39.義務



意識が朦朧としている。
もう、何発目だ。
顔面も、からだもボロボロだ。

それは向こうも一緒未定で睨んでいるのかいないのか良くわからない顔で
お互い次の拳を振り出す。
もう、避けない。
避けることが出来ない。

倒れた。
曇った空と、泣いている女の子。
泣いてくれる誰かが居る……想われているって幸せなことだと思う。

手が痛い。
相手の歯で切れてボロボロ。
顔の切り傷からは派手に血が出て、顔は真っ赤。
それでも立ち上がって叫びながら拳を振るう。
悲鳴のような抑止の声。
そんなもの聞いちゃ居られない。




多分―――……多分だ。

おれたちの、最後の喧嘩―――。



















*Keisuke...




シロユキが来た。
いつもと変わらない様子で。
「よぅ」
なんて、片手を上げた。
「よう。遅かったな」
「無理言うなよ。距離があれば時間はかかるだろ。んで用事は?」
「あぁ、正確には俺じゃない」
「あん?」
俺は顎でシロユキの後ろを示した。
シロユキはそれにしたがって振り向いて止まる。

「お、織部君……」

「……ミューか。なるほどな」
「なるほどな、じゃねぇよ。

 シロユキ、歌わないってどういう―――」

「うるせぇ。関係ないだろ」
カチン、と来た。
こいつは何時だって歌にだけは妥協しなかった。
歌だけを信じて、それだけは絶対に曲げない、織部白雪の体の一部だったのに。
それを、関係ないなどと言う言葉で済まそうというのか。
「……あ? 関係無い……?」
「だってそうだろ? オレがどうしようが啓輔にもミューにも関係ない」
「……っ」
坂城は息を飲む。
「んなわけあるか。おい、お前それ病気だぞ?」
コレは本気で。
今から精神分析してもらいに病院に連れて行くべきか。
「おぉ、言ってくれるな。何もしらねぇ癖に。偉そうな事言うな」

今日の白雪は、やたら癪に障る。

「夢じゃなかったのかよ! 歌で生きるのが!」
「諦めたくなるときだってあるだろ」
俯いて吐き捨てる。
「ざけんな! お前から歌無くしたら何も残らないだろ!」
「っせーな! オレの勝手だろ!!」
「だがお前には才能っていう義務がある!!」
俺はそう思っている。
こいつの歌には、そう思わせる力がある。
「んなもんねぇよ!! んなもんあったらもうとっくにこんな所には居ねぇよ!!」
違う。問題はそこじゃない。
「そうじゃないだろ……っ! なんで歌わないなんて言うんだよ……!!」
「…………関係ないだろ!!」

ガッ!


白雪の拳が眼鏡に当たる。
眼鏡は音を立てて地面に落ちた。
「った……!! 何しやがる!!!」
だが、そんなものは気にならないぐらい―――次の言葉で頭に血が上った。
「……うぜぇんだよ! もう―――関わるな」

俺の中で、何かがブツッと切れた。

「シロユキ!!!!」



















*Shiroyuki...





迸る暴力衝動。
無遠慮に、ただひたすらその衝動に身を任せて殴る。
楽しいとさえ思える。
ただ、何かが足りない。
オレを満たすには、やっぱり足りない。
だが目の前の敵に容赦は無く、血反吐を吐きながら拳を振るう。
眼鏡のフレームで目の下を怪我したらしく、涙のように血が流れる啓輔。
オレも額からものすごい勢いで血が流れ出る。
顔というのは大した怪我でなくても派手な血が出る。
それが更にオレに理性を失わせる。
最悪だ。自分でも分かっている。
終わってしまえばいいのに。自分なんて、居なくなってしまえばいいのに。



オレなんて、死んでしまえ、クソ。





「やめてよ二人ともぉっ!!! お願いっっ!」
叫ぶ声が聞こえる。




―――だが、不幸を望むときほど、不幸には見舞われないものだ。


 ゴッ……!

鈍い音が響いてオレが後ろに弾き飛ぶ。
半分意識が飛んで、よく分からない。
―――多分、同時にオレは無意識的に啓輔を蹴った。

ガッッシャーーーン!!

啓輔がコンビニに突っ込んでガラスを割る。
ガラスの中に、啓輔が倒れている。
「いやっ!! 高井君っっ!!」
ミューが走りよる。


アレ……?





何やってんだ……オレ……!?
バケツで水をかけられたみたいに、急に頭から血が引いて冷静になる。
啓輔が呻きながらカラスの中に倒れている。
ジュースを零したみたいに血が流れ出ていた。
オレは啓輔に走り寄る。




「け、啓輔っ!? オイ! 大丈夫か!?」
「救急車……! 店員さん! 救急車―――」


























次に混乱が解けたのは病院で。
呼びかけても反応しない啓輔に叫び続けながら此処に来た。
集中治療室のランプがついたまま何時間も―――オレはそこに居た。
診察室で診察を受けて頭にグルグルと包帯を巻かれた。
親友が―――。
オレの為に怒ってくれるような親友がその中にいて……。
ここに居るのはオレなのは可笑しいだろ……?
また、居なくなるのか。
この手が……っこうしてしまったのに後悔しか残らない。
くそ、っ……!
手を合わせて俯く。
何時間このままなんだろうか。
オレは石のようにそこから動かなかった。


―――時刻はもう夜。
……携帯が鳴っている。
オレは固まっていた腕を解いて携帯を取った。
ディスプレイには家、と表示されていた。
詩姫、か……。もう遅いもんな。
ピッと受話ボタンを押す。
「……もしもし?」
『お兄ちゃん? 良かったやっとでた〜も〜帰らないなら帰らないって電話してよ〜』
いつもの声が聞こえる。
ちょっとだけ膨れているのが分かって少し笑えた。
「悪い……ちょっと怪我してな。病院に居るんだ」
『病院!? え!? なんでっ!? 大丈夫!?』
大きな声が携帯から響き思わず耳から離す。
「騒ぐなよ。大丈夫だ。オレは―――」
『ホント? ほんとに? ……じゃぁ今日は帰ってこないの……?』
残念そうにそういってくる。
こんなオレでも、帰ってくることを心配してくれる詩姫。
……本当に、暖かくて、ありがたいと思う。
「多分……。悪い……な。明日は、絶対帰るから……」
『うん……ホント、大丈夫? やっぱりアタシ行くよっ何処の病院?』
しっかり者の妹は相当世話焼きなようで。
「あぁ。入院してるのはオレじゃないんだ。だから大丈夫」
『お兄ちゃんが付き添い? 誰が入院してるの?』
珍しそうなニュアンスで言葉が返ってくる。
「……啓輔だよ」
『けーちゃん!? けーちゃんそんな大怪我したの!? 大丈夫!?』
心が痛い。
なんて答えよう―――。


「けーちゃんも大したこと無いわよ詩姫ちゃん」

オレの携帯を奪い取ってそんなことを言う。
『あ! 真夜ねーちゃん! 真夜ねーちゃんも一緒?』
「うん。だから心配しなくて大丈夫よ」
携帯から嬉しそうな声が聞こえる。
その二人は笑いながら会話を続けてオヤスミーと言葉を交わして真夜がオレに携帯を返した。
「おう……」
『真夜ねーちゃんが居るなら安心だね〜……襲っちゃダメだよ?』
……最近のガキはホントませてやがる。
「うっせー。とっとと寝ろ小学生」
『あははっオヤスミお兄ちゃんっ』
「あーオヤスミ」
ピ……
フゥッと息をついて携帯を仕舞った。
それを見計らって隣に真夜が座る。


「……いい子だね詩姫ちゃん」
ポツリと赤いランプを見上げて呟いた。
「あぁ。そのかわりオレに悪い所が全部きてるからな」
「ホント。少しは見習いなさいよ」
は、返す言葉もねぇ……。
オレは手を握ってまた俯く。
「……喧嘩、したんだって? けーちゃんと」
「…………あぁ」
真夜も視線を落とす。
白いだけの空間には何もありはしないが。
「バカ……。やりすぎ」
「…………あぁ」
責められても、言い返せない。
そのまま無言でオレたちはそこに座っていた。



しばらくして、啓輔の両親が息を切らせてやってくる。
共働きで、カートをやらすために頑張っている両親だ。
二人とも普段知的でいかにも啓輔の両親っぽいが、今は―――親だった。
忙しそうに行き交う看護師さんを捕まえては啓輔の様態を聞く。
オレは責められるものだとばかり思っていたが―――
「ごめんなさいね……啓輔が迷惑をかけちゃって……居てくれてありがとう。
 後は私達がいるから二人はおうちに帰りなさい―――明日も、学校でしょ?」
「いえ……。シロユキ、帰るよ」
真夜が二人にペコリと礼をしてオレの手を引く。
真夜に連れられて―――治療室を後にする。
ここに……居ることも許されないのか。






「美優がね……走って、教えてくれた。
 けーちゃんとアンタが喧嘩して、運ばれたって。
 二人ともバッカじゃない?」
オレの手を引く真夜が振り返らずに言う。
「―――また、病院にアタシ、戻ってきちゃったじゃない」
「……悪い。―――啓輔の心配だけで十分だ」
誰かに責めてもらいたいのだろうか。
お前のせいだと言われる事で―――楽になりたい。
あぁ、そうだ。それなら納得がいく。

「……どうせ、自分のせいだ〜って言われて悲劇の主人公になりたいと思ってるんでしょ?」

そんなオレを見透かして、手を放して真夜が振りむいた。
「そんなときは彼女にでも慰めてもらいなさいよ?
 いい子いるでしょ〜?」
「は……。山菜はもうオレの彼女じゃねぇよ」
溜息と一緒に吐き捨てる。
―――もう顔も合わせたくないだろうな。向こうは。
「え゛……」
「変な声だな―――はぁ、そいやミューは?
 オレそろそろ警察に突き出されるんじゃ……」
はぁ〜〜いよいよお先真っ暗って感じだ。
もう―――どうにでもなれ。

「美優はそんなことしないよ。
 コンビニの人にも、弁償だけって言う話で言ってくれたみたい」

―――なんで、オレの周りには―――。
「くそ……なんでだよ」
「あんたは、恵まれてる。
 皆アンタの為に走って、あんたの為に泣いて、ねぇ?
 泣かせる話じゃない」
オレを悪く言う奴が居ない。
陥れようとする奴が居ない。
全力で助けてくれる―――こんな、バカで救いようの無いオレを。
こんなにもいい友人に恵まれて―――全部、全部仇で返してる。
オレに、何が出来るって言うんだよ。
誰か、教えてくれよ―――。
なぁ、水ノ上……オレはお前のように万能じゃない。
啓輔、お前みたいにレースに勝てない。

無力じゃないか。

なぁ……

答えてくれよ……!!




























「あんたには―――歌があるじゃない」




たった一つ、オレに出来ること―――。
唯一オレに許された才能―――。

「あんたが、恩返しできるって言うなら―――それだけでしょ……?」

それだけ言ってふっと微笑むと真夜は踵を返し歩き去っていく。
オレは呆然とそれを見送った。





それだけでいいというなら―――オレは。
泣きながらでも

それだけに、尽くそう。



























「……ギター……」



























VOX ///PROTOTYPE/// End

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