04...


*キツキ


 知らせを聞いて、唖然とした。
 通夜に行くまでそれを信じる事は出来なかった。

 白と黒と花で飾られたあいつの家。
 お姉さんと弟だろうか。
 常に泣いたままで頭を下げていた。
 逆に泣いていない父親と母親が印象的だった。
 ―――共働きで家に居る時間は少ないと聞いて居た。
 そんなことで子供への愛情は薄まってしまうのだろうか。
 咎める権利なんて無いのだが……。


 棺桶を前に俺が言ったひとこと。


「……嘘だろ……」


 タケヒトも冷たくなってしまった。
 何だよお前まで満足げな顔しやがって。
 コウキだってそんなんだったけど、死ぬってそんなに幸せなのか。


 何なんだよお前等。

 何でなんだよ。

 事故死ってなんだよ。

 俺独りかよ。

 なぁ、貸した金とかどうでもいいから。

 消えんなよ……友達だろ……!


「―――……っっ!!!!」


 頭痛い。苦しい。どういう事だ。ありえないだろ。
 何気ない友達だった。勝手に人んちに押し寄せてきて泊まって帰るぐらいの。
 一緒に班を組んで修学旅行に行ったし、同じクラスで毎日のように一緒だった日々。
 気兼ね無い言動が出来て、相手が心底嫌いになるような喧嘩はしなかった。
 バカみたいなどうでもいい日々。
 明日も同じ日が過せて、同じようなバカが出来るから無価値なわけで。
 それが一変―――思い出となる、掛け替えの無い一日となってしまった。
 お前らは友達だった。何千の日を一緒に過ごした友達。

 それを親友と言うなら。間違いなくそれはお前等だ。



 いくつもの思い出を引き摺って夜道を歩く。
 涙は止まらなくて制服を濡らす。
 雨なんか降らない快晴の天気だった今日は星が見えているはずなんだが。
 滲んだ夜空の星なんてちっとも綺麗じゃなかった。

 こんな泣きっ面じゃ家にも帰れない。
 だから公園で少し熱を冷ましていくことにした。
 ベンチに座って両手で顔を覆う。
 息を吐いたら眼鏡が白く曇った。
 気分が落ち着くまで。それまでだ。
 巡る思い出は全て楽しかった。
 だからきっとこんなに悲しいんだ。
 途中に少しでも悲しい事があればこんな風になることは無かったはずだ。
 こんな女々しい人間じゃなかっただろ俺は。

 ―――大きく息を吸った。
 冷たい空気が肺に入ってきて、意識が逸れた。
 涙を拭って見上げれば星空。三日月も出てる。

 考えるのをやめて―――ぼうっと、空を見上げた。


 頬が冷たくなって、もう一度顔全体を触ってみたが涙が残っているようではなかった。
 ―――混乱も無くなった。
 だから―――納得しよう。


 武人は、死んだ。


 原因は落下による脊髄損傷。
 プールから落下して5メートルを水と一緒に落ちてコンクリートに打ち付けられた。
 一緒にいた藤沢さんは助かったようで武人に助けられたそうだ。
 今日見かける事は無かったが運動部連中と来ていたのではないだろうか。
 何でアイツだったのか。一体何が起きたのか。
 俺には分からない事だらけだ。
 コウキの死から半年も経ってない今。
 早すぎる死の二人目はまたも俺の友人だった事が悔やまれる。
 事故死。

 ……事故死?


 本当に、事故死なのか?


 ―――だって、轢くだけなら故意にできる。
 相手を落とすだけならタイミングを見計らって押すだけでいい。

 殺す―――……意図的な事も出来るんだ。

 考え難いが、幸菜さんが故意にと言う可能性だって無くは無いんだ。
 疑う気は無いがだからこそ疑って掛からないといけないことも有る。


 ―――痛い。
 そう考えるのは苦しい。
 動機が全く思い浮かばない。
 仕事か何かで行き詰ったのだろうか。
 それで幸輝と心中するつもりだった……?
 でも幸輝に生きろと言われてしまった。それを実行しているに過ぎないのかもしれない。
 手がかりが何も無い……無さ過ぎる。

 壱神本家の大学生の近辺にも写真以外の変わった事は無かった。
 たまたま家の前にいた友人らしき人に話しかけて彼の近況を聞く機会があったが
付き合いよく毎日飲んで遊んでいるらしい。
 大学生にも色々居るんだな……。
 まぁ今時大学に行く理由が遊びたいからなんていうのはザラだ。
 珍しい事じゃないのは確かだ。
 女性に貢いでいるらしいがそれが誰なのかは分からなかった。
 ……それにもうあまりアイツの周辺には関わりたくない。
 その周辺にかかわりたくないと思ったのは明らかにその友人がクスリの常習犯だと見たからだ。
 外見はボロボロの金髪にガサガサの肌、ガタガタの歯。それにやたらハイテンションで挙動不審。
 俺に焦点を合わさずにやたら舌打ちと「ぶっ殺す」という言葉が目立った。
 話してて腹が立ったが相手を頑張ってヨイショしてたんで向こうは上機嫌だったな。
 そうやって聞き出してもその程度の情報しか聞き出せなかった。
 まぁまともな会話が成り立たなかったので上々だと言ってくれ。


 仮定上の話だ。
 貢いでる女性が幸菜さんだったら?

 幸輝達は別に生活難だったわけじゃない。
 生活保護ももう受けていないし、二人でかなり自立した生活をしている。
 保険にも入っていたようだ。
 保険……か……。

 幸菜さんに借金があるとしよう。
 莫大な。
 アイツに貢がせて返そうとしているが返せない。
 幸輝に保険金をかける。
 殺した。

 じゃ武人は? ついでか? 馬鹿馬鹿しい!



 グルグルと脳裏を巡る思考。
 なんなんだよ。コレ……!
 結局俺は誰かのせいにしたいだけじゃないか……!
 ガンッッ!
 手を思いっきりベンチに打ちつけた。
 何て馬鹿な俺。結局何にも出来ない。
 生き返らせる方法なんてゲームや小説じゃないんだから覆る訳が無い。







 どうすればいいんだよ……!!!







 ―――それを。
 聞きに行って見よう。

 俺は立ち上がって色とりどりのタイルの敷き詰められた道を歩く。
 新興住宅地のこの辺りにはもうあまり人気は無い。
 公園が見えなくなる前にもう一度振り返って公園に聳え立つ時計を見た。
 7時半……。あの人はもう帰っているはずだ。
 再びその坂を見上げて歩き出す。


 事故後の残った壁を見て溜息を吐いた。
 そしてさらにその正面にある坂を見る。
 そして迷わずそこを上り、そのマンションまでたどり着いた。
 俺の家からはそう遠くない。
 高校になってから随分とよく遊びに来た。
 エレベーターで上ろうと思ったが3階なんて回数は階段で上ったほうが早い気がしてボタンを押したが階段で上がった。

「出てって!!」

 その声が聞こえたのは2階の踊り場での事だ。
 激しい物音とドアの閉まる音。
 それにドアを叩く音がしたがすぐに収まって足音がこちらに向いた。
 ……何となくだが、階段の下のほうに降りれるように隠れた。
 そしてチラッと見れるように上を見た。


 ―――っ!
 その姿をみて息を呑んだ。
 一瞬だが、間違いない。
 アイツ―――俺達の従兄弟の大学生だ。

 ソイツは乱暴に何度もエレベーターのボタンを殴り押すとそれに乗って下に降りて行った。
 暫くすると一際五月蝿いバイクの音がして何度もエンジンを無駄に吹かしたかと思うと轟音を上げて走り去った。
 ……暫くなんともいえない感覚に顔を顰めて俺はあと半分の階段を上った。

 そして303のプレート。
 壱神幸輝・幸菜とそれだけを見れば新婚の二人でも住んでるような表札。
 二人の幸せの跡―――なんて言えば、マジで恋人が死んだかのように思える。
 またなんともいえない気分で俺はインターホンを押した。

『……はい』
「こんばんは。キツキです」
『あっきーちゃんっ!? 今アイツとすれ違わなかった!?』
「……すれ違いましたよ。俺階段で上がってきたんで直面はなかったんですが」
『そっか……よかった……っごめんね、今あけるから』

 チョットだけ待っていると中でガチャガチャと音が聞こえた。
 チェーンやら鍵やらが外れてそして扉が押し開けられた。

「ごめんね。あ、寒いでしょ入って〜」
「すみません」
「ううんっきーちゃんはいつでも歓迎っ」
「―――」
 涙の跡を残す彼女が暖かく笑った。

 アイツは、この人を泣かしたのか。

「きーちゃん……?」

 殺意のような怒り。
 もう流す涙なんてないはずなのに。
 十分な贖罪の言葉も吐いたのに。
 今だ彼女はその涙を流す事を止めない。

 だから。

 手が勝手に。

 彼女を抱きしめる。

「あっわっ!? きーちゃん!?」

「……っごめん……聞いて欲しい事があるんだ」
「わ、わかったからっ中で話そう? 寒いでしょっ」
 彼女は慌てて俺から逃げて中へと入っていく。
 ……その……凄く恥ずかしい事をしてしまった事に頭を掻いてお邪魔する事にした。

「ごめんねーちょっと散らかってて……へへ」
 明らかに揉めた跡だ。
 元々あまり物のある家ではないが電話等が落ちていたり廊下にもスプレー缶などが転がっていた。
 それ以外はいつも通り。
 暖かい色のソファーにガラスプレートの机。
「幸菜さん、大丈夫だったの?」
「あはは……うん。一応ね。あたし、強いからねっ」
 ふふーんと胸を張って得意げに言うと俺に飲み物を持ってきてくれた。
 気丈な人だ。ホント―――……幸輝みたいな弟が出来上がるのも頷ける。
 でもやっぱり女性だし心配だ。
 一人で抱えているようだし少しでも俺が力になれたらと思う……。
「そっか……今度、なんかあったら俺に言ってよ。すぐ来るから」
「……うん……ありがと……で、今日は何か用があったの?
 あ、無いんだったらあたしがピンポンダッシュから始まる武勇伝を」
「いや、それは別にいいんだけど……ここに来た理由……か。
 ……ちょっと変なこと、聞いていい?」
「うん?」
「最近、アイツとなんか、あった?」
「っさ、最近? ていうか今来て、大変だったんだよ。
 いきなり部屋に入ってきて、匿えとか言うの。ホント意味わかんない」
 ―――匿え?
 何かから逃げてる? それもいきなりあまり会わない人間の所に赴くほど焦っているのか?
 なんにせよいい事じゃなさそうだ。
「それ以前は何も?」
「……う、うん。ない、けど。何? 何かあるの?」
 幸菜さんが気まずそうな顔で俺を見る。
 何か―――何か隠してないか。
「何か他にアイツ何か言ってませんでしたか」
「―――っなにも、ないよ」
「本当に?」
「うん」
「……本当?」
「本当だよっどうしたのきーちゃんっ、何か変だよっ」
 強い口調で言われて睨まれる。
 ―――気が立っているのは俺も彼女も同じ。
 だから、今の詮索は間違っていた。
 形容し難い複雑な感情が沢山渦巻く。
「……ごめん…………

 …………今日…………武人の通夜だったんだ…………

 気が立ってんのか、動転のしてんのか……俺にもよく、わかんないんだ……」


「武人……タケ君? もしかしてタケ君の事……?」
「そう。弐夜武人。
 プールから落下して……亡くなったって」

「あ―――……!」

 明らかに眼にわかる色で血相を変えた。
 幸菜さんは眼を見開いてそして俺から顔を逸らした。
「何か知ってるんですか幸菜さん!」
 俺はテーブルから乗り出して幸菜さんを見た。
 まさか―――

 まさか……。

 考えたくは無い。
 彼女の無意識でと言う事も有る。
 多分アイツは何度もこの家に訪れている。
 幸輝が死んだ跡。幸輝が死ぬ前も居たかもしれない。
 幸輝のバイトから家に帰るまでの間は彼女だけだ。
『女に貢いでいる』
 それが彼女なら。アイツを犯人と考えて――

 まずアイツが思い余って幸菜さんに手をかけようとした。
 車のオイルを抜いて事故死と見せかけようとして失敗。
 だが幸菜さんは一人になった。それをチャンスと見て何度も彼女の元を訪れた。
 それでも振り向かない彼女に当て付けのように幸輝の友人を殺す事にした。
 友人関係なんて聞いて回ればすぐに俺やタケの名前が出るだろう。
 コレは根も葉もない―――唯の想像。

 それを彼女の言葉によって現実になれと願うのは―――俺の勝手な英雄願望か。

「いや、やめて―――っ
 もう……っ嫌―――! 帰って! やだ!」

 そんな俺を幸菜さんは拒む。
 頭を抱えてまた泣き出してしまった。
「あ―――……」
 何を……やってるんだ……俺……!

 これじゃ結局……っアイツと変わらないだろ……!




「……ゴメン」
 俺はそれだけ言ってそこから逃げ出した。
 結局のところ、俺に何が出来るって訳じゃない。
 彼女の支えにはなれない。
 友人の死を受け止める事も出来ない。

 ただのクズヤローだ。













 その家から飛び出して。
 一目散に走った。
 マンションを下る道をひたすら走って、何も考えられないぐらい走りたかった。
 自分の家のほうには行かないで結局また公園に向かって走って……!

 また、涙する。
 最低だ。最低すぎる自分。
 頭が良いと言われ続けてきて。
 学年首位とか言われても結局それが何かに役立っているわけじゃない。
 結局自分で何がしたいのかもハッキリしない。
 俺は一体何のために……!!!

 全力で走って公園にたどり着く。
 公園の水道で渇いた喉を潤してそのまま水に顔面を打たれていた。


「八重くん?」
 不意の声に驚いて振り向いた。

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