、他のシキガミ達にも同レベルの試練が降りかかる仕組みになっている。真面目にやっている奴等が居る限りこのシステムで進み続けていずれ皆がぶつかる事になる。それにティアの事もある。俺がここで浮かんでいて良い時間は無いはずなんだ。

 彼女は何も言わずジッと俺を見ていた。
 思索しているのは俺が居なくなるという話に付いてだろうか。

「申し訳ありませんルーツ様。
 執事の仕事については解任して戴きたく思います。
 余りお役に立てませんでしたが……、色々と面倒を見ていただいたご恩は忘れません」

 色々と庇って貰い、自分の下に置いて匿ってくれている状態だ。これを恩と言わない程、この社会を分かっていないわけじゃない。上下に厳しすぎて部外者への弾圧が半端じゃない。要は物凄い差別を受ける。小さくは食事が出なかったり部屋があらされたり、大きくは刺され掛けたり陥れられそうになったりが頻繁にあった。なんて陰湿な世界なんだこの城は、とため息が出る。
 一度絡んできた緑翼を正論で焼き付けてやろうとしたら王様にお咎めを受けて俺が大目玉だった。一応相打ちで片付けたがやっぱり部外者である俺の方が面倒事という扱いになってしまった。ルーツ様の執事に抜擢されたのはその直後だ。

「いいえ。貴方にはたくさんの知識を分けていただきましたから。
 特に水道のお陰で色々と便利にもなりましたし」

 技術レベルが低いのは致し方ないのかもしれない。法術が存在するので其方の発展に忙しいらしくこういった現状で良いや、となってしまっている所が中々発達しない。電気やガスが無く、夜はランプだ。ただ法術陣利用してランプのようなものをマナに負担させるという俺達の世界には存在しない方法がある。確かにこういったエネルギーを使って行く方が世界の為だなと納得できる所だ。
 しかし水道の設備を一年で国中に広げたのは、文句の出ない上下社会と規律のある国のお陰だ。
 俺は知っている水道の原理と運用方法の話をしただけで、実際に理論から物を作ったのは緑翼の学者達だし、工事の施工は青や白翼の人たちである。

「はは、俺は何もしてませんよ」
「いいえ。私は貴方にとても価値があると思います。
 貴方がよければこのまま国に居てもらいたい。
 この国は貴方のような人を必要としています。

 ……私と一緒に、良き国を作って行ってくれませんか」

 ん? んんん!?
 なんか凄い事言われてないか……?
 俺の顔から目を逸らしてその人は慌て始める。

「報酬や扱いが気に入らないのならば、私に出来る事をします。
 その、あの……なんでしょう。例えば貴方が正式に私の付き人になれば、そうすれば、誰も口を出せなくなりますし……なんなら伴り」
「え、いや、その……ルーツ様、何か飛躍したお話なのですが今問題になっているのはそこではないのです」

 凄い話が口から飛び出してるんだけど大丈夫か。思わず台詞を遮って言う。
 技術知識量で俺達が勝っているのは当然だ。そういう世界から来たんだから。
 だからと言ってその知識に身売りするのかこの人は? 賢いと言えば賢いのかもしれないが、何もそこまでしなくてもいいんじゃないか?
 状況に付いていけなくて少し困るが、話を戻していく。
 告白っぽいのには気付かなかったことにしよう。

「ラエティアの為に召喚された私はその任を全うしたいと思っています。
 命がけで何が起こるかはわかりません。
 私は特別な術を施されているシキガミな為、ティアが死ねば私も死にます。
 神子の戦いはいわば自分を守る為でもあるんです。
 先の約束はできません。私に未来がない可能性もありますから結果が出た後にお願い致します」
「戻ってきて頂けると……」
「それはまぁ、此処はティアの家ですし終わったら送って来ないわけには行かないでしょう」

 なんか楽観視してるみたいに聞こえるが、彼女が家に帰るまでが俺の役割な気がする。もしかしたら戦い終わった時点でシキガミはお役御免になるのかもしれないが、それはその時だ。今は今だ。

 彼女は俺を見て止まった。
 端麗な顔に少し憂いが宿る。その人は公務中余り感情を表に出さない。鉄仮面の姫とも呼ばれる。仕事中の物言いはキツいし、他人への評価も厳しい。有能だがあまり人を近づけない典型的な人だ。
 だからもう少し笑う人になれるように少し彼女に肩入れした。笑うようになるだけで彼女の周りの人たちは全然評価を変えてくると思ったのだ。
 その目論見は当たって周りの人たちの対応は柔らかくなった。真面目な彼女を暖かくサポートしてくれる人が増え、柔らかくなった環境から自然と笑顔になるようになった。
 少し俺への当たりも冷たかったときから、適当な言葉で味方というのを仄めかしていたのが彼女を動かしてしまったのだろうか。実はこの告白未遂は初めてじゃないのだけれど――逃げられない現状を利用するなんてズルいじゃないか。
 ああ、不味いかもしれない。

「……私は、貴方が――」

 それ以上言って欲しく無かった。
 俺は彼女の期待には応えられない。
 色んな意味で不味い。

 言わせて仕舞う前に言葉を遮ろうとした矢先に、彼女の後ろが空色の光を放った。ぱぁっと灰色の煉瓦に反射してからその術式の中心に人が現れる。

「キツキーーーーっ!」

 その元気な声の主はすぐに分かった。
 ラエティアがパタパタと走ってきて、俺に抱きつくとパキンッと両腕の鎖が消え、俺は地面に降りる事ができた。
 そういえば解除はできるのかティアは。
 ぎゅうっと抱き付いてくる彼女をぐいっと剥がすとわしゃわしゃと頭を撫でながら「どうした?」と聞いてみた。

「だっだってキツキが倒れたって……!」
「もう大丈夫だ。ありがとな」
「本当……?」
「ああ」

 心の奥底から助かった、と安堵した。
 この状態も後味が良いものではないが直撃するよりはマシだった。俺の態度を見て気付いてもらえれば一番なのだが……
 鎖が解けると少し頭痛が戻ってきたが仕方ない。
 俺はルーツ様に一礼をして言う。

「それでは私はお先に失礼して戻らせて頂きます。
 ティア、部屋まで送るよ」

 俺はティアに向き直って手を取ると俺の手を両手で掴んでティアが叫んだ。

「嫌!! キツキ! もう嫌!」

 彼女の大きな声に眼を丸くしたのは俺だけじゃなくてルーツ様もである。
 ティアは泣きそうな顔で何かを怒るように俺を見上げて強く手を握っていた。

「……どうしたんだいきなり……?」
「なんでキツキが苦しまないといけないの!?」
「俺は大丈夫だって」
「そんなことっその鎖に巻かれてないと言えない癖にっ!」
「痛いところを突いてくるな。
 でも長いものには巻かれろってことわざがあってな」
「ふざけないでよぅ!
 ティアは、本気で言ってるの!」

 涙を浮かべながら彼女が言った。

「俺が苦しむのは勝つためだ」

 俺だって本気で言っている。
 どうやら俺が逃げられないらしいとわかってから、彼女に命を預けているとわかってからも。

「……ティアは。
 キツキに苦しんで欲しくないの」

 彼女は純粋無垢だから、ただ正直にそう言った。

「だから」

 彼女等はどうしてこうも立て続けに言って欲しく無い言葉を俺に向けるのか。

「勝つの、やめよう?」

 今まで俺がやってきた事全部を否定する。

 オレヲウラギルヤツガニクイ……!

 ああ、またあの声が聞こえ始める。お前の話は聞き飽きた。裏切られて、裏切られて。その繰り返し。
 この王の呪い<エングロイア>は、裏切りの集積だ。
 いつぞやの王様の思念だけではない。色々な人間の恨み辛みを合わせて出来た感情――と言うにはおぞましいもの。
 俺が何故あんな物を受け入れたかと言うとこの身体の神性位が他のシキガミと比べて優位にあるからだ。世に存在する物の中の何よりも精神汚染を受けにくい。
 黄金と言うのは神を縛る事が出来る唯一の金属という神話がある。
 いざとなれば金剛孔雀で俺自身を犠牲にする覚悟もあった。

 じわっと頭の裏から何かが漏れ出すような違和感。それが身体全体に広がれば俺は完全に俺で無くなる。
 しかしその程度で終わっているうちは、俺はただ普通に今までどおりのキツキでいる。

「バカ。勝つの止めたら死んじゃうぞ」
「いいよ」
「いいよって……あのなティア……っ」

 じわっと右目の裏まで何かが広がった気がした。右眼を閉じて軽く押さえると、ぐぐっと押し込むように意識を向けてから目を開く。
 一瞬ティアが俺を笑ったような気がした。いや、彼女は今泣いてるんだぞ、と脳に言い聞かせる。

「いい! ティアは、そんなことよりもっといろんな所を旅したい!
 ――キツキと!!」
「だったらなおさら勝っておけよ。そしたら世界のどこへでも行ける」
「キツキも一緒が良いの!
 他にもコウキとか! ファーナとか! 皆一緒に遊びたい!!」
「……ティア」
「キツキもう全然笑ってくれなくなったよ!
 嫌だよ!
 ティアは……!
 キツキにも笑ってて欲しいの……!
 キツキが苦しいだけなら勝たなくていい!
 もっと、ティアと遊んでよ!
 前みたいに、もっと……!」

 毎日毎日、つきっきりで勉強を教えたり本を読んだりして言葉を教えた。
 最初に比べれば本当に驚くほど言葉の数が増えて自分の表現力も上がった。
 読んだり書いたりも基礎は終わってるし、今や自分で本が読めるようにだってなった。
 どうやら彼女は人としての能力は手に入れた歳相応の力も此処にいれば大丈夫。とっくに俺の力なんて必要じゃなかった。
 無意味なんだって言うんだろう。

 チクショウ。

「……わかった……」

 ズキズキと痛むのは頭だけではない。

 心が痛い。何が分かっただ。理解しただけで納得は出来て無い癖に。
 今吐きそうなほど苦しいのに――。
 ティアは、残酷にも笑って話を進める。

「ティアねっキツキと一緒に暮らす世界が大好きなの!
 楽しすぎて毎日凄く早く過ぎちゃう。
 寝るときには、早く明日が来ないかなって楽しみなの。
 キツキにはいっぱい、迷惑かけたけど、これからいっぱい返すから!
 それに今のキツキは、全然楽しそうじゃないの! しょ?
 それが凄く嫌なのっ」
「じゃあアイツはどうするんだ裏切るのか?
 お前が俺を助けるって事はお前はお前自身とアイツを見殺しにする事になる」
「うん。ランスとはちゃんと話して来たよ。
 なんか、そう言うと思った! って!」

 至って、口調は明るい。
 希望の言葉だ。
 彼女は自分の命で俺の未来を制限したくないから。
 明るくそう言っている。

 無邪気に俺がやってきた事全てを否定して壊していく。

「ふざっけんな!!!」

 お前らが先に諦めたら、俺が馬鹿みたいだろうが!
 何の為に一生懸命やってんだと思ってんだ!

 お前が俺のやってる事の意味を殺したら……!

 何も残らないじゃないか……!


 じゃあ俺の存在って何だったんだよ!!


 ギリッと、脳に響く歯軋りと共にズルッと頭全体が何かに覆われたかのような感覚を覚えた。途端に、灰色だったその空間は真っ暗に見え、その中で姉妹が俺を嘲笑う風景が広がった。歪んだ声で、死ねよと声が聞こえる。
 不味い、と咄嗟に判断してティアを押しのけるように術式陣を目指した。
 早く此処から出なくては、手遅れになる前に俺は居なくならなきゃ。
 まだ大丈夫だ。両手両足と意志はまだ俺にある。
 悪意ある光景が俺を蝕むが、それを押しのけて俺は進む。

「キツキっ! まって、ティアは!!」

 ティアが近寄ってきた事によって術式陣が発動して、密室から城の地下へと戻ってきた。
 乱暴に彼女を自分から払いのけて、感情のままに言い捨てる。

「後は俺が勝手にやる。
 二度と付いてくるな。
 付いてきたらコロスカラナ……!!」
「キツキ――!!」

 そう言い終わってすぐに、血液の代わりに冷たいものが全身を巡り始めた。最悪な気分になる。
 冷や汗が流れる。口元を押さえ吐気を堪えて飲み込む。ティアが何か言っているような気がするがそれどころじゃない。
 此処を早く出よう。自分の持っている三節棍を構えて、術式を唱える。

「術式:鏡光ノ瞬<きょうこうのまたたき>!!」

 一刻も早くそこから離れる。ラエティアにも見えない場所へ。文字通り光の速さで脱出して更にそのまま瞬時にアルクセイドを目指した。

 俺に任せろ。
 モウゲンカイダ。
 助けてやるから。
 ゼンインコロシテ。

 あれ、俺は――何を助けたかったんだっけ――。

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