第06話「発動!」



*幸輝<コウキ>

「おいおいー!! しっかりしろーー!!」
「いけーアルベントぉぉ!! ぶっころせぇぇぇぇ!!」
「やっちまぇ!!」
……物騒だ。
飛んでくる野次は黒い意思ばかりを感じる……。
なんでこんな喧騒の真ん中に俺が立ってんだろう……。



さっきからぶんぶんと振り回される大斧をギリギリかわしている。
そんな俺に焦るでもなく余裕で相手は遊んでいるようだ。
いつまで、かわせるのか、と。
「く――っ!」
正直緊張もあって息切れがしてきた。
「う――おっと!」
でも、慣れ――というのもある。
だんだん、相手の動きも見えるようになってきた。
近づくのは難しい。
動きは速いのだ。
獣人というのがどれほどの能力を持っているのかは知らないが、
単純な力じゃ絶対にはむかえないだろう。
「……どうした、その程度か、小僧」
どこかで聞いたことある悪役の台詞だ。
俺は答えず逃げ続ける。

逃げ道は無いか。
チラチラと周りを見回しても、人だかりがあって逃げれる様子ではない。
さっき人壁付近に行くと思いっきり押し返された。
この群集は俺を逃がしてはくれないだろう。

「――飽きた。そろそろ――」
アルベントは斧をさっきより速く振り回し始めた。
足が限界に近い。
判断は追いつく。
次第に、体力が無くなっていき、アレに真っ二つにされて終わるのか――?
……!
ゴメンだ!
一発……!
一発当てれば終わる。
早くなったといっても目の前の怪獣の動きは見えていた。
縦に大きく振り斧が地面に刺さった瞬間にアルベントの腕に乗る。
観衆が沸いた。
アルベントすら驚いて自分の腕を凝視する。
俺一人が乗ってもびくともしない人の体に似た丸太のような腕。
その上を一気に飛び上がった。

鼓動が激しい。
呆気に取られたアルベントの顔がある。
俺はその顔面を――思いっきり蹴りはなった。
「ガ――!!」
獣のうめき声。
俺は攻撃があたったことを確認してそこから飛びのく。
「うっしっ……! これでいいんだろ!?」
観衆の歓声が上がり
「ガアアアアアアアアアアア!!!」
吼えるライオン。
怒りが爆発したみたいだ。
「人間ごときに――!!!」
見えたような見えないような攻撃が目の前を掠った。
とっさに下がりながら顔を守るような格好をした。
ズキッ
あたっては無い。
あたったら死んでいる。
でも――
「……うっそ」
つぅっと血が垂れる。
――手を軽く切ったみたいだ。
手が赤く染まる。
……当たっては無いはず。
と、いうことは……風圧、とか?
低く唸りながらアルベントは斧を持ち上げて振りかぶる。
俺は動けない。
体が、変だ。
誰かが叫び声をあげる。
よくわからないスピードで斧が振り下ろされる。
俺は呆然と見上げる。
血走った目で俺を見下ろす百獣の王。
自分を守るように手をかざす。
どくどくと流れる血が俺に何かを伝えてくる。
死の恐怖に晒されるのは何度目か。
その都度見た、同じもの。
赤い自らの血。

――歌が聞こえた。
不意に思い出した。
狼のときも、同じ行動を取ったのを。
同じようなことが起きたことを。

かざした手。
俺は、その掌を――

 握った。

バチィィィィィ!!!
繋がった――!
そう感じた体にあわせて俺は手に持ったソレで斧を防いだ。
「な――!!」
目の前のでライオンが驚愕の声を上げた。
俺の持ったソレは、アルベントの斧を防いでいたからだろう。
光を放ちながらも、歪な形でうごめく。
……!! 熱い!
血が全部ソレに集まっていくような感覚。
ソレの形は曖昧で、形を見せない。
盾……!?
違う……!
俺の手から出たソレは、歪に形を変えながら俺を守る。
「――はっ……! 今頃……!!」
ライオンは誰もが慄(オノノ)く低い咆哮でさらに力を込める。
……っっ!
盾はいらない……! 武器だ。
武器が欲しい!
今は何より――こいつに勝ちたい!!

「う、らああああああああああああああああああっ」

百獣の王の咆哮に打ち勝てと、俺は渾身の叫び声を上げる。
俺の手から生えたような何かは俺の意思に答えたのか形を変える。
光が赤く収束すると、ソレは形を成した。
ギィィイヂィィッ
鉄が強く擦れる。
ドスッと斧が地面に刺さった。
大きさは、先ほどの半分。
この武器は――斧を斬ったのか。
俺は手に持ったソレを見る。
丸い盾のような形はしている。
……なんとなく、バイト先の銀の丸トレーを思い出す。
正円の刃物の中心に、紅い装飾で指をはめ込むような型の整った武器。
手裏剣を拡大したみたいなものだがやはりそれよりは円に近い。
――直感的にコレがどういう武器かは分かった。
「――っぎ」
歯を食いしばって思いっきり手を後ろに構える。
途端、炎は大きく燃え上がり俺の身を焼かんばかりに熱を持つ。
呆気に取られているアルベントに向かって思いっきりブン投げた――!
思っていたよりずっと真っ直ぐ俺の思い通り一直線の軌跡を描きソレは飛んでいく。
それに気づいて獣の動きで俺の渾身の一投を避けた。
ガイイィィィン!
音が響いて後ろの岩肌に刺さった。
あの武器に注目が集まる。
――途端、武器の刃から大きく火が走り、
ボゥッと爆発するような音で大きな岩を割った。
しかし破片が飛び散るようなことは無く、
まるで、『斬った』と言わんばかりに鋭い断面が、大きな岩を二つに分けた。
弾かれるように大きく飛び上がりその勢いで、俺の足元までその武器は戻ってくる。

――なんだ、コレ。
斧の断面は溶けていて、今だに火がついている。
俺のもっているこいつも、うっすら炎を纏っている。
俺はそれに当たっているのだが熱くはない。
「は、――お前、それはアルマか――!」
アルベントは俺の武器を睨む。
「俺、の――?」
アキは特殊な力だと言っていた。
俺にそんなものがあったのか……?
よくわからない。
でも、丸腰だった俺に武器があるのは事実……
アルマって奴しかしか考えられない。


何が起きても不思議じゃない世界で俺は武器を手にした――コレが。

       アルマ、か?

歌が聞こえた。
遠くに、優しく響く。
それに反応してその武器は赤い光を放つ。
体が疼く。
でも歌がかすかにしか聞こえないからか、ジリジリと身を焼く感覚だけ残る。

「ガフッは、ハハハハハハハハハハハ!!」
ライオンは声を張り上げて笑う。
「そうか! お前が 『シキガミ』 か!!」
高らかに笑うライオン。
周りの人々はざわめく。
『シキガミ』の存在の特別さを今、感じた。
ライオンは高々と斧を振り上げ、叫ぶ。

「だから、なんだというのだっ!!!」

その声には、憎悪が込められていた。
もう、反射的に俺はその場所から横に飛んでいた。
今の一撃は、完全に見えなかった。
半分だけの斧が、完全に地面に埋没していた。
その斧だったものは完全に今、根元で折れた。
しかし、狂った動物はその棒を武器に今までに無い無茶苦茶な動きで俺を殺しにかかる。
「シキガミ!? 神の使わした救世主だと!!? それがどうした!!?」
その棒はもはや軌道が見えない。
「村の一つも救えぬ……!!
 しかも、その村を犠牲にしてまでも世界に尽くすのが正義だと言えるのか!!!」
――ただ、錯乱した戦士の無駄ばかりの攻撃は、次に狙っている場所が分かった。
簡単だ。今、俺の居る場所。
避けながら考えていた。
「誰も救われない!! 救ってはくれない!! その気持ちが貴様らにわかるか!!!」

――どうやって、こいつに一発ぶち込んでやろうか!

さすがにあの武器を使うと死んでしまいそうだ。
それなら……!
「うっせぇえええええ!!!」
俺はライオンに飛び掛る。
ライオンの腕は俺を捕らえかけて、見失った。
「――!?」
次の瞬間、轟音と共にライオンは地に伏せた。
俺はライオンの股下をくぐって、浮いていた足を思いっきり蹴っただけ。
地面につくはずだった足は体を支える役目に追いつけず、思いっきりこけたのだ。
ライオンを振り返って叫ぶ。
「村が救えない!? 犠牲!? 知るかぁぁぁぁ!!!」
んなもん俺に関係ないだろ!!
渾身の叫び。こっちの世界では2度目だ。
「アンタつええんだろ!? 終わったことにグジグジしてんじゃねぇ!!!」
ライオンだろ!? もう鬣(タテガミ)バンバン生えてんじゃねぇか!
「誰も救われない……!? 救ってくれない……!?」
そんな絶望を、俺は知っている。
出来ることはただ一つ。
「だったら自分で、切り開けよ!! オトナだろ!!!?」
自分で何とかするしかない。
そんな生き方をしてきた。
家事やアルバイトをして自分が子供だったことに気づかされた。
何も知らずに生きていた。
2人で――必死にオトナになろうとした……!!


「誰もやってくれないなら、自分でやれよ!
 アンタは……そんなことからも逃げるほど弱ぇのかよ!!?」


シン……、とした空間が広がる。
脳の底から熱い。
心臓がバクバク鳴っているのが聞こえる。
体育祭のクラス対抗リレーが終わった後みたいな脱力感に襲われた。
何故かいっつもアンカーだったけど。
悪い気はしなかったな。とすごく関係の無いことを思い出す。
「ふ、はははっ」
アルベントがまた笑った。
良くわからないので首を傾げて彼を見る。
フラリと立ち上がると俺に向き直る。
俺は2、3歩後ろへと距離を取った。
もっとも、元々のアルベントに対してその距離は意味を成さないが。
俯いていた彼が俺を振り返る。
その顔はさっきまでと違いまったく敵意を感じさせなかった。

「――少年! 名は!!?」
アルベントは俺の名を聞いている。
「――コウキ……壱神幸輝だ」
その声を聞いたアルベントは棒を高く振り上げ、振り下ろす。
ソレは轟音を響かせて地面に突き刺さった。
同時に、アルベントは膝をつく。

――は?

「我が名はアルベント――!
 シキガミコウキ殿。貴殿の名の下にある戦場に私の名を加えていただきたい」
斧を中心にアルベントの左右に土煙が舞う。
百獣の王は俺の前に跪いた。
土煙が晴れる。
――
――!!
「――う、そ……だろ……!」
そこに見えた光景は――そこに立っていたはずの人々全てが跪く絶景。

割れた岩の前に跪く大きなライオン。
更に俺を円で取り囲む人の群れ。
その中心に俺が立っている。
――なん、だよ。
言葉が出ない。
なんて言えばいい。
俺はただの人で、昨日まで学校に遅刻するとか……
成績とか進学とか気にしながらアルバイトしてた一般人だぞ……!!
混乱で叫びそうだ。
なんで、こうなったんだ――?


――
歌が聞こえた。
人々は皆それに気づき、そちらを振り返る。
その人が手をかざすと人の群れは素早く真っ直ぐ俺へと道を作った。
そこには一人、燃えるような紅い装束を身にまとった人が立っていた。
その人は歌いやめる。
ゆっくりとその女の人はこちらへと近づいてきた。
女の人って言うのは、雰囲気で分かった。
顔から下の部分を布で隠した服装。
心持、アラビア風味だがそう言ってしまうと違うものだ。
だが、目の部分しか見えないにもかかわらず美人だなと思ってしまった。

「――はじめまして。貴方が『コウキ』様で間違いないでしょうか――?」

前へ 次へ


Powered by NINJA TOOLS

/ メール