01.始まり


―――音が響いていた。
聞き様によってはノイズ。
弾いていた本人と最初から聞いていた誰かだけがその残響に思いを寄せる。
「へぇ。アンタすごいんだねー」
関心しているのかしていないのか、つまらなさそうな遅い拍手が響く。
「褒めてねぇだろ……それ」
その無作法な拍手に冷たい視線を投げかけて、織部白雪<おおりべ しろゆき>はそう言った。

第2校舎4階、第二音楽室で織部白雪のソロコンサートが行われていた。
観客は一人。
「ね〜、もっと人恋しくなる曲とかないの〜?」
地べたにあぐらをかいて座る女子。
シロユキとは犬猿の仲にあたる榎本真夜<えのもと まよ>。
そのつまらなさそうな顔が更にシロユキの癇に障った。
「うっせ。てめぇなんぞに聞かせる曲なんざ持ち合わせてねぇっ」
言ってたった一人の観客から目を背けて、手の動くままの曲を弾く。
窓から斜めに入るオレンジ色が、放課後の風景を作り出す。
シロユキの言葉に膨れた彼女が何かを言っているが、ギターの音に遮られてシロユキには届かない。
もっとも、彼も聞く気がないのだが。
「きけ〜! こら! この姫っ!!」
ピクッとシロユキの顔が引きつった。
同時にギターの演奏が止まる。
「姫っていうなマヨネーズ!」
それは、子供のけんか。
「あんたの名前がそのまま姫でしょうが!!」
思うがままに言い合う二人。
「んなの知るかっ! 俺の名前はシロユキだっこのマヨネーズ!」
「あたしだってマヨネーズなんかじゃないわよっ!! 真・夜! わかってんのバカっ!」
不毛な争いはもう何度目か。
実際、真夜はシロユキの曲に関心が無いのではなくて、彼に対して素直になれないだけだ。
同じく素直な性格じゃないシロユキはそれに更に反発する。
そんな二人の微妙な関係。
すべての始まりの話。

///VOX_PROTOTYPE///

*Mayo...

こいつとの出会いは入学式の日。
教室に居座るガラの悪いのがあたしの後ろの席だって言うことだ。
五十音順の出席番号を割り振れば榎本と織部の席は割かし近くなる。
というかあたし達は前後だった。
そんでもってこいつは入学式の日から早々に机で眠りこけていた。
……あたしの席で。

その日、教室に入ったあたしは自分の出席番号と席の位置を黒板で確認して、自分の席に目をやった。
……? 誰かがもう座っている。
あたしはもう一度確認をしてみる。
……―――やっぱりあそこだ。
あたしはもう一度振り返ると自分の席へと向った。
そこには机に突っ伏して眠りこけている誰か。
でもそこはあたしの席、容赦なんて必要ない。
「ねぇ! ちょっとっそこあたしの席なんですけど」
あたしはその誰かの肩を掴んでゆする。
「ん……?」
ゆらりとそいつはゆっくり起き上がった。
眠そうな半開きの目。
髪は染めているのか茶色く、つり眉たれ目と人相が悪い。
顔は整っているが、眠そうにしている今は普通なら逃げ出すほど怖い。
―――普通、なら。
「そこ、あたしの席なんですけどっ」
あたしはその顔を満面の笑みで覗きこんでそう言い放った。
入学初日というテンションの高さと、もともとの性格ゆえのものだ。
「ん―――あぁ……わりぃ」
気だるげにゆっくりと立ち上がる。

眠そう―――という範囲を超えて倒れそうだ。
大丈夫なんだろうか。
「ねぇ、だいじょ―――」
うぶ? なんて聞こうと思ったとき。
「―――ぅ」
そいつは
「あ」
あたしに向って
「あれ―――?」
倒れた。

もちろん、あたしも巻き添えを食らうわけで。
押し倒されるのはあたしなわけで。
「―――っっ!!」
よく分からない、すべてが一瞬。
そいつの顔が目の前にあって、

 唇が触れ合ったような気がして、

気づいたら床に倒れてて、
こいつはこいつで、床で頭をぶつけてて。
「―――え?」
口から漏れた言葉はたったそれだけ。
頭が真っ白になっていた。

そんなあたしの耳元で彼は力なく囁いた。

「………………腹減った………………」

*Shiroyuki...

口げんかを切り上げて、もう一度ギターと向き合う。
くっそ。なんで今日に限ってこいつがいるんだっ。
暇そうに周りを見回しながら時折チラチラと俺を見る。
……まぁ確かに見るもんなんて少ない。
というか、そんなに暇そうにするならどっかいけっ。
と、いう眼差しを彼女に向けて放つ。
な に よ っ と彼女の口が動いた。
「はぁ……」
俺は、演奏をやめて、彼女を振り返る。
冷めたギターの残響が部屋に響き渡った。
「榎本、別に聞きたくないなら帰っても良いんだぞ?」
「―――……なに? あたし、邪魔?」
怒っているとも取れなくも無い、ちょっと不安げな顔で聞き返してくる。
元の性格を考えれば、怒っている―――に近いんだろうけど。
「あ゛ーっそうじゃなくてだな。そう暇そうにされると俺の居場所がなくなるだろっ」
せっかく弾いてる俺が切ないってどういうことだコラ。
客がいるなら客を楽しませてナンボの音楽だ。
つまるところ俺が悪いんだが、生憎、客を呼んだ覚えは無い。
俺の練習につまらなそうな顔をされると俺が寂しい。
居るのは構わないからもう少し楽しそうな顔しててもらいたいもんだ。
「だって暇なんだもん」
悪びれる風も無くごくつまらなさそうにそう言い切りやがった。
「帰れっっ」
「ふーんっ」
それだけ言って何事も無かったように宙を見回す榎本。
「……もう、好きにしろっ」
あーダメだ。こいつにはもう何言っても通じんっ。
「うんっ」
何故か嬉しそうに頷く榎本にちょっとだけ拍子抜けを喰らって、また、ギターに手をかけた。
ん〜……。
それでもまだ演りづらい。
―――そーだ。
「榎本」
「え? 何?」
「何か、弾いて欲しい曲あるか?」
ちょっと驚いた顔。そして沈黙。
「……なんだよ」
「え、あ、うん。めずらしいなぁ〜と」
へ〜なんていいながら上目遣いに俺を見る。
「は? 何が?」
「うん。マンボウの子供が生き延びるのほうが確立高いぐらい珍しい」
そういいながら見せる彼女の笑顔は、今最高に憎らしい。
3億分の1より希少な俺の気遣いだと?
「ほう。喧嘩売ってんのか?」
せっかく暇そうだから相手してやろうというのに。
「あはははっあ! ならさっあれ弾ける? ほらほらっ今ドラマの主題歌の奴っ」
俺は榎本にひと睨みくれてやると、ギターに置いてあった手を動かし始めた。

*Mayo...

「な、に、すんのよーーーーーーーー!!!」
「ほぐぅ!?」
あたしの上に倒れてきた不躾者を力いっぱい蹴り飛ばして、クラス中から喝采を浴びた。
後から聞いた話だが、食事係の妹と喧嘩をして強制断食に入らされたそうだ。
んな下らないことのせいであたしのファーストキスは、こいつに奪われてしまった……。

そんな、腹の立つ入学式の日から数日。
あたしとあいつはすぐに仲良くなった。
いや、仲は良くないが、喧嘩友達という奴だ。
風紀委員と不良みないな犬猿の仲。
どっちがどっちかはすぐに分かってもらえるだろう。
そしてそいつの意外な顔に気づいた。

それは、あたしが友達の美優に誘われて、小さなライブに行った時のことだ。
あたしはこういうイベントから縁遠かったので、初めてライブに行った。
意外とたくさんの人がライブハウスに集まる。
あからさまにウズウズと辺りを見回すあたしの友達。
かく言う彼女もこういうイベントは初めてらしい。
時間丁度に目的の場所についたあたし達は意外と人の多い中へと入っていく。

ざわめく黒い人だかりがステージに視線をやる。
恐らく前座というのだろうか、あまり上手くない新人が下手なりの一生懸命を見せている。
……あくびが出た。
そのステージをやっている途中にも、どんどん人が集まってくる。
そして、退屈だった1つ目のバンドが、疎らな拍手を受けながらそそくさとステージから去っていった。

「ふぁ〜……」
「あははは、ちょっと退屈だったね」
「ん―――まぁしかたな―――」

『わあああああああああああ!!!』

不意に、会場が大いに沸いた。
次のバンドの面々がステージに現れ、着々と用意を進める。
『どうも! 集まってくれてありがとう! スノウです!』
その間のつなぎはボーカルの喋りのようだ。
マイクを通してホールに響く声。
この夏の暑い時期にスノウなんて皮肉かしら、なんて、ステージを見上げた。
「―――っ」
「ああっ! 織部くんだ!」
美優がブンブンと手を振る。
『あん? あっマヨとミューだ。やっほぅ』
途端、あたしは帰りたくなった。
やっほぅじゃないわよ、アンポンタン……
恥ずかしくて仕方が無いのであたしは目を逸らす。
『なんだ? 彼女かシロ』
違うわよっ! と叫びそうになる。
『バッカちげぇよっ同級生、クラスメイト』
『ほうエロイ響きだな』
―――……類は友を呼ぶ?
変な奴の周りにはえてして変な奴が集まるもんだ。
ぞわっと鳥肌が立った。
『あほ。準備できたんだな?』
メンバーの全員が笑いながら頷く。
『それじゃ1曲目―――!」

急にざわめいていたホールは静かになる。
待っている。
音がはじける瞬間へと、期待を寄せた一瞬。

   途端、そのバンドは オト になった。


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