閑話『友人語り4』

「とっくに知っとったんじゃろ。
 ウチ等が双子じゃないって。
 どうして言うてくれんかったんよ」

 クレナイはハギノスケと向き合ってそう言った。
 偶々入った店でシキガミの男三人が怪しげな談義をしている場面に出くわしてなんだか神妙な空気を出している中にクレナイは真っ直ぐに突っ込んで行った。

「……すまん二人で話そう。
 少し外す。クレナイこっちに来い」

「よー四法さん。まあ座れって」

 完全に置いて行かれたあたしに助け舟を出してくれたのは弐夜くんだ。
 呼ばれたテーブルには隻眼の武士が座っていて席を離れた二人を目で追ってため息をついていた。

「四法さんも此処にいて取り残されたくち?」
「ううん。さっき着たばっかり。ドワーフの人に中に入れてもらったの」

 アルクセイドの下はドワーフという一族が住んでいる。あまり地上には出てこないらしいが、それでも毎日ちらちらとあちこちに姿を見る。
 地中に住処を持っていて、彫刻などが随所にあって街より豪華に見えるところも多い。地上から百メートルほど下に窓代わりに谷に穴が開いているのでそこから入らせてもらった。谷底からでも上れるが数時間掛かる上にかなり疲れる。
 自分の能力を駆使して巨大氷柱を作って着地して侵入なんて、久しぶりにドキドキした体験だった。侵入に成功した今飲み物を求めて入ってきたお店に知った顔が並んでいたので近寄ってみた所が現在の状況だ。
 にゃーくんはなるほどなぁ、と言って自分の飲み物を飲んだ。ナナシも話を聞いていて、煙を吐いてから片目を此方に流してきた。

「ふぅん、中々冒険したんだな。しかしついに気付いたかクレナイめ。
 何もこんな時にやらんでもよかろうに……」
「あたしには何がなんだか分からないんですが」
「まぁ完全にこっちの事情だからな。気に病む事はないだろ。
 時に乳は大きくなったか少女よ」
「死ねばいいのに」
「うむ。元気で何より! ぷっはっは!」

 ナナシというこの人は本当にただのエロスの塊で会うたびに必ずそういう話を吹っかけてくる。
 初対面で揉まれたという最低な事以外は気風のいい人だ。
 刀の達人というのは知っている。一度だけだが助けてもらった事があるからだ。

 あたし達四人と相手と相手の四人の関係性の薄さに気付いて祭壇で聞いてみた事がある。
 自分達によく似た四人が選ばれて此処に来たのだと言われた。何故それならさらに自分達の知り合いの中から選ばなかったのか。
 しかし返って来た答えは単に争わせると言う点でその方がいいからなのだろうと言われた。どうやら戦争するに置いて隔たりのある人間にしたと言う事だ。
 嫌だなぁと思ったが。表面上の理屈はそれで正しいんだと思う。
 歌の有る理由がそうであるように。
 あたし達が仲良く手を繋いでこの話を終える事は――無いのだ。

 あたし達は選ばれた中で、更に選ばれた。つまり、最初に私達か相手かを限定した誰かが居る。とりわけ自分達が死んだ理由になるのなら尚更怒って然るべきなのだろう。
 しかしあたしには“最初からそういう人生だった”と言われる事との差異が良くわからない。
 誰かが呼んだからこういう人生になったのか、最初からその人に呼ばれるなら生まれた時点で決定していたのか。運命という言葉が嫌いじゃないからあたしにはそう思えてしまう。
 そういう思考をするようになったものジェレイドが近くにいるせいなのだと思うが確かに未来が見えるというのなら運命は存在すると言ってもいいんじゃなかろうか。
 色々と考える事が増えて少し疲れていたのはあたしの方だったかもしれない。
 ジェレイドには悟られているのだろうが、あたしは逃げるように彼女に付いていくことにした。

「なんかそっちも変なことになってんな」
「そうさな。まぁもうちっと早く気付くと思ったが」
「双子じゃないって、さっき言ってたけど……その、腹違いの姉妹とかそう言う事?」
「いんや。あ奴は五条の一人娘だ」
「一人娘……じゃあ養子、とか?」
「いいや。あ奴一人だ。なんだ知りたいのか」
「そりゃ、気になるもん……心配だし」

 どうしても、と言うほどではない。
 本来ならクレナイに聞くべきなんだろう。
 手を差しだした手前、それを気にせずには居られない。
 あたしをマジマジとみてソイツははため息をついた。

「はぁ……まぁいいか」

 窓際の席でぷかぷかとキセルをふかしながら言う。
 煙草には慣れた。
 けどあまりいい物ではないのは分かっているので気持ち離れてみる。

    ヽヽヽヽ
「あ奴は元々一人だ。
 “五条紫”は少し難儀な病でな。
 とある事がきっかけで二つ、人が入れ替わるようになっておった。

 こっちに来てたまげたもんさ。
 まさか“二人”になっとるとはなぁ」

「えぇ……!? じゃあ、双子じゃなくて……」

 自然と彼女の方に視線が行った。
 線の細い少女は神妙な面持ちでハギノスケと話している。

「“人格”、なのっ?」

 静かに驚いたあたしはチラチラと彼女達の方を見ながらそう聞き返した。小声でやり取りをしているがそれが聞こえてしまったかもしれないと冷や汗をかいた。

「そうだ。
 母親の死がきっかけだそうよ」

 何の事は無いように煙草を吸いながら話して、煙を吐いてから煙管の灰を灰皿に捨てた。

「山賊に襲われて目の前で殺されたそうだ。
 急に狂った娘を嫁に出すわけにはいかねぇと五条は三枝に破談の文を送った。
 納得がいかなかったハギノスケが遠くからわざわざ西の果てまで旅をしてまで理由を聞きにきた時にはもう紅と葵と紫の三つで纏まってた。当初はもっと凄かったそうだがな」

 三つ?
 さらにもう一人の人格があったと言う事だろうか。
 その質問を先にナナシにしたのは弐夜くんだった。

「そのアオイってのは?」
「さぁな。もう大分前にでなくなったって聞いたが。
 気付いたってこたぁなんか出たんじゃないか」
「なるほど……」

 でも本当の所は本人にしか分からないだろう。
 あたし達がそこで黙り込むと、二人が此方の席に戻ってきた。




「ナナシ、葵が出た――どうやら魔王の元に居るそうだ」
「あー。面倒だな。というか面倒なのが全部アイツの所に集まってんのってやっぱ魔王の才能かねこりゃ!
 ぷっはっは!」

 陽気に笑うナナシを他所に皆神妙な表情だ。

「さて。この口の軽い男から聞いたかもしれないが――。
 聞いてくれ。これから戦う相手の話だ」

 ハギノスケが仕切りなおして話は始まった。
 主にあたし達に聞かせてくれる話なのだろう。色々と絡まる現象を整理する必要もある。

 あたし達の状況を話して、結局一緒に魔王のところへ乗り込む事となった。
 シキガミだけで挑むのはこれが過去の清算の戦いになるからだとハギノスケさんが言った。
 乗りかかった船を途中で降りる事も出来ない。なによりコレがシキガミの試練として小箱を得るための戦いだからだ。
 本当に試練って厄介なシステムは、要するに小箱の起こす異変を解決するという単純な物だ。
 何をさせるのかは実際に小箱を落とした者達は決められない。
 だから世界が割れる事件も起きたしこんな風に魔王が力を持ちすぎたという状態が発生している。

 魔王の元に集まる邪悪な思念はこの国に破滅の災いを呼んでいる。
 あの状態の八重くんがまともだなんて、相当この国はおかしいのだ。

 魔王を倒さねば、この国の悲劇は終わらない。
 だからこそこうやって力を束ねる必要があった。

「クレナイはムラサキとは双子ではない。
 お互いが記憶の一部だ。
 母親を殺された時の自我崩壊で彼女は一時十人以上もの人格所有者になった。
 俺達が出会ったときにも、三人で一つの体で入れ替わりながら生活していた。

 元々はムラサキ。おとなしい子だった。
 そして彼女中を真っ二つに分けて二つの人格が残った」

「一人が――彼女。クレナイだ。ムラサキには無い気丈さと積極性。彼女が表の間は家事も商売も手伝うような元気さを見せていた。
 まぁこの通り、面倒見はいいし気風もいい。親父さんに一番好かれてたかも知れんな」
「……そんなこと。父上はムラサキだって案じてました」

 ふるふると力なく涙を溜めたクレナイが首を振る。
 初めから――あたしとは意気投合していたのでやっぱり心配なのである。
 注文をしていた飲み物を受け取るような間があって、一口飲んだ。
 うぅ、こういう寂しい空気は壱神くんとかじゃないと失くせないよなぁ。
 でも居ないし……これも“試練”って言われてるのになんで今壱神くんだけ居ないんだろう。此処に集められてないって事は、単に声が掛かってないだけなのか、それとも本当に居ないだけなのか。
 それに関しては後者のほうだと何となく思っていた。

「そして問題のアオイ、だな。
 アオイは襲われた当時の記憶を全て持った人格だ。
 暴れる、泣き出す、自傷……とにかく手がつけられなかった。
 婚約が終わってから治まったと思ったが。
 結局……眠っていただけに過ぎなかったようだな。
 何処にいたかは知らないが魔王に拾われたようだ」

 魔王、魔王である。
 今回の魔王に付いては皆が敵に回るという状態だがそもそも最初から皆に嫌われているような気もする。

 魔王と一体何なのだろうか。
 六天魔王信長と言えば征夷大将軍織田信長がそうであろう。

「そもそもさ……あの魔王とみんなってどういう関係なの?」

 最もな疑問を口に出す。
 語られても何も繋がらない。
 ただ出てきた敵を倒すのではなく、今回は理由有る襲撃だ。
 ならばその原因や関係ぐらい知っておかなければいけないんじゃないかと思った。
 ナナシとハギノスケは顔を見合わせて、ナナシは眼を閉じて「任せた」と言って頷いた。ため息をついたハギノスケさんがあたしを見て言う。

「同門の兄弟弟子だ。
 一番長い付き合いをしているのはナナシだな。
 自分もだが柳生の元に修行に来ていたのだ。
 兄弟子だった『信衛門』は強く、そして賢かった。
 しかし、体は病弱だった。

 元々は織田に付いていた家柄で、持っていた海軍は豊臣に持っていかれ、彼ら自体は僻地へと追いやられた。
 そのせいで彼らの兄弟間でかなり嫡子の問題でもめたそうだ」

 歴史の勉強は嫌いだ。名前と年号だらけでちっとも覚えられる気がしない。
 しかも教科書改訂で年号が変わるなんて事も良くある。正しく教えられなかった世代の虚無感と言ったら無い。
 それでも彼らの語る話はまるで昨日見てきたかのように鮮烈な記憶の話。
 歴史が動いている事を実感できる、背筋の寒い話だ。
 家督争いは良く起きててたとさも当然のように言われる。あたし達が紙の上でしか知りえない事実を知っているその人たちは饒舌に語った。

「戦う事を決めた信衛門は、体の弱さから結局廃嫡を受けた。
 寺に出てた弟が藩主になって自分は――家を出た。
 内乱は酷いもんだったみてぇでなそれにウンザリしたあ奴は商船の稼業についたと言う事だ。
 そしてその頃だ。
 国を閉じる話が出ていた」

 鎖国。それぐらいあたしだって知ってる。
 確か徳川秀忠時代から厳しくなって三代目家光で完成した体制のことだ。鎖国令が実行されてから数百年オランダ以外とは国交は無かったんだっけ。
 昔話だ。
 それをこの間のことのように話されると本当に感覚がおかしくなって来る。
 というか、豊臣という名が出ている時点で、六天魔王の存在がおかしい。それに気付いて口を出しそうに鳴ったが最後まで聞いてからにしようと思う。あたしのもつ半端な知識で突っ込むと話が長く複雑になりそうで怖かったからだ。
 ハギノスケはそう言ってナナシを見た。それに何の意味があったのかその後はナナシが話し出した。

「ぷはっ! あの時のお上は阿蘭陀や葡萄牙が気に入らなかったらしい。
 まぁあちらさんはこっちを蛮国蛮国言っておったしな。どっこいだろうがってのに。
 もちろん九鬼としちゃそりゃ困る話だった。船の交易じゃ一番だったからな。
 今更貿易船をとめろってのも無理な話だ。
 五条みたいな商人も名乗りを上げてきて一番気が抜けねぇ時だ。
 でも九鬼は幕府のお抱えだ。
 とある事を条件に、平戸での貿易を一任するという話があった。
 その条件が――出島の異人潰し。

 元々あ奴は“海賊大名”だ――」

 鎖国間際だ。異人弾圧は強かっただろう。
 幕府側に立っていたその人と商人側に居た二人とでは大きく違う話だ。
 ナナシは海賊大名と言った。それは間違いなく織田の六天魔王の話ではない。

 彼らが信衛門と呼ぶそれの正体をあたしは黙って待つ。

「信衛門……彼の名は『九鬼の良隆』――海賊大名の末裔だ」

「そこから先は早い話、襲ったのが異人館や五条等の十人の大商人。襲撃や火事で結構な人が死んだ。
 ムラサキや私は――その時に死んだ」
「残った己が村上に掛け合って堺まで追いかけたが、結局相討ちで終いだ。
 あいつはよ、次の世の信長になると言っておったが。
 病の方が早かったようでな。九鬼は摂津に移封されて終わった――」

 そんな風にならないために動いていたのに結局恨みを作って終わってしまった。
 血のせいである所業を恨んだとしてもそれは解決しないだろう。
 その後に出島が出来て鎖国が始まって。
 数百年と言う間に殆ど外国との貿易を絶つようになる。
 裏舞台の人間を知らないあたしは言葉を失う。

「あ奴は己らの仇。敵対は必然だったわけだ」


 鎖国は正しい事だったかについては学校で説かれる事は無い。
 あたし的には鎖国はよくない事だよ、と言われているような気はする。

「はぁー。なんか、凄く勉強になった気がする」
「オレなんかちんぷんかんぷんだぜ。鎖国って言葉しかしらねぇもん」

 弐夜君は首を鳴らしてそういった。
 近しい光景を想像できなければ教科書の言葉を喋られているのと同じなんだろう。

「今のこの町みたいに襲撃を受けてたって事でしょ。
 戦だってグラネダで戦争してたじゃん。
 アタシには――……なんだか出島の光景は分かったよ」

 襲撃と火事。外人や商人が殺され、商品が焼かれる。
 火事の出島は戦争を行う国のように酷いものだったにちがいない。

 人の中にある複雑な因縁。
 あたし達が友達繋がりなのに対して一癖も二癖もある人たちだ。



 あたしがこの後の城へ乗り込む話を聞いたのはその後である。
 八重くんの事も確かに気になったが、魔王や魔女、様子のおかしい八重くんとアオイ。そして謎の黒騎士軍団。

 正直腰が引けた。
 え、何言ってんのこの人たち、と思った。
 にゃーくんも乗り気だ。八重くんの事は確かめたい。一体何が起きているのかは本当に気になる。

 でもシキガミばかりが集まって城を陣取っているのだ。
 これは戦争になる。
 もうそうなっているのだ。

 壱神くんがいれば、なんて――。

 こんな時に、こう思ってしまうのはきっとあたしが弱いから。

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