01...
―――はぁ……
なんで、あたしは生きてるんだろ……
不条理を感じて天井を見上げた。
ただ部屋を照らす照明と白い壁だけがそこに見えた。
あたしは壱神幸輝という最愛の弟をほんの数週間前に亡くしてしまった。
それからと言うもの世界は空白だらけで―――……虚しい。
あたしの生きる意味だった。
生きがいだった、大好きだった。
たった一人の―――肉親だった。
ねぇ……なんであたしにばっかり……
寂しい思いをさせるの? ねぇ? 神様……
居ないだろうけどさぁ……。
そもそも、居たら絶対許さないんだから。
だって、だってよ?
まずあたし達から両親奪っておいて
さらにあたしから幸輝取ったら何が残ると思ってるの?
あたし? あたしだけ残っても仕方ないじゃん。
あたしも幸輝も支える誰かがいるから頑張って生きてたのに。
自分のためだけに生きるなんて―――泣きたくなるほど悲しいじゃない……。
何のためにあたし達の名前に幸せっていう文字がついてると思ってるのよ……。
「どうやって死のうかなぁ……」
多分、死に掛けの魚みたいな目でボソっと呟いた―――……末期だ。
「こらこらっ! 不吉なこと言わない!」
ゆさゆさと揺らされて視界がゆれた。
「もー! ユキちゃんそんなネガティブなこと考えちゃダメっ!」
そういいながら作りたての料理をテーブルに並べていく。
「サチ姉さん……でも幸輝が〜」
頭を押さえて姉さんを見上げた。
パッと見えたのは長い栗色の髪の毛。
大きく緩やかなウェーブを描いていてフワフワとした髪。
整った顔のちょっと濃い目の眉の片方を上げて姉さんは腰に手を当ててまたか、と言う風に溜息をついた。
「幸輝が〜じゃないの。ブラコンねー」
「そんな褒めないでよ〜照れるじゃん」
へへっと笑いながら視線を逸らす。
「……その脳みそ新しいのと交換したら?」
姉さんは真剣にあたしの脳を心配してくれている。
「新しいのにしたら幸輝を本格的に襲ってたよ?」
「そこはグレードアップしなくていいから!
もう……幸菜ちゃん本当に兄弟の自覚あるの?」
「あるよ〜禁断の愛をはぐくむ所からバッチリ」
「前提がおかしいよユキちゃん!」
あたし、意外と元気です。
気付いてますよ?
自分で異常って思えるぐらい幸輝が好きだった。
どうせたった2人の姉弟だしね?
無理に隠して世に溢れるツンデレなんて呼ばれるようになるぐらいなら、いっそオープンに愛する。
てかそうしてきた。
サチ姉さん?
あぁ……サチ姉さんは
あたしたち二人のお姉さん役を買って出てくれた人だ。
血族的に兄弟は幸輝一人だ。
あたしたちを名前的に気に入ったらしい。
まぁ自分が幸乃で幸菜と幸輝が来れば兄弟といってもバレはしないだろう。
あたし達も本当にお姉さんだと思っている。
どこか豪邸のお嬢様らしく、本当は働かなくてもいいんだそうだ。
だが、サチ姉さんは働かざる者食うべからず、女性だからって世間に嘗められるのは癪だ。
と、家を出て経営者になったらしい。
ちなみにこのレストランの資産は自分で株を買って儲けた物らしい。
もうこの人何がなんだか。
しかも大手チェーンになることを狙うんじゃなくて、一店舗でずっとやっていきたいらしい。
ホント、何がなんだか。
とまぁみんなで頑張ってあのお店を発展させてきた結果、雑誌にも載ったし、一度テレビにも出たことがある。
今じゃ責任者も幸輝を筆頭に5人とバイトも数十名……24時間営業の優良ファミレスだったんだけど……。
「もう……ほんと二人して変な性格してるのね」
「ありがと。姉さんには敵わないよー」
いろんな意味を込めてそっくりそのまま返してやった。
「……」
よからぬ意思を感じたのか微妙な表情でこちらを見ているのでやっぱり言葉にしてあげる。
「姉さんも頑張って結婚相手を探してくださいね」
「うわぁぁん! ユキちゃんが苛めるぅー!」
壱神姉を嘗めないことだ。
ついでに姉さんの結婚の話。
実は御家のほうでいくつか話が来ているみたいなんだけど例の如く嫌らしい。いやらしいじゃないよ?
こう、燃え上がるような恋がしたいらしい。
この人、やり手だけど夢見すぎ……。
自分の忙しさとか全然考えてないんだから……。
もっと有名な商社とかだったら色々出会いもあるだろうけど、
自分で立てて自分が頂点にいるんだから男も引くに決まってる。
まぁ、夢見がちって言うのは、サチ姉さんの部屋に漫画がいっぱいあった時点で確定してたようなもんだけどね。
あの、目が顔の半分ある少女マンガ。
レディースコミックは過激過ぎて読めないらしい。
この人は多分大人じゃないとあたしは思っている。
うん。絶対恋愛経験はゼロだ。
姉さんはあたしの視線に訝しげに首をかしげた。
あたしはにっこりと笑って何事も無かったかのようにご飯を頂き始めた。
姉さんの料理は美味しい。本当は経営者ではなくて、ちゃんと調理師免許を持ったコックさんだったのだ。
新メニュー作成には必ず立ち会っているし、私達の意見なんかも取り入れてくれたりする。
アレンジが上手くて、料理には上品さが現れていると思う。
――……でも
「はぁ……なんであたしじゃなかったんだろ?」
ここ数週間で3桁を超えたと思われる溜息を吐く。
「そうねぇ。バイトに入ってなかったからじゃないの?」
「―――はぁ……やっぱ不条理。納得いかない。神様のサド」
涙目で天井辺りを睨んでみるが何も変わらない。
「一言余計なのが多いよユキちゃん……。
そうね。生きてたのが幸輝君なら私が貰ったのに。お婿さんに」
「頑張ってそのまま行き遅れてください」
あたしはソファーに正座してペコリと頭を下げた。
「……ひどいユキちゃん」
姉さんは泣きそうだ。真剣にやばいらしい。
―――確かに、幸輝は居なくなった。
交通事故で、死んだ。
じゃぁさ、あのあと……
あの後にあった幸輝は……?
確かな感触があって、言い合いして、叩いて引っ掻いて……!
確かに赤いロングコートに白いクロスしたベルトをつけて
更に剣みたいなのつけた弟が帰ってきてた。
冷静に見れば引くけど、幸輝だったから問題無い。
むしろいつもより凛々しく見えてよかっ……あたしはもう、ダメだ。
どうも服は安物しか買わない性質らしくいつもバーゲンで買ったパーカーとかしか着なかったし。
折角素材がいいのに。
「おーい。ユキちゃ〜ん? 置いていかないで? お姉さん寂しいよ?」
「あ……うん。この前幸輝に会ったんだ」
「それは夢よ?」
「身も蓋も無いこと言わないでよ……。それで、ちょっと気になることがあって」
「気になること?」
「新しい世界で生きてるんだって」
「……あはははははっ! またまた変な夢みたんだねー!」
「死んだら行けるってわけでもないみたい。
どうやったら行けるかな……」
「…………ユキちゃん、お姉さんと病院行こっか?
お友達がね、精神病院やってて結構評判もいいみたいで……」
「サチ姉さん、あたし、結構本気」
「だったら余計病院行かないと。
……ねぇ、ユキちゃん。
どれだけあの子を求めても、もう居ないんだよ?
もう……会えないんだよ……誰も」
「……分かってます」
だから―――どうするか考えるのに。
「現実をさ、ちゃんと見ようよっ。
ユキちゃんは何だって出来るしさ!」
「……分かってる。幸輝と約束したから」
生きて、と。彼の最後の言葉を忘れては居ない。
他でもない幸輝が生きろって言ったのだ。
その意味が分からないほどあたしだって愚かじゃない。
だから、今ちゃんとここに居る。
仕事にも行ってる。
「……んふ。さすがユキちゃん」
「ただ、問題が彼氏なんだよね〜。
男の人は職場にも居るんですけど、みんなイマイチ決め手に欠けてて」
彼氏を作れなんて、無茶なこと言って死んじゃうから。
―――似てる人って探すの大変なんだよ?。
「そんな選好みするユキちゃんなんか嫌いだーーーーっ!!
大っきらいだーーーっ!!」
周りに男っ気の無いサチ姉さんが叫んでいた。
ご飯を食べ終わってあたしが片づけをする。
―――最近よくサチ姉さんは遊びに来てくれる。
そして最近多い話が
「ねぇっ! ユキちゃんウチの店に戻ってよ〜」
だ。
どうも、あたしを副店長に押しているらしい。
あそこに女性主義国でも築くのかこの人は。
まぁ決まってあたしはこういう。
「嫌です」
「嫌って言わないでよぅっ私自分の仕事に自信なくしちゃうよ!?」
半べそであたしに抗議するがあたしは耳を貸さない。
「嫌なものは嫌です。姉さんにこれ以上迷惑かけるわけにはいかないの」
「迷惑? 私はユキちゃんやコウくんを迷惑に思ったこと無いけど?」
キョトンとした目であたしを見る。
「だって、考えてもみてよ〜?
私が今日まで何回二人に無理言ってきたと思ってるのよー?
まだ中学生だった二人にだよ?
だから私は感謝はしてるけど迷惑は感じてないのよ」
「姉さん……」
「だ・か・らっ戻ってよ〜っお姉さん寂しいな〜?」
本音が見えているがまぁそう言われて悪い気はしない。
この人はあたし達のお姉さんだし……。
「あはは……考えとく」
とりあえず考慮のうちには入れてみようかなぁと言う意味でいつも最後にはこう言う。
姉さんもあのお店も好きなんだけど……やっぱり、あんまり居すぎると迷惑なんだと思う。
ひとまず諦めてもらってあたしはまたソファーに横たわった。
ピンポーン
この頃良く鳴る呼び鈴が鳴らされた。
来る人皆葬式関係の人だったり警察だったり弁護士だったりするわけだが早く終わらないだろうかこのゴタゴタ。
半ばウンザリしながら扉を開けると意外な人物が訪れた。
「ども」
「きーちゃんっ?」
あたしには従弟が居る。
八重喜月と言って幸輝と同い年の男の子だ。
最近は特に顔立ちがはっきりしてきてカッコよくなったと思う。
ちょっと色の薄いサラサラした長めの髪を揺らして薄く笑う。
アンダーフレームの眼鏡が似合っているのだが外せば更にその顔は魅力的だと思う。
ここに移り住んでからは良く遊びに来てくれて、叔母さんの料理とかおすそ分けに持ってきてくれた。
「いらっしゃいっ上がってく?」
「いや、母さんから差し入れ持ってきただけだからいいよ」
彼はそう言って持っていた手提げ袋をあたしに差し出した。
受け取ってみると大きさの割には意外と軽い。
「コレは?」
「ケーキだってさ。流石に凹んでるだろうから甘いもん食べて落ち着けってさ。
ホントは母さんが来るはずだったんだけど、仕事の手がおっつかないからって俺に言ってきた」
あぁ、そういえば叔母さんは家で出来るお仕事で……なんだっけ、小説家だったかな。多分。
女手一つできーちゃんを養っていた。
八重家は離婚してお母さんにきーちゃんは引き取られたみたいだ。
だからってこともあるのか、あたし達にはとても共感してくれた理解者でもある。
「ふふっありがとって言っといてねっ!
なんだかいっぱいあるみたいだし、きーちゃんも上がってって?」
「そー? なら上がってく……けど、お客さん来てるならその人に出してあげたら?」
姉さんが居るため玄関には一つ靴が置いてある。
高そうなハイヒールだ。
「あ、大丈夫。あたしのお姉さんみたいなもんだから」
「……お姉さん?」
「そそ、あのバイト先の店長なの」
「あー……噂の。ま、いっか」
微妙に腑に落ちない顔をしているが大人しく上がってきた。
「どーぞー」
よしよし、と撫でようかと思ったが私が安易に届く背の高さではなかった。
「……きみが…………喜月君…………?」
初めての対面となるきーちゃんと姉さん。
まぁ間接的過ぎる縁だし、友達の友達ってよく分からないのと同じだ。
姉さんは何故かわなわなと震えながら、というか微妙に乙女チックに目を輝かせながらきーちゃんを見ている。
まぁ無理も無い。きーちゃんだし。
あとは色んな意味で間違いさえ犯さなければ好印象のはず―――
「はい。初めまして八重喜月で―――」
バンッ!
姉さんが机を叩きながらソファーの上に正座した。
「結婚してください!!」
「姉さん自己紹介も終わってないって!」
姉さんの勢いの良さは幸輝に通じる物を感じる。
と言うか絶対幸輝が影響されてるに違いない……。
一瞬呆気に取られたきーちゃんだがそのある意味慣れきったっテンションをあっさりと流して持ってきたケーキの箱を開けた。
「はははっ駅前のトキの森っていうお店のケーキです。
適当に買ってきたんで好きな奴選んでください」
「ゆきちゃーーんっ私の告白がーーっはははで終わらされたーーっ」
速攻の失恋にあたしに泣きつく。
失恋もどうも無いんだけどね。
「姉さん……とりあえず、ステップとかを考えた方がいいよ?」
「出会う、告白。2ステップ」
「速いよ! 新幹線でもそんな速さでないよ!」
行き先を決めたと同時に到着している。直通にも程があると思う。
「紅茶とコーヒーどっちにします〜?」
「マイペースだねっ! っていうかあたしやるから座ってていいよきーちゃんっ」
「このぐらい俺やるよ」
ちょくちょく来ているのでお茶の場所を知って居る。
―――なんとなく、その後姿を幸輝と重ねる。
……よく、あったなぁこんなこと。
「…………! 待って! 喜月君!! 私がやるから!」
急にピコッと立ち上がってキッチンに押し寄せて行った。
「え、でも俺」
「じゃっ紅茶の本当の美味しい淹れ方教えてあげる」
……あぁ、そういうことね……
妙にベタベタと手取り足取り教えている姉さんを横目にあたしはケーキの方の用意をする事にした―――。
紅茶のいい匂いが立ち込める。
全員分の紅茶と皿が用意されてそれぞれケーキを皿に取った。
姉さんは食べてみたい物があったらしくシュークリームみたいなやつを取って解体したりしながら研究中だ。
「あ、コレおいしー」
あたしは素直な感想を述べてまたケーキにフォークを立てた。
ケーキって言うのはあたしの誕生日、幸輝の誕生日、クリスマスの年3回だけの貴重なものだ。
お菓子として食べるって言うのはあんまりなかった。
たまにきーちゃんの叔母さんが持ってきてくれてたからあるといえばあったんだけど。
「むむっこれうちのメニューに欲しいなー」
こんな時でも姉さんは店長である。まぁだからこそあのお店は優秀なんだろうと思う。
「そろそろメニューも変えないといけないね」
「そうなのよ。もうそろそろ色んな案が欲しくって」
「メニューって変わるんですか?」
きーちゃんが首を傾げる。
メニューって言うのは変わるよ?
ファミレスだって冬には鍋物があるし夏になれば冷麺が始まる。
そういった季節ものやデザートは随時変えていって人気のある商品が長く残ったり周期が早くなったりする。
しかしその循環もマンネリすると飽きられてしまうので更にメニューを変える。
厨房はモノによっては忙しい対応に見舞われるがあの厨房には根性が無い人は入れないらしいのであんまり文句は聞かない。
まぁ厨房同士で話していればあれが面倒コレが面倒と話は出るけどね。
「変わるよー飽きられると困るから」
「そっか。メニューは全部店長さんがきめるんですか?」
「ううん、大体チーフ以上の人を集めて会議をするの。
―――コウくんとユキちゃんにはいつも手伝ってもらってたわ」
「あははは……」
ズキリ、と胸が痛む。
その頃の思い出は、懐かしくて―――悲しい。
幸輝との思い出が詰まりすぎている。
此処じゃなくてもっと小さなアパートに住んでいた時とか、
高校生になってすぐ、チーフになったアルバイトとか、作るものを考えながら一緒に帰る帰り道とか―――。
空笑いで二人の会話を聞きながら紅茶を飲んだ。
「ユキちゃん?」
「幸菜さん?」
「うん……?」
「泣いてる……?」
「え?」
気付けば……涙がカップに滴り落ちるほど流れていた。
今だって大丈夫って言いながら笑えるけど―――結局、二人が帰った後に拭いきれないほど涙が出て、眠りにつくのだろう。
それでも今は涙を拭いながら天井を見上げた。
そして、心からもれたちょっとした一言を口にする。
「いっそ―――あたしが一緒にいてあげれればなぁ」
一緒に居たかったのはあたしの方。
でも、言葉の上ではそれを隠している。
幸輝と一緒なら、どんな世界だって生きていける。
あの子が居るからあたしもがんばれる。
ペチッ
「いたっ」
目の前を横切る形でチョップが放たれた。
当然眉間に手がヒットする形だ。
たいして痛くは無かった。
「はい、変な事言わないっ
おかわり淹れるからカップ貸してね」
―――姉さんに叩かれた。
叱られる事は多かったが叩かれる事は滅多に無かった。
姉さんは全員のカップを持ってもう一度キッチンに向かった。
「……幸輝が怒るぞ?」
「きーちゃん……」
「あいつは理不尽なまでに他人主義だからな。
自分の事は棚に上げて理不尽なまでに切れるぞ」
あぁ、きっとそうだ。
もし自殺なんてしようもんなら謝っても続く説教地獄だ。
優しいんだけど厳しい。
決して、生きる事だけは彼の前では諦めれない。
真っ直ぐな瞳が、あたしの未来に希望があるのだといつも輝いていたから―――。
「だいじょーぶっ。あたしは幸輝のお姉ちゃんだもん」
「根拠になんないよ」
そういってフッと大人な笑いを見せるきーちゃん。
暫くぶりに見ると―――カッコいいな、と不覚にも思ってしまった。
何? と首を傾げた彼になんでもない意思を告げて恥ずかしさで視線をそらした。
あぁ、男の子って成長するんだなぁ……。
まぁ母親系の顔では有るんだけど、きーちゃんは男の子っぽさっていうのがある。
幸輝がカッコよく育ったらこんな感じなのかなぁとか、チョット思ってみた。
どれだけ頑張っても無理な話だったんだけどね。皆あるとは思うけど特にコウキが時々男の子の顔になる瞬間はとても好きだった。けどワイルドっていうかそういう風な感じはなかったし。
姉さんが淹れてくれた紅茶が運ばれてきて再び3人で喋りだす。
―――どうやったら、会えるんだろうなぁ。
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