03.好きな人


*No Master...

「あ、なに水ノ上」
「織部ってさ、どんな子が好み?」
「とぐろを巻いたやつ」
「どんなだよっ!」
「じゃぁ、うろこのない奴」
「いっぱいいるよっ! 真面目に答えろよっ」
「贅沢な奴だなぁ。なんて言えばいいんだよ」
「普通にさ、ほら、髪が長い短いとか。可愛い系とか美人系とか」
「んー……ん? ……」
「……なによ……」
「いや、こっちのセリフだ」
「っっなによっ」
「うおっ水ノ上、この話は保留だっいつか探してくる」
「はぁ。まぁいいか」

*Mayo...

好きな子のタイプ、ねぇ……。
不意に浮かぶあいつの顔をブンブン振り払う。
違う、違う違う違うっ! 絶対違うっ!!!
「ま、真夜っどうしたのっ?」
ハッと我に変えると、隣に一歩引いた状態のミユが立っていた。
「あ、あははっなんでもないっ虫がねっ」
あたしは慌てて自分を繕う。
「そ、そう? 寒いのにまだいるんだね」
人のいいこの友人はそのことを信じてくれたみたいだ。
坂城美優<さかき みゆ>、あたしの小学校からの友達だ。
親しい友達からは名前で呼ばれてるけど、みんな結果的に『ミュー』と呼んでいる。
まぁ、気持ちは分かるけどね。
「で、さっきの話の続き、いい?」
クリクリとした大きな目があたしを覗き込む。
美優は可愛い。
見た目も髪もクリクリしてる感じだけど、
性格もクリクリしてる。
……うん、あたしもよくわかんない。
「え、あ。うん」
曖昧に返事をしながら、その続きを聞く。
「だから、お……織部君に、好きな子のタイプ聞いて欲しいなぁ……って……」
とたんまたあたしの脳はフリーズする。
そう、さっきからコレを繰り返している。
どうしても認められない。
「……ダメだって美優っパパは認めないっ!」
「真夜ってパパだったの!?」
「じゃあママにするっ」
「どっちでもあんま変わらないよ〜……」
あたしは一旦ため息をつく。
辺りをぐるっと見回して―――
ポンと、美優の肩に手を置いた。
「だってあいつだよ? あいつ!?
 もう美女と野獣確定って言うか、ビューティーオンザビーストっていうか
 あいつだけは絶対やめた方がいいって!
 つり眉だし寝起きたれ目だし授業一個も聞いてない超阿呆だしっ
 美優はもっとあるよっいっちーでもぶち抜いて自爆テロだってほんと!」
「い、意味わかんないよ真夜〜あと、ビューティーアンドビーストだよ〜」
当たり前じゃないっ言ってるあたしですら分からないのに!
「とにかくっあいつはやめた方がいいって!」
とにかく目を覚ましてほしい。
あんな奴にこんないい子はもったいないっ。
でも、そう思うあたしの心は通じないのか美優は首を横に振る。
「私は、織部君、好きだよ? カッコイイし、優しいし」
あ〜だめだ。
その美優の言葉にあたしはまたフリーズする。
その隙をついて、美優はあたしの手から抜け出す。
「いいよ〜っだじゃぁブッツケ本番だって行くもんっ」
悪戯にべぇっと下を出して歩き出す。
「あ〜……っもぅ! わかったっわかりましたっ聞いて来ればいいんでしょ〜?」
あたしは両手を上げて、歩き出す。
その声にキラキラとした目で振り向いた美優は―――
「―――っうんっさっすが真夜っ」
と、あたしに向って抱きついてきた。

そんな朝の風景。
あたしと美優は、そんなことを話し合える、言わば、親友だ。
ということであたしが一肌脱いでやるか、といった所なのだ。

それで、いっちーこと水ノ上優一に相談して聞いてもらった所、はぐらかされた、と。
「残念だったね」
逃げたあいつのあとを見るあたしにいっちーが話しかける。
「う゛〜……あたしは別にいいんだけどさぁ……」
あたしは別に……知りたくもない。
「誰から頼まれたか聞いていい?」
にこにこ、という表現が一番しっくり来る顔であたしを覗き込むいっちー。
一見無害に見えるこの顔、侮る無かれ。
彼、水ノ上優一は完璧無欠とされる、学校一の天才だ。
性格も気さくでいい奴だし、思慮深くリーダー的。
生徒会長なんかをやっている。
成績は常に一番だし、家柄はスポーツ企業の社長。
そのせいかどうかは知らないが、スポーツもすべてにおいてトップクラス。
顔立ちも整っていて、笑うとかわいい。
あたしのまわりでもいっちーを狙ってる子は多い。
そんな人間がなんであいつとなんか友達やってるんだろう、と疑問になるぐらい完璧だ。
「……いっちー、大体わかってそうな顔してるから言わない」
そう、勘も鋭い。
「はははっ美優ちゃんもたいへんだねぇ〜」
やっぱり、分かってたか。
いっちーはもう一度あたしに笑顔を見せると、立ち上がる。
「んじゃ、俺は生徒会の用事があるから生徒会室に行ってくる」
「あ、うん。ありがとね」
「いやいや〜お安い御用さ」
そういいながらヒラヒラと手を振って気さくな天才は去っていった。
結局、あいつのどうこうを、聞き出すことは出来なかった。

―――何故か、安心している自分がいた。

「そっかー。真夜でもだめかぁ」
残念そうに、笑顔でため息をつく美優。
「あいつがガキ過ぎるのよ……はぁ……やっぱやめときなって」
ほんと、あいつってば
「なんで〜? 真夜、織部君嫌いなの?」
なんか、いやに笑顔であたしにそう振ってくる。
「キライよあんな奴っ」
「また〜。いっつも仲良さそうに話してるじゃん」
ライバル? ライバル? と言いながらあたしをつついてくる。
「……アレが仲良さそうに見えるなら、病院に行ったほうがいいよ?」
そういいながらそっと自分の額と美優の額に手を当てる。
熱もないみたいだ。
「病気じゃないよ〜〜っ真夜ってば素直じゃないなぁ〜」
「おおきなお世話ですぅ」
フンと鼻を鳴らして膨らませてそっぽを向いた。
そこで丁度、昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
「ふ〜もぅ。あ、真夜、さっきの真夜が直接聞いたの?」
「え? うんん。いっちーに聞いてもらったけど?」
何も問題はないはずだけど……。
それでも彼女は意味深に笑うだけでその場を去って行った。

*Shiroyuki...

暗い帰り道。
日はもうずいぶんと前に落ちてしまって、街はネオンと車のヘッドライトに満たされている。
白や赤で照らされる青い道をトボトボと歩く。
朝は啓輔の自転車に便乗しているが、帰りの時間は合わないので歩いて帰るのが常だ。
クラブ帰りの人波の中をいつも一人で歩いて帰る。
「っ織部君、今帰り〜?」
「ん? おう。」
軽く手を振ると、ミューは近くに寄ってくる。
「えぇっとっ、私も今クラブ終わったんだ〜、一緒に帰ろう?」
―――多少、思考が停止する。
真夜と仲がいいせいか、ミューとも良く話すが、一緒に帰るというのは初めてだ。
んでもって、学校有数の美少女の一人だ。
一緒に帰るのを目撃されるだけで次の日には有名人だ。
―――ふふ、よしっ腹括るかっ。
「あぁ。いいけど。真夜は一緒じゃないのか」
いつも一緒に帰っていると聞いた気がするけど。
「あ、うん。今日も部の方で部長を叱ってると思うよ」
あぁなるほどね。
あの脳味噌空っぽ野郎を叱ってんのな。
「はっ……あいつもよく飽きないな……」
星の見えたりする空を軽く仰いで、苦笑いする。
「うんんー。それだけ、真夜はクラブに本気ってことだから良いことだよ〜」
彼女は笑顔で俺に向かってそう言ってのける。
―――だから、俺は苦笑して目を逸らした。
こういう、誰かを信じきった視線には弱い。
それがそもそもあいつなら、信じられるだけの力があるのは知ってるから尚更。
分かりきったことにたてつく気も無く、俺は別の話をミューに振って歩きはじめた。

あいつと喧嘩してると分かる。
曲がった所が無くて、いっつも真っ直ぐに自分の感情をぶつけてくる。
それは周りの信頼を大きく買っているし、彼女のいいところの一つだろう。
―――まぁ、俺には害にしかなってないが。
あいつから見て『間違ったもの』はすべて彼女の修正の対象だ。
無意識的にそれを行うのは欠点だと思うが。
とにかく、強く、曲がらない。
それが、俺から見た榎本真夜という人間だ。


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