12.道
*Syu...
海岸通りはオレの家から近い。ただ何処に居るのか見当が付かない為遠くへ行く事も考えなくてはいけない。真っ直ぐ走って一先ず家に居るかを聞きに行こう。
全力ダッシュも中々長いこと続かない。ただ限りなく速い速度でオレは家の前の坂道を下る。
すぐに海岸通りへと出て、防波堤の上に飛び乗って辺りを見回した。そういえば涼二が歌ってた場所が西側にあったかと思って其方を見る。すると一人防波堤に座る人を見つけた。夜だから姿は良く見えないが――あれは京ちゃんだと、何故かすぐに分かった。
「あれ!?」
「わ、早かったね柊くん」
オレをみて私服の京ちゃんが驚いた顔を見せる。特に助けが必要なシチュエーションには見えない。
「は、あれ、やっぱり悪戯された系コレ……なんだーもーオレの純情を玩ぶなんて酷い!」
防波堤の上に寝転がってバタバタとしてやられた駄々っ子ポーズをする。どうせ汚れているのでもう何があっても同じだ。
はぁ、と息をすると少し白い蒸気が見えた。もう寒くなってきているということだろうか。オレ自身がかなり温まっているというのもあるけれど。
「ごめんね」
「いやせめて場所を言ってくれるとこの柊めも真っ直ぐ向かわせていただく所存でございまして」
「あ……、そういえば良くわかったね」
「波の音っぽいのが聞こえたから。つか、演技に拍車掛かっててマジで警察呼ぶところだったぜ」
「あはは、今度は私だけが怒られちゃうから危なかったかも」
「はぁー。ホントに良かったわ」
「……うん、ごめんね」
なにか憂いを帯びていて、話しかけずらい空気を帯びている京ちゃん。
「えと、まぁいいんだけど、何か用があった?」
「うん、えと……そだ、こうやって話すの久しぶりだね」
「あ、そういやぁそうだなー」
「柊くん泥だらけだね、どうしたの?」
「あー。ちょっとオヤジがね……」
投げられこかされ。本当にウザかった。
「おじさん?」
「いや、家出ようとするのを邪魔するから池に放り込んできた」
「えっ、大丈夫それ?」
「大丈夫だろ」
「というか……おじさんに、勝ったんだ」
寝転がったままの姿勢でいるオレの所に京ちゃんが歩み寄ってきてオレの顔を覗き込んだ。
「……あっ!」
言われて、ガバッとオレは起き上がった。
「ホントだ! 勝った! 初勝利!」
防波堤に座りなおして諸手を挙げて勝利宣言をする。
勝ったと言っていいのかよくわからないが、まぁ一つ勝ちだろう。
京ちゃんは手を叩きながら隣に座って、おめでと、と言ってくれた。
「オレはまた一つ強くなったぜ。いやこれはマグレ勝ちかも知れねーけど。
学生のうちは勝てねーと思ってたわ」
一本取ったのは本当に初めてだ。
それだけ強い人だ。
「今日はお赤飯だねー」
「いや、もう殆どメシ出来てたわ。ウチ来る?」
「えっいいの?」
「ウチのオープンさは知ってるだろ」
別に京ちゃんぐらい飛び入っても大丈夫な分量の料理が出る。
「ふふ、うん。相変わらずなんだね」
「変わんねーよウチは」
両親は変わらない。相変わらずオレを力ずく的な意味で可愛がる両親。オヤジは何時までたってもオレの壁。まぁ今日は一本取れたが、暗がりのラッキーパンチともいえる。
「私達は、変わったね」
「そうか……オレはあんまり変わってないと思ってたが。心情は」
「うん。私も変わってないって思ってた。心情は」
そりゃ謙虚すぎじゃないかなぁ京ちゃん。
オレの環境は殆ど変わっていないが彼女の環境は全部変わったといっても良いんじゃないかと思う。
「ま、成長はするんだ。悪くなって無いなら良いんじゃねーかな」
「そうかな……」
「何か不満?」
「……うん。ちょっとある」
「ほう……してそいつは如何なものかね」
オレが聞くと、息を呑んで海を見た。
少し風が吹いていたが海からじゃない。湿気た匂いもしないから明日は晴れるんじゃないだろうか。
悩みは時間がかかるのか。オレに打ち明けるために呼んだというのならそれを待とうと思う。余り時間が過ぎる事は無かったが、彼女は重い口を開いた。
「……柊くんが居ない」
搾り出すように言われた言葉に背筋に冷や汗が流れた。
「アイツは星になったよって? 勝手に殺さないでくれるとありがたいなー! ははは……」
「……」
オレの言葉に何も言わず京ちゃんが俯く。
巫山戯ている場合ではなかったと真剣にそれを訂正する。
「わり……別に、ほら。オレは此処にいるじゃん。逃げてもねぇ」
「うん。私が先に居なくなった。柊くんはそこでやら無いといけない事があったから、でしょ」
「まぁ……でもそりゃ悪い事じゃないって。成長だろ?」
涼二だってヒメっちだって居なくなったけど、将来を考えての事だ。オレがどうこう言う所じゃない。
いつか訪れるかもしれない別れが嫌だと高校生のオレ達が言っても。結局将来っていうのはやってきて、それぞれの岐路の先を歩み始める。そして同じクラスの人たちで「ずっと友達でいよう」なんて言葉を黒板に書いて写真を撮る。
それが本当に繋がっているというべきなのか分からない。連絡先の携帯が結局繋がるのか同窓会の日まで確認しないから。それは友人だろうか。
「……私は……やだな。
柊くんと、話す機会も全然無いし……。
麻白ちゃんが羨ましい」
……麻白はまぁ柔道のマネジだしなぁ。
アレは何を考えているのかよくわからない生物だ。悪い奴には見えないが。
不意に、夕方の事を思い出す。
アイツになんて言ったっけ。酷い事を言ったのかもしれない。
オレはオヤジを倒すまでは格闘以外は考えないって言ったっけ。
オヤジの事は一度倒した算段になるか。
付き合ってくれという事に応えなかったのは別にアイツが悪いわけじゃない。
やっぱり突っかかっていた物がある。
「……まぁオレにもちょっと気になる人が居ましてね」
本心。
曝け出すのは少し恥ずかしいが。今しかないかもしれない。
京ちゃんは膝を抱えてこちらを見る。
「……誰?」
「……今隣の人」
長い沈黙があった。波の音を何回聞いただろうか。
体育座りの京ちゃんは少し震えた声で言う。
「…………誰か居るの?」
「そういう怖いギャグやめね? いきなりそこの街灯消えちゃうぜ?」
「こ、怖いから止めようよそう言うの!」
「先に言ったの京ちゃんなんだけど……」
パッ……!
街灯の光が点滅する。
「きゃ!?」
京ちゃんが驚いてオレの手に抱きついてきた。
「この海岸線の街灯もボロイからなー」
海岸線の街灯の電球って何時まで持つのだろうか。と消えたり付いたりする街灯を見る。暫くすると安定してまた光りだす。
京ちゃんはしばらく何も言わずにオレに引っ付いた姿勢で止まっていた。オレ自身もさっき走って来た時よりも激しい鼓動に見舞われる。
「……ね、今の、ホント?」
そしてか細い声で聞いてきた。
「……何の事スかね」
あえてとぼけた風に言ってみた。恥ずかしくて目を合わせる事は出来なかった。
「……本気にするよ?」
ぎゅう、と腕を握る手に、少し力が入った。
振り返ると、少し涙目の彼女の顔が目に入る。
相変わらず可愛いし、相変わらず頼りなくみえる存在だ。
「おう、いいぜ」
信用してくれるならいくらでもそれに応えよう。一緒に居てくれと願われるならずっとそれに尽くそう。自分はそういう人間だから。
オレ達は涼二やヒメっちみたいに激しい時間を過す人間じゃないから。
こんな風に、緩やかに進む時間で良いじゃないかと思うのだ。
ボロボロと涙を流して泣き出した彼女をただ抱き寄せて撫でる。ぐしぐしと顔を拭いて、オレを掴んだまま京ちゃんは言う。
「えと、えっとね、柊くんの事、好きだよ」
「オレも京ちゃんが好きだ」
「傍に居たいよ。居て欲しい」
「おう、任せろ」
ただその言葉を聞いただけでまた彼女が涙ぐむ。
オレは黙って泣き止むまでその頭を撫でていた。
*Miyako...
頑張る物を決めただけでその関係がなくなりそうになるなんて思ってなかった。
一時はそう思ったのだけれど、私の道の選び方と勇気の無さがそうさせただけだった。
柊くんが言っているとおり柊くんは逃げていないし、私を想って居てくれた。全力でそこまで探しに来てくれた事は本当に嬉しいと思った。
好きだと言って同じ言葉が返って来るのも、私の言葉に任せろと返って来る事もこんなに感動する。
何故私が好きなのかと訊いてみた。
弱っちくて頼りないからだと即答された。酷い。でも許した。取ってつけたように可愛いとか言われるより、ずっと私を知っていて言ってくれている言葉だから、嬉しい。大好きだ。
近づく勇気やきっかけはいろんな人に貰った。そして私が一番良いと思う結果に辿り着いた。
私が歩いてきたここまでの道は。間違っていない。
そこに変わらないで居てくれる人。その人と一緒に親友を見守っていく。そういうのも良いなって思う。そう在りたいと想う。
壊れない想いと在り続けられたら。
そして、私達は、私達の道を歩き出す――。
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