ToNewStory2
*Ryoji...
「ぷっ」
「おっはよぅ涼二っ」
詩姫の顔が最初に映る。
驚いて少し吹いた。
本当に寝ていたみたいでなんか目が重い。
指が頬に沢山刺さっている。
ていうか全員でつんつんと突きまくられていた。
「何してんだ……」
「いやー。お疲れだなぁと思って皆でつつきまわしてみたのさ」
榎本が斜め下から言う。
「……だから、何でだよ」
「総計304ツツキだぜ!?」
「だからなん…突きすぎだ!」
俺はガバッと起き上がると皆が散る。
「ははは! もう片付けまで終わっちまったぜ涼二。
疲れてんならとっとと帰ろうぜ」
「あ、ああ。悪い」
「いやいやいや。お前といいシンジといい毎日忙しいのに良く生きてられるよホント」
ナナは手を上げて俺たちに敬意を示す。
「そいや榎本、バイトは?」
「夏休みの間は朝刊配達やってんだよ」
「なるほどな」
その方が儲かるんだろう。多分。
午後に時間ができた方が余裕が出るだろうし。
俺たちは荷物をもって部室を出る。
「なぁ、涼二」
「なんだナナ」
「お前どういうライフスタイルで生きてるんだ?」
ライフスタイル……?
「なんだ? 時間割的な話か?」
「そんな話だ。
だってオカシイぞお前。何をどうやってそこまでパーフェクトなんだ?」
「パーフェクトな奴は料理が出来ないなんていわないぞ?」
「そこは関係ねぇよっつか俺も料理そこまでできねぇしっ」
「まさか。どう考えても俺よりできないやつなんていないぞ?」
「だから料理とかどうでもいいっつの」
妙に食いつくな……。
何故かナナ以外の奴も俺たちの話しに聞き耳立ててるようだし。
人の生態系なんて意外と普通だ。
「えっと……起きるのが6時半。
日課のマラソンして帰って来るのが7時。メシ食って出るのが7時50分。
待ち合わせして8時に出発して20分丁度ぐらいに学校。
学校終わってサッカーが6時ぐらいまで。
んで今こっちで7時か。
帰って7時半。メシ食って風呂入って最近ギターやってるから10時前ぐらいまで。
そっから勉強して寝るのが2時遅くなったら3時ぐらい」
「ちょっとまて」
「どうした?」
ナナが何かを指折り数えて俺の肩を掴んだ。
「……お前、3時間ちょっとしか寝てないの?」
「そうだな」
途轍もなく訝しい顔で俺を見る。
「毎日?」
「そうだな」
生活リズム狂うと妙に眠いしな。
なるべく寝る時間と起きる時間はそろえるようにしている。
「……バカか?」
「そうか? 休みは10時ぐらいまで寝てるぞ」
二度寝するんだけどな。
たまの休みぐらいいいじゃないか。なんていうのはオヤジの台詞だったか……。
「うーん……? 大丈夫なのか」
「大丈夫だな」」
「しかも授業中寝てないくせに……やるな」
「ナナは毎日寝てるよな」
別にギリギリの成績でいいならそれで構わないんだが。
「眠いんだっつのっノート貸してください!」
「いいけど……」
言った瞬間、更に後ろから肩を叩かれた。
「ちょっ! 俺も!」
「オレも!」
「俺も!」
「アタシも〜〜!」
お前等な……。
俺は溜息付いてコンビニでコピー取る事を提案した。
というか詩姫は京にノート見せてもらってるんじゃないのか……。
皆と別れて、帰り道を歩く。
「ふぅ。結局8時超えたか」
何分も学生がコピー機を占領しているので店員さんにはいい顔されなかったし。
まぁ当然だろう。
「ごめんね〜っ」
詩姫が手を合わせて申し訳無さそうに俺を見る。
「別にいいよ。ていうか、詩姫だけじゃないし」
主犯はコピーとるだけとって上機嫌に帰って行った。
勉強するとは思えないが……無いよりはましか。
「つか詩姫は京のノート見せてもらってるんじゃないのか?」
「うん。毎日のように教えてもらってるよ」
得意げに胸を張る。
「……ちょっとは悪びれてくれ。いいけどな。京も面倒見いいから」
「うんっすっごい分かりやすいよ」
得意げに親指を立てる。
「……ちょっとは自分の頭使おうな?」
「ああ〜わかってはいるんですけど〜」
詩姫の頭を掴んでぐりぐりとまわす。
「それを分かってないというんだ」
「ふふっもう高校を生き抜く手段は貰ったも同然っ」
開き直ったぞこの子。
「勉強しろよ」
ピシッとチョップを緩く下して俺たちは歩く。
そして―――。
「ただいまー」
「ただいま〜って……な、何やってるんですか……っ!?」
そこに、いつもと同じような違うような光景。
俺は何度かこの光景を見た事があるが本気で怒ってる時かよっぽど根の深い事に拗ねている時に見られる。
何があったかって言うと……
「何でそんなところに座ってるの母さん……」
ウチの不詳母が玄関に鎮座していた。
「詩姫ちゃん……涼二……話があるの」
何時に無く真剣で、真っ直ぐ俺たちを見ていた。
「……玄関じゃアレだしちゃんと座って話そうよ」
「……そうね。二人とも、お帰りなさい―――」
今気付いたように作った笑顔で母さんは笑った。
―――元々そういう顔をよく見てきたせいか、すぐにその温度差っていうのは分かる様になっていた。
何となく、背筋が冷える。
嫌な、予感。
リビングは夜の心地よい風を通して、カーテンが靡いている。
静かにしていれば近隣の夕食やテレビの音も聞こえた。
どこかで鳴っている風鈴の音が夏なんだと再確認させてくれる。
目の前に出された麦茶のコップの表面が温度差に水滴を滴らせる。
一口飲んで置けば、氷の甲高い音がカランと響いた。
母さんは俺達の前に座って同じく一度だけ麦茶を飲んだ。
変な光景だ。
今まで一度もこんな風な空気になったことは無い。
「―――で、何があったの?」
「……はぁ。ええっと……怒らないで聞いてね」
母さんは珍しく歯切れ悪く言うとバツが悪そうな顔をした。
本当に珍しい。何があったのだろう。
怒るなって事は俺に関係してるのだろうか。
「一応、今日詩姫ちゃんのお母さんに病院に行った事を知らせたわ」
「あ、はい。ありがとう御座います」
「ううん。いいのよ。元気でよかったって言ってたわ。
それでね、その……」
天井に視線をやる母さん。
言葉に詰まるようないい難い事なのだろうか。
「詩姫ちゃんの事を言って、預からせてくださいって、言ったの」
「は!!?」
「ええっ!!?」
ガターンと俺と詩姫が同時に母さんに詰め寄る。
「……ダメって言われちゃった」
両手を挙げて降伏状態でそう言った。
「当たり前だろ! いきなりなんて事してんの!?」
「だって詩姫ちゃん一人暮らしでしょ? 大変じゃないっ家事はホント辛いのよ?」
ぬくぬくと暮らしている俺に家事云々を突きつけるのか。
「あ、ありがたいんですけどッホントおばさんに迷惑ですしっ!
それにウチに居ないと、いきなり皆帰って来るから心配するしっ!
ウチ生活力の無い人達ばっかりだからご飯も……」
色々と事情が飛び出る。
確かに世界的有名人の両親と有名バンドのボーカルが帰って家事なんてするはずが無い。
「でもメールや電話で連絡すればいいでしょ? すぐ帰れる距離だし」
母さんは積極的だ。
ウチ的には特に困るような事は無い。
そういえば兄貴の部屋だって開いてるし、母さんも詩姫を娘のように見ている。
詩姫は困ったように母さんの視線に色々な空間を見ながら言葉を考えているようだ。
って言うかダメだって言われたんならダメだろ。
ここは詩姫の援護をしなくては。
そう思って喋ろうと思った瞬間、詩姫の言葉が先に出たようだ。
「……その、あたしがみんなの居場所になってないとダメかなって思うんです」
詩姫は俯いていた視線をゆっくりと上げて、母さんと向き合った。
サラサラとその髪が流れる。
「あたしは物心付いたぐらいからずっと家のお仕事やってました。
―――パパとママは、中々家に帰って来なかったんです。
初めはお兄ちゃんが手をボロボロにしながら、料理してくれてた。
だから、それを手伝ってるうちにあたしの方が料理は上手くなってました。
いつの間にかあたしが全部やるようになってたんです。
お兄ちゃんはいつの間にかギターを始めました。
すっごい上手で……カッコいいなって思ってました。
お兄ちゃんも、デビューして、家には一人になりました。
もと居た家は一人じゃ広すぎたから駅前の所に引っ越したんです。
でも、みんな帰って来るんです。
移動の合間でも、ちょっとした休みでも。
通りかかっただけでもメモとかお土産置いていってくれてたり……。
みんな、心配してくれてるんです。
それをありがたいって思うから―――……
あたしはみんなの帰る場所で居たいなって思うんです」
―――母さんは目を逸らさずに全ての話を聞いて頷いた。
「うん……やっぱり、いい子だわ詩姫ちゃん」
母さんは困ったような顔で笑った。
妙な所で母さん頑固だからな……すぐ諦めてくれたようでよかった。
「あはは……やっぱり、帰ったときに一人って言うのは寂しいですから」
「ほら、涼ちゃん!」
「へ?」
何だ。ここで俺に振るって意味が分からないぞ。
「もうっここは『いつでも俺の胸に帰って来いよキラーン』でしょ!?」
「何を思って親の前でそんな事しないといけないんだ」
恥ずかしいどころじゃない。痛すぎるだろ。
「もー……若いのにダメよ? 詩姫ちゃん、いつでもウチに着てね?」
険しい顔から詩姫に向き直って笑いかける。
その表情のギャップがすごいなと思った。
「それっていつも通りだろ?」
「いつもより熱く歓迎するわっ!」
何故かグッと拳を握ってその気合を見せる。
「迷惑だろっ!」
「あははっでも、最近お帰りなさいって言われるのがうれしいです」
母さんは満足げに頷いて時計を見た。
「あら、もうこんな時間。ちょっと遅いけど詩姫ちゃんご飯食べてって?」
「あっはいっ手伝いますっ」
詩姫が慌てて立ち上がるのを母さんが小さく手で止める。
「ううん。今日は私に作らせてすぐできるから」
「え、でも……」
「涼二とラブラブして待っててね〜♪」
そう言ってすぐキッチンへと歩いて行った。
言われたらできるわけ無いだろ!
言われなくても出来ないけど……!
真っ赤になって固まっている詩姫を見て俺は溜息を吐いた。
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