05...


 俺の行動に驚いたのか眼を丸くしている声主をみる。
「し、ほうさん?」
「うん……大丈夫、目、真っ赤だけど……その、あっよ、よかったら、ハンカチ」
 ―――……情けないな。
 心底そう思った。
 二人と居て、俺は強い人間なんだと勘違いしていた。
 あの二人は凄い。
 なんせ、アレだ。笑って死ぬんだぜ。ありえ無いだろ。
 ハンカチを借りて顔を拭いた。

「はぁ……ありがと今度洗って返すよ」
「あ、別にいいよっウチで洗うし」
「はは。もうチョット使うかもしれないから貸しといてくれ」
「あ……う、うん」
 冗談のつもりで言ったんだが彼女は沈んだ表情で俯いて会話が途切れた。
 暫く無言で二人で立っていたが―――
「ね……ちょっとだけ、話さない? だめ、かなっ?」
 四法さんがそう言って俺を見た。
 ……よく見れば俺と同じく目を赤くして泣いた後。
 きっと四法さんもアイツの通夜に行って来たんだろう。
「……いいよ」

 此処は公園。
 新興住宅地の中心で夕方までは子供達で溢れている。
 だが夜にはがらんとした空間になって、カップルが寄ってくるような場所にもならない。
 この辺りにはホント住宅以外に何も無くて此処に来る意味が無いからだ。
 だから俺たち二人以外には誰も居なくて都合のいい空間だった。

 子供用に妙に低いブランコに座る四法さん。
 空気を読めば隣のブランコとかに座るべきなんだろうが生憎―――これ以上の間抜けを俺の理性が許さなかった。
 だからブランコの周りの柵というか衝突を防ぐエリア確保の鉄棒に座った。
 その位置から四法さんを見て気付いた。
 ―――見えてることに。
 ……そこでまたブランコをこがれたりすれば堪ったもんじゃない。
 早急に視線を逸らして俺から話をふってみることにした。
「……今日は学校からそのまま?」
「ううん。一回家に帰って荷物置いてきたよ。教科書重いから」
「そうか……知らせは何時聞いた?」
「……昨日。中学校の友達からメールで聞いた」
 四法さんはここらでも有名な女子高に通っている。
 その制服で通夜には行ったらしい。多分その知らせてくれた友人と行った帰りだろう。
 ここに来たのは同じ理由だろうか。
「だよな……俺もそんなトコだ」
「うん……」

「―――勝手だよなぁあいつら。詳しくは俺も知らないけど」

「……なんで、そんな風に言っちゃうの……?」
「え?」
「……だって、親友、じゃん……三人って凄く、仲がよかったじゃん
 なのに何で……『勝手』とか。『詳しく知らない』とか……軽く言っちゃうの……?」
 軽く……か。

「なぁ……俺、どうすればいい……?」


 本来幸菜さんに聞こうと思っていた言葉を彼女に投げた。
 ―――誰でも良かった。聞いてくれるなら。
 答えをくれるなら。
 そんな気持ちだった。

 いつも通りの調子で言ったんだ。
 だから軽く聞こえる『勝手』とか『詳しく知らない』とか。
 それ以上言葉が無いんだよ。
 だってそうだろう。友達だからさ。
 あいつ等を知ってるからさ。
 死に際の話とか聞いたらあいつ等の行動にすぐああ、アイツだからなんて納得できるからさ。

 だからさ言ったんだ。

 嘘だろって。



「此処で泣いても。答えが出ないんだ。
 幸輝が死んだ。武人が死んだ。
 じゃ、俺も死ぬべきなのか? 違うだろ。
 悲しんで泣いたってあいつ等もよろこばねぇ。
 絶対あいつ等は言うから。生きろってよ……。
 じゃあ生きてる俺があいつ等にやってやれる事って何だと思う?」
「……」
 四法さんは俺を見て固まった。
 軽蔑されるだろうか。親友に対してこんな態度。
 自虐も兼ねて俺は笑って枠の鉄棒から立ち上がった。
「探偵まがいの事もしたけど。結局何にも出来なくてさ。
 日々のうのうとに生きてるだけ……。
 あーあもう最低だなって。さっきからずっと悩んでた」

 ―――そう。
 結局誰かに愛されて死んでいくあいつ等に焦った。
 事故死何ていわれるけど何処か可笑しいぐらい出来すぎた話ばかりで。
 その死すら疑って満足に送ってやる事もできない唯の子供じゃないか。

 本当は、叫んでしまいたかった。
 馬鹿野郎。何で死ぬんだ。
 こんなに泣いてる奴等が居て、これからも馬鹿しながら笑って生きてくんじゃなかったのか。
 二人ともなんてありえないだろ。
 お前等マジありえねー。
 生きてる俺が、馬鹿みたいじゃないか……!!



「……っごめん……っうあっ……っ」
 四法さんが泣く。嗚咽が酷くなってきてブランコの鎖が小さく軋む。
「いや、いいよ。四法さんも間違ってない。最低だから」
「ううん……っ違う! 違うよ。ごめんっ八重くんは……っ

 二人の為に、ずっと悩んでたんだね……うぅっ
 ずっとずっと、あっ……何かしてあげたくて……頑張ってたんだね……っ
 だからごめんっ八重くんの事少しでもっ疑ってごめんね……っ」

 俺じゃなくて―――四法さんが泣き出す。

 そんな単純な言葉だったけど俺も嬉しくて少しだけ涙ぐんだ。

 悩むのは価値じゃない。
 悩んでいる間は何も出来ないから。
 結果が出ない事も同じ。
 そんな意味の無い時間を繰り返しているだけで絶望したかった。
 それでも頑張ったのは死んだ友人の為。
 ―――俺が好きなあの人の為。

「……ありがと……なんか……救われた」

 見上げた空の三日月の下半分が滲んだ。



 ―――結局。
 誰かにそう言われたかった。
 お前は頑張ってる。
 ―――急に一人になってしまったから。焦ったんだ。
 何か結果が出ることを。
 この事故が意志ある事件である事を。

 ボロボロと涙を零す四法さん。
 ハンカチは俺が持ってしまっている。
 使った後のものなんてと思ってポケットをポンポンと探った。
「あ……。はい。ポケットティッシュだけど」
「あっ……ひぅっ……ありがと……っうう……っ」
 ぐしぐしと涙を拭いてそれでもまだ止め処なく流れる涙を拭いている。
 ―――悲しいのは、俺だけじゃない。

 幸輝……お前なら、どうする。

 あの人の支えになるならお前と同じことが出来ないといけない。
 ―――そうだな。
 意外と直感で行動するからさお前。
 すぐ家を飛び出てあいつ殴りに行くんだよな。
 ―――見送った俺とは大違いだ。



 四法さんが落ち着いたところを見計らって俺はまた声をかけた。
「四法さん、送ってくよ」
「えっあ、い、いいよっそんな遠くないし」
 慌ててプルプルと遠慮する四法さん。
 拒否されると割とショックだな。
「いや。もう遅いし。礼代わりに送らせてくれ」
 人気の無い道が一番危ない。特に住宅街なんて歩きなれてるから油断する。
 誘拐とか強姦とかってそういう所を狙うんだ。
 滅多に無いにしても俺が送るのは当然だ。
「……うん。ありがと……」
 久しぶりに四法さんとこんなに長い会話をした。
 彼女もいい子なんだ。
 誰かの為に泣ける。
 俺達の為に泣いてくれている。
 生きてる俺は、それを知る事が出来た。
 それがお前等の弔いになるなら。いくらでもその言葉と涙を受け止めるから。





 四法さんは―――ああ、そういや小父さんが弁護士って言ってたっけ。
 家の前についてそんな事を考えた。
 新興住宅地の中腹、高級住宅庭付きが立ち並ぶその一軒。
 そこに四法と言う表札が並んでいて家からは暖かな光りが覗いていた。
 そうか……結構お嬢様だったんだよな四法さん。
 女子高に通っているのもそっちに行けと言われたからだと言っていた。
「じゃ……アリガト。あ、ティッシュ返すよ今度」
「いや……駅前でもらえるようなもんだ。ハンカチは返すから勘弁してくれ」
「ふふ。箱にして返してあげる。結構鼻ざわりのいいティッシュだよ」
「……そんな高級ティッシュは遠慮する。一般ピーポーだから駅前ので十分なんだ」
「あははっなんだか壱神君みたいなこと言うんだね」
「ああ。系譜だからな」
「そっか……そうだったね」
「そ。従兄弟だ。じゃ四法さんお大事に」
「それ病気の時の言葉だよ」
「ははっ気に病むなってことだよ。じゃあな」
「うん―――あ、そっちじゃなくてこっちの方が近いよ?」
 団地を上がろうとした俺に四法さんは言う。
 俺の家はもうちょっと低い方だ。
 確かに下にちょっと行って真っ直ぐ帰ったほうが早く帰ることは出来るだろう。
「―――ちょっと行かないといけないところがあるんだ」
「え、こんな時間に……?」
「そ。こんな時間に」
「……何処行くかは教えてくれないんだ」
「秘密主義だからなっ」
「カッコイイから?」
「まぁ幸輝とかならそう言うんだろうな」
「何処行くの?」
 満面の笑みで聞いてくる四法さん。
 秘密主義って言ったばっかりなのに。
「聞くのか」
「うん」
 妙に嬉しそうに頷く。
 聞いたって何にもならないのに。
「……幸輝んち」
「……? なんで……あ、そっかお姉さんが……」
「そーだよ」
「そっか……」
 俺はその返事に頷いて笑う。
 何故か彼女は息を呑んで俺をさらに引き止めた。
「八重くんっ」
「ん?」
「八重くんはそのお姉さんのこと―――好きなんだ?」
「へっ?」
 素っ頓狂な声で四法さんに凄い動揺を見せてしまった。
 よくわからないがいきなり的を得ている質問に俺は動揺を隠せない。
 女の勘とかいうやつか?
「なんか……嬉しそうだしっ……」
「いや……実はもうさっき喧嘩っぽいことしてきたから謝りに行こうとおもってさ」
「そうなんだ……」
「ああ。だからアリガトな」
「え?」
「四法さん居なきゃ謝りに行こうとは思えなかったよ。だから」
「ううん……あたし何もしてないし」
「何。礼を言ってる本人が言うんだ。間違いない。
 じゃ、またハンカチ返しに来るな」
「あ……バイバイ……」
 俺は小さく手を振ってそこから歩いて去った。






 あの時のまま時間が過ぎていけばどんなに幸せだったか。
 かけがえの無い時間はもう訪れなくて。
 もうあいつ等と笑う事は出来ないから。
 あいつらの変わりに周りの奴等に泣くなって伝えるぐらいしか俺には出来ないから。
 その程度の事だけど。

 友達の俺が出来る最後の事だった。



 俺が行動するべき道を見つけた。
 八重喜月はお前等の死を認める。

 その為に。お前等が死ぬまでに起こったことを全部把握してやる。
 事件じゃなかったらそれでいい。
 俺が納得する。ただそれだけの為にそれを掘り起こす事を許してくれ。


 再びあの人の家の前。
 どうやって謝ろう……。
 そう思ってエレベーターの前でボタンを押すのを躊躇った。



 ブォン!!!
 五月蝿い耳障りなバイクの音。

 ―――どうやら、謝罪の前にやる事ができたみたいだ。

 俺はボタンを押してエレベーターの扉を開ける。
 最上階のボタンを押して扉を閉めた。

 一階のエレベータ前には蛍光灯が一つ。
 寒い時期で虫が蛍光灯に向かって飛んでいたりはしないが雲の素が引っかかって薄暗い印象を受ける。
 白く塗られた壁にもたれかかって俺はソイツが此処に来るのを待った。
 バイクは駐輪場の前に邪魔臭く止められてそいつはこちらへと歩いてきた。
「―――あ? キツキか。何やってんだこんなトコでよ」
「……ガードマンかな」
「はぁ? こんな錆びたマンションのガードマン?」
「いいや―――……アンタを通さない為のだよ」
「ハッハッハッハ!!!
 何だソレ!? カッコイイなオイ!

 ざけてっとぶっ飛ばすぞ!!」

「は? やればいいだろ?」
 マジでアンタに関わりたくないんだ。
「こちとらイライラで死にそうなんだよ。
 そこ退けよ」
 コイツ……階段使えばいい事に気付いてないんだろうか。
 いや階段に行っても止めるんだがな?
「ていうか何しに行くんだよ」
 俺は溜息混じりに聞いてみた。
 早く諦めて帰らないかな……。

「―――は。ガキにゃ関係ねーだろ?
 こっからは大人の時間なんだよぉ……なぁ分かるだろ? さっさと帰れよ」
 虫唾が走る。
 表情が痙攣したあとソイツを睨みつけた。
「―――追い出されたろアンタ」
「は! しったこっちゃねぇよ!」
「幸菜さんは誰にも会わない。アンタも帰れよ」
「チッ! うるせぇ!! あの女……!! 退けキツキ……!!」
 ソイツより先に俺の堪忍袋の限界がきそうだった。
 ―――身内にこういう奴が居るとマジで大変なんだ。
 壱神の本家は腐ってる。
 こんな奴が跡取りらしいしな。
 やっと階段の方に行きかけた奴の道を邪魔してソイツを押し返す。

「退けぇえええ!!!!」

 ソイツはいきなり俺に襲い掛かってくる。
 大振りの拳は俺に当たらないで空を切って俺はまたソイツを押し返す。
 バランスがとれず思いっきり後ろに仰け反って倒れるそいつ。
 対して強く押してもないんだがな。

「退きません。早く帰れよ。五月蝿くて邪魔なんだよお前」
「喜月てめええええええええ!!!!」

 ソイツは威勢のいい声を上げてまた俺に走り寄ってくる。
 ―――だから、大振りすぎて見え見え。
 走りながらのパンチなんて論外だ。
 俺は柱にする左足だけを下げてそいつに向かって右手を突き出した。
「こは……!?」
 相手の走ってきた勢いだけそのまま鳩尾に当てる。
 情けない声を上げてまたそいつは下がる。
 弱いな……。
 今初めて自分の祖父に感謝した。
 強い事が役に立つ場面はそんなに多くなかったからな。
 誰かを守るために強い事が必要になることがある。
 強制的に俺を道場に連れ出すジジイは心底嫌いだったが―――。

「げほっ……!! かはっ……! てめぇ……! 俺が誰だか分かってしてんのか!? ああ!!?」

「―――知ってる。壱神本家のおえらいとこの息子だろ?
 でも気づけよ。えらいのはお前じゃない」
「……!! つくづくムカつく野郎だなてめぇ!! もうキレた……!!
 従兄弟のよしみで許してやってただけだってのに……!!」

 ソイツはブツブツと俺に向かって文句を言いながら何か黒い物を取り出す。

 バヂヂヂヂヂヂッッ!!!

 ソレが白い光を放ちながら激しい音を立てた。
 ―――スタンガンか!
 面倒なもん持ってるな……!
「オイ……お前、何やろうとしてんのかわかってんのか?」
「うるせぇ!!! コイツでお前もあの女も気絶させてボコボコにして!! 犯して殺してやるよ!!」

 ―――狂ってる。
 馬鹿とか、そういう言葉じゃ間に合わない。
「アンタさ……」
「チョーシのんな年下があああ!!!!」
 スタンガンを突き出して突進してくる。

 痴漢の撃退法を知っているだろうか。
 触ってきた手の小指を掴んで捻るだけという簡単な護身術。
 捻るという技は意外と多い。
 受け技はそういった捻転や力の流れの利用で成り立っている。
 低い位置から左手で弾き上げるように相手の手首辺りを掴む。
 右手は相手の首元を掴む。
 後は右手の甲にのせるように相手を担いで自分の背を相手の腰に合わせる。
 柔道の代表技一本背負いの完成だ。

「―――バーカ!!!」


 バヂヂヂ!!!
「がっっっ……!?」
 背中から全身に電流が走る。
 ―――っ!! 二つめか……!!
 右腕から手が離れてコンクリートの床に倒れこむ。
「はっ! 馬鹿が! オレに逆らうからこーなるんだよっ!!」
 ズガっっ!!
 動けない所、鳩尾に鋭い靴の蹴りが入る。
 突き刺さるような痛さに悶えるがソイツはすぐにオレに興味を失ったようでエレベーターのボタンを押した。
 ポン……と控えめな機械音と共に最上階から降りてきたエレベーター。
 時間稼ぎにはならなかったな……。
 朦朧とする意識。
 おかしいぐらい、正気が保てない。
 アレホントに100万ボルトとかなのか……?
 勿論5ミリアンペアも超えて無いよな……? それ以上は致死量。流石に死ぬ。
 普通あんなの食らっても数十分食らった場所がやけどっぽいだけなのに……!

 エレベーターに乗り込もうと奴の脚が動く。

「ま、て、よ……!!」

「あー? 何、生きてんの? しぶてぇな。放せよ」
 ガッガッッ!!!
 掴んだ腕を思いっきり踏みつけられる。
 あっけなく奴をつかんだ左腕に力が入らなくなってソレを見送った。

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