03...
*武人
クラブ帰りにメシに行く事になってた。
姉ちゃんにはメールしてメシはいらないと伝えた。
まぁウチの事情を聞いてくれれば分かると思うんだが、ウチの両親は共働きで帰りが遅い。
母親の帰りを待たず姉ちゃんに花嫁修業がてら料理でも作れと言われ、渋々と姉ちゃんが料理をしている。
兄貴も居るのだが大学で一人暮らし中。
基本家に居るのは姉と俺と弟の3人だ。
つまり、姉貴が最強だって事。
まぁ報告もせず人んちに泊まろうもんなら次の日にはオレにメシ当番が回ってくる。
しかも何故か滅茶苦茶叱られる。母親もオレをあんなに叱りはしないのに。
ただサボりたいだけなのは知ってる。
たまに降ってくる不幸にしても早く彼氏んとこに行ってしまえと毒を吐きたくなる
オレの気持ちも理解して欲しい。
……まぁ、何だ。
家の事情はさておき。
近くのファミレスに全員で行く事にした。
人数が人数なんですでに予約が入ってる。
30人ぐらい禁煙席で予約したのは―――元々幸輝のバイト先。
あのバイト先はあの一日だけ臨時休業して、また再開した。
何事も無く、店員はいつもの笑顔を振りまく。
店は何事も無く回っていた。
ウチの学校はかなりお得意様になってて予約には優先して応じてくれる。
だから運動部の打ち上げはよくココでやるのだ。
所で何の打ち上げかと言うと明日から冬休み。
要するに適当に明日休みだから騒ぎたいだけ。そんなものだ。
外観は綺麗な木造りだ。
仲もそれに似つかわしい少しオレンジの混じった光りを放ち、明るい雰囲気のお店だ。
ファミレスらしいファミレスでもあると思う。
家族連れのお客も沢山来ていて予約していなければこんなに入れなかっただろう。
レストランに入ってオレは仲の良い同級連中とバカ話しながら過した。
会話の途中飲み物が無くなって、フリードリンクの飲み物を取りに立った。
適当にスポーツドリンクを見繕って、席の戻る途中。
「に、弐夜っ」
「ん?」
呼ばれて振り返れば女子部部長の藤沢がオレを手招きした。
女子部ってのは陸上部の男子と女子で部が分かれていてその女子の方だからだ。
まぁローカルな呼び方ではあるのだが呼び出すと癖になって女子部としか言わなくなった。
それはさて置き、フラフラと歩いて寄ると空いていた所に座った。
見慣れない顔が二人と藤沢の三人で席に座っていて、他の女子はさらに2つのテーブルに別れて座っている。
「あの……」
「部長頑張れっ」
「ファイト部長っ」
「どうした。もしかしてオレに長距離で挑むつもりか?」
「いや、別に、そういうんじゃなくてね……明日なんだけど」
なんだか物言いがハッキリしない藤沢はめずらしい。
いやまてよ。
明日って事はプールか。
「はっはーん水着の相談か? 安心しろあんま期待してねーぞ?」
「……っ! うっさい!」
「にゃー先輩! それは禁句です!」
「にゃー先輩ひどいっ! 女の敵です!」
女子部の中でも藤沢をよく慕う後輩二人が藤沢の前に出て人を指差す。
「ええい指差してにゃーにゃー言うなっ」
猫みたいな言い方されたってうれしかない。
威嚇して頭を下げた所を藤沢のチョップが頭にヒットする。
「後輩いじめしないの」
「先にいじめられてんのオレだろ……」
「だからいじめ返すのかっこ悪いって習ったでしょ」
「……はいはいスミマセンでした。んで、結局なんだよ?」
「ん、その水着の相談ってやつしてあげるわ」
「結局それはするのか。何だ?」
「な、何色が良いかなって……」
「……」
「な、何よ! もう! 良いから早く答えなさいって! 好きな色は!?」
「恥ずかしいなら聞かなきゃいいのに……ってかオレの好きな色?」
「そうよっ」
あー……バツゲームかなんかか?
ありえるな……うーん。
真剣に悩んでみる。
バツゲームならバツゲームでそれなりの事をさせるべきだろう。
だがどうしてもコイツに色物が似合うとは思えない。
ほら黒とか言ってみろ。
まぁ身長的な関係でオレは飛び出てるし向こうは引っ込んでいるし。
立ってても座っててもその関係は変わらない。
「白」
華奢で軽いイメージ。
淡い水色とかそんな色がきっと似合う。
だから無難な所で白。
つかこの時期水着なんて売ってないだろうに。どうするんだ一体。
「白……ね。白……。うん。わかったアリガト」
割とあっさりと納得した。
つぅことは持ってるのか。流石女子だ。水着なんざ着れなくなるまで一着有ればいい男とは違う。
「おう。バツゲームがんばれよ」
「バツゲーム……?」
「違うのか?」
「……あ、わかった。頑張るわ」
「真逆の色だと途端に似合わなくなるもんな」
「うるさいなっ」
「まぁ白ぐらいなら無難だろビキニとかで頑張ってくれ」
「……っわ、わかった」
「うはっ! ジョーダンだぞ。んじゃ」
藤沢はそう言ってヒラヒラと手を振ってオレを見送った。
オレはジュースを飲み干して席を立って、もう一度ジュースを入れると元の席に戻った。
「弐夜、何やってたんだよ」
「なんかちょっと羨ましい光景だったぜ……!」
友人達が早速オレの行動に突っ込んできた。
当然の反応なんだがな。
「明日……藤沢はビキニだぜ!」
『ビキニ!?』
全員の声が揃う。お前等反応しすぎだ。
「ビキニだと!?」
「藤沢が!?」
「ビキニってアレか布地の少ないやつか!?」
「下着と何が違うんだ!?」
興奮しまくりで言動がおかしいが
「お前等落ち着けってビキニだ。白いと透けるって噂の」
『おおおおおおおおおおお!』
盛り上がるのはいいが藤沢だと言うことを忘れては居ないだろうかこいつら。
そのビキニがもっと胸のあるやつだったらきっとオレもそっちだったが。
「先輩! 狙えばあれも!」
「バカ狙うもんじゃねーよ。早急に計画を立てる必要がある」
よからぬ顔でにやりと笑う俺の隣に座る友人。
陸上部と言うのはエロさに定評の有るクラブで男子なんかただ性欲をもてあます男子ばかり。
ま、なんだ。
オレが部長なんだ。
「つーかなんだよあれって」
「ポ・ロ・リだよ!」
『いやほおおおおおお!』
……いや。オレの周りにはこんなのしかいないのか。
男子4人の席が急に盛り上がる。
前後も後輩達の席だったのだが皆がスタンディングで藤沢へと視線をやった。
更に他の客とか店員も反応してこっちを見ていたりする。
割と人気が有る証拠じゃないかコレ?
「こ、コラ弐夜!! アンタ何言いふらしてんの!?」
真っ赤になった藤沢がオレを睨みつける。
「いいじゃねぇか。どうせ明日には見られるんだ。減るもんじゃねーし」
「今言う事じゃないでしょもう!」
「オラてめーら見せもんじゃねえから見るなってよ。こっそり見ろよ」
全員がスッとテーブルへと視線をやったかと思うと思い思いにメニューや携帯を取り出す。
そしてチラチラと尾行する探偵のように全員で向こうを見る。
さすが鍛えられたオレの部員達。分かってやがる。
「こっち見ないでっ!」
藤沢もそうやって叫び自分がかなり目立っていることに気付いて赤面して俯いてしまった。
「男子諸君聞いてくれ。重大な発表がある」
オレは立ち上がってグラスを掲げる。
「参加しなかったら今この場で一発ネタを披露な」
まぁオレの催しに参加しない奴は基本居ないんだが。
全学年ついでに女子部の方もオレを見る。
「藤沢ばっかつか女子ばっかりネタに上がるのは構わないが、男子としても負けるわけには行かない。
まぁココは一つゲームだ! 炭酸一気飲み勝負!
負けたら明日……ブーメランだ!!」
―――競泳用水着は全員が持っている。
何故? それを聞くのか? 秘密だ。
すげぇぞあのフィット感。すげぇぞ!?
「なぁ藤沢たちも手伝ってくれよ。ジュース配るのとか」
ブーメランパンツを賭けてオレ達はコーラ一気飲みで競った。
屍累々を乗り越えてオレは手を上げた。
「すんませーん。片付けるんで雑巾貸して下さーい」
オレはたまたま近くを通った店員さんに声をかける。
机の上にはぶちまかれたコーラ。咽る男たち。
かの陸上競技の猛者たちは炭酸飲料に弱いのだ。
かく言う俺もあんまり強く無い。
「あ、店員の方がやりますので。すぐお持ちしますね」
丁寧に頭を下げたその人のネームプレートには『店長』の文字。
うお……普通に美人だよ。
聞いてたけど見るのは初めてだな。
「いやいや。幸輝なら絶対オレ等にやらせますよ」
実際何回かやらされたしな。
「―――……壱神君のお友達でしたか」
機械的にも見えた店員の表情から一瞬素の表情が見えた。
申し訳無さそうに笑って、でもまたもとの笑顔に戻る。
長い髪を後ろに括っていてそのまま銀行とかに座って居ても違和感無い感じだ。
明るい茶色の髪で上品な笑顔を浮かべる。
―――幸輝は姉って呼んでただろうか。
まぁ何となくそれっぽい感じはあるが。
「ふふ。それならブーメラン決定の子にやってもらおうかな」
クスクスと笑った瞬間男子何人かが内股になった。
勿論ブーメランに決まった奴だが。
妙な色っぽさがあるなぁと思いつつテーブルに戻る。
「……やっべぇ……あの店員さん、メッチャ美人じゃね」
「店長さんみたいだぞ?」
言ってきた友人に返してやる。
「うっそ!」
「やべ……オレ……お姉さんに惚れたかも……ぽっ」
「あーでもマジ美人だね店長さん」
口々に言ってるうちに本人が現れて全員が姿勢を正す。
「気持ち悪い奴等ですんません」
雑巾を受け取ってテーブルに置く。
「オイ弐夜てめぇ! 一人だけナイーブなフリしやがって!」
「ナイーブなフリってなんだよ。つかいいから拭けよブーメラン1号」
オレに指差している副部長に雑巾を投げる。
「ブーメラン言うな! あっ店長さんありがとう御座います!」
文句と礼を叫びながら雑巾を受け取り机を拭き始めた。
だがこいつはマジで面白い奴だ。
今最初にコーラを吹いて奴にしてそのあと面白顔で2人吹かせたからな。
「ほらブーメラン2号。3号、お前足元までいってるから」
「くおお……! なんたる屈辱!」
「覚えてやがれ!」
「お前等安い悪役だな……」
まぁ見た目もそんな感じだしなと納得してオレも掃除に加わった。
「うわぁすっごい綺麗にしてくれたんだ。ありがとう」
「なんの! 店長さんの綺麗さに比べれば月とミジンコですよ!」
1号がすかさず店長さんに寄って髪をかきあげた。
アレでかっこいいつもりらしい。
「キミ、弐夜君でしょ? 幸輝君からよく聞いてるよー」
「あああああああ! 弐夜てめぇええ!!」
ガッとオレに掴みかかってくる1号。
表情は滅茶苦茶悔しそうに下唇を噛んで目を血走らせたチンピラスタイル。
「まぁ幸輝とは仲良かったっすよ」
1号はアクセサリーのようにさり気なく無視して店長さんに答えた。
「うん。よく聞いたよ。1号君もありがとうっ」
「お安い御用です! 押っ忍! 店長さん明日プールどうっすか!?」
こいつすげぇな……。
オレにもそんな堂々と今日知り合ったような大人の女性を明日のプールには誘えない。
店長さんは大人っぽい困った笑みで眉を下げた。
そして両手を胸の下で組んで小さく頭を下げた。
その仕草をしたときに腕に乗った胸を見ていたのはきっとオレだけじゃ無いはずだ。
「ごめんねー明日もお仕事だから」
「フられたな1号」
しっかりと振られた形になってしまった。
というか、いきなり知り合ったばかりのしかも高校生の群れの中に行くなんて無理だろ。
いや、来ると言うなら歓迎なんだけどな?
「なあああああああああああ! ネイティブになるな!」
「よく周りを見ろ」
周りは全員ネイティブだ。
どうやらポジティブネガティブの単語すらこいつの頭には無いらしい。
「意味わかんねぇよ!」
「お前がな。んじゃぁどもっす店長さん」
仕事中の人をこれ以上無駄話で引き止めても仕方無い。
オレは1号の制服を掴んで席奥に押し込んだ。
「ありがとね皆〜。ごゆっくりどうぞ〜」
「……E」
店長が去っていた後姿を見送ってオレは小さく呟いた。
「いや。着太りしてる。D」
1号は机に肘をついて2号と3号を見た。
「弐夜についていく。E」
「俺もそっちにベットだな。E」
「お前等何もみえてねーよ!」
大声を上げて立ち上がるが全員で押さえ込む。
会話の内容がばれるとヤバイんだよ。
遠くで店長さんがこっちを見た。
そして口の前に指を一つ当てて微笑んだ。
「おいオマエラ静かにしろ。物音を立てるな。息をするな。心臓も動かすな」
「死ぬだろっ」
全員で1号をパコパコ叩いて黙らせてもとの雑談に戻ることにした。
「じゃ、明日9時半なー!」
ファミレスの前で解散となった。
まぁ半分は同じ方向の住宅地区に住んでいるので帰りは同じ方向だ。
男子連中はすでに疎らに帰っていた。
学校に近いので自転車には乗ってきていない。
殆どがチャリ通なので学校へと戻っていた。
「おっけ。じゃ帰りましょ」
藤沢がそう言って後輩二人をみた。
よく藤沢と一緒に居る後輩で、傍から見ても滅茶苦茶懐いている二人だ。
この二人も同じ方向からの通学だ。
目を合わせて大きく頷くと藤沢に向き直った。
「……先輩っわたし、ちょっと寄る所があるので!」
「私も今日は電車なので!」
「えっ、あ、そうなの?」
「はいっすみません。お先に失礼しますね」
「にゃー先輩と帰ってください」
「えっ!? あっ! 二人とも!」
「あははっじゃー藤沢先輩っにゃー先輩っまた明日ー!」
ブンブンと手を振って二人はパタパタと消えていった。
あっという間に駐車場にはオレたち二人だけ。
空を見上げれば少し曇っていて雪でも降り出しそうだった。
アスファルトで固められた駐車場には天井はない。
冷たい風も吹いているしとっとと帰る事にしよう。
「さみぃ。帰るか」
「うん……」
何だか元気が無いような感じだ。
後輩もなんか変だったし。ここはストレートに聞いてみるか。
「何だ? 嫌われたのか後輩に?」
「違うっ。お節介なのー」
アタシはダメだなーなんて頬をペチペチと叩いている。
「なんだ? 水着でも借りるのか?」
「そんなとこよ。もうっ帰るよ」
「おー」
藤沢について歩き出す。
まーなんだ。先に歩き出したコイツに追いつくのには時間が掛からなかった。
身長差はそこらに売ってる物差し一本じゃ足りない。
そのせいか歩く早さはオレより断然遅い。
まぁ寒いのは嫌いじゃないし、ゆっくり歩いて帰るか。
そう決めてマフラーを巻きなおすとポケットに手を突っ込んで藤沢の方を見た。
「にしてもちっちぇーな藤沢」
「もう……アンタがデカイでしょ」
「まぁな。まだ伸びるぜ」
「ありえない〜アタシ伸びてないんだからそれ以上伸びないでよ」
意味ありげにオレを見上げる藤沢。
ちっちゃいなりの利点をオレは考えてみる。勿論フォローのつもりだ。
「いいじゃねぇか。ちっちゃいとスタミナ持ちそうだ」
「……ちっちゃいから持久力無いのっもう馬鹿にしてる?」
「軽いから速いんだもんな」
「スプリンターの鉄則ですぅ〜」
「はは。でも幸輝はそんな風じゃなかったけどな」
「そう? あーでもいっ君は全身バネって感じだもんね」
「筋肉の質がいいんだよ。あーあーオレもあんな筋肉欲しかったぜ」
「変態っぽいね」
「やかましいっ」
「あっは。でも弐夜っぽいからいいんじゃない?」
―――何気ない会話。
1年の時からこんな感じだ。
記録がどうだ、とか記録が伸びない時は他の競技に乗り換えるだとか。
実際オレも長距離は伸び悩んでいるので槍投げとかハンマーに行けとも言われている。
長距離は―――やめたくない。
意地みたいなのもあるし、好きだって言うのも有る。
ランナーズハイを体験した事はあるだろうか? あの間ずっと走るのは楽しい。
走る前からわくわくして楽しいし終わった後も満足感で楽しい。
迷うことなく言える。オレは走る事が好きだ。
それを語れば藤沢はいつも笑ってやっぱり「弐夜っぽいね」と言った。
オレを理解する友人にそうやって言われると安心する。
走っている理由なんてすでに曖昧だけど。
あの瞬間が好きで、記録を出すのが楽しくて、ただ走る。
ただのアスリートなオレは、そんなちっぽけな安堵感をくれればずっと走っていけるから。
藤沢と並んで帰る道は、楽しかった。
じゃきじゃき。
パチン。
金属音が紙を断ち切って歯をとじた。
4人が集まって、無邪気に笑う写真。
一人は前面に立って両手でピースを作って無邪気に笑っていた。
一人は女性でその横に立って不器用に笑っていた。
一人は落ち着いた様子でその場を楽しむように笑っていた。
一人は全員を抱え込むように両端の人の肩をもって大らかに笑っていた。
その中心の一人が綺麗に切り取られて、机に大事に仕舞われた。
そして、残った写真に眼をやって―――薄く笑う。
再び鋏を手にとって端から細かく細かく刻み取っていく。
寂しいよね。
一人だと。
苦しいよね。
でも友達が居れば貴方もきっと笑うから。
残り三人を残して余計な部分が全て切り取られた。
真ん中の一人の真後ろ、全員を抱くように大きく笑う彼。
パチンッッ!
―――真っ二つに、その鋏が彼を切った。
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