02...


 喜月<キツキ>。

 俺が生まれたのは夜遅く。
 満月の浮かぶ十一月だったそうだ。
 月が喜んでいるようだと爺さんが言った所、俺の名前は喜月に決まった。
 別に悪い名前だとは思わない。
 珍しい名前ではあるが月のように静かに厳かにというその意志は汲んで育ってきた。
 親しかった友人で、従兄弟だったあいつは名前のように生きては居なかった。
 ああ、それでもあいつの事は誰だって笑えない。
 可哀想だと言う同情もやってはいけないことだった。
 人の道をバカみたいに真っ直ぐ誠実に走って、子供の癖に誰よりも大人。
 それはあの人を助けるため。あの人と生きるため。
 彼と彼女はお互いの為に生きた。

 相変わらず不安定な幸菜<ユキナ>さん。
 事故の時は喋る事すらできない状態で今はどんな効果で回復したのか見た目元気に振る舞っている。
 ―――でも、結局中身は変わっていない。
 あいつが死んだ事が悲しくて何時だって泣き出しそうなのに、必死に忘れようと頑張っている。
 きっと独りになれば―――泣き出してしまうのだろう。
 レストランの店長というあのお姉さんが毎日此処に通っているのは彼女が無く時間を少なくするためだろう。
 あの人は俺に対する態度こそあれだったが幸菜さんには本当に姉のような視線を向けていた。
 あの人が居れば大丈夫だ。
 だから俺は帰途についた。

 あの人、蓬綾幸乃<ほうりょうさちの>さんと言うらしいが名前だけを取ると本当に三人で兄弟でもおかしくないだろう。
 名前の上にある幸せは、本当にあいつ等をつなぎとめて沢山の物を幸せにした。

 一つは、あの幸乃さんに出会えた事だろう。
 あの人はコウキに良く似ている。
 情に厚いのかとっても面倒見がいいらしい。
 テンションも高いし暴走もする……うん。似てる。
 そんな人に拾われて、アルバイトをする事が出来ていた。
 生活保障とか出るだろうに、それすら二人は頼らなかった。
 ―――あの家に申請が行ってしまう。

 そもそも壱神の家がどうなのかと言うと、大仰な名前の通り名家だった―――。
 ただ、幸輝の両親はそういう家柄に縛られるのが嫌で家からは見放された存在だったらしい。
 そんな人たちに育てられた二人はあんなにも自由で力のある人柄を得ている。
 ―――俺も、羨ましいと思ったことが何度もあった。

 だが運のよすぎた代償か、それともやはりとっても取れない不幸の関係があったのかアイツは交通事故にあった。
 ―――……まぁ、結局の幸せかどうかは本人が決める事として、確かにあいつは輝いている奴だった。
 俺からすれば、名前に違わぬ人間に見えた。












 幸輝は最も不幸な形で死んだ。
 やっと生活が安定して、少しだけ余裕が出てきて。
 壱神の家との縁を切る事が出来た。
 二人はその事をすごく喜んでいた。
 自由を得て、これからもっと頑張るんだと意気込んで―――

 世界に、見放された。

 交通事故。

 ミニバンで轢かれたそうだ。

 誰が、乗っていたか。

 あの車は、細工されていた。



 手術室の前で『ごめんなさい』を言い続ける彼女は泣き続けて―――



 ―――あぁ、そうだ。

 彼女は最愛の弟を殺した。

 事故と言う形で、呆気無く。
 せめて、あそこで自分も死ねていたら。
 そう彼女は通夜のとき自棄になって何度も言った。
 準備を手伝った俺や母は何度も慰めの言葉を言ったけど気休めにしかならなかった。

 ―――違う。
 違うだろ。
 何でこの二人に、この結果を用意するんだ。
 誰だ。
 この人をこんなに泣かせてしまうのは。

 壱神の人間が嗤った。

 ああ、クズが一人いなくなって良かった

 と。
 聞いた瞬間殴りかかろうかと思った。
 ギリギリと鳴る歯と爪が食い込む掌―――でも、俺の自制心がそれを許さない。
 一生懸命生きてた俺の親友。
 殺したのはお前等じゃないか。
 歯を食いしばって言葉を殺したけど、悔しいが俺にも何も出来ない。
 泣きそうだった。
 悲しいんじゃない。
 悔しくて。
 この人たちを罵るのはクズの証だと気付けよ。

 幸輝は―――オマエラに罵られるほど安い人間じゃないのに……!


 気付けば、彼女はその人たちの目の前に立っていた。
 今だ止まらない涙を拭うこともせず。
 真っ黒な服を着て小さな体で大人たちの前に立っていた。

「幸輝に謝ってください。弔いの言葉一つまともに言えないで死者を罵るのは失礼です」

 泣いていてもはっきりと彼女は言った。
 泣いているのが演技だったんじゃないかと思えるほどその言葉は凛とした響きで聞こえた。
 予想外の反応だったのだろう。
 聞こえるように言ったのは確かだが反論は来ないと思っていたようだ。
 大人たちはバツが悪そうに顔を逸らして小さく謝った。

 権威にしがみ付くあの家の人たちよりあの小さな女性の方がよっぽど大人だった。
 あの人は強い。
 こんな時でも、こんな風に振る舞える。
 幸輝が俺より凄いと太鼓判を押していた人なだけある。

 でも、その後また棺の傍で彼女は泣いていた―――。
 そんな彼女に奴等が残した一言は。


「お前が殺したくせに」だった。


















 ―――さて、行ってみるか。
 俺は壱神の家の前に立っていた。
 幸輝たちが一番長くいた家で―――最も嫌っていた家だ。
 どの家でも邪魔者扱いされていたとはいえ最も嫌われていたのはこの家だと。

 壱神春一<いちがみはるいち>。
 壱神家の長男でどっかの会社の社長だと聞いたことがある。
 こいつは最低の人間だと俺は思っている。
 権力主義で落ち零れ扱いしていた弟の子供に酷い扱いをしていた。

 その弟。幸輝たちの父親が壱神夏幸<いちがみなつゆき>。

 壱神家の次男で幸輝達の父親。
 海外系の仕事をしていたためあんまり会ったことは無いが人格者でとても大きな人間だったと思う。

 まぁなんでこんな所にいるかだが……少し、気になる話を聞いたからだ。

 この家には大学生の幸輝たちの従兄弟が居る。
 そして、最初頻繁に幸菜さんの家を訪れていたようだ。
 ぶっちゃけた話、陰湿でムカつくので俺は嫌いだが。
 まぁそんな奴がなんであの家を訪れていたのかと言うと二人を揺すって金を出させていたようだ。
 まぁ、一つの武勇伝になるが幸輝にボコボコにされて以来近づいてないらしいが。

 全ての生活費を自分達で賄っていた二人は当然お金には余裕が無かった。
 俺達から見たハーゲンと彼らから見たガリガリと同等だという事に気付いたときには
 自分がいかに苦労せずに育ったのかを気付かされた。
 まぁそれは冗談としても二人には母親が締め切りに追われているとき、よく家の事も助けてもらった。
 そんな二人だから俺も助けるのに努力は惜しまなかったし二人も皆に慕われて助けられてた。
 余談なんだがクラブに入っていない二人が出れる地区大会程度の試合。
 まぁ普通は出ちゃダメなんだがバイトがてら助っ人で出てた試合は不敗。
 俺が知ってる限りではバスケにサッカーにテニスにバレーに卓球と言った球技が主だった。
 二人とももてあます才能の持ち主だが面白いぐらい運が良かった。
 だから運動部とも仲が良かった。
 ―――ま、結果通夜の時には入りきらなかったぐらいだ。

 さて、本題なんだが。
 葬式の後日、警察が家に来た。
 その事故があった日前後の話を聞かれた。
 一応車のブレーキのチューブが切られていたことが分かって、幸菜さんは無罪となった。
 幸菜さんの乗っていた軽自動車はあまり新しい車ではなかったのだが十分乗り回せるものだった。
 エアバッグもついてたみたいでほぼ無傷で助かったようだ。
 幸輝を轢いてしまったのは本当に運が無かったとしか言いようが無い。
 では、何故あのような事故が起こったのか。

 他でもないブレーキチューブは誰によって切られたのか。

 あの車のキーを持つ人物は彼女しかいない。
 事故前もちゃんと鍵は欠かさなかったようだし彼女もそういう細かい所に気を配れる人物だ。
 かけ忘れたなどは考えづらい。
 ボンネットを開けるには必ず車の中に入らなければならないし、こじ開けたなら彼女もおかしいと気付くだろう。
 昔の車なら鍵も針金やハンガーのような物でこじ開けれたようだがあの車はそうでは無いみたいだ。

 そしてもう一つ。
 あの車は譲渡された物のようだ。
 譲渡は完全に終わっているらしく、鍵も予備と合わせて二つとも渡されている。
 元の持ち主はこの間俺も初めて会ったが、バイト先の店長さんだって。
 本当に仲がいいみたいで時折「姉さん」と彼女を呼ぶような場面を見た。
 そんな仲のいい姉から譲り受けたようで誕生日プレゼントに半ば無理矢理渡されたと笑っていた。
 免許を取ってすぐ誕生日プレゼントとして渡してくれたんだと。
 丁度その店長も新しい車に乗り換えようと思っていたようでそのままキーをプレゼントに。
 ユキちゃんなら大事に使ってくれるしっと言っていたしその信頼の深さが見えた。
 良い人だなと俺も思った。
 幸輝も幸菜さんも、ただ名前のとおりに幸せに繋がる人物に出会えた事。
 唯一の幸運だ。













 大学受験に向けて参考書を貸してもらいに。
 なんて、適当な理由で部屋に入って出てきた。
 実際にその約束はあったし、適当に部屋に入って取ってけなんて豪語したのは向こうだ。
 どうもアイツは頭のいい人間と言うのが好きらしく妙に慣れ慣れしかった。
 キタネェ部屋の中からこの綺麗な参考書を発掘していただいてきた。
 意味が分かるだろうか。
 使われて無いって事だ。まったく。
 仲いいのかって?
 詳しくは言わないが、世渡りには必要だと思うぞ俺は。

 部屋は普通の部屋だった。
 床はフローリングで窓際に折りたたみのベッド。
 そのベッドの頭側の本棚には雑誌や漫画が詰め込まれていて入りきらないものがその横に積み重ねられていた。
 きっと奴ではなくて母親が片付けたのだろうが。
 そして小さなテーブルが部屋の中心にあってそこにも雑誌が積み重なっていた。
 ベッドとは逆方向の壁に机。
 乗っているのは簡単な筆記用具とライトと灰皿。
 壁は本来白いのだろうがタバコの脂で黄色くなっている。
 タバコを吸わない俺にとっては嫌な空間だった。


 そしてみつけた……異常なもの。

 ―――大量の、幸菜さんの写真。

 正直吐き気がした。
 所々コウキが写っているところは全て塗りつぶされているか切り取られている感じだ。
 陰湿な人間の代表だな……。

 正直こいつが犯人どうこうより、自分の感情で殴りたいがそこは押さえておこう。
 ―――他に目ぼしいものと言うのは出てこなかった。
 灰皿で何かを燃やした跡があったりするだけ。
 俺は事件にしか遭遇しない探偵とは違うのでそれが何かは分からなかった。
 まぁ必ずしも関係あるものってわけじゃないし。
 さて……嫌だが今度会って話してみるぐらいしたほうがいいのだろうか。













「おー? キツキー」
「……タケ」
 その帰り道。
 ばったりと出くわしたのはチャリに乗った弐夜武人。
 幸輝がいた時は良く三人でつるんでたけど……最近は全然会わなかったな。
 そのせいでちょっと後ろめたくて浮かない声になってしまった。
 別段苦手になったわけでもないし、一番仲のいい友人であることに変わりは無いと思うのだが。
「よう。こんなとこで何やってるんだ?」
「ああ。ちょっと参考書を知り合いに貰いに行ってた。タケは?」
「コンビニだ。ノートが1ヶ月前からねーんだよ。後牛乳」
「……もっと早く買いに行けよ」
 暫く行く方向が一緒になる。
 タケはチャリに乗ったまま地面を蹴って進む。
「もうこのまま家に帰るのか?」
「いや、幸菜さんとこに―――」
「あっ幸輝の姉ちゃんとこか!? いいなーオレも行く!」
「……まぁ、いいけど。ただの見舞いだからな?」
「……凹んでるのか、やっぱ」
 陽気な顔が一転、真剣な顔になる。
 こういうところは空気の読める奴だ。
「……まぁな」
「行かない方がいいか?」
「いや……いいんじゃないか」
「そうか……? ん? もしかして不都合か?」
「何が?」
 そんなことは言っていないが……。
 まぁあんまり面識があるわけじゃないが向こうは俺達のことを良く知ってる。
 そんだけ幸輝があの人に話してたってことだ。
「オレが行くと、お前に不都合か? 二人っきりでワッショイ?
 ああ、それならしょうがねぇ。オレは大人しく覗くか」
「覗くな! つか何だよワッショイって!」
「聞きたいか?」
「いや、全然聞きたくないな」
「へへ、いいチチしてんじゃねぇかから始まるんだろ?」
「お前死ねばいいのに……」
 極最近聞いた言葉をコイツにプレゼントする。
「うわっそれどっかで聞いたことあんぞ!」
「四法さんだよ」
 名前を言うとポンと手を打つタケヒト。
「ああ、デスアスカ!」

 四法飛鳥という友人がいた。
 その人は中学生の時に一緒だった人で一時期4人で遊んだ記憶もある。
 まぁそれはそれぞれクラスの分かれた体育祭でちょっと面白い事してみただけなんだが。
「ホント本人にそう言ってみろよ」
「ヤーダ。殴られんだろ……つか懐かしいな? なんで今頃?」
「最近本屋で会ったぞ。髪も長かったし可愛くなってたよ」
 それは正直な感想だった。
 容姿的にはあの子は凄く人気があった。
 ……性格にとても難があるため敬遠されていたが。
 まぁ彼女が何であんな性格でも生きて来れたかと言うと、女子同士にはとても受けがいいからだ。
 面倒見は意外といいし、奥手なところが少ないので男子に対してはっきりモノを言う。
 女子の中心的存在となって、体育祭の時に学年リーダーになっていたのが俺たちとのきっかけだったんだが―――。
 まぁあの時はあの時。一番記憶にも残ってるが。
「へぇー。成長って馬鹿にできねーな」
「ま、性格はまんまだったけどな」
「中身はまだ健在か……」
「はははっ」

 下らない会話をしているうちにすぐに分かれ道についた。
 このまま団地を上がれば俺の家と幸輝の家方面。
 道を真っ直ぐ行けばコンビニ。
「んー。やっぱ止めとくわ。実は姉貴の買い物だからな。
 とっとと買ってかないと殺される」
「なんだ、パシリだったのか」
「うっせ! 姉貴に逆らうと回し蹴りされんだよっ」
「おっかないな……」
 姉という存在が居ないのでその恐怖は知らないのだが。
「ま、姉貴なんてそんなもんだ」
「……幸菜さんはそうでもなさそうだけどな」
「そうか? 幸輝の話には頷ける点が多かったけどな」
 そういえば幸輝からはよく喧嘩はすると聞いたな。割と本気で防がないと引っ掻き傷がすごいらしい。そういえば意味不明な傷が一杯ついてる日があったなぁ。
 兄弟の居ない俺には結局分からないということか。
「んじゃーなー!」
 武人は地面を蹴って自転車を進める。
「ああ」
 俺も軽く手を上げてそれを見送ると団地を上がり始めた。







「最近良く来てくれるねー」
「毎日家に引きこもってるお姉さんが心配でね」
「引きこもってなーいっ」
 知っている。ちゃんと仕事に行って帰ってきた時間に来ているのだから。
 幸菜さんは相変わらず。
 俺が来ている様なときにあんまり凹んでいる姿は見せない。
 あの幸姉さんって人……あの人が来ている時に見せたあの涙だけが彼女の弱さだった。
「受験も近いのに悪いよーホント」
「ん? 誰に向かって言ってんの?」
「あ、それちょっと聞き捨てなりませんよ! 全国の受験生に謝れ〜!」
 可愛い動作で謝罪を迫る幸菜さん。
 これは謝らざるを得ない。

「すみません全国の受験生」
 コーヒーでも飲みながら頑張ってくれよ。
「……なんだろう。ものすごく釈然としないよ」
 口を尖らせてそんな事言われても……俺にどうしろって言うんだ。
「なんで。言われたとおり謝っただろ?」
「ん〜きーちゃんだしなぁ……。女の敵って噂だしなぁ」
 何故かジトッと俺を睨む幸菜さん。
「俺が女の子に何したって言うんだよ……」
「ふった?」
「それって向こうの都合だろ? 逆恨みじゃん? 俺被害者じゃん?」
 色々俺にも考える所はある。告白されたとしてまず付き合う気が無い。
 それにどうしてみんな好きになるかも知れないっていう変な可能性だけで付き合おう何て思うんだ?
 好きにならなかったら結局振るんだからその子が可哀想じゃないか。
 可能性ももらえない方が悲しいとか言うけど、友達になる前から俺に突撃しても無理だしな。
「ええぇー? でも“100人切りの喜月”でしょ〜?」
「誰だそんな不名誉なあだ名つけやがったのは……」
「さぁ? あたしは幸輝に聞いただけだし」
「あの野郎……言っとくけどな? 幸輝のが凄かったんだぞ?」
「へぇ? なになに?」
 俺はあいつのやってきた偉業を思い返す。

「まず、家庭科部って中学にあったじゃん」
「ああ、潰れたんだっていう?」
「そう。アレな、家庭科部に幸輝が通ってたんだけどさ」
「えっ」
「アイツ餌付けされててな誰彼構わず愛想振りまくもんだから女の子ケンカしちゃってな。
 気まずくなって誰も来なくなったんだ」
 ならないだろ? 普通さ、そこまでは。
 別に悪気は無い。そもそも気付いてない。
「……そ、そうだったんだ……幸輝とっても残念がってたけど……」
 当の本人は知らないだろうしな。
 八方美人ってのも考えモンだ。


「ふぅん……でもきーちゃん程じゃなさそう」
「何をぅ」
「だって、きーちゃんもてるじゃん」
 その質問は答えづらい。
「それ何を言って返しても俺が悪人じゃん」
「そうだね。きーちゃん極悪人」
「……」
「何で、付き合わないの? 友達になってから告白してきた子も、居ないわけじゃないんでしょ?」
「……いや……」
「あっ! わかった!

 好きな子いるんだ!?」

 どうして女性はこういうことに鋭いのか。
「い」
「居るでしょ! 当たり! いぇい!」
「まだ“い”しか言ってないし……」
「だって、居ないと断らなくない?」
 現代人の日本語の乱れ。
 断らなくない事も無いと思うんだけどな。
「それなら幸菜さんだって引く手数多だっただろ……」
「あたしは―――ほら、幸輝が基準だから」
 えへへっと笑いながら頭に手を当てている。
 なんでちょっと恥ずかしがるんだ。
「……大したもんだね」
こ こまでブラコンをオープンにできるのは。
「えへっ褒めないでよー」
 褒めてないけど。
 ―――ちょっとした苛立ち。
「とんだ女泣かせだなアイツ」
「ホントねー」


 会話の途中、突然インターホンがなる。
 相手は押すだけ押しただけのようでズカズカと家の中に入ってきた。
「たっだいまぁ〜! うわぁ! 喜月君だ!」
「あ、お邪魔してます」
「ううん! 私ん家じゃ無いし全然いいよ!」
「姉さん、その言い方はどうかな……」
「私ん家でも全然いいよ!」
「いえ……遠慮しておきます……」
 どうも幸輝の周りにはこの手のすごい人なんだけどバカっぽく見える人が集まる。

 略してスゴイバカが集まるとよく言われている。

 悔しい事に俺もその一人だと指差された事が有るが認めては居ない。
「ふ、ふふっもしかして求婚? いやんっ困っちゃう!」
 クネクネと動いているが俺何にも言ってないぞ。
「姉さん……ドン引きされてるから……」
「……えっと、幸乃さん? ってここに住んでるんですか?」
「ううん。ご飯たかりに来てるの」
「そ、そうですか……」
「ほんともーね! 凄く美味しいんだからっ! あっ喜月君も食べてく!?」
 こ、この人常に酔ってるんだろうか……妙なハイテンションで押され気味な俺。
「いや、あの―――」
 俺が断ろうと必死に言葉を捜しているときにポンと手を打つ幸菜さん。
「あっ。食べてく? 姉さんについでに勉強教わるといいよ。
 ……い、一応東の有名大学出てるから」
 最後ちょっと間があった。
 一応ってなんだ。
「ん? 勉強?」
 その会話に不思議そうに首を傾げる。
「きーちゃん受験生だよ。大学の」
「あっそーなんだ。大変だねー。何処狙ってるの?」
「……んーまぁ一応県内の家から通えそうな所ですか」
「えーっきーちゃん頭いいのに勿体無い」
「別に勉強する環境って何処だっていいと思わない?」
 まぁ学科さえあればあとはやる気次第だし。
 いい学校で環境を買うんだと言う考え方もあるが。
 割と貧乏根性逞しいのがうつった俺は前者的な考えで動いている。
「……で、出来る子だわ……」
 幸乃さんが顎に手を当てて俺を見ている。
「きーちゃん、確か主席だよね?」
「まぁ」
「陽花で!? すごーい」
「でも時間がありますから。時間無いのに必ず10番以内にいた二人の方が不思議なもんです」
 俺はフッと視線を幸菜さんに移す。
 自分を指差して笑うとその指をそのまま幸乃さんに向けた。
「うん。だから、姉さんが教えてくれてたから」
「私? えへへ?」
 なんだか照れているようで気恥ずかしそうに笑った。
「うん。ほんと、分かりやすいから。
 じゃ、あたしご飯作ってくるから。姉さんいいかな?」
「うん。センターの範囲ぐらいだったら任せてっ!」
 えっへんと胸を張る。
 それを見ると幸菜さんは笑顔でキッチンに向かった。
 じゃぁ、ちょっと教わってみるかな。


 ―――実際、幸乃さんの教えは本当に上手かった。
 短時間でするする入っていく。
 大学時代は家庭教師とかしていたらしい。なるほど。
 暇があるときには構ってくれるらしい。
 それは塾に行ってなくて学校にもあまり頼らない俺にはありがたかった。
 ……学校の先生の説明はどうも分かりづらいんだよなぁ。

 そのあとご飯になって、皆で食べる。
 和食であまり豪華とはいえる料理じゃなかったが―――とても、美味しかった。
 その日幸菜さんは笑顔しか見せなかった。

 俺には―――彼女の傷を癒せているのだろうか……。





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