ToNewStory1



 気付けない。

 誰もが目を背けている。
 見えない振りをしている。
 気付かない振りをしている。

 どうしても、そんな事が起きるだなんて考えられない。

 何で。

 いつも皆で一緒に笑ってて、何時だって頑張ってて才能に溢れてる。

 そんな人を―――












*Ryoji



「おはよ……っ」
 そう言って俺は欠伸を噛み殺した。
 妙に眠いな。
 特に夜更かしをした覚えもないし朝もちゃんと起きて日課もした。
 いつもなら眠気なんて残ってない。
 ん〜……なんだろ。
 まぁでも。眠いだけでなんら体調に変わりないし、問題ない。

「おはよ〜リョウジ」
 挨拶を返してきたのはお向かいさんのミヤコ。
 最近、ここに立つのは柊より早くなる回数が増えてきた。
 大体十分前に俺がここに立つ。
 それ以上早い事に意味は無いしほぼ間違いなく誰も来ない。だから意味が無い。
 だから五分前に出てきた彼女は珍しく早い。
 いつもは時間きっちりに出てくるのだ。
「珍しく早いな」
「ふふっ今日は雨かもしれないよ?」
 見上げれば雲があるが雨が降りそうに無い陽気。
 今日も暑いこと間違い無しだ。
 住宅街だから蝉の声は遠い。
 だが夏真っ盛りの日差しだけは何処にも平等に届いていた。
 夏は家の前で待つのは熱い。
 だから父さんの車の出た後空いているウチの車庫の影で立っている。

「ちーっす! おっはようさ〜ん。今日もあっちーぞ」
「ああ。おはよシュウ。今日も暑苦しいな」
「アレ!? それってオレの事ですかねぇ!」
「シキが最後か。珍しいな」
「無視かよ!」
 俺は車庫から顔を出してシキが来る方の道を見た。
 時間は―――……待ち合わせの時間一分前を切っている。
 ちなみに、待ち合わせ時間はここから歩いていく時間ギリギリなので待つことが出来ない。
 遅れると置いていく事は初めの注意事項として教えているが―――
 なにぶん遅れるのが初めてだ。
「とりあえずあっちの道まで歩いて待ってみようぜ」
 柊がそう提案して歩いていく。
 真っ直ぐ進んでT字路を右に曲がるとシキの家方面。
 逆に曲がると学校方面となっていてあそこまで歩いて待てばこっちに向かってくる分のロスが無い。
 俺と京もそれに続いて歩く。


 それにしても日差しが暑い。
 俺もサッカー部やってるから結構焼けた。
 角に差し掛かり、皆で詩姫が来る方の道を見る。
「お。来てるじゃんヒメっち。おーい! おいてくぞ〜!?」
 皆同時に詩姫を見つけて手を振る。
 パタパタと走り寄って来る詩姫。
「ご、ごめん! ちょっと遅れたっっ」
「いいよ全然―――」
 言って、詩姫の顔を見る。
 詩姫や京は焼けるのが嫌だと日を避けている。

 に、しても。

「詩姫」
「?」

「調子悪いだろ」

「えっ? いや、全然?」
「……? 蒼白だぞ顔。それに、息が荒いのに汗かいてない」
 ペタッと額に手を当てる。
 熱がある場合ならまだいいんだが―――

 熱が無いって、どういうことだ。

 まて、今は夏だ。
 どう足掻いても体温は上がる。
 熱くないと、おかしいぐらいだ。
 汗を掻いて冷えたなら分からなくも無いがどう見ても汗はかいてない。
「柊、京。先に行っててくれ」
「……はいよ。夏だねぇ京ちゃん」
「うん。夏だね柊くん。じゃ、ヒメちゃんっお大事に」
「えっあっ?」
「詩姫。詩姫はこっち」
 俺は詩姫の手を引いてウチに引き返す。
「りょ、涼二っ、学校遅れちゃうよ?」
「いいよ。どうせ登校日なだけだし。
 出欠確認してクラブして帰るだけなんだからクラブに出ればそれでいいんだよ」
 テキトウにはぐらかしながら俺はとりあえず家に戻る。
 こういうことに頼るなら母さんが一番だと思った。

「ただいま。母さん」
「あら。学校は?」
 トテトテと歩み寄ってくる母さん。
「それより、詩姫見て欲しいんだ」
「詩姫ちゃん……?」
 母さんは首を傾げて詩姫を見た。
 一瞬眉間に皺を寄せてちょっとだけ訝しげに彼女を見た。
「詩姫ちゃん。ちょっとこっちきて」
 言うと詩姫に視線を合わせるように膝をついた。
「は、はい」
「……ん……?」
 母さんはペタペタと詩姫を触る。
 多分、俺と同じ事を思っているはず。

「詩姫ちゃん。病院行きましょう」

「えええっ!?」
「やっぱりな……」
 母さんが言うんだからとりあえず任せようと思った。
「涼ちゃんは学校行ってね」
「……分かったよ」
「ちょ、えっ涼二っ? 病院?」
 詩姫は訳がわからないと言った風にキョロキョロしている。
「わかった。先生には俺が言っとくよ。
 詩姫、自覚できない病気が一番怖いんだ。大人しく病院に行ってくれ」
「う、うん……」
「大丈夫よ。大した事無いと思うけど、一応……ね?」
「はい……」
「車出すから、保険証とりに行きましょ」
「あ、持ってます」
 シュピッとカバンから出てくる保険証。
 最近お世話になってたしな。
「そう。じゃぁすぐに行けるわねっ」
 母さんは笑って立ち上がる。
「じゃ、後は任せて。涼ちゃんは学校ね。行ってらっしゃいっ」
「―――行ってきます」
 俺にはそれ以上どうする事もできない。
 だから大人しく学校に行く事にした。
「涼二―――」
 何となく不安そうに俺を見る詩姫。
「大丈夫だって。診察終わって何も無けりゃ学校に来ればいいし」
「ほらほらーホント送れちゃうわよ涼ちゃん」
「わかったよっ。じゃ、後でな詩姫っ」
「うんっ行ってらっしゃい涼二っ」
 彼女と母さんに手を振って俺は学校を目指す。
 数分走れば二人に追いつけるか……?











 クラスで出席の確認だけをして解散になる。
 まったく意味が無いよな……。
「涼二、ヒメちゃん来たか見に行こうか」
「そうだな」
 俺たちは何も入っていないカバンを持って立ち上がる。
 周りは浮き立っていてこれから何処へ遊びに行くなどの話で盛り上がっている。
 そんな教室を後にB組の教室へとやってきた。
 そこに―――詩姫の姿は無かった。
 まぁ当然だな。
 京が入り口前の席なので顔を覗かせるとカバンを持ってすぐに出てきた。
「ヒメちゃん、大丈夫なのかな……」
「大丈夫だろ。百人乗っても大丈夫な設計だからなっ!」
 なんていう倉庫だそりゃ。
「そりゃ外傷には強そうだけどさ」
 こけても怪我しない秘訣とか知ってそうだしな。
「あははっ柊君は百人いけそうだね」
「任せろ。プチッと行くぞっ」
「ま……詩姫は……」
「そんなしょげるなよ涼二〜」

 ブルブルブルブル……
 携帯がポケットで揺れる。
「お……」
 俺はポケットに手をやる。
「詩姫だ」
「ヒメちゃんだ」
 学校についてすぐ送ったメールが返ってきたようだ。
「あれっオレには〜!?」
 柊が叫びを上げる。
 その携帯にはメールは届いていないようだ。
「……ドンマイ」
「ヒメちゃん、大丈夫みたいだね」
 京がメールを読みながら言う。
 内容は同じみたいだ。
「学校も来るんだな……。歌いに」
 残念ながら病欠になってしまったので歌いに来るぐらいのアレだな。
 まぁ先生に交渉してみるのもありだ。
 気にするようなら一緒に頼みに行こう。
「オレもメールしたのに〜」
 まだグジグジ言う柊。
「柊、とりあえずセンターにでも問い合わせしてみろ」
 それでダメだったらどうしようもないんだがな。
「そんなモン同じ場所に居るのに……! アレっ?
 来てら」
 ゴンッと柊にチョップして俺は携帯を閉じた。
 この手は迷惑代だ。
「ま、軽音のほうに行くだろうから後であっちにも顔出すよ」
「あんまりサッカーサボると肩身が狭くなるぞ〜?」
「まぁ狭いと思ったら広げればいいじゃないか」
 要するに仲間を増やせばいい。
 それに俺はちゃんと両立するために努力してる。
 文句を言われる筋合いは無いと思うんだが……こういう考え方は孤立するな多分。
「……お前、変に逞しいよな」
「誰かさんのお陰だよな全く」
「はっはっは。さて、皆クラブ持ちだしとっとと散るか」
「―――そうだな。んじゃ行こうぜ」
 サッカー部と柔道部は練習場所が近いので途中までは柊と一緒だ。
 それにまぁとりあえず玄関辺りまではどのクラブでも一緒になる。
 俺たちは途中まで道を一緒してそれぞれのクラブに散った。








「別に何も無いよ〜」
 詩姫に会ってすぐその状態を聞いた。
 見た目、いつもと変わらないように見える。
 朝のような血の気の無い顔もしていない。
「……そっか。なら良かった」
 何となくその言葉に安心して肩の力が抜けた。
「あははっも〜心配しすぎだよ涼二っ」
「うるさいっ前科持ちが何言ってんだ」
「うぅ……な、何も言い返せないよっ」
 前科とはアレだ。
 俺を避けてた時期に拒食症になってた事だ。
 あの時の病院での診察結果は栄養失調。
 まぁ……食べなければそうなるのは当たり前で。
 唯一リンゴだけ食べてたとか何とか言ってたな。
 ……それが俺のせいなのかは知らないが。
「……」
「な、なにっ」
「いや……うん。よかったな」
 うん。本当にそう思う。
「……っうん。だ、大丈夫だったったっ」
「なんでそこでどもるんだ……?」
 変な奴だ。
 付き合い始めてまだ短いとはいえ変な所で緊張してる節がちらほら見える。
「りょ、涼二が……っや……優しいなぁ……って思って……」
「ん……? 俺って、そんないつも酷い事してたっけ……?」
 ……思い返すが思い当たらない。
 基本、柊以外にはそういう冷たい当たりはしてない気がするんだが……。
 いや別に柊にも冷たく当たっている訳じゃなくて仲良いからやってる冗談な訳だけど。
 そんな事を脳裏のよぎらせていると詩姫がアタフタと手を振って俺の言葉を否定した。
「いやっっ! 涼二は優しいよっで、でもっこう……
 気付いてくれるのが……う、嬉しいな……って…………」
 本当に真っ赤になってうつむく詩姫。
 ……急激に俺も恥ずかしくなった。
 く……。
 最近いつも通りの平静な俺を崩すのが上手い。
 格好をつけている訳では無いが……いつも通りの自分との差ぐらい分かる。


「なぁ……別にいいんだがよ、部室でラブラブすんの止めた方がいいぞ23号」

「誰が23号だっ! つかそれまだ引き摺ってんのか!?」
 七風ことナナがススッと俺達の後ろに現れた。
 軽音部の部室だしな……。

 第二校舎四階の突き当たりの部屋。
 第二音楽室を書かれたプレートのこの部屋は軽音部の部室だった。
 ―――かつてここで一人歌っていたシンガーが居る。
 俺たちはその影を追っている。
 その人は今この世界の為に歌っている。
 ―――織部白雪。
 俺に、歌う事を教えてくれた人だ。
 彼から色々教わったのは俺だけじゃない。
 榎本も、ナナも、詩姫も。
 音に続く道を魅せられたのだ。


「ハハハッ涼二とオリヒメだもんなぁ。所構わずラブラブだもんなぁ。参っちゃうぜなぁ皆?」
 ナナは言って後ろを振り返る。
 バンドの面々が演奏をやめてニヤニヤとこちらを見ていた。
「まぁ仕方無いだろナナ?
 今に始まった事じゃないし」
 それに榎本が両手を挙げて肩を竦めた。
「ああ、それもそうか」
 ニヤニヤとナナも笑いながら数歩下がる。
「おい! 皆恥ずかしいついでに“フルカラー”行くぞ!」
“フルカラー”はナナのオリジナル曲。
 学園祭でもやってたな。
 評価も割と良かった。
「あっあたしもやるー!」
「乗るのか詩姫っ!」
 本当に仕方の無い―――……。

 言ってる間に皆が準備を整えて演奏が始まる。
 今回のスタートはギター。
 高音でメロディーを刻み徐々に他の音が重なる。

 ラブソングだけあってテンポは遅め。
 声の伸びと感情がこの歌を制する。
 ―――その分野は詩姫の十八番だ。
 俺は―――聞いてよう。
 俺は教室の端にある椅子に腰掛けて暗くなりかけた空を見上げた。
 サッカーの練習の後でここに来た。
 もうすぐ学校は閉まる。
 それでもこいつ等はここに居る。
 俺のせいなのかは定かじゃないが……でも皆で音楽に触れられる時間があることが嬉しいと思う。

 ―――疲れた。
 眠いな……バラード系だし……どうせコレが終わったら上がるだろう。
 そういや榎本バイト大丈夫なのか……まぁ……いいか……。


















*NoMaster...

「もしもし……織部……詩姫ちゃんのお母さんで間違い無いですか」
「はい。水ノ上と申します。はい。いつも涼二がお世話になっています」
「今日……詩姫ちゃんが病院に行きまして。ええ。少し顔色が悪くて」
「いえ、特に変わったような事ではなかったようです。はい」
「いいえ。詩姫ちゃんが自分で払ったので全然。ええ。連れて行っただけですよ」
「いぃえぇ。とんでもありません。あ、ですが少し……その、栄養失調気味というのがありまして」
「はい、一人暮らしですよね……そのせいだと思うんですが」
「あ、はい。お仕事の都合なのは知っています。あっこの間も週間女性達の表紙でしたよね?」
「ふふふっ存じておりますよ。ええ。何時までも若くて憧れます〜」
「えっふふふ。詩姫ちゃんにそっくりなんですって? はい。息子から聞いてます」
「あら。ありがとう御座います。でも電話口の声なんて信用できない物ですよ? ふふふっ」
「それで、詩姫ちゃんの事なんですが……」

「はい。もしよければウチにくだ……預けていただけないかと―――」


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