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*Miyako...

「貝柱に恋心はいだけんね」
「謝れ! ビーナスと可憐なアタシに謝れ!」

 遠くに見える二人はとても仲が良くて、私には気付かずにそのまま校門を出て行った。学校のすぐ傍のコンビニに入って行ったのを見たけれど、相変わらず二人は楽しそう。
 一年。殆ど会うことは無かった。涼二とヒメちゃんが帰ってきたら少し一緒に話す。その程度。

 なんて事は無い、私は大丈夫だ。
 これからもずっと、我慢していける。
 私は充実しているはずなのに。
 私何がしたいんだっけ。
 何を望んでたんだっけ。

 自分の事を何とかしようとして、結局私の居たかった場所が無くなった。
 新しい居場所は生まれたし、嫌いではないんだけれど――。

「辛そうね、大丈夫?」
 折沢先輩が話しかけてくる。そろそろ先輩も引退の時期が近い。推薦が決まっているので最後までやるけれど、部長は二年生に譲る事が決まっている。それは私ではなくて渡辺さんなのだけれど。
「あ、何でもないです」
「ハニベ君の事かしら? さっきコンビニに入って行ったようだけれど」
「いえ、その……」
 言葉が続けられなくて言いよどむ。
 別に何でもないなら私が何かを迷うような事なんて無いはずなのに。自分でも言葉に出来ない曖昧な物を抱えて、ずっと静かに、耐える。
 先輩は小さくため息をついて前を向いた。

「……言葉に出来なければ最後まで伝わらない事がありますわ」
「そう、ですか……」
 先輩が言った言葉に元気の無い返事をする。
「ええ。特に見ているだけでは、ね。
 ……貴方よりも意気地なしな人は彼是三年何も言わずに傍にいる事で満足して、結局何も進まず苦しんでいる人が居ますわ」
 その誰かはそれをずっと後悔している。でも意気地なしだから何も言えず、進まない。変えようとしない。先輩は言って悲しそうな目で私を見る。
「せめて貴女はそんな風にならないようにして欲しいですわ」
 そして私が目を合わせると優しく微笑んだ。
 私にそうなって欲しく無い、その言葉は嬉しいが――。
「……それは、その関係が壊れるから怖いからじゃないですか。
 それを私は馬鹿にはできません」
 夕焼け色に染まるあの日の風景。
 告白とちょっとした私の崩壊。
 怖い。あんな風に取り残された気持ちになるのは本当に嫌だ。
「そう……。私は思うのですけれど……決着が付かなくては、新しい恋も出来ず想いだけ残って、何もしていないからこそ想っている人の一挙一動に勝手に傷つく事になる……。
 ……今のその状態は壊れているのと何が違うのかしら? むしろ切り捨てられる分、楽なんじゃないかって、思ったりしないかしら」
 それは、好きである前提の話であって。
 私が聞きたいのは、其処ではない。もっと根本で、言葉にすると馬鹿みたいな事だ。
「先輩、凄く変な事訊くんですけど……ホント、馬鹿みたいなんですけど……。

 私は……柊くんの事が、好きなんですか……?」

 他人に聞くような事じゃない。何を言っているのか自分にも解らない。
 先輩は流石に苦笑いをして、呆れているようだった。それでも私を呼んでそれに答えた。

「そうね、わたくしにはそう見えますわ。去年からずっと恋人ではないのかと聞かれ続けているでしょう?」
「そうですけど、仲が良くてそう見えるのとは違うんじゃないですか? 私達はどちらも違うって……」
 私は何故それを認めようとしないのか。なんでだろう。誰かを好きだと言うのが怖いからだろうか。
「違うとは言っていたけれど、どちらも嫌いだなんて言っていなかったでしょう。
 友達以上恋人未満でずっと過してきて、今は友達以下になっているだけで不満なんでしょう?」
「と、友達以下……」
 先輩は容赦するのを止めたようで真剣に私の顔を見ながら語り続ける。
 その通りだ。友達以下と言われると流石にショックだ。
「そして、かつて自分が居た場所には新たな女の子が居る……それが気になる。
 それって普通の嫉妬でしょう?」
 仲の良さは今の麻白ちゃんに及ばない。どうやって戻れば良いか忘れてしまいかけている。
「う、うぅ……」
「我慢しているだけで戻りたい場所があるのでしょう?
 今戻らなくては、永遠に無いものではないのですか?

 なら、貴女は一体ここで何をしているの?」

 ぐうの音も出ない。
 本当に何も言えなくて泣きそうだ。先輩の顔すらまともに見れなくて、俯いて歩く。
「あらごめんなさい、いじめ過ぎたわ。
 焦る事は無いわ。だってまだ……二年生の秋ですもの」
 三年生の秋は正念場だ。そろそろ私立などはちらほらと入試が始まる所もあって忙しくなる。先輩はすでに推薦が決まっていて、関東の大学に決めたそうだ。

 少し黙って歩いていると後ろから走ってくる軽い足音に気付いた。
 何と無く振り返ると、その人がブンブンと手を降って近づいてくる。

「あーーきのっちー!」
 元気の塊のような人である。
「わっ! 麻白ちゃん!」
 私に後ろからぶつかるように抱きついてくると、そのまま先輩を見てバッと手を挙げた。
「オリオリ先輩ちょいっすー!」
 人は見かけによらない、というのを一番感じさせてくれるのが彼女だ。生活指導の先生から良く呼び出しを受けたりするが、成績には問題ないし、クラブには一生懸命励んでいる。
 丁度いま噂になっていた人物を前にして、言葉が出ずに固まる。
「御機嫌よう麻白ちゃん。士部君とは一緒じゃないのかしら」
「んー。ちょっと後ろの方に居ると思うよ。
 アタシ振られちった。ガード固すぎー」
 がりがりと頭を掻いて軽く笑ってみせる。
「……え、そんな、簡単に諦めるの?」
「なーにー? 応援してくれんの? じゃあ頑張っちゃおっかなー」
「つってもね。柊、絶対アタシに振り向かないわ。あーあー。髪と肌戻しちゃおっかなー」
「な、なんで私を見るの?」
 携帯を開いて彼女は笑う。そしてその携帯電話を私に見せてきた。
「柊、これ見て可愛いって言ったから。もっと秋野っちみたいなのが好きなんかなって」
「これは……誰? モデルさんの壁紙?」

「アタシ」

 自分を指差してニコニコとしている麻白ちゃんとその写真を二往復する。
「えっ!? ホント!?」
 びっくりだ。確かに面影が有るような気がしなくもない。私なんか中学校から高校であんまり変わってないのに。
「まぁ……清楚で可愛いじゃないですか」
 画像をみて先輩も驚く。とても失礼かもしれないが今の彼女からは想像もできない。
「えへへ! オリオリ先輩に言ってもらえるなら、完璧だよねー。
 つってもこれ黒歴史なんだよね。つまんないし」

 つまりその性格も、外見も、作っているの――?
 なら私よりもよっぽど演劇向きの性格をしていると思う。

「柊はオヤジさん倒したら考えるつってた。何処の主人公だよってね!
 いつまでか分かんないし、アタシはギブかなぁー。
 アタシにゃ捕まえとくのも無理そーだし」
 背伸びしながら彼女は言う。その横顔を少し悲しそうだと思った。
「柊くんの何処が好きなの?」
「ん? アタシ?」
「う、うん。割と会ってすぐから言ってたから……」
「そうだねー。真っ直ぐで浮気しなさそーだったから。
 性格合わなくて別れるなら割り切れるけど、浮気別れはちょっと割り切れないからねアタシ。
 ま、実際ちょっと一緒に居ただけでも十分面白いしいい奴じゃん?」

 ちゃんと自分が耐えれる事と耐えれない事を決めて相手を選んでいるのか。なんだか頭が良いのが納得できた。

「で、秋野っちは?」
「へっ?」
 突然問い返されて変な声が出た。
「秋野っちは何処が好きなの? アタシだけに言わせるの、ずるいよ?」
 ずいっと彼女が顔を近づけてくる。慌てて視線を泳がせながら考える。
「えっ、あ……うーん……や、優しい所? とか……」
「中学生か!」
「う……でも、ほら、柊くんは、縁の下の力持ちっていうか、気付きづらいけど、助けてくれてるっていうか……。
 間違ってたら間違ってるって言ってくれるし。心配してくれるし……なんだろ。
 結局、最後に何とかしてくれるのは柊くんなんだよ……」
 飾らないその姿がなんど私達を助けてくれた事か。
 自分の為の喧嘩じゃないのに、何度痛みに耐えてくれたのか。

「お姫様かよ! 超守られてるじゃん。あー、そりゃ負けるわー」

 彼女は大声で笑う。
 そして信号に気付いて足を止めた私達を振り返る。それと同時に私達の横の信号が青になった。集合団地側への道でここから別れる事になる。
「んじゃ、アタシこっちだからー! ばいばーい!」
「うん。またねー」
 彼女は元気に手を振って信号を渡り始める。それを先輩と一緒に見送って私達は自分達の道を振り返る。

「結論は、出たかしら」

 終始見学に徹していた先輩が私に問う。
 それに頷いくと私達の行く方向の信号は青になった。
 振り返って迷わすその先に踏み出す。

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