02.才能


音楽だけをしてきた。
学校なんて、気にもしてなった。
中学卒業したらそのまま歌で食っていく気だったぐらいだ。
中3のライブの時、オレ達は奇跡的にスカウトにかかった。
当然みんな喜んだ。
だが、その人は言った。
『高校を卒業したら、また会いましょう』

―――オレ達は必死に勉強した。

//PROTOTYPE//
*Shiroyuki...
ぐぅ……
不意に、足音に気づく。
気づいていたのは頭だけで、体は全然眠っている。
―――……トトトドドドドドドドドンッ!
「―――っっっっっはよーーーーー!!!!」
「ぬほぅあ!!!」
中身が飛び出るっ!!
長い髪が舞うのが見えて、オレの意識はもう一度暗転した。
「あーーーー! また寝るんだ? やっちゃうよ? もう一本行っちゃうよ?」
そ、―――それはさすがに勘弁……っ!
オレは無理やり体と頭を覚醒させて、起き上がる。
「―――っやめろシキっ!」
「ぼんばーーーー!!!」
ぼんばーーー! じゃ、ねえええええええええ!!!
数メートルの助走から、彼女は高々と宙を待った。
オレはベッドから全力で転がり落ちて、それを回避する。
「わわっ」
バフッ!
奴はそのままベッドにダイブし、オレへのダメージだったそれは、ベッドのスプリングに吸い込まれる。
「はぁ……はぁ……」
あぁ……誰かオレにもっと平和に朝起こしてくれる妹を下さい……。
ベッドに沈んだと思われていた奴がすっくと起き上がる。
「おっはよー! ご飯できたよー」
パアアっと笑顔から光が出ている。
満足げなのがムカつく。
「……詩姫。朝はもうちょっと静かに起こしてくれないか?」
「えー? だってお兄ちゃん起きないし」
「いや、でもドロップキックはやめろ。死ぬから」
夢見るな愚民ども。
抱きつくなんて生易しいもんじゃない。
こいつ思いっきり走ってきて、飛び上がって、蹴り下ろしてやがる!!
普通なら怒る。
だがオレの怒りメーターは全く反応しない。
一回転したということもあるが、オレの体が理解している。
こいつには逆らってはいけない。
現在この織部家の家事全般を受け持つこいつを一度泣かしてしまい、オレは無期の断食に刑された。
時期は春休み。
1週間ほどして、倒れた。
―――最悪なことに、それは入学式の日だったわけだが。

「あっはっはっはっは〜詩姫ちゃんいいねっ! さっすがっ」
オレの話を聞いて爆笑する真夜。
正直、ムカつく。
「お前……人の不幸を笑いやがって」
机に突っ伏して寝転がる。
それを覗き込むように真夜が喋りかけてくる。
「それはアンタの自業自得でしょ〜?」
せめて……せめてもう少し穏やかに起こして欲しい。
「うっせー。オレは低血圧なんだよっ」
「低知能だしねー」
ほう。こいつ今のオレに喧嘩売ってんのか。
沸々と怒りメーターに火がともっていく。
「はぁーっ。高脂肪よりマシだ」
「な―――っ誰が高脂肪よっ!?」
「ははははは。主語は気にするな? おっと!」
ダンッ!
真夜の振り下ろした拳がオレの頭のあった位置に叩きつけられる。
「アンタッ喧嘩売ってんのっ?」
「それはお前だろ?」
「上等っ!!」
シュッシュッと椅子に座ったまま放たれる高速のパンチを、同じく椅子に座ったまま流れるようにかわす。
周りから歓声が聞こえた。

「シロユキ。仲がいいのはいいことだが、HR中はやめた方が良いぞ?」
不意に隣の方から声がする。
振り返る余裕は今目の前を掠めていくパンチの雨のせいで無いが。
「じゃぁ見てないで助けろよっ」
隣の席からケイスケが振り返る。
「いやいや。そんなのに巻き込まれても俺は得しないから遠慮しとくぞ」
くそっ冷やかしかよっ!
興味なさそうにオレたちを眺めるそこのメガネ。
高井啓輔<たかい けいすけ>ことオレの友人その一。
「おい、失礼なことを考えるなそこの不良」
「あっははは。織部、考えてることが漏れてる」
オレの後ろの席からそんな声が聞こえる。
「そうなのか変態水ノ上」
後ろから話しかけるは水ノ上優一<みずのうえ ゆういち>。
そう、変態だこいつは。
なんでかって?
だってこいつ付き合いもいいし、頭も良いし運動神経もすげぇし、もてる。
変態以外のなにもんだってんだ。
「そうなんだよ。―――榎本、俺も加勢する」
ガシッとオレの動きを封じる水ノ上。
「な―――っやめっ」
フォン!!!
真夜のパンチが耳を掠る。
どっと冷や汗が全身を流れた。
心なしか頬がチリチリしている。
「ち―――」
邪悪しか感じない表情を歪めて、舌打ちをかます真夜。
「ち、じゃ、ねぇ! 危ないだろ」
「いっちー、しっかり捕まえててね」
右手を握り締めて、ゆっくり顔の横に構える真夜。
「おう」
ガッチリとオレを掴む水ノ上。
う、動けねぇーー!
「や、やめ―――うわっ―――……」
何か、ヤバイ音と一緒に、視界は真っ白に変わった。

「おい、次教室移動だぞ? そんなとこで寝てるなよ白雪」
ゆさゆさと意識の外で肩が揺さぶられる。
「は!? 北斗七星の脇に不吉な星がっ!?」
ガバッと起き上がったが、ここは教室。
決して荒れ果てた町並みは広がっていない。
「何わけのわかんないことを言ってんの? 次第2理科室だよ〜?」
真夜がペチペチと教科書でほっぺたを叩くと席から立ち上がった。
なんとなく満足げだ。
オレは、と言うと、何時間も寝ていたかのように朝の記憶も無い。
オレはあやふやに返事をすると、筆箱だけを持って立ち上がった。

こうやって誤魔化して生きていくんだって。

放課後のチャイムが鳴り響く。
待ちかねたようにみんなは動き出す。
オレはその光景をよそに、とろとろと鞄を片付ける。
「じゃ、お疲れさんシロユキ」
すでに帰り支度を整え、啓輔はぶっきらぼうに手を振る。
「おう、今日もジムか?」
オレは手を止めて啓輔を振り返る。
「あぁ。ま、走れんのは休みだけだし、しゃーねぇよ」
だるそうに頬をかきながら困ったように笑う啓輔。
じゃぁなともう一度別れを告げて教室を出て行った。

オレも帰り支度を整えて、席を立つ。
そこでボッと真夜がオレを見ていることに気づいた。
「ねぇ、啓ちゃんって、何処に通ってんの?」
オレが何かを言う前に、真夜が口を開く。
「あ? ジムだよ。レーシングジム」
あいつはレーサーらしい。
詳しくは知らないが、週に何度かレーシングジムに通っている。
「へぇー。レーサー? 凄いんだ啓ちゃん」
「さぁな〜? 実際に見たことは無いからわからないけどな」
まぁ、いつかレースしてる日でも聞いてみるか。
オレはぺったんこの鞄を持ち上げると、時間を確認する。
今日は―――特に用事はない。
なら、
「ねぇ、アンタ、音楽室にいくの?」
またオレの先を読んで真夜が話をふる。
「……良く分かったな」
「アンタ単純だもんね」
机に頬杖をついて悪戯に笑う。
オレには悪意以外の何物にも見えないが。
「うっさい。じゃぁな―――」
それもいつものこと。オレは何事も無かったかのようにその場を去る。
「ねぇ、聞きに行っても……良い?」
何処から湧いた気まぐれだろう。
真夜はオレに視線を添えたままそんなことを言う。
「まぁ、好きにしろよ」
練習なんて、楽しいもんじゃないけど。
なんて、自分でもガラでもないことを言って先に教室を出た。

*Mayo...

「練習なんて、楽しいもんじゃないけど」
そう言ってあいつはさっさと教室を出て行った。
本当は何度か見たことがある。
防音設備がある音楽室とはいえ多少音は漏れてるし、準備室からはマジックミラーの場所から中が見える。
それは偶然、委員の仕事で準備室に備品を置きに行ったときに気づいただけなんだけど。
ちょっとだけ熱っぽいため息吐いて、あたしも鞄を持ち上げて音楽室へと向った。
何にも入ってない鞄は、軽かった。

……
……―――
あたしがリクエストしたのは今話題のドラマの主題歌。
最終回が近いせいか、このエンディングテーマの曲が良くドラマの中で流れている。
でも、こいつが、弾いてるのは―――?
あたしは唖然と、その、姿を見上げている。
感覚は、すべてそいつに奪われて、ただその世界へと引き込まれていく。
さっきまでギャンギャン煩かったギターは静かに、メロディーを創り出す。
何かを訴えて叫んでいた声は、ゆっくりと語りだして。
目の前のこいつは楽しそうにギターと向き合って、歌をつむぎだしている。
この歌は、こんなに、感動させるものだっただろうか?
違う歌を聴いているよう……でも、こんなにもあの感動したシーンが甦る。
同じ歌。でも、こいつが歌った瞬間に、全く新しい歌になった。

それは、自然と、あたしに涙を流させた。

歌い終わったこいつは、何も言わずに、ただ、困ったようにあたしに笑いかけた。
すぐに涙で霞んで見えくなったけど―――。

ちょっとだけ、こいつを凄いと思えた。
ちょこっとだけ。


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