06...
*喜月
その程度なのか―――……俺は……。
幸輝なら。そもそもアイツを近づけなかった。
警戒して距離を置いていただろう。
武人なら。そもそもアイツに喧嘩で負けはしなかった。
2・3発で相手を追い込んで脅しておけば再戦に来る奴なんて居なかった。
―――イチイチあいつ等と比べる。
分かってるあいつ等に俺は及ばない。
今はそんな事関係ない。
俺はやられた。
幸菜さんを守らないといけない。
俺が守るんだ。
守ってみせるから―――。
壁を使ってフラフラと立ち上がる。
息が荒いが段々落ち着いてきた。
視界も少しずつ安定してきている。
思考は正常。
俺の敵はアイツ。
エレベーターのボタンを押して開いたドアに壁伝いに身体を入れた。
3階にはすぐ着いた。
303のドアを掴んだ。
ゆっくりとあける。
特に大声で話しているような声は聞こえない。
靴を脱いで中に入る。
テレビの音とくぐもったような声。
―――まさか。
最悪の光景を思い浮かべる。
めぐり合いたくない単語だ。レイプなんて。
目の当たりにしたら恐らく迷わずそいつに殴りかかる。
強姦魔なんて、殴られたって文句言えないだろ。
俺はドアを押し開ける。
その光景は。
怒りが、俺を支配した。
手錠や、口に何かを咥えさせられて、涙を流す幸菜さん。
ソファーに押し付けられて、服の裾を捲くられていた。
叫んでいる。
言葉になっていなくても俺には聞こえる。
助けて、と。
アイツは俺に気づいて、スタンガンを構えた。
多分改造されてるソレは致死に値する武器かもしれない。
でも。
考える―――なんて。もういい。
「オイ」
「あ!? じゃましてんじゃねーぞ!」
「いっぺん……!!! 死ね!!!」
スタンガンを思いっきり蹴り飛ばした。
天井に激しくぶつかって、部屋の端に落ち、電池が散らばる。
そっちに視線が行っているうちに二発目の蹴りがソイツの頭を直撃する。
そいつに掴みかかってもう一つのスタンガンが出てきた所をまた叩き落す。
髪の毛を掴んで―――顔面に拳を突き刺した。
相手の蹴りを掴んでそいつを床に倒すと―――
俺がマウントポジションだ。
歯を食いしばって拳にギシギシと力を入れる。
そいつの開いた口めがけて―――!
ガゴッッ!! ガギッッ!!! ゴッ!!
顔面目掛けて全力で拳を打ち付ける。
生まれて初めてキレたと思う。
運動能力では劣っていない。
武道にしても負ける事は無い。
拳を一般人に向けることは、禁止されている。
使ったら破門とかなんとか。
そんなの、どうでもいい。
「あああああああああああああ!!!」
ただひたすら力いっぱいそいつを殴る。
生々しい音が響いて俺の拳の方の傷から血が飛び散る。
リミッターが吹っ飛んでる。
そんな惨状を見ても拳は何度もその固まりに向かっていく。
「やめて!! きーちゃん!! やめて!! 死んじゃう!!」
「こんな奴死ねばいい!!!」
腕を止められて彼女を振り返った。
俺の下の奴は泡と鼻血を噴いて伸びている。
歯も何本か折れているようで最早誰かよくわからない。
「だめだよ!! きーちゃんはそんな人じゃないでしょ!!」
「だって……!!! こいつは……!!」
「大丈夫だから……っ! あたし、助かったよっきーちゃんが、助けてくれたから……!
―――幸菜さんが手錠のついたまま俺の腕を抱える。
強張って震える腕が
「大丈夫だから……。きーちゃん。落ち着いて深呼吸して」
小刻みにしていた呼吸をやめて、深呼吸をする。
吸って―――……吐いて……。
吸って―――……吐いて……。
吸って―――……吐いて……。
幸菜さんにあわせて3度。
徐々に頭に上った血が戻ってくる。
「あ……」
「……落ち着いた……?」
「…………少し。これから第二ラウンド開始してもいい?」
「ダメっ!」
「わかった……コレ、どうする? そのへん投げとく?」
俺は白め向いて痙攣するソイツを指差す。
見た目はアレだがまぁ多分大丈夫だ。
「もうっだからダメっ。きーちゃんだって怪我してるのに放置されたら困るでしょっ」
「この程度なら歩いて帰るけど」
俺はソイツの顔を見る。顔以外には特にダメージはないはずだ。
なら間違いなく俺は歩いてかえる。
「でも、泡吹いてるしっ救急車呼ぶから……あ。きーちゃん、手錠の鍵探してくれない?」
「はいよ。胸ポケだと思う。ほら」
「さっすが! 男の心理ってやつだね!」
「いや、小さいし。それ相応のポケットに入れるべきだろ」
「そうかな〜」
「そうなの。はい、手だして」
「んっお願い」
ガチャガチャとその手錠を外す。
「あっ……きーちゃんの手当てしないと。チョット待って」
そう言って俺の手を止めると手錠のまま戸棚のほうへと走っていく。
「外してからでいいですよ……」
「ついでだよついでー」
なんのだ……。
俺はそのまま消毒と絆創膏数枚という治療を受けて再び鍵を持った。
「あ。外すと見せかけて襲わないでね」
あははーと。彼女は能天気な感じで笑う。
基本的に幸輝に似ている。
危機のあとでもこんな風にすぐに笑って冗談を言い出す。
「はぁ……何言ってんの」
「あー酷いんだー」
ぷーっと頬を膨らませて笑う。
……なんか。
鍵を開けようとする手を止めて彼女をみた。
「襲いますよ?」
「へっ!?」
「幸菜さん可愛いし」
「へ、へぇ!?」
二重で驚いて、俺を見る。
恥ずかしいのか顔が真っ赤だ。
そんな彼女だから可愛いと思うが。
「や、やだなぁ! 冗談だよぅ」
幸菜さんがワタワタと顔を左右に振る。
「わかってますって」
微笑ましい人だ……ほんと。
俺は手元に視線を戻して開錠を開始する。
「は、は〜……ほんと。今日のきーちゃんには驚かされてばっかりだねー」
「……ゴメン。夕方はどうにかしててさ……。
謝りに来たんだけど、あいつ来たから。マンションの玄関で追い払おうとしたんだけどさ……」
ガチャっといい音で手錠が外れる。
両手の手首を数度撫でて幸菜さんはガバッと俺に再び抱きついてきた。
「わっ」
「ありがと〜〜〜〜っ
ほんと……っ……助けてくれて……っ!」
―――もう、彼女の元に帰って来る弟は居ない。
俺が戻ってこなければどうなっていただろう。
―――多分アイツにやられて。取り返しの付かない事になっていた。
同じ安堵感を覚えた。俺も小さくその人を抱き返す。
「……無事でよかった……」
「うんっ」
*幸菜
優しく笑うきーちゃんに甘えて、暫く抱き合ったのはいいんだけど。
……後で恥ずかしくて、目もあわせられなかった。
救急車でアイツを渡して。
腹いせに親の病院を指定した。
ソイツの名前を出せば大丈夫だと隊員の人に言ってある。
サイレンを鳴らすことなく、救急車はそのけが人を運んでいった。
壱神本家の叔父さんは厳格な人だ。
問題になるような行動をすれば息子だって容赦ない。
きっと大問題になるはずだ。
晴れ晴れとした気分で部屋に戻る。
「ふんっ」
べきっっメキメキメキメキ……
そんな音が響いた。
「きーちゃん?」
「ん? ああ。なんでもない。後片付けだよ」
「そんなべきべきに壊さなくても……」
なんかあれに哀れみすら感じるのはなんでだろう。
粉々にしてそれを燃えないゴミに入れていた。
ちゃんと電池とかの資源系にも分けてくれている。
「もし誰かが拾ったりしたら大変だろ? あ、一個はここに隠しとくからアイツ来たら使っていいよ」
「スタンガンって、大丈夫なの?」
ビリッてするらしいけど。
確か致死電流量とかがあったような。高校の時に先生に注意された。
家庭用の電力も致死量の電流らしいし。
「……大丈夫さ」
きーちゃんは思いっきり目を窓のほうにそらした。
そういえば物騒な事叫びまくってたけど、ご近所さんとか、大丈夫かな……。
うう。ちょっと気まずいかも……。
「きーちゃん、なんで目を逸らすのかな〜?」
「いや……大丈夫なんだよ。俺はホラ。くらって生きてるし」
「……そっか。じゃぁ、いいけど……」
きーちゃんも割と頑丈側の人っぽいし普通の人にやったら死んじゃうとか無いよね?
そんな事を考えてるあたしを見透かすように困ったように笑って両手を上げた。
「あははは。その方が安全だしなっ
そいやあいつ訴えないのか? コレとか証拠あるし勝てると思うけど」
「ダメだと思うよ。……叔父さんが消しちゃうから。それに証言とそれぐらいじゃ足りないよ」
それこそホント実際に犯されるぐらいの証拠がないと。
「ちぇ……動画とりながら入ればよかった」
きーちゃんが本気で残念そうに呟く。
「そ、そんなことしながら入って手遅れになったらやだよ!」
手錠と口の奴だけでも結構不安だったしホント泣きそうだったんだよっ!?
「うーん。それはそうなんだけど……はぁ……まぁよかったよ」
「……うん。ほんと、ありがとね……っ」
それを言うときーちゃんは優しげに笑って頷いた。
ああ、頼りになる男の子になったんだなぁって実感してみたりした。
「ただいまー! ユキちゃんご飯ー! あっ喜月くんいらっしゃーいっ」
パタパタと走ってきてぽすーんとソファーに飛び込む傍若無人が帰ってきた。
即座にカバンと鍵は机に放置だ。
嵐のようにあたしたちに挨拶をして、クッションを抱いていきなりぐーたら体勢だった。
―――最近の傾向から言うともう数ヶ月ここに住んでいる。
「お帰り姉さん」
だからこういうのにも慣れた。
家賃も入れてくれてるし電気代とかガス代とか請求が来たら勝手に払ってくれたりする。
その代わり家具とかも勝手に増えたりするんだけどね。……住んでます。
いいお姉さんなんだよ……?
「お邪魔してます」
きーちゃんはいつも通りクールな笑顔を浮かべる。
姉さんへの対応も慣れたようで
「ん……? なんか部屋散らかってる?」
ばっと起き上がってキョロキョロと周りを見回す。
机やソファーが暴れたせいで少し動いているのだ。
彼女はそれに敏感に気付いたらしい。
「気のせいだよ。ご飯、すぐ出すからまっててっ」
あたしはすぐにたってさり気なく机を直す。
きーちゃんもさり気なく正面位置のソファーを直して座った。ナイス。
「喜月くん今日も勉強? 熱心ねー」
「ハハハ、受験生っすからね」
「……の、割には何も持ってないようだけど。
………………何の勉強………………?
も、もしかしてなんか色々動いてるのって……プ、プププレイ後!?
保健体育!? ねぇユキちゃん!? 何プレイの勉強!!?」
壮絶な誤解にきーちゃんが唖然としている。
「ち、違うよっ!? ね、きーちゃん!」
「た、確かに保健体育かもしれませんが、違いますよ!?」
きーちゃん!
その辺掘り返すと……
「何がーー!? 何が違うのーー!?
ねぇー! 仲間はずれはいやぁー! 三人でも私ぜんっ」
コーーーンッッ!
持ったお玉が姉さんの頭を直撃する。
アレ以上言わせていたらなんかよくなかった。
「いたーーい! ユキちゃん酷い!」
涙目で抗議をする姉さん。
ああ何ていえば……!
姉さんに心配かけさせずにかつ、平和に納得して解決できる言い訳……!
「目を覚まして! だから、そのっ……!」
「ほら、言えないんだっ! っていうことは目くるめく桃色世界であんなプレイやこんなプレイ……!
いやん! 喜月君けだもの!」
ブンブンと指差して人をけだもの扱いする姉さん。
確かに獣に近い衝動ではあるのだけれど。
「ちっ違いますっそ、その―――
もう一人、友達きてて、そいつと俺がちょっと揉めて暴れてたんですよっ」
「えっ!? もしかして三人で!?」
ああもうダメだ! ダメすぎるよ姉さん!
「姉さん! 姉さん! お酒切れてるんだけど、買ってこないと無いよ!?」
「えっあ、ほんとっ!?
もー先に言ってよーっこのままじゃアタシの食事とお風呂上りがー!
コンビニ行って来るっ」
投げ出した車の鍵を拾い上げて颯爽と家を出て行く。
食事中とお風呂上りのビールを生きがいにしているらしい。
まぁ忙しいしそれぐらいでも至福の時間があればいいんだけど。
姉さんを見送って―――
『……はぁ……』
自然と、二人で溜息を吐いて。
重なった溜息に驚いて二人で顔を合わせて笑った。
「きーちゃんも食べていってよ」
「あ、うん。いただきます」
遠慮をしなくなった。それが嬉しく感じて大きく頷く。
日常に、戻った。
あたしの新しい日常。
*飛鳥
―――はぁ……。
クッションを抱いて凹む。
伸ばした髪を下敷きにしてしまっているので頭が動かせない。
そんな悩みを抱えるのは髪の長い人間だけ。
小学生の頃から長い髪が自慢だった。
だから腰よりチョット上ぐらいでいつも切りそろえて梳いてもらう。
さて―――ちょっと今の憂鬱な時間を作った理由を探しに過去の思い出を探そう。
未来の思い出なんてないのだけれど。
また話が髪に戻るのだが、本当に髪を長くするのには理由があった。
多分だけどお父さんとお母さんに髪を長くしているのを可愛いと言われたからじゃないだろうか。
でもあたし自身が髪が長いのが好きだった。
髪質いいねって褒められるのが好き。
女は髪が命って言うけど、あたしはホントその言葉通り髪が大事だった。
時間は経って中学生。
たぶん、ちょっとした悪意の悪戯。
男子に髪を切られた。
結構ざっくり切られて、本当にショックで泣いた。
友達の女の子とかが庇ってくれて男子は撃退したんだけど、髪は肩辺りまで短くなった。
本当にショックだった。
だから、その男子を見たとき、あたしは。
「死ねばいいのに」
そう口にするようになった。
口癖みたいに言う様になって皆気にしなくなった。
そして―――あたしは有名だったのかな。
男子の間ではデスアスカとか変な名前で呼ばれるし。
女の子の間では常用語になっているのを注意されるような事はなかったけど。
でも間違いなく死ね死ねいう子で通っていたとは思う。
そんなとき。
たまたま一日学校を休んだ。
そしたら次の日、体育祭のリーダーになっていた。
死ねばいいのにって言ったら笑われた。四組だしっとか訳のわからない事を言う人も居た。
そして、その時あの三人と、出合った。
学校でも有名な三人だった。
壱神くん。貧乏で家が恵まれないんだけど才能と周りの人には恵まれてた。
独特の愛嬌と人の良さでホント色んな人に好かれてたと思う。
弐夜くん。スポーツ系の大きな人だ。基本的に朗らかで陸上命って感じ。
そういう一筋なところがいいって子が沢山居たと思う。
そして八重くん。頭が良くてスポーツも出来て生徒会長とか、何か良くわかんないほど凄い人っていう印象だった。
淡々としてて怖い人かなって思ってたんだけど全然そうじゃなかった。
『よろしくっ!』
そんな三人と手を組んで。
体育祭を盛り上げる事になった。
なんだかよく分からないけど羨ましがられたりした。
祭り上げといてよく言う……なんて思ったけど。
ほんと三人といるのは楽しかった。
そんな日々の一日。
空いた時間を教室で駄弁っていた。
帰る前の時間だったんだけれど。夕日が差してきてオレンジ色の懐かしい空間。
四人で黒板に落書きしたり、机の上に座ったり。
「―――四法さん、髪伸ばしてるんだ」
適当にしていた会話がそう流れた。
「うん。元々腰ぐらいまであったんだけど」
「あっ知ってる。三組の奴に切られたんだろ。災難だよなぁホント」
壱神君が体育座りで机の上で纏まる。
「そう。ホント死ねばいいのに」
今更何言ったって髪は戻りはしないのだが。
女の恨みはなんとやら。ほんと死ねばいいのに。
机に突っ伏したあたしに壱神君が言う。
「四法さん、髪質いいよね。世界が嫉妬しそうな髪だよ」
「そうっ? ありがとっ」
久しぶりに言われた言葉だった。
だから嬉しくて結構過敏に反応してしまった。
「そんだけ長けりゃもう髪括れそうだな」
弐夜くんが自分の髪を触りながら言ってくる。
確かに常に短い弐夜くんじゃ髪を括るなんて考えられない。
「括れるよー。家とかじゃ括ってるし」
「ポニーテールとかしねーの?」
コレも弐夜君の言葉だ。
「あっポニーテールって男の子受けするんだよね確か」
このときの髪は―――腰までとは言わないけど一番長いところで背中の中程ぐらいはあった。
髪を集めてアップで括る。
「すまん俺も大多数だったみたいだ」
このとき八重くんが言ってる意味はよく分からなかった。
「ああ……オレもだぜ……」
弐夜くんが同意して握手を求めていた。
「お前と一緒なのが癪だがまぁここは大人しく言っとくけど。
可愛いな四法さん」
かっ……!
その日から。あたしの髪型はポニーテール。
あたしを可愛いといってくれたあの人に初恋。
そんな小さな小さな物語。
その終焉が―――今日だったという……大きな出来事。
クッションを抱いて―――ご飯も食べずにずっと泣いていた。
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